水瀬名雪誕生日記念SS
約束の先の、ささやかな約束
12月23日。
その日は……私にとって嬉しい日。
いつも、というわけじゃないけれど。
殆どそうだと言えるような、そんな一日を十数度重ねてきた。
お母さんや友達が、そう思わせてくれていた。
それは……その日が、私・水瀬名雪の誕生日だったから。
そして、それは18回目の今日も変わらない。
……いや、今日はそれ以上に嬉しい日だった。
何故なら、それは……
「……気持ちいい〜」
暖房の効いた室内からベランダに出て、私は呟いた。
吐き出す息の白さは寒さを物語ってはいるけれど、今この瞬間だけは熱した身体を覚ますのに丁度いい気がした。
「……うー……ちょっと酔っちゃったかな」
「何が”酔っちゃったかな”だ。
子供用のシャンパンで酔う奴がいるか」
戸を開けながらの声に私は振り返る。
そこには私の従兄弟で……私にとって大切な人である相沢祐一が立っていた。
彼は軽く呆れた表情を浮かべながら私の隣に歩み寄った。
「言っとくが、あのシャンパン、アルコール入って無かったぞ」
「え? そうなの?」
「……お前、思い込みでおとそでも酔うタイプだろ。っていうかそうだったか?」
「そんなこと……ないこと、ないかもしれないけど」
「――やれやれ。
しかし、大騒ぎだったな」
「そうだね。でも、凄く楽しかったよ。
お母さんと二人だけだった去年の誕生日が嘘みたいに」
今日の誕生日は、私と祐一の共通の友達であり去年のクラスメートである北川君と香里を始め、今のクラスの友達、陸上部の後輩数人を呼んだちょっとしたパーティー状態だった。
今はそれも終わり、家はいつもの静けさを取り戻している。
「祐一」
「ん?」
「ありがと」
「お礼は俺に言わなくてもいいって。
言うなら、集まってくれた連中や秋子さん、だろ?」
今晩の誕生日パーティー……私は事前にその事を知らなかった。
全部祐一が企画し、推し進めていた計画を、お母さんと香里が協力して今日に至ったとか。
子供っぽいと言えば、そうなのかもしれないけど……私は凄く嬉しかった。
「うん。
でも……今日のプレゼントの事もそうだけど、お金かかっちゃったんじゃ……」
祐一からは既にプレゼントを貰っていた。
今夜パーティーがあるからだったのか、早くに二人の時間を作ってくれて、その時に贈ってくれたのだ。
……まあ、プレゼント選びの時にちょっとした喧嘩もしたりしたけど。
ともあれ。
少しの不安と申し訳なさを込めた眼で見ると、祐一はそれをかき消すように答えた。
「誕生日の当事者−ヒロイン−が気にするなっての。
お前はただ、喜んでりゃ良いんだよ」
「……うわ。ちょっと恥ずかしい事言ってる」
「う。……俺も酔ってるのか?」
「酔わないって言ったくせに。
……でも、ありがと」
私が感謝を込めた視線を送ると、祐一は視線をずらし、照れ隠しのような言葉を口にした。
「あーいやーそのーしかし、なんだな。
今日は本当にお前の好物だらけだったよな。
企画しといてなんだが」
今日はお母さんが腕によりをかけてくれて、料理も私の好きなもので一杯だった他、デザートも凄くて私は嬉しさのあまり目を回しそうになった。
「特に自家製イチゴサンデーが凄かったな」
「うんうん。
お母さんの作ってくれたイチゴサンデー、美味しかったよ〜」
「しかし、日頃から百花屋でもかなり食べてるだろうに……本当、飽きないよな」
「それとこれとは別だよ」
「……店で食べる時は、お金の事ちゃんと考えて食べろよ」
「祐一、私の事馬鹿にしてる?」
「いや、まあ……たまに代金を払う身の上なんで、ついな」
「うう〜」
香里とかに話すと意外な顔をされるのだが、私はお店……主に百花屋でイチゴサンデーを食べる時は、祐一の奢りじゃなくて、ちゃんと自分で払っている。
あの「イチゴサンデー七つの約束」で祐一に奢ってもらう事もあったけど、基本的には自分のお金だ。
『男の子と女の子のお付き合いでもそういう所はしっかりすべきだ』とお母さんに言われた事もあるので、私と祐一は互いに気をつけているのである。
