このSSはAIRの二次創作小説です。

AIR本編のネタバレに加え、作者の偏った考え方も含んでおりますので、
原作のイメージが第一と考える方、まだAIRをプレイしていない方……多分、今ここにいる方の大半はクリアなさっていると思うのですが……は読む事をご遠慮ください。

以上の事に関する苦情などは受け付ける事ができない事をご了承の上、それでもいい、それでも読んでみたいという方のみ、下の方へとお進み下さい。

それでは、どうぞ。


















もう、ずいぶん長い事旅を続けてきた気がする。
母から受け継いだものを頼りに、ずっとずっと歩き続けてきた。

古ぼけた人形と、手を触れずともソレを動かす力に課せられた約束。

それだけが俺、国崎往人の道連れだった時間は、長い時間の果てにいつしか終わりを告げ。

俺の隣には、もう一つ……もう一人の道連れが出来ていた。

遠野美凪という名の少女。

ひょんな事で知り合った彼女は、
気付かないうちに、ただの少女から俺にとっての特別な存在へと変わり。
いつしか『遠野美凪』から『国崎美凪』となっていた。

二人で旅を続けるうちに、彼女は独力で様々な手品や芸を覚えていった。
俺にだけ金策を、生きる術を任せるのが心苦しいと、それこそ必死になって。
その果てに、彼女は俺がいなくても十二分に旅が出来るほどに金を稼げるようになっていた。

そんな『理由』ゆえの安堵からか、俺は道連れを”増やした”。

それは、道連れから生まれる道連れ。

そう。
俺達の血を継ぐ、俺達の子供。

最初は、美凪に頼んで普通の暮らしをさせようと思っていた。
何処かに定住し、学校に行き、友達を作り、やがては大人になる……そんな普通の暮らしを。

だが。
最終的にはそうならなかったし、そうしなかった。

俺達は俺達のままで、旅を続けたまま子を育て上げる事を決意したのだ。

親のエゴと言われれば、その通りだと思うし、否定は出来ない。

だが。

「往人さんは、お母さんを恨みましたか?」

美凪にそう尋ねられ、俺は首を縦に振る事が出来なかった。

俺は母を恨みはしていない。
母と過ごした時間は、こんな俺の中でも特別な時間だったから。

そして……俺と同様に、美凪にとっても母親との時間は特別だった。
例え美凪を美凪として見てもらえていなかったのだとしても、特別だったと美凪は言った。

「なら、一緒に行きましょう。
 私達は家族なんですから」

その美凪の言葉が、俺達の結論だった。
自分の道は、しっかりと様々な事を教えた末に、最終的に自分の意志で選ばせればいいのだから。

そうして、俺達の旅は続いた。

学校の為に多少長く土地にいるようになったが、基本は何も変わりはしない。

俺達家族はずっとずっと歩き続けた。

だが、ソレももうすぐ終わる。

俺はその事を分かって……いや『思い出しつつ』あった。










旅路の果ての、その果てに










「暑いし、熱いな、この部屋」

短期間のみの契約で借りたボロアパートの暑さに思わず呟く。
ボロアパートと言うからには、勿論冷房らしい冷房なんぞある筈もない。

そんなボロ屋でも、無理を通した短期間契約という事で、大家にはあまり良い顔はされていない。
だが、こちらにはこちらの都合がある。
その分家賃は頑張って払っているので勘弁してもらいたい所だ。

「……眠りました」
「そうか」

そんな一室で人形繰りの練習をしていた俺は、美凪の言葉でその手を休めた。
そして、窓際で眠る娘の寝顔を眺める。

「……大きくなったな、ソイツも」
「そうですね。
 これはもうお米の力に違いないと……」

日本人はお米族を主張する我が伴侶は、矢鱈目をキラキラさせていた。
だがまぁ、此処は突っ込みどころなのでキッチリ突っ込んでおく。

「いや、違うだろ。
 なんというか、俺ら背、それなりに高いからな。
 多分遺伝だ」
「……いつもながら、ないす突っ込み。
 ですが食生活も重要なファクターなので、ナイス突っ込みで賞ではなくいい突っ込みで賞にします。
 ぱちぱち」
「ナイスもいいも言い回しはさほど変わらんと思うが」
「いい突っ込みで賞のお米券は今後の家計の足しにしますので」
「人の話は聞け。
 お米券の使用については任せるが」
「了解しちゃいました……ぽ」
「何故ソコで赤くなる」

