●注意文

 このSSは『To Heart』と『To Heart2 AnotherDays』のそれぞれの『あるキャラのエンディング』を組み合わせた物語です。
 作者のイメージなどの含有率が人によっては大きいと感じられる場合もありますので、原作のイメージを大事にしたい方はどうか読む事をご遠慮ください。
 またエンディング後の物語なので、ネタバレを嫌う方もどうかご遠慮ください。

 以上の点に関する苦情については受け付ける事ができない事をご了承の上、それでもいい、それでも読んでみたいという方のみ、下の方へとお進み下さい。


 それでは、どうぞ。




















 例え全てが変わっても〜Heart to Heart〜


















「……ご主人様」
「なにかな、シルファちゃん」

 自分を呼ぶ声に、リビングのソファーでテレビを見ていた河野貴明は顔を上げた。
 その視界に映るのは、貴明にとって『大切な存在』である所のシルファがいた。
 彼女は機械……いわゆるメイドロボだが、機械であろうが、彼女が心を持ち、貴明と心通わせている事に偽りは無い。

「あのれすれ、明日、外出したいんれすが……いいれすか?」

 何処か舌足らずな言葉遣いでシルファが言う。
 それはメイドロボとして生まれて以降の、様々な環境ゆえに『そうなってしまったもの』だった。
 もっとも、最近は状況によって舌足らずな言葉を抑えたりも出来るようなので、これは自分とのコミュニケーションの一種なのかもしれない、と貴明は考えている。

「うん、勿論いいけど……何処行くの? 買い物?
 だったら休みだし、俺も行って手伝うけど。
 その、で、デートもしたいし」
「そ、それはいいれすれ……って、そうらなくて。
 その、明日、ヒトに会う約束があるのれす。
 れーとは勿嬉しいんれすけど、だから、その……」
「そういう事なら、デートはまた今度にしようか」
「はい……れも、その……」
「うん、近い内に必ず行こう」
「……はいなのれす」
「うん。じゃあ、それはそれとして……明日は誰と会うの?」

 元々人見知りで、今もソレが完全に消えたわけではないシルファが人と会う。
 その状況から考えて、自分の知っている……シルファにとって馴染みのある人間、あるいは彼女の姉妹達であるイルファ、ミルファかと思ったのだが。

「……マルチお姉様れす」
「? マルチ?」

 なので、シルファの口から出た聞き慣れない名前に、貴明は小さく首を捻った。
 その様子を見てか、シルファは捕捉するように言葉を続ける。

「HMX−12 マルチ。
 シルファ達……イルイルやミルミルにとってもお姉様にあたる存在れす」
「HM−12じゃないくて、HMXなの?」
「そうれす。
 シルファ達と同じく試作型として作られた方れす。
 シルファ達とは違ってダイナミック・インテリジェンス・アーキテクチャこそ備わってないれすが、感情も持っていて、シルファ達みたいに……」
「シルファちゃん?」

 急に口篭るシルファに、貴明は怪訝そうな視線を送る。
 だが、何故か顔を赤らめているシルファはその疑問に答える事無く、そっぽを向きながら告げた。

「とにかくれす。
 明日、マルチお姉様に会うのれす」
「ああ、分かったよ。ただ、行くのはいいけど、一つお願いがある」
「なんれすか?」
「俺も連れて行ってくれないかな?」
「な、なんれそうなるれすかーっ!?」
「いや、会ってみたいなって。なんかまずいのかな?」
「そ、そういうわけれはないれすが……」

 予想外の発言にうろたえていたシルファだったが、貴明の顔を見たり瞑目したりした後、観念したかのよう言った。

「その、マルチお姉様と二人きりで話したい事があるのれす……
 だから、ご主人様は、その……来てもいいれすけど、挨拶ぐらいにしておいてほしいれす」
「……ん。分かったよ」

 シルファの性格上、素直になるのは珍しい。
 それほど話したい事があるのだろう、と貴明は感じていた。
 基本的に”他人”の事を『イルイル』や『このこの』のような呼び方をする彼女がそう呼ばない事もその事を裏付けている気がした。

 相談の内容が気にならないと言えば嘘になる。
 だが、貴明自身が人間である以上”分からない事”もあるのだろう。
 それについて相談できる誰かがいるのなら、相談できるに越した事はない。
 勿論、貴明自身、シルファの為に理解が必要な事であれば全力で理解する気は満々だが。

