このSSはAIRの二次創作小説です。

AIR本編のネタバレに加え、作者の偏った考え方も含んでおりますので、原作のイメージが第一と考える方、まだAIRをプレイしていない方……多分、今ここにいる方の大半はクリアなさっていると思うのですが……は読む事をご遠慮ください。

以上の事に関する苦情などは受け付ける事ができない事をご了承の上、それでもいい、それでも読んでみたいという方のみ、下の方へとお進み下さい。

それでは、どうぞ。

















大きくなったなら











人生において。
誰もが一度は問い掛けられる事があるのではないだろうか?

すなわち。

「大きくなったら、何になりたい?何をしたい?」

と。







「え?」

私……神尾観鈴は、その問いに思わずそんな声を上げていた。
その問いを投げ掛けたその人……国崎往人さんは、いつもと変わらない表情と声で言った。

「え?も何も無い。
 お前、将来的にやりたい事とかないのか?って聞いたんだよ」
「……どうして、そんな事聞くかな」

私の部屋の、私のベッドに座ったまま、私は言った。

……私の足はもう、あまり動かない。
だから、この部屋で一日を過ごすのが、ここ数日の私だった。

往人さんは、そんな私に付き合ってくれていた。
夢の話を聞いてくれたり、私のお願いで海まで連れて行こうとしてくれたりしている。

その往人さんは、私の顔を一瞥した後、ほんの少しだけ視線を逸らして呟いた。

「……なんとなくだ」

私は、思った。

多分、往人さんは『なんとなく』の答を、知っている。
それを口にしたくなかったから、なんとなくと言ったんじゃないだろうか。

それこそ、私にとっての、なんとなく、だ。

でも、私もその答を口にしたいとは思わなかった。
それも、なんとなく、だった。

「そうなんだ」

だから、ただ頷くだけにした。

「で、どうだ?」
「……うーん、すぐには思いつかない、にはは」

それは嘘じゃない。

それに、よくよく考えてみると、私は将来の事を考えた事はあまり無かったかもしれない。
トモダチが欲しいとか、カラスさんに触りたいとか『今』の事ばかり考えていた。

「そう言う往人さんは?」

それをはっきりとした形にする前に、私は問い返した。
すると、往人さんは眉間に皺を寄せて考え込んだ後、言った。

「……………………すぐには思いつかないな」
「にはは、私とおんなじ」
「馬鹿か。そんな事で喜ぶなっての」
 
口調は少し乱暴。
でも、そこに少しの笑顔がある事は、分かった。
出会った時と同じ、それでいて少し分かりやすくなった、往人さんの優しさがそこにあった。

……往人さんは、そんな顔を微かに引き締めると、小さな声で言った。

「ただ……やりたい事はないが、今やるべき事はあるな」
「あ、そうだったね……」

翼を持った女の子。

それは、往人さんの旅する理由。
そして……私が夢で見る、もう一人の私。

「でも、すごく不思議」
「何がだ?」
「翼の女の子を捜してる往人さんがこの街にやってきた事とか、
 翼の女の子の夢を見る私がこの街にいた事とか、
 そんな私が往人さんに出会った事とか」
「……」
「まるで何かの物語みたいだよね」

それは心からそう思う。
私が言った事が、すごく起こる事が難しいのは頭が悪い私でも分かるから。

それは偶然だけど、すごく素敵な偶然。

だから、まるで何かの物語。
こんな事は物語でしか起こり得ない様な気がするから。

すると、往人さんは私を一瞥して、こんな言葉を漏らした。

「……本当にこれが物語なら、いいのにな」
「え?」

その小さな呟きを、私は問い返した。
そんな私を、往人さんは穏やかな目で見つめた。

多分、いつもの往人さんなら、なんでもない、で済ませるんだと思う。
でも、今日の往人さんは、小さいけど確かな声で答えてくれた。

……さっきと同じ様に、ほんの少しだけ視線を逸らしながら。

「この世に存在する物語の……少なくとも半分は、
 めでたしめでたしで終わって、その先は概ね幸せだからな」

その時の私は、往人さんが素直に答えてくれた事が嬉しくて、その言葉の意味を深く考えずに……本当にただ嬉しかったから……すぐに言葉を返した。

「にはは、そうかも。
 でも……どうなったら、めでたしめでたしなのかな」
「そりゃあ、定番だと……
 正直者の誰それが大金持ちになった、とか、
 悪い人間が正義の味方にコテンパンにされた、とか、
 主人公が結婚して幸せに暮らした、とか」

