この物語は、このHP『ゆーとぴあ本舗』の一次創作をある程度知っていないと楽しめない可能性が大きいです。
その事を踏まえた上でこの作品を読みたいと思える方は下の方へにお進みください。
















 いきなりでなんだが、私は魔女だ。

 生まれこそ普通だったが、ちょっとした切っ掛けで魔術を齧ったのが運命だったのか。
 紆余曲折を経て、結構あったらしい才能を伸ばし……いつのまにか銀色の魔女とか、伝説の魔法使いとか言われるようになっていた。

 基本的に不老(ややこしい手順の魔術が必要だが)な身体を活かし、色々な事をやった。
 多分、この世でやれる事の大半はやっただろう。
 良い事、悪い事どちらも満遍なく。
 もっとも、悪い事については私が当時受けた屈辱その他を世界に割引して返した位だが。
 
 そうして生きている事に退屈を覚え始めた私の元に、一人の女性が現れた。

 彼女は『王』だった。
 この地球という星を裏側から護り、管理する者達を纏め、従える存在。

 その彼女は、私に『管理人』の一人にならないか、と言った。

 魔術を使わずとも地球が存在する限り不老となり、この世界の真実にも触れる事が出来る。
 そんな様々な恩恵を受ける代わりに『何か』が起これば、率先してその『何か』に立ち向かい、世界の均衡を保つ。
 その他、この星の為に世界の裏側で様々な事を行う存在……それが『管理人』だ。

 私は一も二もなくOKした。
 どの道暫く死ぬつもりはなかったし、長い人生の退屈凌ぎにボランティアをやるのも悪くはない……そう思ったからだ。

 以来、私は随分長く長く生き続けてきた。

 生きる理由が多かった。
 死ぬ理由が少なかった。
 だから、疑問も疑念も不安もなく、生きられるだけ生きてきた。

 多くの人が寿命で死ぬのを横目に、私らしく飄々と。

 それが魔女たる私の生き方だと思いながら。    


 







管理人な生き方〜魔女として、ヒトとして〜











「そうして、生きてきてはみたけどね……」

 地球のとある大都市だった場所。
 その場所で最も高いビルの屋上に、ウェーブの掛かった銀髪をたなびかせながら魔女はいた。
 彼女の眼下に広がる世界は、ただ壊れていた。
 様々な兵器による破壊の跡が刻まれ、復旧の予定もなく、人が数えるほどしか住んでいない元・大都市…これを『壊れている』と言わずして何を壊れているというのか。

「……ふぅ」

 そんな世界を見下ろし、溜息を吐きながらビルの破片の上に腰掛ける。
 彼女にとってソレは、久方ぶりに見るが見飽きている光景だった。
 
「同じ事の繰り返し、か」
「……ヘクセ」

 唐突に響いた声に振り向くと、いつの間にそこにいたのか、金髪碧眼の少女が立っていた。
 ……もっとも、離れた空間を行き来する彼女達にとっては突然でもなんでもないのだが。

「その名前で呼ぶのは久しぶりよね、王様」

 其処に立つ、少女の姿をした存在こそ、世界の王。
 王であるにもかかわらず、王である事を知る者が限られている、世界の管理人を束ねる存在。

 銀色の魔女は『初めて会った時とは違う姿』の王に肩を竦めて見せた。

「ドイツ語で魔女。
 貴方と出会った時はそう呼ばれていたわね。懐かしいわ」
「……ごめんなさい。
 なんだか、つい呼んでしまったの」

 王自身、それが彼女が余り好まない『呼び名』である事は承知していた。
 ましてや『こんな光景』を前にしてなら尚更だ。

「まぁ、その気持ちは分かるわ。
 貴方と一番行動を共にしてたあの頃、こんな光景はザラだったし、一緒によく見てたもんね」

 そう言いながら、二人並んで眼下の世界を眺める。

 世界を、そして人間をずっと見据えてきた彼女達が見てきたものとは規模は全く違う。
 しかし、其処にあるのが破壊であり、混乱であり、ヒトが死に、苦しんでいるのは何も変わらない。