「じゃ、シルファちゃんの言う通り、挨拶だけさせてくれないかな」
「ありがとうれす、ご主人様。
 でも、一応ご主人様が来る事は連絡しておくのれす。
 もし……」
「分かってる。
 マルチさんが遠慮して欲しいなら、俺は行かないよ」
「お願いするのれす」
「で、もしついてきていい事になって、それが早めに終わったら買い物込みでデートね」
「……はいれす」

 顔を赤らめるシルファの可愛さに顔を緩めながら、貴明は彼女の頭を撫でた。
 そして、こんな日々がずっと続く事を、心から願った。











「はじめまして、HMX−12、マルチですっ」

 翌日。
 待ち合わせ場所として指定していたショッピングモール入口で貴明とシルファの二人は、その存在と出会っていた。

 HMX−12 マルチ。
 緑色の髪を揺らし、深々とお辞儀する彼女の背格好はシルファよりも幼く、見た目で言えばシルファの方が姉にしか見えない。

 だが、シルファは全くそう思っていない。
 自分よりも幼い姿の存在に、いつになく緊張した面持ちで挨拶を交わす様子を見て、貴明は彼女がシルファの姉である事をなんとはなしに実感していた。

「な、なにしてるれすか。
 ご主人様も挨拶するのれす」

 自分でも緊張しているのが分かっているのか、緊張を誤魔化すようにシルファは貴明に話を振った。
 ソレが伝染したのか、貴明は若干緊張した面持ちで頭を下げた。

「は、はじめまして。
 その……河野貴明です。
 えと、シルファちゃん、いえ、その、シルファさんと一緒に生活してます」
「……なんれすか、その恋人の家族に初めれ会うようなリアクションは」
「いや、実際その通りなんじゃ……痛たたっ」

 恥ずかしさなのか、ポカポカと叩いてくるシルファにされるがままになりながら、貴明はマルチの方を見ていた。

 なんとなく、不思議な感じがする。
 容姿としてシルファよりも幼いのが主な原因なのだろうが……なんというか同じ『感情を持つメイドロボ同士』なのに、なんとなく違う気がしたのだ。
 シルファが言っていたダイナミック・インテリジェンス・アーキテクチャの有無が微妙に出ているのかもしれないが……
 そんな疑問のようなものが込められた視線に気付いているのかいないのか、マルチはじゃれ合う(?)二人の様子を眺めて、笑顔で言った。

「お二人とも、仲がいいんですね。
 主任からお話は伺ってましたけど……とても嬉しいです」

 それは、ほんわかとした、優しい雰囲気を辺りに撒き散らすような笑顔。
 その笑顔に毒気を抜かれたのか、あるいは恥ずかしくなったのか、シルファは貴明を叩く手を止め、誤魔化すような咳払いをしつつ改めてマルチに向き直った。
 そんなシルファに内心で苦笑しつつ、貴明は浮かんだ疑問を口にした。

「なんでマルチさんが嬉しいんですか?」
「えと、なんと説明したらいいか、その……はわわ、上手く言えないです」
 
 必至に考え、顔を赤らめ、困惑の表情を形作るマルチ。
 シルファより数世代前のメイドロボとは思えないほどの感情の発露がそこにはあった。
 なにより、彼女の『人柄』が感じ取れた。 

 そんなマルチを見て、貴明は安心した。
 彼女なら、シルファの『相談』をしっかり受け止めてくれそうな、そんな気がしたからだ。

(……ああ、そういうこと、なのかな)

 そこで貴明は気付く。
 先程マルチが口にした『嬉しさ』というのは、自分の妹が誰か……人間と仲良く出来ている安心感のようなもので。
 今の自分が感じている気持ちに、近いものなのではないかと。

「ご主人様、お姉様を困らせらいれほしいのれす」

 貴明がそんな事を考えている数瞬の間にも、マルチもまた考え込んでいたらしく、その様子を見るに見かねてシルファが抗議の声を上げた。
 その声で未だ考えるマルチの様子を確認した貴明は慌てて言った。

「いや、その、そんなつもりじゃなかったんだけど……すみません、マルチさん。
 無理に説明しなくていいですから」
「わ、わたしこそ至らぬところをお見せしてしまって、すみませーんっ!!」
「あ、いや、こちらこそっ!?」

 ペコリペコリと頭を下げ合う二人。
 片や姉、片や主人(建前)という事もあり、どうにも止め辛いシルファが傍観する事数分。
 ようやっと互いに納得(?)したらしく、状況が落ち着いた瞬間にシルファは本題を切り出した。
 
