こちらオカ研−魔術師端くれ物語−
コンコン、と戸がノックされる。
その音に、雑談をしていた私達三人は視線を戸の方に向けた。
……オカルト研究会に与えられた部室の扉へと。
「……どうぞ?」
私・古村涼子(コムラ リョウコ)がそう言うと、戸がガラッと開き、一人の女生徒が姿を見せた。
その……私達と同じ、三年生と思しき女の子が尋ねた。
「オカ研の部室ってここ?」
時は二十一世紀。
科学全盛……とまでは言えないけど、相変わらず科学で世界が回ってる、そんな時代。
だが『ある意味』で、そんな時代に逆行する人間も存在している。
彼ら……いや『私達』は魔術師。その端くれ。
この二十一世紀に、魔術なんて馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、それは大いなる勘違いだ。
その証拠に、今までに『私達』は何度か奇妙な薬や術を作り、実行して、それなりの成果を上げているのだから。
まあ……まだまだ未熟者だけど。
つまるところ、何が言いたいのかというと。
この物語は、私達……「オカルト研究会」を隠れ蓑に活動する、三人の未熟な魔術師の物語だという事。
「……で、今日はどんなご用向きかしら、お嬢さん?」
春先の放課後……ゆるい空気さえも紅く染まる部室の中。
魔術書を片手にそう言うのは、私の幼馴染にして親友の艮野カナミ(コンノ カナミ)。
頭が良いというか、頭が回るというか……この中では、一番魔術の仕組みを理解している存在だ。
「此処の占いがスゴイ当たるって聞いて。
それで占ってもらおうかなぁ、って」
「”依頼”じゃなくて占いの方か」
女の子にそう言ったのは新谷篤(シンタニ アツシ)。
まあ、なんというか……私の恋人だったりする。
その点を除いて、彼の事を語るのであれば……優しくも男の子らしい男の子。
後、魔術師としてはこの中で一番『下手』だという所だろうか。
「あ、そっちもあるのよ。
でも、とりあえず占ってももらおうかな、ってね」
「そうなんだ。
じゃあ……先に占いからしようか。
今日は今月分だけで良いかな?」
そう言って、私は彼女に席についてもらい、簡単な事を記入してもらっていった……
『普通のオカルト研究会』を装って、密やかに魔術修行を行っていた私達が限界を感じ始めたのは二年の始め頃。
私達は魔術師……と言いたいが、実際の所はまだまだ端くれだ。
私の家に残されていた魔術書(そもそもの始まり)で日々修行しているのだが、経験が足りない。
書物……言うなれば『決まり事』ばかりで応用がきかないのだ。
そんな私達が魔術の更なる上達の為に考えた方策。
それが校内での『秘密の何でも屋』だった。
魔術師である事を悟られずに様々な要望に答えていく……それは魔術師としてこれから生きていく上でも必要な修行と言えた。
精々『占い師』精々『霊感』、精々『偶然』……その位の認識で誤魔化しながら、というのは中々に難しいのだが。
ともかく。
私達はそうして魔術師としての修行の真っ最中だったりする。
「……っと」
彼女……安川恵子さんに書いてもらった『必要事項』と、
基本的に建前の依頼料である数本の髪の毛……こういう『依頼料』だとオカ研らしいと納得してもらいやすい……に魔力を込めながらリーディングする。
そうして『彼女に与えられたモノ』から運命線を少しだけ手繰り寄せるのだ。
本職の『占い師』なら材料を使ったリーディングじゃなくても可能らしいが……まあ、そこは勘弁してもらおう。
「今月の貴女の運勢は……正直、あまりいいものじゃないかな。
なんていうか、自分の我侭が過ぎて、自滅する感じ。
この流れを避けるには、人を敬い、大事にする事が一番いいと思う。
幸運を呼ぶ品は………っと、指輪かな」
「へぇ、そう」
彼女の口繰りは……なんというか大して信じていない感じだ。
信じる信じないは人の自由なので文句は無いが……ちょっとだけ悔しい。
「ま、参考にはするわ」
「そうしなさい。
それで、依頼の内容は?」
「そうそう」
カナミの問いに彼女はあっけらかんと答える。
……その内容と、相反して。
「ある女を呪ってほしいのよ」
「……はい?」
思わず声が出る。
だが安川さんはそんな私を気にせず、話を進めていく。
「対象はね、月穂由里奈って奴。アンタら知ってる?」
「月穂……ああ、生徒会の会計係ね」
カナミが呟くが、私は彼女以上に『月穂さん』を知っている。
二年の頃のクラスメート。成績優秀で綺麗なヒトだ。
学年で一二を争う成績から生徒会長にも推されていたが、何故か会計係に立候補し、現在はその任に就いている。
当時の本人の話では『会長は柄じゃなかったから』との事だ。
『外見は少し冷たそうだけど……悪いヒトなんかじゃない』
深く親しいわけではなかったが、月穂さんと親しい私の友達が自信たっぷりにそう語っているし、私自身もそう感じていた。
そんな彼女に何故……そんな思いで彼女の顔を見ると、彼女は言った。
「アイツね、私の狙ってたオトコを横取りしようとしてるのよ。
知ってる? 天神君って、めっちゃかっこいい人。
あ、言っとくけど、横取りは駄目だからね」
「……天神か。確かにいい男だな。
しかし、それは確かな事なのか?」
「さあね。なんか月穂と一緒にいるとこよく見るだけ。
別にいいじゃないの、確かな事なんて」
篤君の言葉を、彼女は馬鹿馬鹿しいとばかりに否定した。
「……つまり、アレね。
よく分からないけど、とりあえず呪っとこうとかそんな感じね?」
「そそ。アイツ成績もいいし、顔もいいから気に入らないし。
どうせアレよ。呪いっつっても実際に効くかどうか分からないでしょ?