「とりあえず、この周辺の治安を安定させてきたわ。
 強盗、強姦、殺人と都市が機能してた頃なら犯罪となるモノのオンパレードで流石に眼に余ったからね」 
「ええ、ありがとう。
 ……いつ見ても、この手のものは辛いね」
「ホント、そうね。
 こういうのは、あの時と変わらず、どうにもね。
 にしても、私達が異世界と揉めてる間に、表では星間戦争か。
 昔に比べて随分スケールが大きくなったものね。
 終わった事をどうこう言うつもりはないけど、タイミングがかち合ったのは偶然なのかしら」
「……貴女も薄々勘付いているように偶然じゃないわ。
 コレも巨大な流れの一つにして必然、という事ね」
「結局、いつもの事か。
 私達が表立ってでも動かなくちゃならない時にばかり、裏側で事が起こる。
 まぁ、同じ世界の人間同士の戦争は基本様子見だから結果は同じかもしれないけどね」
「……そうね。
 紫須美は……哀しそうな顔をしてたわ」
「というか、泣いてたわね。
 私達に知られまいとしてたけど……藍ちゃんと紅君以外は皆気付いてたんじゃないかな」
「まぁ、ね。
 生きていれば、きっと紫雲も同じ顔をしたでしょうね」

 藤原紫須美、草薙紫雲。青蒼藍、赤嶺紅。
 名前が挙がった彼らは、彼女らの同僚たる管理人であり、管理人だった存在だ。

 その中の紫雲と紫須美は親子。
 親子ゆえになのか、この二人は『正義』に拘っている点がよく似ていた。
 そして、その性質ゆえに人の生き死にには敏感で、常にソレを避けようとしていた。
 そんな彼らだからこそ『戦争』に相対する事は、彼らにとって矛盾であり自傷でもあった。

「あの二人は、本来管理人には向いてないのよね」
「でも、だからこそ管理人にならなければならなかった。
 私達に欠けているものを埋める為に。
 実際あの二人にはたくさん助けられてきたわ」
「まぁ、その分色々被った迷惑その他もあったけどね。
 いつだったか、あの世とこの世の境界問題の時には、二人してどっちも納得できる結果を出せって両方の立場から大騒ぎだったし」
「……そうね」

 当時は笑い話では済まない事だったが、今になってみると笑いが出てきてしまう。 

「昔を懐かしむなんて柄じゃないけど、あの十数年間は楽しかったわ」
「……」

 そう呟いて魔女が思い浮かべるのは、今に比べれば平和だと胸を張って言えた時代。
 
 魔女たる自分も友情と必要が入り混じった理由で学校生活を送っていた日々。
 年こそ大きく離れているが、気の良い『友達』と一緒に騒ぎまくった、愛すべき日々が、そこにはあった。
 
「正直、私の人生の中で一番楽しかった時間だった。
 ……あれから、色々あったわよね」
「そうね」
「あれから、ってわけでもないけど、色々な”ヒト”に出会ったわね」

 命を奪う事を好まず、必要最小限しか血を吸わなかった吸血鬼がいた。

 裏の世界の『技術』を持ちながらも表と裏の中間を歩ききり、教え子達を護り導いた教師がいた。

 全てを見通す眼を与えられながらも、その力に翻弄される事なく、自身の運命と人生を生き抜いた女がいた。  

 異能を持つ人々に囲まれながらも、その力を欲する事無く、自身の生き方を全うした男がいた。

 闇の世界に生まれ落ち、その手を血に塗れさせながら、己の罪と罰を生涯通して背負い抜いた『超人』がいた。

 遠い空の果てからやってきたのに、その意味を放棄してこの星のあり方に従った男がいた。

 軸の違う世界から、傷だらけになりながらも、この世界を護る為にやって来た御人好しの女がいた。

 そして。

 環境ゆえに魔術を知り、素質と努力により魔術師として完成しながらも、ヒトとして周囲を欺き、生き、死んだ夫婦がいた。

「……出会ったヒトビトは皆様々な可能性を持ち、その可能性を活かし、時に殺し、人生を生きた。
 それが報われたにせよ、報われないにせよ、それぞれの時間を重ね、自分の道筋を世界に残した」

 残した道筋のカタチは様々だ。
 自身の子供だった者もいれば、財産だった者、道そのものだった者もいたし、物語だったものもいて、心のみを残した者もいた。
 残したものが見え難い者もいた。
 逆に誰からもよく見えるものを残した者もいた。
 その道筋が短かった者もいた。
 凄まじく長く続く道を、未だ続けている者もいる。