「で、では、その……色々お話を聞かせてほしいのれす」
「そうでしたね。わかりました。じゃあ、まず何から……」
「そ、その前に場所を変えて欲しいれすっ」

 貴明の方を見て、思わず叫ぶように主張するシルファ。
 その様子に小さく首を傾げながらも、マルチは妹の言葉に頷いた。

「そ、それではご主人様、少し待っててくらさいれす」
「ああ、うん。
 俺の事は気にしなくていいから、ゆっくり話してきなよ」
「……ありがとうれす」

 そうして何処かに去っていく二人を見送った後、貴明は、うーん、と考え込む。
 
「元々ゆっくり待つつもりだったんだけどさ……何して時間潰すか考えてなかったな」

 とりあえず周囲に時間を潰すような場所があれば、と視線を彷徨わせたその時。

「おーい、そこの少年」
「?」
「お前だよ。さっきまでメイドロボ二人と話してたお前」

 聞き慣れない声ゆえに、最初は違う誰かに呼びかけているのかと思ったのだが、二人のメイドロボと話していた人間など他に誰もいなかった(多分)以上、それは自分を呼んでいるのだろう。
 そうして、疑問やら疑念やらを微かに顔に浮かべながら貴明が視線を向けた先には、精悍な顔付きの青年が立っていた。

 青年は訝しげな顔をする貴明に、何処か不敵な、それでいてやる気がなさそうな形容しがたい笑みを向けつつ歩み寄り、言った。

「もし俺と同じで暇だったら、そこのヤックで話でもしないか?」
「え? 話って一体なんの……」

 初対面の人間とジャストフィットする共通の話題を持っているように見えるのだろうか?
 そんな事を考えていると、青年は何かを思い出したかのように、ああ、と零してから口を開いた。

「……そうだったな。自己紹介を忘れてた」
「自己紹介?」
「俺は藤田浩之。
 さっきお前が会ってたマルチの……まぁ、世間的にはご主人様だな。
 内実的にはお前と同じってところだが」
「え……?」

 貴明の困惑気味な反応に気をよくしたのか、青年……藤田浩之は、先程よりもやる気のなさを軽減させた笑みを浮かべて見せた。










「……この辺りに来るのは久しぶりだな」

 数分後。
 結局ヤック(全国チェーンのファーストフード店)の奥で男二人は向き合っていた。
 時間帯が微妙に食事時から外れている為か人が疎らな中、会話を交わす。

「えと、そうなんですか?」

 互いの相方の話が終わるまでやる事がない以上、どの道時間を何処かで潰さなければならない。
 そんな考えもあり、貴明は浩之の提案を呑んだ。
 である以上、世間話をしない理由も無く。
 浩之の呟きに対し、何処か落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた貴明は、少し居住まいを正しつつ、反応を返した。 
 そんな貴明に、ああ、と答え、浩之は言葉を続ける。

「お前位の年の頃、ココの近くのガッコウに通ってたんだ。
 でもガッコウに行かなくなると、こっちに来る理由もあんまりなくてな。
 それで懐かしさを感じてたってわけだ」
「そういうものですか……」

 言いながら、貴明はこのみの卒業式の日に感じた感覚を思い浮かべていた。
 多分今目の前の青年が感じている気持ちは、それと近いものなのだろうと。
 だが、その考えはある意味で正解であり、ある意味では不正解だった。

「なんか、学生時代の事を思い出すな。
 あの頃にマルチと出会ったからなぁ」
「え?」
「アイツ、運用試験の一環でガッコウに来てたんだよ。
 で、その時に俺と出会ったってわけだ。
 その辺りはお前と違う所だな」
「……俺の事を知ってるんですか?」
「ああ。殆どマルチからの又聞きなんだけどな。
 というか、今日の事も聞いてたからここにいるんだよ」

 なるほど、と納得する貴明。
 確かに偶然通りかかったという方が無理がある。
 しかし、そうなると疑問がわいてくる。

「どうしてマルチさんと一緒に来なかったんですか?」
「いや、俺の性格上の問題というか……最初マルチに誘われたんだが面倒臭がって断っちまったんだ。
俺、基本的に面倒臭い事嫌いだし」

 やれやれ、と言わんばかりに肩を竦める浩之。
 貴明としては突っ込みを入れるかどうか迷い所だったが、話を聞きたい気持ちが勝っていたので、何も言わず浩之の言葉に耳を傾けた。