……思えば。
このお米券一連の会話も最初は戸惑ったものだ。
というか、出会った当初はコイツの何処に向かってるか分からない言動にかなり難儀していたな。

それが今となっては慣れたもの。
というか、ウチには無くてはならないものになっている。

「……」
「どうか、されましたか?」
「なにがだ?」
「少し、笑ってました」
「……いくら無愛想な俺だって笑う時ぐらいある」

というか大の男がニタニタ笑ってばっかりだと不気味だろう。
それに俺は人相が悪いので、そういう笑顔が似合わないらしいし。

「あと、そう言うお前もそんなに笑う方でもないだろ」
「?」
「”えーそうかしら?”的なニュアンスで首を傾げるな」
「……冗談です。
 ですが、それはそれとして、今の笑い方は……変、でした」

そう言うと美凪はさっきまで俺の法術を受けて動き回っていた人形を拾い上げ、
自身の顔の前で首を傾げるような動きをさせた。

「唐突に優しくて、何処か寂しげな、少し歪な笑みでした」
「……よくそんな分析が出来るもんだな」
「貴方の事ですから」

俺を見る美凪は、静かに微笑んでいた。
その包容力に満ちた笑顔は、俺の抱えているものを簡単に露にしようとする。

だが……ソレは、そう簡単に話せる事ではない。
話すべき事であるのは事実だが、俺自身なんと伝えるべきか分からないのだ。

だが。

「往人さん」
「なんだ」
「私は、いつでも構いませんから」
「……ったく」

なんというか。
そう言われたら逆に今なんとしても話さざるを得ない気がしてくるから不思議だ。
というか、コイツは多分その辺も理解し、その上で待つ気もあって言っているだろうから質が悪い。

まぁ、彼女とはそれだけの時間を過ごしてきたから当然と言えば当然かもしれないが。

ともあれ、俺は意を決した。

「……美凪」
「なんでしょう?」
「今から話すのは、これからについての可能性の話だ」
「……」

俺の言葉に、美凪は小さく一度頷いて見せた。
その様子に微かな安堵感を感じつつ、俺は言う。

「多分俺は……いずれ、いなくなる。
 いつかお前達の前から姿を消す」
「……それは、私達が嫌になったとか、ではない?」
「ああ。そうじゃない。
 こう言うのは嫌なんだが……俺が俺であるのなら、避けられない事だと思う」

俺にしか使えない法術の意味。
母から託された遠く続く願い。
そして、蘇りつつある記憶…………かつて、俺の目の前で『消えた』母の記憶。

それらが告げているのだ。国崎往人の行く先を。

俺は……翼の少女を救う為の『力』の一つとなる。
その為に、国崎往人という存在そのものが消えてしまうのだ。

「それはどうしても?」
「いや、多分だが『絶対』じゃない。
 旅を止めて、普通の暮らしを始めれば……そんな事にはならない」

翼の少女を追いかける事を止めれば、この流れから脱するのは難しくないだろう。

そう。
おそらく、ずっとずっと……遥か昔から託され続けてきた事から逃げさえすれば。

「なるほど。
 だから『俺が俺であるのなら』、なんですね」

美凪は知っている。

俺の旅の目的。
俺に特別な力がある理由を。

その上、頭は決して悪くない……むしろ良すぎて時々余計な事まで考えてしまうのだが……ので、
話の内容を、俺が話してない部分があるなりに理解していた。

そうして俺の言う事を吟味した上でか、僅かな沈黙の後、彼女は口を開いた。

「――私は、貴方を愛しています」
「…」

唐突な、繋がりのない言葉。
だが、俺はそれに対して何かを言う必要が無い事を、美凪の表情で理解していた。
彼女もソレが分かっていたからか、澱みなく言葉を続けた。

「私と貴方との間に生まれた娘を。
 家族を…私は、心から愛しているんです。
 だから、貴方が私達の前からいなくなんて事を、許容できませんし、するつもりもありません」
「そうか」
「ですが、翼持つ少女を探す事を諦めもしません」
「……!」

俺は美凪の言葉に多少驚きを隠せなかった。
強固に反対するか、逆にあっさり認めるかの二択だとなんとなく思っていたのだ。
ある意味、俺に読めない思考を一部持つコイツらしいと言えばそうなのだが。