だから、それで軽いバチでも当てればしめたもんかなーって」
「なるほどなるほど」
はっはっは、と笑うカナミ。
……ヤバイ。滅茶苦茶怒ってるモードだ。
よく知らないヒトから見ればただ笑ってるようにしか見えないんだろうけど……
篤君も少し不機嫌そうにしている。
オカルト研究会なだけに、こういう『依頼』もたまにあるが……やはりいい気分はしない。
というか、私の内面イメージもコメカミをピクピクさせてます。
「……話は、分かったかな。
じゃあ三日後に”儀式”を行うから。
もし、問題があったらその前にまたここに来て」
「別に問題なんか無いから、今からやっちゃってよ」
「……その辺りは一応決まりなの」
「それにアンタもどうせ呪うならバッチリ決まった方がいいでしょ?
その為に必要な時間なのよ」
「へぇー?
そういうことならいいけどね。じゃ宜しくー」
言うだけ言って、彼女はオカ研部室を後にしていった。
「はっはっは、あのアマ殺す」
「はっはっは、右に同じくだ」
「二人とも、笑いながら物騒な事言うのやめようね……」
安川さんが去った後の部室で、私は頭を抱えた。
……まあ、ちょっと二人に同意したい気持ちもあったけど。
「まあ、怒りはとりあえず横においておくとして。
どうすんの、涼子」
「とりあえず……事実確認かな。
もし彼女の言ってる事が事実……本当に月穂さんが横取りしようとしてるのなら、相応しいレベルの呪いで対応しよう」
「いいのかよ、それ?」
「……良くはないけど。
でも、安川さんが純粋な恋心で動いているのなら、その点も踏まえてあげないと」
「とか言って、実際ありえないとか思ってるでしょ」
「う」
カナミの指摘に、思わず呻く。
「まだまだ修行が足りないわね」
「言っとくが、お前もマジギレしてたのバレバレだからな」
「アンタもね」
「……やるか?」
「……やるの?」
「はいはい、二人とも喧嘩止めて」
この二人は、私と篤君が付き合うようになる前から……私達三人が初めて出会った小さな頃からこうだった。
だから……正直、今でもちょっと不安になってしまう。
「あらあら、焼餅?」
「そ、そんなことないから」
「……馬鹿ね。そこは嘘をつかなくてもいいのよ。
”魔術師は嘘をつくのが上手くなければならない”けど、時と場所を選ぶものよ。
特に、魔女はね」
私達が始めて紐解いた魔術書に書かれていた言葉を、微笑みながら言うカナミ。
こういう時、彼女は……本当の魔女に見えてしまうから不思議だ。
「老けてみえるぞ、コン」
「五月蝿いわよ、シン」
「だからやめてって……それより、方針を決めないと」
「そーね。
まずやるべき事は涼子も言ってた通り、事実確認からね」
「……だな。
じゃなきゃ、実際何をすべきか見えてこない」
さっきまでの喧嘩腰は何処へやら。
二人はあっさりと真剣モードに切り替わった。
……この『秘密の何でも屋』をやるようになってからこっち、二人はどんどん魔術師らしくなってきている。
魔術師は冷静かつ理論的でなければならない。
そうでなければ、数々の秘薬、数々の魔術、禁術を制御できないからだ。
その一環が『魔術師は嘘をつくのが上手くなければならない』だ。
『魔術師は嘘をつくのが上手くなければならない』の一環なのかもしれないが。
(私だけ、なのかな)
未だに私は魔術師らしくない。
嘘をつくのは上手くなったつもりだけど、まだまだこの二人には嘘がつけない。
いい意味でも、悪い意味でも。
「涼子?」
「あ、うん。分かってる」
少し呆けてしまった。
会長であるのに不甲斐ない……そう思って、私は気を締めた。
「しかし……何処のどいつだ、安川に此処を紹介した奴は」
「それなら、さっき書いてもらったよ。
同じクラスの広沢さん、だって」
「……確か、広沢は……香坂のダチだったな」
「案の定、前の依頼の事喋っちゃった訳ね。まあ予測の範疇内だけど。
そのラインの『口封じ』は後日ね」
「そうだね」
私達は基本的に噂とか流されたくない……っていうのとはちょっと違うが、異端たる立場上騒がれるのは好ましくない。