「だからなんとなくバツが悪かったというか。
 あと、そっちのマルチの妹の話を聞くに、俺が行くのもどうかなと思ったんだ。
 まぁお前も来るって聞いたから結局来た訳だけど」
「? どういう事ですか」
「……お前、女心が分かってないとかよく言われたりしないか?」
「う」
「図星か。
 ま、その辺りは俺もあんまり言えない気がするから追及はしないけどな。
 それに、同席しない辺り全然分からないってわけでもなさそうだし」
「ははは……」

 シルファに頼まれなかったら同席していたかもしれないと思うと、返す言葉も無い貴明は微妙に引きつり気味の笑みを浮かべる。
 それを誤魔化すように……というか、話を逸らす気満々で貴明は思いついたままに疑問を呟いた。
  
「そ、それで、どうして藤田さんはココに来たんです?
 面倒臭かったんでしょう?」
「んー、まぁ、一つはマルチの事が気になったというか、心配になったというか。
 あとお前がマルチの顔を見たいと思ったように、俺もお前の顔を見ておきたかったんだ」
「俺の、ですか?」
「ああ。
 マルチの妹達にやたら好かれてる噂のヘタ……おほん、噂の男がどんな奴か興味があってな」
「……わざわざ言い直さなくてもいいですよ。ヘタレ扱いには慣れましたから」
「泣きながら言うなよ。
 なんというか、人間関係に苦労してるみたいだな。
 まぁ、その辺りは経験を重ねるしかないしな……頑張れ」
「は、はぁ……」

 そんな貴明の生返事を最後に、会話は一時途絶えた。
 折角注文したバーガーセットが冷めてしまうとばかりに、食を進める二人。

 そんな中、貴明はそわそわと落ち着かない様子だった。
 時折、何処とはなしにあらぬ方向を……遠くを見ている。
 それは店に入る前から続いている事に、浩之は気付いていた。

「……向こうの話が気になるのか?」

 思ったままに呟く浩之。
 その言葉に少し驚きつつ、貴明は言った。

「気にならないと言ったら嘘になります」

 シルファの『相談事』について、貴明は昨日から気になっていた。
 昨日考えたとおり、ソレが自分に解決できない、理解しづらい事……ではなく、他ならない自分が原因になっている事ではないのか、と。

 今の生活において自分に至らぬ所があったんじゃないのか。
 その事について嫌な思いをさせていないのかどうか。
 
 シルファと心を通じ合わせた今でも、その手の不安は付きまとっていた。

 シルファが信じられないわけでは決して無い。
 信じられないのは、自分の事だった。

「……そう不安そうな顔しなくてもいい。
 というか、心配いらないだろ」

 そんな貴明の気持ちを見抜くような、落ち着いた声音で浩之は言う。

「多分、あの子は経験者の話を聞きたいって思っただけだと思うぞ」
「経験?」
「分からないか? 俺達の共通点」
「……え? その……俺達の関係の事ですか?」
「まぁ、そういうことだな」

 人間とメイドロボの恋。
 それが自分達に共通しているのは最早明白だった。

「メイドロボも随分普及してきたけど、それでもまだまだ珍しい事には変わりないし。
 その珍しい中でも、互いに好き合うとなるとさらに珍しい事だろうからな。
 人間にせよ、メイドロボにせよ、不安になるのは不思議じゃないと思うぞ。
 マルチより、思考形態というか精神構造が人間に近付いたのなら尚更だな」
「……藤田さんも、不安になるんですか?」

 目の前の青年は、精神的に自分よりも遥かに大人だと貴明は感じていた。
 マルチとは少し話した程度だが、それでも彼女が、ある意味シルファよりも『安定』した『優しくてイイコ』なのも感じ取れた。
 そんな二人でさえ、不安になる事があるのだろうか……ソレは、そんな疑問から零れ落ちた言葉だった。

 そんな言葉に、浩之は口にしていた紙コップを下ろし、言った。

「そりゃあ、あるさ。
 アイツと一緒にいる時間が増えれば増えるほど、不安の種は多くなっていくからな」
「え…?」
「だってそうだろ?
 一緒にいる時間が増えるほど、『誰かの視線』に晒される時間も増える。
 俺達自身が納得している事に納得できない『他の誰か』なんてこの世界には数えるのが馬鹿らしくなるほどいるんだ。
 そんな『他の誰か』からの、ある事無い事織り交ぜた誹謗中傷ってのは結構キツイ。
 それは時間を重ねれば重ねるほど増えていく」
「……」
「そして、何より……この世界に、変わらないものなんか、何一つとして存在しない。
 それが俺達の気持ちであったとしてもだ」
「……!」