「どうして、だ?」

思わずそう呟くと、美凪はいつもの穏やかな、それでいていつもより何処か強い口調で言った。

「貴方が探す翼の少女がいなければ、私と貴方は出会えませんでした。
 今も探し続ける翼の少女がいなければ、この子を生む事も無かったでしょう」
「……」

言いながら、娘の頭を撫でる美凪。
その表情は遠いあの日、俺の前からいなくなった母の顔に良く似ていた。

否。
もしかしたらそのものだったのかもしれない。

今俺達が話しているのは、他ならない我が子の為でもあるのだから。

「この子の道はこの子のものです。
 でも……自分が生まれた理由を知らず逃げるような事が正しいとは思えないんです」

それは、一度家族から逃げ出した人間の言葉。
逃げ出した事で、痛みを、罪を、家族を知った人間の言葉だった。

そんな重さを俺なりに受け止めながら、俺は改めて尋ね返した。

「……なら、どうする?」
「正直、どうすればいいかは分かりません。
 私には、何の力もありませんから。
 往人さんが消えるというのを止める術があるどうかさえ分からないのが現実です。
 でも……」

美凪は呟きながら、娘と俺の手を左右の手で包み込んだ。
優しくも、暖かく、そして……強く。

「私は最後まで、家族みんなでいる事を諦めません。
 例え果てにどんな結果が待っていたとしても。
 ただ、それだけです」

それは、最後の最後まであがこうという意志。
流れに乗るままではなく、必要なら逆らおうという強さ。

美凪は、いつの間にか、そんなモノを持っていた。

母親から逃避し、俺に支えられてようやく立っていたはずの少女が。
いつのまにか俺を確かに支える存在になっていた事に、俺は改めて気付かされた。

「……そうか、そうだな」

そうして気付かされた事で、俺は思った。

運命とは、世界という川に在る巨大な流れで。
俺一人の力じゃどうしようもなくて。
だから、俺の母親も、その母も、そのまた母も、翼の少女を見つけられなかったのだと。
仮に見つけても一人ではどうしようもなく、懸命に握ったその手を、指を離すしかなかったのだと。

だが、かつてはともかく、今の俺は一人じゃない。

「俺達は、家族だったな。
 家族が……いるんだったな」

一人じゃない事を、確信させてくれる家族がいる。

美凪を支える俺。
俺を支える美凪。
俺達を支える我が子。

だから……もしかしたら今までと違う道を見つける事は、不可能じゃないのかもしれない。

そんな考えが……思いが頭を、満たす。

そして俺は、その思いのままに言葉を紡いだ。

「分かった。俺も足掻こう。
 出来る限りで、な」
「……はい」
「だが、可能性の問題だからな。
 期待は、し過ぎるな」

それでも念押しだけはしておくと、美凪は瞑目した上で小さく頷いた。

「覚悟は、しています。
 ……では、その話はココまで、という事で」

これはこっちにおいておいて、という動きを……それこそ今までの真剣さが簡単に霧散するような……見せて、美凪は言った。

「ずっと前から気になっていた事が一つあるんです」
「なんだ?」
「私達は……いえ、往人さんは本当に『翼の少女』を見つけられていないのでしょうか?」
「……」
「”翼”というものの概念の捉え方にも幾つかあって、
 もしかして、何度か出会っていて通り過ぎてしまったという事は……」
「あるだろうな、
 いや……多分、俺はもうすでに一度は出会ってて、みすみす通り過ぎたんだ」
「え?」