「だけど、そうして誰かが生きた証もこうして簡単に無くなってしまう。
 異星人のせいだけじゃなく、ヒト自身によっても、ね」

 管理人達が別件で動き回っていた間に起きた、星間戦争。
 それは、まさに地獄だった。
 戦争の間も、戦争が終わってからも。

「ヒトは簡単にそういうのを踏み躙るのよね。
 知っていようといまいと、其処に悪意があろうとなかろうと、簡単に踏み躙る事が出来る。
 自分の『幸せ』を掴む為に」
 
 捕らえた異星人への差別、虐殺は序の口として、混乱に乗じての地球人同士ででの奪い合い、殺し合い、犯し合い。
 ソレらの理由として、戦争後の貧困があり、混乱があり、様々な飢えがあったのは語るまでもない。
 だが、地球歴史上最大規模のソレらは今なお世界に蔓延し、積み重なり、繰り返され、いつしか世界は腐敗と崩壊を始めていた。

(……いや、あるいはとっくの昔にはじまっていたのかもしれないわね)

 ヒトが、ヒトとして生まれた時に……そんな事を考えながら魔女は言葉を続けた。
  
「そして今、多くのモノが壊れてしまった。
 かつて、私達が愛したヒトビトの血を持つ子達や、愛したヒトビトが作り、願っていたものも。
 これから私達と出会っていただろう、未知なるヒトビトの命や道筋も」

 全てではない。
 だが、多くのものが、命が失われてしまった。

 その全てが、ヒトの悪意によって奪われたものではない。
 偶然や誤解があって発生してしまった事態も多々あったのだろう。
 この戦争の始まりのように。
  
 だが。
 だとしても。

「こうも戦争やら争いやらを見続けてるとついつい思っちゃうわね。
 ヒトは、いつまで繰り返すのか……なんて、ありきたりな事を」
「……」

 彼女の長い人生の中の『観察』において、ヒトはあまりにも愚かだった。 
 少なくとも彼女にはそう思えてならなかった。

 欲望は果てなく、憎しみの種は尽きず、悲しみは連鎖させる。
 我慢は続かず、優しさは殺され、笑顔は簡単に消えてしまう。
 ソレを何度も何度も繰り返す……そんなヒトを賢いと思えるほど、魔女は幼くはなかった。

「私は、清濁込みで人間が好きだけど。
 私もやっぱり人間なのね。
 こんな光景を見てると、時々、無性に思うわ。
 ヒトを、憎みたくなる……」

 静かに、魔女の眼が細くなる。
 刹那、周囲に殺意にも似た重い雰囲気が満ち溢れる。

 それは、常に感情を隠し、『嘘』をつく魔女たる彼女にしては珍しい……
 万が一どころか億が一程度にしかない『人間』そのものへの憎悪の表面化だった。

 本来彼女は『憎む側』の人間だ。

 彼女が魔女と呼ばれた時代、
 自分達と違うモノを否定するヒトにより様々な仕打ちを受けていた人間であったがゆえに。
 彼女が受けたソレは、ヒトによっては心を完全に砕かれてしまうような、重く、黒いものだったから。 

 彼女がソレを表に出さないのは、ソレを出せば自身もまた憎しみの螺旋に本格的に囚われる事を良く理解していたからだ。
 それは、飄々と生きるのが好きで、それが本質である彼女にとって面白くない事だった。
  
 だが、そんな彼女もヒトである事に変わりはない。
 長い長い時間の中、発散しきれず、あるいは気付かずに彼女は澱みや怒りを蓄積させていたのだ。

 そして、今。
 長い間蓄積されたものが、静かに、だが確かにカタチになろうとしていた……まさに、そんな時だった。

「もー。
 そう悲しくなる事ばかり言わないでよ、カナミ」
「……王様?」

 重く黒い空気とは真逆の、明るそうな、それでいて何処か哀しそうな声が響く。
 王が発したそんな不思議な声に顔を向けた先。
 其処に、魔女の知る金髪の王はいなかった。
 其処には……茶髪で灰色の眼を持った、ごく普通の少女がいた。 
 
「まぁ、確かに人間ろくでもないことばっかやるし、ろくでもない人間も結構いるけど、そうじゃないヒトだってたくさんいる……なんて漫画の王道台詞過ぎるか」

 少女は照れ臭そうに頭を掻きながら、魔女に笑い掛けた。
 それは、暗闇を照らしつくし、夜を真昼に変えてしまいそうな、そんな笑顔だった。

「そもそも、絶対数が少ない善人を当てにしろっていうのは、中々難しいもんね。
 これぞ、哀しいけどこれ現実なのよね、って奴?
 いや、元台詞は少し違うんだけど」
「……」

 魔女は、彼女には珍しく、素直な驚きの表情を浮かべていた。
 そんな彼女に気づいているのかいないのか……というより、むしろ知っちゃこっちゃないというか、構う事無く彼女は言葉を続けた。