 浩之の言葉に、貴明は胸を刺し貫かれたような気がした。
 それは、貴明の心の何処かに燻っている不安の大本、そのものだったからだ。

 そう。
 変わらないものは、何一つとしてない。

 それはシルファと自分の事だけに限らない。

 幼馴染であるこのみや環、雄二。
 友人達がいる、毎日騒がしくも、決して退屈しない日々。
 日々のささやかな楽しみや、今を支えるたくさんの『環境』。 
  
 大切なもの。
 大切な関係。
 大切な時間。
 
 それらはいつもそこにあるから見え難くなっているが、永遠ではありえないもの。

 そして、それを見つめる自分でさえ、不変ではない。

 新しい環境になれば、視点が変わり、視界も変わる。
 変わり続ける環境の中で、何かをずっと維持し続けるのは、とてもとても難しい事。

 それが、ヒトとは違う……特異な関係性であれば、尚更だ。

 海に絵の具をぶちまけても、海は決して何色にも染まらない。
 一人一人の小さな、ごくささやかな『色』など、世界という海には無意味でしかないのだから。

「気持ちは変わる。それは紛れも無い事実だ。
 俺も、そうだからな」
「……どういう、意味ですか?」
「言葉通りだ」
「……気持ちが、冷めた、なんて言いませんよね?」
「……」
  
 浩之は何も答えない。
 ただ、貴明を見据えていた。
 
「なんで、何も言わないんですか……?」

 黙して語らない浩之に、貴明は心がざわつくのを……否、正直怒りに近い感情を感じていた。
 
 認めたくなかった。
 自分達と『同じ』だと感じた人達が、変わらない気持ちを否定する事を。
 
 そんな感情を込めて見据えると、浩之は言った。

「仮に、もしそうだったとするなら、お前達はどうするんだ?」
「どうもしません」

 浩之の問い掛けに、貴明は迷わず答える。

 その脳裏には、シルファの顔が浮かんでいた。
 笑顔、泣き顔、怒り顔、色々な顔が浮かんでいた。

 だから、答に迷いは無かった。

「どうもしません……俺達は、俺達です。
 貴方達とは、貴方とは違います……!
 俺は、今シルファちゃんが好きだって気持ちをなくしたくない……いや、なくしたりなんか、しない……!」
「……」
「変わらない気持ちなんか、ないのかもしれない……でも、それでも、俺は……!」

 それ以上は、上手く言葉にならなかった。
 そうして訪れた沈黙の中。

「……安心したよ」
「え?」

 浩之の口から零れた言葉に、貴明は思わずそんな声を上げていた。
 そうして改めて見た浩之の表情は、とても穏やかな、優しいものだった。

「実は、さっきの言葉には続きがある」
「さっきの、言葉の続き?」
「ああ。
 気持ちが変わるって言葉。
 俺の気持ちも変わったって後だ」

 浩之は、真っ直ぐに貴明を見据えて告げた。

「俺の気持ちは、変わった。
 出会った頃よりずっと……マルチの事が好きになってる」
「……?!」
「昨日よりもずっと、なんて言えないけどな。
 それでも、昔よりずっと、アイツが可愛くて、愛しい。
 お前もそうじゃないか?」

 からかうような、それでいて何処か優しい浩之の笑みで、貴明は気付いた。

「試したんですか……?」
「まぁ、そんな偉そうなつもりじゃないけどな。
 でも……あの子はアイツの妹で、お前は俺の後輩だからな。
 気にならないわけないだろ?
 だから、つい、な。
 気に障ったんなら謝るけどな」
「いや、その……そんな事はないです」
「そっか。
 でも、まぁ、なんだ。これで分かっただろ? 自分の気持ちが」
「……!」
「その気持ちを忘れるな、なんて言うつもりはない。
 でも、感じた心に嘘が無い事を覚えててほしい……って、説教臭くなったもんだな。
 偉そうで悪かったな、ホント」
「いえ……凄く、勉強になりました」
「そうか?」
「あの、良かったら、マルチさんとの話、もっと聞かせてください」
「まぁ、誰かに話すような事じゃないが……同類のよしみで話してやる。
 その代わり、お前達の事も聞かせてくれよ?」

