第16話 嘘とホンネと大嘘吐き達・5












 

「あいたっ!」

 スギナのいるであろう場所へと雪の中をひた走る途中。
 人通りがないからとガムシャラに走っていたのがまずかったのか、前方不注意になっていたらしく、俺は誰かと衝突してしまった。

「す、すみません……」

 ぶつかった相手はよっぽど体を鍛えでもしてるのか、衝突前後で殆ど微動だにしていなかったが、ぶつかった事には変わりない。
 それに、急いでいるからと言って無視をして逆に絡まれたりするのは面倒だ。
 そう考えた俺は即座に頭を下げたのだが……顔を上げた瞬間、そういう思考がぶっ飛んでしまった。
 
「てめぇ、気をつけろっ!! ……ってお前は」

 こんな時になんて既視感だよ、おい。
 急いで走ってぶつかったのは例によって例の如くといっても通じそうな、番長さんだった。
 草薙の言っていたとおり、確かに縁があるのかもしれない……嫌な縁だが。

「ここであったが百年目、覚悟……」
「ごめんなさいっ!!」
「しろ……って、なんだぁ?」

 謝罪の言葉と共に再度頭を下げた俺に、番長さんは戸惑う様子を見せた。
 しかし、俺としては向こうの戸惑いなど知ったこっちゃない。
 一刻も早くアイツの所に行かなければならないのだ。
 だから俺は向こうの気が済むなり落ち着くなりするのを願いながら、再び頭を下げた。

「謝るから、今はどいてくださいっ! お願いしますっ!!」
「ほう? 事情は分からんが……そう言われるとますますどきたくなくなるなぁ」
「くぅ……」 

 目的地への時間・距離短縮の為に裏通りを通っていたのが災いした。
 ここでは今喧嘩が起こっても、それを止めるものが少ない、というか多分いない。
 そうなってしまえば時間ロスは避けられない……そう考えた俺は顔を上げ、どうにか彼を宥めるべく言葉を続ける。

「……そ、それは、男らしくないですよ」
「その手の口車には引っ掛かるかよ。今日こそぶっ殺してやる」

 いかにもな言葉を吐きながら、手を重ねてパキポキ音を鳴らす番長。
 スギナや守臣君がいないのを確認済みな為か、圧倒的な優位を確信した余裕の笑みを浮かべている。
 そんな番長を、ここに至っては低姿勢は意味はないと察し、半ば睨み付けながら、俺は思考をフル回転させた。

 もう時間が無い。
 逃げて回り道をしている時間も無い。
 逃げていても埒が空かない事は一番最初の番長との喧嘩で分かっている。

 だから。

「ったく、しょうがないな……!」

 だから、迷わない。
 だから、拳を握る事を迷わない。

 知ったこっちゃ無い。
 傷つけようが傷つけられようが、迷惑を掛けようが掛けまいが。

 今、アイツに会えない事だけはゴメンこうむる……!!

「お? それっぽく構えやがって。
 俺様とやろうってのか? あのロボッ娘とかお友達を呼ばなくていいのかぁ?」
「呼んでる暇がないですから」
 
 今なら、文化祭の時の貫前さん…その気持ちが分かる。

 守臣君と過ごす時間。
 それは、とてもとても大事な時間で、誰に何を言われようと大切にしたいと思っていた。
 だから些細な事で喧嘩した事に苛立ち、大事な時間を大事に出来ない自分に怒っていたんだ。
 その怒りがドツボにハマって回り回ってあんな事になったんだけど……
 それは、大切にしたい気持ちの裏返しだったんだ。

 そして、今、俺も同じ気持ちだと、心から思える。

 だから。

「っ!!!」

 俺は迷いなく、ただ一念を込めて地面を蹴った。
 
「なっ!?」

 かつて、スギナは言っていた。勝てる確率は30%。
 あれから、俺は俺なりに時間を重ねてきた。

 怖さはある。
 だが、こんな怖さ、あの屋上フライングダイブに比べれば大したものじゃない。
 そして、今は一番大事な『気持ち』がある。
 怖さなんか簡単に凌駕するものがある。
 最初の喧嘩の時は埋め切れなかったモノが、今は補って余りある。