でも、それゆえに、と言うべきか。
「私、ちゃんと考えてるよ。
だからイチゴサンデー、そんなに食べれないんだよ」
イチゴサンデーはちょっと高い。
正直毎日でも食べたいけれど、毎日食べるわけにはいかないくらいの値段なのだ。
そんな私に祐一は少しだけからかうように笑いかけた。
「それでいいじゃないか。
たまに食べるから、より美味しく感じるだろうしな。
んで、だからこそ今日も嬉しかっただろ?」
確かに、今日イチゴサンデーをたくさん食べてさせてもらって嬉しかった。
そうして改めて考えると、『だからこそ』の美味しさって言うのはあるのかもしれない。
「うう、それはそうだね」
観念するように答えると、祐一は楽しげな中に優しさを滲ませるような……そんな笑顔を浮かべた。
「ま、なんにせよ。
名雪が今日を楽しんでくれたなら何よりだ。
……楽しかったか?」
「うん。楽しかったし、嬉しかったよ。
……でも」
「でも?」
「あ、ううん。不満とかじゃないんだけど……
……私が一番嬉しかったのは……祐一がこんな事をしてくれた事、そのものだったかなって思って」
そう言って、私は空を見つめた。
「友達皆が来てくれた事も、お母さんが腕を振るってくれた事も嬉しかったけど。
やっぱり私は……祐一がいてくれて、祐一が祝ってくれる事が一番嬉しかった」
「……」
「七年……ううん八年前からずっと、こんな日が来てくれたらいいなって思ってたから。
何度も何度も、願ってたから」
好きな人に自分の生まれた日を祝ってもらう。
こんなに嬉しい事は無い。
「だから、ありがと」
精一杯の感謝の気持ちを込めて、私は祐一に笑顔を贈った。
せめてもの、お返しに。
すると、祐一はポリポリと頬を掻きながら、言った。
「なあ、名雪」
「なに?」
「明日、百花屋にイチゴサンデー食べに行かないか?
俺が奢るからさ」
「え? どうして?」
祐一の唐突な提案に、私は首を傾げる。
そんな私に、祐一は凄く優しい目で告げた。
「名雪がさ。
ずっと今日みたいな日を何度も何度も願ってたって言うんなら……約束のイチゴサンデーもそれだけ分食べて貰わないとなー、って思ってな。
イチゴサンデー七つ×2か×3か分からないけど……その”何度”分だけな。
じゃないと、割に合わないだろ?
まあ資金の都合上、一気に、じゃなくて徐々に、って事になるけどな。
ってわけで、約束を延長する感じになるけど、どうだ?」
「祐一……」
その言葉が嬉しかった。
その気持ちが嬉しかった。
だから。
私は祐一に寄り添い、その肩に顔を乗せた。
今の心の熱を、嬉しくてたまらない気持ちを少しでも伝えたくて。
「……じゃあ、明日はその内の一つだけご馳走になっていい……?
それから、一年に一つずつご馳走になるよ」
「なんだよ。遠慮しなくても良いんだぞ。とりあえず明日でも二つ、ならなんとか……多分」
「ううん。遠慮じゃないよ。
一年に一つにしておけば……その約束は、ずっと続きそうだから」
私と祐一を繋ぐささやかな約束。
本当に二人を繋ぐのは二人の気持ちそのものだけど。
その気持ちを繋ぐ支えになりそうな、そんな約束。
それが一生続くようにと祈りながら、私は言った。
祐一は、そんな私の肩を抱きながら、応えてくれた。
「ああ、分かった。
ずっと続けてやるよ。お前がイチゴサンデーに飽きない限り、な」
「うんっ……!」
そうして、私の誕生日は終わっていく。
去年よりも、ううん、今までで一番嬉しかった誕生日が。
何故なら……私の一番好きな人が、私の側で、私の生まれた日を祝ってくれたから。
「でも、やっぱり一年に一つは少なすぎるだろ。
もう少し数増やしてもいいぞ?」
「……そしたら、祐一破産するかもしれないよ」
「そこは手加減しろよ、おい。」
言葉だけの冗談で互いに微笑み合い、身体を寄せ合ったまま、二人して空を眺める。
其処には。
初めて此処で触れ合った時と、同じカタチの月が浮かんでいた。
END