指折りながら、例を並べていく往人さん。

「だったら……私と往人さんが結婚してめでたしめでたし?」

その中で一番現実的で、いいな、と思えた例を復唱するように私は呟いた。
すると、次の瞬間。

ポカッ。

そんな音が響いて、往人さんの手が私の頭に振り落とされていた。

「痛っ……うー……がおがおしてないのに」

音よりは痛くて、でも思ったよりは痛くない。
でも、やっぱり痛くて私は頭を抱えるように叩かれた場所に触れた。

……そこは、少し痛くて、少し熱くて、少しあたたかく思えた。

「恥ずかしい事を言うからだ、馬鹿」

そう呟いた時の往人さんの顔は、多分すごく真っ赤で。
それを見た、私の顔もなんだか急に火照ってしまって。

「にはは、冗談冗談」
「……ったく……」

そうして、その会話は終わってしまった。

……それが、幸せな時間だったと気付く間もなく。







私が、その会話の意味を知ったのは、それから少し……少しというにはちょっと長くて辛い時間だったけど……後の事だった。







その時の私は、挫けそうになっていた。

往人さんがいなくなって、戻ってきてくれて、またいなくなって。

自分の部屋のベッドにたった一人でいたから……自分に負けそうだった。

辛くて、痛くて、悲しくて、なのにたった一人ぼっちで、希望なんてなかったから。



多分、私は『幼い』まま消えていくのだろう。

誰かがやり遂げなければならない、大切な事のために。
……それがやり遂げられなかったとしても、消えていく事は変わらない。

いままで『たくさんの私』がそうなっていったように。



あの時の往人さんは、多分『それ』に気づいてた。
だから未来の話をしようとしてくれたのだと思う。
だからいつになく優しかったのだと思う。



私自身も、分かっていなかったけど、分かっていたんだと思う。
……多分、ずっと昔から。

だから、私はいつも『今』やりたい事を考えていた。

将来なんて、未来なんて、イメージできなかったから。

だから、この時も。

一人が寂しかったから。
一人が嫌だったから。
何より、ただ会いたかったから。

ただ、今この瞬間に、あの人に会いたいと思っていた。









「……ねえ、往人さん」
『なんだ?』

答えてくれる往人さんが、私が望んだ幻や夢なのか、それとも『現実』なのか。
……弱りきっていた私には分からなかった。

でも、私は私が望んだように話し掛けた。
そうしたいと心が望むままに。

「あの時話した、将来やりたい事、私一つだけ見つけた」

あの会話の中で。

辛かったけど、二人だったあの時間の中で。

ふと思いついた、辿り着いた憧れ。

「私、お嫁さんになってみたいかも」

お嫁さん。
それは結婚するという事。

その意味は、本当には分かってないんだと思う。

私は『子供』だから。

ただ、幸せが欲しいと思っただけ。
誰かと一緒にいられることが結婚なら、そうなりたいと思っただけ。

それでも。

「結婚して、幸せに……めでたしめでたしになってみたい」

もしも、未来があるのなら。
幸せになれるのなら。
誰かが側にいてくれるのなら。

私は、それを望みたい。

『……なればいいだろ。相手のあてがあればな』

そんな往人さんの言葉に、私は指差した。
……そこにいる、往人さんを。

『お前……本当に馬鹿だな』

その意味をすぐに察したのか、往人さんは顔を真っ赤にしながら、頭を掻いて言った。

『まあ、なんだ。
 ………………………………………それでお前が頑張れるなら……好きにすればいい』
「ホント?
 ホントにそうしてくれる?」
『……お前が、ホントに頑張れたならな………』

その時、その瞬間を最後に。

往人さんの気配は……あたたかさは、遠ざかっていった。

いつもと同じ、不器用な優しさを残して。







夜が明けると。
そこに往人さんはいなかった。

やっぱり幻だったのか……ほんの少しだけそう思った。

「……でも……」

あの言葉は幻じゃない。

あそこにいた往人さんが夢や幻でも。
本当にあそこにいてくれたなら……きっと、同じ事を言ってくれる。

何より、あそこにいた往人さんは、きっと『現実』だった。

何故か、私はそう確信できた。

だから、頑張ろう。
ううん。きっと、頑張れる。

……多分『往人さん』は二度と帰ってこない。帰ってこれない。

「でも……私、頑張るから。頑張れるから」

私は……強く強くそう思えた。










人生において。
誰もが一度は問い掛けられる事があるのではないだろうか?

すなわち。

「大きくなったら、何になりたい?何をしたい?」

と。










もしも未来があるのなら。

もしも『大きく』なれたなら。

彼女の、問いへの答はもう決まっている。







……彼女に、そのあたたかな記憶が残っている限り。







……END





後書き

神尾観鈴。
AIRという物語において、この少女について考えない事はできないでしょう。

彼女は、幼かったと思います。

年相応の精神年齢ではないでしょう。

しかし、それは低すぎるという事でもないと思います。
そして、弱いという事でもないでしょう。

ある部分においては、普通の子供よりも幼く。
ある部分においては、普通の大人よりも強い。

神尾観鈴は、そんな少女だと思います。

そんな彼女が往人に抱いていたのは、恋ではなく愛情。
何故なら、彼女は恋を知らなかったから。
……その幼さゆえに。

少し前まで、僕はそう考えていました。

でも、最近思うのです。

往人は彼女にとって『他人』だったのではないでしょうか。

AIRの物語を作りたくて、ふと振り返ったAIR編。
それが親子の物語であり、『往人』はいなかったから、そう思えるのです。

家族以外の『他人』への愛情。
初めて『出会った』異性。

僕は、その感情をやっぱり恋だと思うようになりました。

なんとなく、ですが、そう思います。

それが、この物語を書いた理由だと思いました。





BGM 

LINDBERG『大きくなったなら』

坂本真綾『光の中へ』

小田和正『キラキラ』

以上敬称略。







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