 そうして、二人は言葉を交わし続けた。
 そんな似て非なる二人の会話は、貴明の携帯のコール音がなるまで続いていった。 









 
 太陽が西に傾き始めた頃。
 最初に待ち合わせしていたその場所に、二人のメイドロボは並んで立っていた。

「お待たせ」
「遅いのれすよ。
 ……? 誰なのれす、その人」
 
 訝しげな視線を浩之に送るシルファ。
 その視線を受けた浩之が口を開き掛けた瞬間、その疑問に答える形でマルチが言った。
 
「浩之さん、来てらっしゃったんですか?」
「ああ、気になってな。あとお前が心配でな」
「はわわ……」

 笑顔でマルチの頭を撫でる浩之。
 撫でられたマルチは世にも幸せな表情でされるがままとなっていた。

「……むー」
「はいはい」

 それで大体の事を察したのか、二人の様子を羨ましそうに眺めていたシルファは、チラリと貴明を一瞥した。
 それだけで視線の意味を解した貴明は、そんなシルファの可愛さに笑顔を浮かべながら頭を撫でた。

「……それで、どうだった? いい話は聞けた?」
「うう、マルチお姉様に比べたらシルファは未熟者なのれす……
 もっと頑張るのれす……」

 マルチの話には何か深く感じ入るものがあったらしく、頭を撫でられながらもマルチを見るその眼は尊敬の念に満ちていた。

「ご主人様は、どうらったのれすか?
 どうやらマルチお姉様のご主人様とおはなしされたようれすけろ」
「……俺もシルファちゃんと同じかな。色々考えさせてもらったよ」
「ああ、俺もそうだよ」
「え?」

 浩之の思わぬ言葉に、貴明は元より、シルファも目を瞬かせた。
 そんな二人に、浩之とマルチは優しい笑みを贈っていた。

「なんていうか、俺は俺で忘れ気味だった事を見せてもらった気がするんだ。
 だから、ありがとうな」
「わたしも、シルファさんとお話できてとても嬉しかったです」
「俺達は俺達、お前達はお前達。
 色々違う所もあるし、これからの道も違うだろうけど。
 それでも、またいつかこうして話せたらいいな……って俺は思う」
「……はい、俺もそう思います」
「……シルファも、同じれす」
「そっか。
 じゃあ、また、いつかどこかで」
「はい。
 また、いつかどこかで」

 そうして。
 彼らはそれぞれ握手を交わして帰っていった。

 他ならない、誰でもない、自分達の道へと。

 
 







「……シルファちゃん」

 それから数時間後。
 約束通りのデート兼買い物を終えての帰宅中、貴明が口を開いた。

「なんれすか、ご主人様。
 言っておきますけろ、今日のメニューに変更はないれすよ」
「いや、そのことじゃなくて」

 苦笑しつつ、貴明は言った。
 夜空の星を見上げる……フリをして、自身の横を歩く、一番大切な女の子を見ながら。

「さっきも言ったけど。
 今日、あの人から俺も色々話を聞けてさ。色々考えさせられたよ」
「そう、れすか」
「なんていうか……これから先、色々変わっていく事、たくさんあるよね。
 ずっと、同じ事は、何一つとしてないんだ。
 俺達の気持ちも、変わっていくと思う。
 良いにせよ、悪いにせよ」
「……そうかも、しれないれす。
 シルファも、同じ事をお姉様に話しましたし、聞いてもらいました」
「でも」
「れも」

 全く同時に立ち止まり、全く同じタイミングで互いの顔を見て呟く二人。
 そんな自分達に笑い合いながら、二人は言葉を続けた。

「一緒にいたいって思う、今の気持ちは変えたくないし、変わらないって信じ続けたい」
「……シルファも、そう思うれす」

 言葉を交わしながら、視線を交わす二人は、どちらともなく手を伸ばし、繋ぎ合った。

 永遠に変わらないものなんか、何一つとしてないけれど。

 今抱いたこの気持ちに嘘は無くて。
 その気持ちから繋いだ手の感触は確かな現実だから。

 カタチがないココロをカタチに変えて。
 変わるかもしれないココロを繋ぎ続けよう。

 ココロのカタチが変わっても。
 ココロの繋がりだけは、無くさないように。

「じゃあ、行こうか」
「はい、なのれす」

 永遠を願う気持ちを、刹那の感触に込めて。

 二人は歩いていく。

 自分達の為だけにある、その道を。

 どこまでも、どこまでも。









………………END





戻ります