こみパ afterstory 牧村南の場合



・本編の前に
このSSはLeaf・AQUAPLUSのゲーム”こみっくパーティー”(ドリームキャスト版)の二次創作物です。
クリア後の話なのでネタバレです。
今からやろうと思っている人は読まない方がいいです。

それでは、どうぞ。





「ふぅー寒いな……」

千堂和樹は呻いて、思わず空を見上げた。
雪がちらほらと降っていた。

「……道理で寒いわけだ」

傘を持ってきていないことを悔やむ。
すると、彼の横にたたずむ女性……牧村南は微笑んだ。

「大丈夫ですよ。すぐに暑い位になりますから」

その柔和な笑顔は出会った時と変わっていない。
それに照れながら和樹は答えた。

「……そうかもな」

自分たちの前後に並ぶ、人・人・人。
ゆうに数万人はいるだろう。
これはまだ”参加者”の一部に過ぎない。
そして、そんな彼らの目は萌え……もとい、燃え上がっていた。
確かに、これでは寒いと思っている暇すらなくなるだろうし、思う必要もない。

同人誌即売会、こみっくパーティー。
毎月行われるこのイベントの中でも特に大きなものの一つ”冬こみ”。

……去年までの自分はもうすでに会場の中にいて、本を売る立場だったのが懐かしい。
和樹がそんな想いを馳せていると、何処からかアナウンスが聞こえてきた。

『これより、こみっくパーティーを開催します』

「さあ、行こうか南さん」
「……はい」

二人は頷き合って、その会場を眺めた。
その視線に、懐かしさを乗せて。







千堂和樹。
悪友・九品仏大志に引きずられる形で、彼は”こみっくパーティー”……通称『こみパ』に同人誌を書くことで参加するようになった。
多くの出会い・様々な出来事……その中で彼は自身に眠っていた才能を開花させ、このこみパの顔と呼ばれるほどの作家になった。

しかし、彼はその才能を活かせる場所を蹴って、ある場所を選んだ。
それはたった一人の女性の側。

牧村南。
彼女はこのこみっくパーティーのスタッフであった。
優しく穏和な彼女を慕う者は多かった。
彼女は持ち前の優しさから駆け出しの同人作家である和樹をよく気にかけていた。
そんな関係の中で、いつしか南は和樹を一人の男性として見るようになっていった。

いつしか二人は想い合うようになるが、様々な出来事の果てに南は東京を離れることとなった。
南は、自分の都合で和樹の才能を潰したくないという理由から彼にそれを告げることはしなかった。
しかし、和樹は、大志に教えられギリギリ間に合った別れ際の中、ある約束を交わした。

”いつか迎えに行く”
”待っています”

数年後、彼らはその約束を果たした。

そして、今。
彼らは少し早めの正月休みを利用して、久しぶりにここに帰ってきたのである。

「相変わらず、すごい人混みだな……」

人でごった返す会場を他人事のように眺めながら、和樹は呟いた。

「ええ、本当に……ああ、そこ走らないで……あ」

大声を上げて注意しようとした口を南は抑えた。
見るに見兼ねて、昔の癖が出てしまったらしい。
和樹は思わずぷっと吹き出してしまった。

「ご、ごめんなさい……つい……」

真っ赤になって南は俯いた。
それがまた可愛かったりする。

「いや、大丈夫……ていうかよかったかも」
「え?」

二人が視線を向けたそこで。
さっき走っていた人々がまるで本物のスタッフに注意されたようにおとなしくなっていた。

(いや『本物』はどっちかっていうと南さんなのかもな……)

そんなことを思いながら、和樹は南を連れて歩いていった。
その行き先は、かつての友人のスペース。

「久しぶりやなあ、牧やん、和樹」

そのスペースから元気に話しかけてきたのは、関西の方では名の知れた同人作家であるところの猪名川由宇だった。
彼女は二人共通の友人だ。
ハリセン片手に、同人誌を売り捌く姿は相変わらずのようだ。

「由宇ちゃんも元気そうで何よりだわ」
「まあ、お前のことだからいつだって元気なんだろうが」
「あったり前や。ところで……」

そこで由宇はニヤリと笑って、南にすり寄った。

「どうなん?和樹との仲は?その辺の所くわしく教えてーな。
まさか、キス止まりなんてことはないんやろ?」
「ゆ、由宇ちゃん……」
「んな事聞いてどうすんだ温泉パンダ」
「そりゃもうネタにするに決まっとるやないか」
「あのな」