それは『今』だから分かる事。
ずっと探し歩いてきた俺が、限りなく『翼の少女』に近付いた事が一度あった。

それは他でもない、目の前の存在と出会った時。

あの当時。
空の少女の存在を明確に語り、消えてしまった一人の少女がいた。

その少女だけではない。
思い返せば、その頃出会った少女達は皆何か奇妙なものを抱えていた。
常識を……人智を超えた『何か』を、彼女達は垣間見せていたのだ。

そして、あの町を離れて以降、そういう感触のものと俺は出会っていない。

それらは確実な証拠ではない。

それでも、俺は確信していた。

あの頃、俺が何かを見逃していた事を。
大切なモノを掴む代わりに、気付かず『誰か』の指を離していた事を。

「だから、次は通り過ぎたくはない」

だから、覚悟している。

国崎往人らしからぬと自分で分かってはいる。

だが。
例え自分の身が消えたとしても。

「見つけるか、せめて次にしっかりと繋げたい。
 そう思ってる」

そう。
この過酷な旅の中で。
自分の血を継ぐ者の苦しみが無くなる様に、僅かでも軽くなる様に。

俺は……俺の『宿命』を全うしよう。
 
「かつて、俺のお袋がそうしたように」

そうなんだろう? 母さん。

心だけの問いは届かない……そう分かっていて、俺は美凪の手に包まれている人形に視線を送る。

まさに、その瞬間だった。

「…!…」

人形の首が、縦に動いた。
まるで、俺に頷いて見せるように。

俺は思わず美凪を見据えた。
だが、彼女は急に視線を向けた俺に、不思議そうな目の瞬きを見せるばかりだった……。




















もう、ずいぶん長い事旅を続けてきた気がする。
両親から受け継いだものを頼りに、ずっとずっと歩き続けてきた。

古ぼけた人形と、手を触れずともソレを動かす力に課せられた約束。

鬱陶しいと思った事が無い、というと嘘になる。
『空』への見えない道の険しさに、心を失いかけた事もあった。

国崎往人の人生。
それは、運命という名の流れに、流されていった日々と言っても過言では無いと思う。

それでも。

こんな俺でも、ずっと旅を続けてこれたのは、どうしてだろう。
強い流れに溺れる事も、道を見失う事無く歩いてこれたのは、何故なのだろう。

そんな疑問を繋ぎとめるのは、懸命に俺を呼び続ける誰かの声。

人形の中に消えていく俺を呼んでくれる、家族の声。

「……っ……………さんっ」
「………………………パ……パ………………ッ」

ああ。

そうだ。

こんなにも一人じゃなかったから。

こんなにも強い流れの中で、俺の手を確かに握ってくれる手があったからだ。

それは、ずっとずっと繋がっている命の繋がり。

俺の母親。美凪の母親。
その母。そのまた母。

一人だと流されそうになる運命に抗う為の積み重ねと繋がり。

今、俺は……流されて消えるのかもしれない。
あるいは身動き一つ出来ず、終わるだけなのかもしれない。

だが、俺には確信があった。

こんな俺でも、伴侶と出会い、娘が出来たんだ。

俺は……繋げる事が、出来たんだ。

だから、次は。次こそは。

(”お前”に、手が届く)

仮に、次も万が一に届かなかったとしても。

(いつか、必ず、手が届く)

俺でも出来た事が、俺とアイツの……美凪の娘に出来ない筈がない。

だから、誰かがきっと、届かせる。

世界の繋がりが、世界から断絶され、たった一人で空を飛ぶ少女に手を差し伸べる日がきっと来る。

『だから、もう少しだけ待っててくれ。
 きっと”皆”で会いに行く』

最後の力で、俺の人生でも数えるほどの、純粋な笑顔を浮かべる。
似合わないと分かっていても、それは俺が『翼の少女』と、最愛の家族に残せる、せめてものモノだったから。

(…………悪く、ない)

そんな、笑顔の感触と余韻を感じながら。

俺の……国崎往人の旅は、終わった。























「……あー。暑いし、熱いわ」

それは、何時か、何処かの、夏。

「お米券はあるけど、路銀は尽きたし……
 とりあえずカモ……じゃなかったお客様を探さないと」

陽炎揺れるアスファルトの上。
黒いシャツとGパンを着た少女が、古ぼけた人形と僅かな荷物を手にバスから降り立った。

彼女の道連れは三つ。

手を触れずとも動く古ぼけた人形。
彼女が持つ特別な力に課せられた遥か遠い約束。
そして、母から贈られたたくさんのお米券。

「やれやれ。
 こんな旅、いつになったら終わるのかしらね?」

人形を空に向かって翳しながら、少女は尋ねた。

だが、その答が決まっているのを少女は理解していた。
その答を、彼女はこの世界に生きる誰よりも良く知っていた。

我ながら馬鹿な事を、と少女は肩を竦めた。

「ったく。
 翼の少女……早く見つけないとね。
 ……ん?」

人形を翳した手を下ろした瞬間……彼女は、見た。
下ろしたスピードに合わないゆっくりな速度で、人形の首が縦に揺れたのを。

「……気のせい、かな?」

あるいは……いつの間にかいなくなった父親が瞬間的に化けて出たのか。
 
「それはそれでいいか。
 悪い気は、しないしね」

母を残して突然いなくなった父を恨みはしない。
自分を残して死んでしまった母を恨む事もない。
もう遠い日々でも、あの家族の日々は彼女にとって特別だったから。

そして、そんな特別が……父と母の出会いからの全てが、『翼の少女』の存在によって生まれたと言うのなら。

『翼の少女』を見つける事……それこそ自分が自分である証になる筈だ。

それは他ならない、自分で選んだ道。

だから、同じ様に生きたという父がソレを肯定するというのに異論はない。

「まぁ、精々見守っててちょうだいよ」

そうして……ニヤリ、と笑いながら彼女は歩き出した。

母によって教え導かれた、父よりも強く明確な意思を持って。

翼の少女へと向かって、ただ只管に。















夏は、いつまでも続いていく。

幾つかの、幾重もの、輪廻、転生、ループを重ね。

夏は、いつまでも続いていく。

そう。
『彼女』が待つ、その大気の下で。










……END 







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