「うーん、なんて言ったらいいか……ああ、ほら、人類の歴史なんてまだまだ浅いじゃない?
 恐竜とか昆虫とかの歴史に比べたらそりゃあもう短い短い。
 少なくとも大人と子供くらいあると思うわ。
 だから、カナミが本気で怒ったり憎んだりするのはもうちょっと……ヒトが大人になるまで待ってほしいってのは駄目かな?
 多分涼ちゃんとか、陸君とか、紫雲さんとかも私に賛成してくれると思うんだけど。
 あ、でも、あんまりにも間違ったばっかり事してたら、メッって怒る位は良いかな。
 って、あれ? なんか矛盾してる気が……いや、そんな事は無いかな……うーん」

 とまあ、そんな調子で一気に言いたい放題言ってしまった後、一人勝手にウンウン頭を捻る少女。

 そんな少女の姿を半ば呆然と見ていた魔女は。

「……フフッ」

 思わず、笑みを零してしまっていた。
 勿論抱えていた暗い感情を何処かに置き去りにして。

「カナミ?」
「分かってる。分かってるわよ、薫ちゃん。
 というか、すっかり毒気を抜かれちゃったわ。
 全くもう……」
「……あはは」

 そうして笑う魔女に対し、少女が一際大きな笑顔を浮かべた、次の瞬間。
 少女の髪の色は金に染まり、瞳は青へと戻った。

 再び王へと変化を遂げた彼女は、微かに頭を振りながら問うた。

「今……彼女が……?」
「ええ、出てきたわ。
 もう人間としての寿命はとっくに尽きてる筈なのに……わざわざ出てくるなんて。
 死んでも治らないのね、あの子のお節介焼き」
「あの子は、そういう子だもの。
 ただの人間なのに、誰よりも優しくて明るくて、無邪気な……ヒトらしいヒトの『片側』。
 だから、私は彼女であり、彼女は私だった」
「……そうだったわね」
「それはそれとして、さっきまで何を話してたんだったかな?」

 クスクス、と悪戯っぽい笑みを浮かべながら王は問い掛けた。 

「もう忘れたわ」

 そんな王に、魔女は先刻少女に浮かべた表情の延長線上にある苦笑いを返して見せた。
 









 私は随分長く長く生き続けてきた。

 生きる理由が多かった。
 死ぬ理由が少なかった。
 だから、疑問も疑念も不安もなく、生きられるだけ生きてきた。

 そこに、ほんの僅かだが『ヒトが滅びる様』を見たいという思考があったのは否定しない。
 私や、私の近しい人々を不条理な理由で殺し、犯し、虐げ、差別してきた『大多数のヒト』が、いずれ自業自得で滅んでいく様を見てみたかったのは事実だ。

 でも、いつからか変わっていた。

『カナミ〜』
『コン、行くぞ』

 生きる理由が増えて。

『娘を、お願いします』
『親父様を越える方法について、アドバイスとかないですか?』

 死ねない理由が増えて。

『私達魔術師には生き難い世界だけど……それでも、私達はこの世界に生きてるんだから。  周りと折り合いつけて……仲良く生きてかないとね』

 いつしか、生きたい理由ばかりになっていた。



 今みたいに、憎しみを抱える事もある。

 怒りを宿す事もある。

 それでも、私は飄々とした顔で歩いていこう。

 人を食ったような顔をして、人を愛して生きていこう。

 ヒトを憎む自分にさえ嘘を吐いて、人を護って生きていこう。

 それが、今の私にとっての、魔女たる私の生き方なのだから。









「あー……王様?
 さっきの事は私が忘れたから王様も忘れる方向でお願いします」
「何の事だか、私にはサッパリ。
 私の代わりに薫が聞いてたとしてもすぐに『忘れる』だろうし。
 ヘクセ……ううん、カナミの思うままにしておけばいいんじゃないかな?」
「……了解。
 忘れた分、今後は頑張るわ」
「さっきも言ったとおり、何の事か分からないけど……頑張るのは良い事だよね。あはは」
「うぅ、信念たる嘘を忘れた瞬間にこのザマとは……まだまだ私も未熟って事か。
 こんなんじゃヒトの未熟を怒れないわねぇ」
「私も同じかな。
 薫に負けないように頑張らないとね」

 そうして、私達は再び歩き出した。
 私達にしか歩けない、長い長い道のりを。
 管理人としての、道を。










………………終わり。