二人の空気の変化……微かな怒りと微かな困惑……に気づいた由宇は、ははと笑って誤魔化した。

「冗談。冗談やって。
……それにしても二人とも水臭いなあ。うちに連絡くれればサークル入場証分けたったのに……」
「いや、俺もそう言ったんだけど……」
「駄目です。皆平等に。それに……一度、一般入場がしたかったんですよ」

少し幽かに微笑んで南は言った。

「……そんなもんかもな。ま、ええわ。それより、お買い得やで?」
「まさか、買わせる気か?」
「当たり前やろ」

そう言って由宇は意地悪そうに笑った。

「持ちましょうか?」

南は心配そうに眉をひそめた。
……結局、由宇は気前良くタダでくれたのだが、その量が問題だった。
来なかった時の同人誌、コピー本まで山のように手渡されたのだ。
ほとんど嫌がらせである。

「いや、大丈夫。南さんは俺を誘導してくれればいいから」

……そうやって、のんびりと歩いていた時だった。

「しょせん、ぽちはぽちなのね。この詠美ちゃん様の敵じゃなかったということなのよっ!」
「それはいま関係ないだろ、詠美」

荷物を抱えた和樹の前に現れたのは、自他ともに認める(認めたくないが)このこみパの女王、大庭詠美その人だった。
後ろ手に何かの袋を持っているようだが……

「詠美ちゃん、こんにちは。調子はいい?」
「……う、うん、まあまあ」

詠美は照れくさそうに頷いた。
彼女は彼女なりに南を慕っていて、再会できたことを喜んでいるのが、その様子から分かった。

「ところでお前こんなところで油売ってていいのか?」

その言葉に彼女は顔を真っ赤にして言った。

「な、なによ。あたしがここにきたのは……」
「なんだよ?」
「……」

彼女は顔を俯かせて、手に持っていた荷物を南に押し付けた。
南は戸惑いながらもそれを受け取った。
それを確認すると、詠美は「ふ、ふみゅぅぅぅん!」と泣きながらどこかに消えていった。

「……悪いこと、しちまったかな」

詠美が渡した荷物の中には彼女の作った同人誌(おそらく新刊)が山のように入っていた。



「待っていたぞ、まいぶらざー!!それでこそ選ばれしおたくの……」
「うるさいっ!!」

いつもの台詞を言いかけた大志は”彼女”の釘バットに粉砕された。

「よう、久しぶりだな瑞希」

何事もなかったように、手を上げて和樹は挨拶した。
その横で南がぺこりと頭を下げていた。
彼女……高瀬瑞希は怒ったような顔でそっぽを向いた。

「フンだ、勝手にいなくなって……」
「お前には事前に話しただろーが。大体、なんでお前がスペースとってるんだよ?」

カタログによると、そこのスペースはブラザー2(かつての和樹のサークル名)が使っていることになっていた。
事情を大志に電話で尋ねても”くれば分かる”の一点張りだったのだ。

「そ、それは……」
「それはお前のためなのだよ、まい同志!!」
「復活が早いな」
「ふっ当然だ」
「すごいですね、大志君は」
「いや、南さん、そこは誉めるところじゃないです」
「とにかくだ。同志瑞希がこんな暴挙に出たのは、お前に再び漫画を書いてもらいたいという想いからだ!!」
「俺に?」

和樹は瑞希の顔を見つめた。
瑞希は何も言わなかった。
大志の話は続く。

「過去の作品を再び刷り直し、反響を呼ぶ事で、お前に再び漫画を書かせるよう仕向けようとしたのだっ!!」
「……本当なの?瑞希ちゃん」
「……ち、違います。あたしは、ただ、このまま和樹が皆に忘れ去られていくのが嫌で……
あんなに一生懸命やっていたのに……それがただ、なんとなく悔しくて……」
「……!」

南の顔に軽い衝撃が走った。
それは南がずっと前から思っていたことだった。

自分がいることで、和樹は漫画を書けなくなったという事実。
和樹自身はそれを気に病む事はないというだろうが、彼のファンだった人達はそう思わないだろう。
今ここにいる、瑞希のように。

今改めて、その事実を知って、南はうちのめされた。

「………」
「南さん?」
「……ちょっと失礼しますね」

南は弱い笑顔を浮かべて、その場から去っていった。

「……」

その悲しい笑顔に胸を刺し貫かれた和樹は、暫し動けずにいた。
そんな和樹の背に、大志の声が掛かる。

「何をしている。早く行ってやれ」
「……大志」
「お前は、それをすでに選んでいるだろう。何を今更迷う?」
「……そうだな。サンキュ」

和樹は頷いて、南の後を追うように、人ごみの中に消えていった……







会場の外。
その一角にあるベンチに南は座り込んでいた。
会場の熱気がまだ体に残っていて、寒いとは思わなかった。
でもじきに冷めていくだろう。
そう思った時だった。