だから、そういう噂の出所は一応確認するようにしている。
ちなみに『口封じ』というのは、ちょっとした予防処置で決して殺したりするわけではない。
「じゃあラインの事は後日として、早速調査を開始しましょう」
『了解』
「……んん? 由里奈の彼氏?」
私の問いに、彼女……霧里薫は首を傾げた。
薫ちゃんは、ちょっと変わっているけど、明るく優しい女の子。
私とは二年の頃から連続のクラスメートで親しい友達……そして、件の月穂さんとは親友なのである。
そして『ある出来事』から、私達の事をちょっとだけ知っている。
ので、『依頼』絡みと言うと、快く話を聞かせてもらえた。
本人に話を聞くのが筋ではあるが……事を荒立てないために、安全策をとらせてもらったのだ。
ちなみに、携帯で呼び出した(というか運良くまだ校内にいてくれたので私の方が薫ちゃんに会いに行った)薫ちゃんに話を聞いているのは私一人。
他の二人は、バラけて安川さんの事の聞き込みに行っている。
「由里奈は、今は付き合ってるヒトいないと思うけど」
彼氏を待っているらしく、校門に寄り掛かったままの体勢で薫ちゃんは言った。
「そうなの? ……天神君と一緒にいる所よく見るって聞いたんだけど……」
「天神君……? 天神君……って、あ。生徒会の書記のヒトだ。
あのかっこいい人でしょ?」
思い当たる事があったらしく、ポン、と手鼓を打つ薫ちゃん。
「なんか生徒会の仕事で確認事項が多いから最近よく話すとか言ってたような……」
なるほど、それなら一緒にいる理由も納得できる。
「後は、デートに誘われたけど断ったとか」
「ほんとっ?」
それはハッキリ言って寝耳に水だったが……月穂さんにその気が無いなら話は俄然分かりやすくなる。
月穂さんに呪いを掛ける必要性が無くなったからだ。
「うん、そう聞いたけど」
「……お陰で助かったよ」
「どういたしまして。っていうか、友達じゃない。気にしない気にしない」
「ありがと。……あと、あのね」
「分かってる。他言はしないよ。
……ただ由里奈に何かあった時は約束は出来ないかな」
「ううん、それは大丈夫。
私達が月穂さんに何かする必要性はなくなったから」
「そっか。
……色々あると思うけど、その、頑張ってね」
頑張って、の前に一瞬考えたのは、私達のやっている事……其処に含まれている少しの危険性を多少なりとも知っているからだろう。
それでも、彼女は笑顔で「頑張って」と言ってくれた。
それは……私の事を友達として信じてくれている証だと素直に思えた。
だから私は、私なりに力強く頷いた。
「うんっ」
「安川の事、調べたぞ」
部室に戻ると、既に篤君達が戻ってきていた。
そうして、二人は調べた事を話してくれた。
「部活で残ってた奴だけでも情報として十分だった。
……なんつーか、あれだ。恋多き女って奴だな」
「ってゆーより少し我侭なのかしらね。
個人的には共感するけど」
「安川はこれまでに男と付き合う為に障害となる奴の悪い噂を流したりしてたらしい。
まあ、子供なら本気にする程度の可愛い噂なんだが……それでもなぁ。
で、そうしてアイツと付き合った男達だが。
やれ足が短い、やれ眉毛が濃い、やれ趣味が合わないってフラレてる。
正確な数までは把握してないが……結構な数らしい」
「……そ、そうなんだ……」
「多分、今回は月穂が手強いと見て、上手く行けば程度で俺達に依頼、その上で噂もばら撒くつもりなんだろ」
「まあ正味……そんな感じだと、その天神君とやらも付き合った所でフラれるか、フる可能性が高いわね。
どうするの、かいちょ?」
「会長?」
普段は私を名前で呼んでくれる二人が、会長と呼ぶ時。
それは私にオカルト研究会・会長としての判断を求めている時に他ならない。
だから私は……今までに集まった情報や状況を元に、告げた。
「じゃあ、こうするのは、どうかな?」
「……呪いの件は、なかった事にして」
三日後の放課後。
再び部室に現れた安川さんは、少しゲッソリした顔で言った。
「あら、どしたの?」
何処か楽しげに問うカナミに、安川さんは答えた。
「なんか、自分でも知らないうちに気にでもしてたのか、この三日間妙な夢を見てたのよ……
私が月穂に呪われたり、私が月穂に呪いを掛けたのを知った天神君に嫌われたり……
それが妙にリアルで……お陰で最近睡眠不足よ……
考えすぎであんな夢見るくらいなら、もう、いいわ」
「そう、なんだ」
その疲れぶりに、私は少し罪悪感を覚えた。
あの後。
私達は『ある魔術』を行った。
それは夢鏡の魔術と呼ばれる術。
自分の行いやその結果の未来を鏡に映す様に夢に見せるモノ。
(幸いにも、魔術に必要な情報や材料は、安川さんの髪の毛や最初に書いてもらった内容で事足りた)
そうする事で私達は彼女に彼女自身のやろうとしている事を見て欲しかったのである。
その結果が……今というわけだ。
「でも、ホント、なんであんな夢を……」
安川さんはなおもブツブツ呟いている。
「まさかアンタ達が……?」
『そんな事しないしない』
三人揃って笑顔で否定する。
タイムラグなど存在しない。
この辺りは流石に慣れたものだった。
「そ、そう……」
「あのね、安川さん……こんな事を言うと偉そうで嫌だけど……
安川さんの夢って、正夢だったのかもしれないよ」
「正夢?」
「安川さんがやった事は、そのまんま安川さんに返ってきてたのかもしれないって事。
私達は呪いの事を誰にも話したりしないけど、そういう事って何処から漏れるかなんて分からないし……
そうなったら、月穂さんも、天神君もいい気はしないんじゃないかな」
「人を呪わば穴二つって奴だ。
人を呪うような奴は自分も誰かに呪われるような事をしてるもんなんだ」
「……うう、そ、そうかも……」
そう言われて、安川さんはシュン、と項垂れた。
自分がやってきた事を自分に向けられた為か、今までの事を思い返して反省しているのかもしれない。
そんな安川さんに、カナミが言った。
「なんというか……そんな人を呪ってる暇があるなら、真っ向勝負で行ったら?」
「真っ向、勝負?」
「普通に告白、普通に勝負。
まあ個人的には恋に綺麗も汚いもないとは思うけど……綺麗な方が好かれるでしょ。一般的には」
「うん。私もその方がいいと思うよ」
一瞬だけ、篤君の方を見て、私は言った。
「せっかく恋をするんなら、ね。その方が素敵だと思う」
「……そう、そうよね……」
皆の言葉を受けてか、安川さんは俯き加減だった顔を上げた。
彼女の眼には真っ直ぐな光が灯っているように、私には思えた。
「私が間違ってたわ」
「うんうん……分かってくれた……」
「どうせ駄目もとでアンタ達に頼むんなら、オカルトチックに惚れ薬を頼むべきだったのよ!!」
『…………いや、それ違う』
明後日の方向への真っ直ぐさに、私達オカ研の総突込みが空を走ったのは言うまでもなかった。
それからどうなったのかと言うと。
私達の魔術の成果か、考えを改めてくれた安川さんは真っ向勝負……普通に告白したとの事。
月穂さんに冷たくされて傷心だった天神君は、それを承諾。
二人は見事付き合う事になった。
……まあ、その。
最終的には、一ヶ月弱で別れるという結果に終わったんだけど。
原因は彼女の我侭で天神君を振り回しまくったから……らしい。
天神君、結構我慢してたらしいけど。
なんというか……最初の占いはキッチリ当たったわけで。
「都合良く中途半端に信じようとするから、こういう事になるのよ」
とは、カナミのお言葉。
安川さんには悪いけど……
オカ研の戸を叩いてくれたのなら、最初から最後まで私達の事を信じて欲しかったなぁと思った、そんな春先の出来事だった。
時は二十一世紀。
科学全盛……とまでは言えないけど、相変わらず科学で世界が回ってる、そんな時代。
だが『ある意味』で、そんな時代に逆行する人間も存在している。
彼ら……いや『私達』は魔術師。その端くれ。
今日も魔術の修行を兼ねて、頑張ってます。
この物語は、私達……「オカルト研究会」を隠れ蓑に活動する、三人の未熟な魔術師の物語。
そんなわけなので。
ご用向きは、オカ研部室まで。
……END