「ほら。あったまるよ」

そう言って缶コーヒーを手渡したのは……

「和樹さん……」
「隣、いいよね?」

その言葉に、南はコクンと首を縦に振った。
それを確認してから、和樹は南の横に座った。

「……私……瑞希ちゃんの言うことは正しいと思うんです」
「…………」

白い息とともに彼女はポツリポツリと語りはじめた。
和樹はまるで音楽に聞き入るようにただ黙ってそれを聞いていた。

「貴方は、全てを手に入れました。他に手に入らないものがないほどに……
貴方はその全てを捨てて、私の元に来ました。
本当に嬉しかった……でも、貴方の作品を楽しみにしていた人たちのことを思うと苦しかったんです」
「南さん……」
「だって、そうでしょう?貴方の本のおもしろさは私が一番知っているんですから……」

出会った時。
スタッフとして見本誌を見ていた南は、和樹にとってはじめての読者だった。
それからも、和樹の本を一番最初に手に取るのは南だった。
だからこそ、和樹の本の素晴らしさ、和樹の可能性を一番理解していたし、それゆえに彼の前から去る時もその事を言い出せないでいたのだから。

深々とただ雪が降っていた。
その雪が積もるような沈黙。
それを破ったのは、和樹の言葉だった。

「……南さん。前に、言っただろ?」
「……あっ……」

和樹はそう言って南の肩を抱いた。
人の目が集まるが気にもしなかった。
自分の一番大事なものが何かを和樹は知っていたからだ。

「俺には何もいらないって。ただ、南さんがいればいいって」
「…………」

声にはならない。
でもそこには確かな想いがあった。

「でも、それを南さんが重荷に思うのなら、俺はまた書くよ」
「で、でも……」
「どうやってって?こみパには地方から参加する奴らだっているんだ。
毎月は無理でも、不可能じゃない」
「和樹さん……」
「だから、南さんがそれを望むなら、俺は書くよ」

南は涙ぐんだ。
和樹の想いはあの日から変わらず、自分の側にあったことが嬉しかった。

「だから、心配することは何もない。強いていえば……」
「……なんですか?」
「南さんの夢の方が俺は心配だな」

南の夢。それは。

「夢を、忘れたりしてない?」
「それは……大丈夫です」

涙をぬぐって南は笑った。
そこにいるのはいつもの牧村南だった。

「どうして?」

答がわかりきっていたのに、和樹は問う。
南は和樹の顔に自分の顔を寄せて囁くように言った。

「あなたが、いるから……」


貴方が側にいるなら、私は強くなれる。
夢を忘れないでいられる。
どんなことだってできる。
それは貴方が教えてくれたことなのだから……


そんな想いを重ねるように、二人は唇を重ねた。

触れるだけのキス。
今はそれで十二分だった。
和樹がバッと立ち上がった。

「さて、残り時間はたっぷり残ってる。もっと楽しまなきゃ……ね?」

手を差し出す。
南はそれを柔らかく、かつしっかりと受け取った。

「……はい」

二人は立ち上がり、再び会場へと戻っていった。
二人が出会った、その場所へと。







時が、流れていく。

それは今でない時。

ここではない場所。

でも、いつかある風景。


「おっ、そこの兄ちゃん、どないや?」
猪名川由宇がハリセンを振るい。

「この詠美ちゃん様がこんな地方にいるのをかんしゃすることね。これ、めーれーよ」
大庭詠美が無意味に威張り。

「すばるの同人誌いかがですの〜」
御影すばるが大声を張り上げ。

「にゃはは〜ガッシュ様はどこでも映えるでしょ、やっぱ」
芳賀玲子が愛(偏り気味)について熱く語り。

「…………」
長谷部彩がそこにいて。

「どいてくださいですぅ〜にゃああああっ!!」
塚本千紗が慣性の法則に振り回され。

「はーいっ皆さんこんにちはー。桜井あさひですーっ!!」
桜井あさひが『友人』のために、ファンのために偽りの笑顔を浮かべ。

「先生の本……買うんだ」
立川郁美が自分の足でそこに来て。

「なんであたしがあいつの売り子しなきゃいけないのよ……」
「顔は嫌がってないぞ、まいしすたー」
高瀬瑞希が、九品仏大志が”彼”のためにそこに立つ。

そんな、未来。





そして。
その始まりは彼女の声で。

「頼むよ、主催者さん」

千堂和樹が彼女の横に立って、励ます。

……マイクにスイッチを入れる。

牧村南が……夢を、叶える。





『こみっくパーティーを……開催します!!』




…………終。