 その気持ちは身体に伝わってくれていた。
 寒さにも恐怖にも負ける事無く、草薙との訓練のまま、いや、その時以上に身体が動いてくれるのを俺は感じていた。

「だぁぁぁっ!」

 そうして。
 一切の躊躇いなく放った一閃は、俺が放ったとは思えない速度で、防御動作さえさせないままに番長の顎を打ち貫いた。

「な、に……っ!?」

 それは、なんだかんだで形作っていた真面目さにより磨かれた一撃。
 根っこから見れば嘘かもしれなくて、人に良く見られたいだけだったのかもしれない、俺の真面目さ。
 でも、それは無意味じゃなかった。
 ソレによって続けてきた事が、今こうして意味を為したんだから。

 そんな積み重ねが作り上げた一撃は、我ながらビックリするほどの効果と結果を生んだ。

「な、なんだ、これ……?!」

 ガクリ、と番長が膝を折る。
 所謂脳を揺らす一撃……漫画なんかではありきたりだが、
 狙って打ったとは言え、現実にこうも上手くいくとは思わなかった。
 これで暫くは思うように動けないはずだ。

「な、なな、何をしやがった……?」
「……悪いけど、説明はまた今度に。じゃ、これで失礼します」
「てんめぇ……」

 しかし、元々腕力が弱い俺の一撃だからなのか、彼がタフというか頑丈というかなのか、完全に倒すには至らないようだった。
 番長さんは、フラフラしながらも立ち上がろうと足に力を込めていく。

「ここで逃げても追いつかれそうな気がするな……くそ」

 それでも、この隙を無駄には出来ない。
 そう考えた俺は立ち上がるのに必死な番長さんの横を警戒しつつも通り抜けていく。
 若干不安だったが、彼は立ち上がるのに精一杯で手を出せないようだ。
 その様子からもう大丈夫だろうと判断し、進行方向へと俺が意識と顔を向けたその瞬間。

「逃がすかぁっ!」
「っ!?」

 完全に立ち上がるのを一時放棄したらしい番長は、自ら再び倒れる勢いを使い、殆ど飛び掛るようにして俺との距離を詰めた。
 そうして、倒れざまに伸ばした番長の手が俺の脚を掴む。
 丁度走り出そうと足に力を入れた瞬間だった為か、脚を掴まれた事でバランスを崩し、俺は無様に転んでしまった。
 倒れた際に地面の雪が多少舞い上がる中、俺は思わず叫んだ。

「く……なんでそんなに邪魔を……っ!」
「うるせぇっ! 理屈なんか知るかぁっ!」
「な、なんつー理不尽な……!? くぅっ!」

 元々力に差がありすぎるのだろう。
 俺は強引に、ズリズリと番長の方へと引っ張られていく。

「くっそ……!!」

 目的地が俺の考えている通りの場所なら時間に余裕がある可能性の方が高い。
 だが、アイツがいついなくなるか分からない以上、時間を無駄にしている場合じゃないってのに……!

 どうしようもない泥沼の状況で、俺が歯噛みした瞬間。

「んげっ!?」
「え?」

 唐突に、蛙の鳴き声のなり損ないの様な声が上がる。……他でもない番町の声だ。
 そんな間抜け気味な声が上がるのとほぼ同時に、俺の脚に掛かっている力が緩んだ。
 その隙を見逃す事無く、力任せに脚をばたつかせ、番長の手を振り解く。

「よしっ!!」

 安堵や様々な感情からの言葉を零しつつ、俺は即座に立ち上がる。

(しかし、一体……?)

 時間がないと知りつつも、原因を知ろうと一瞬だけ視線を彷徨わせたその先に『彼』はいた。

「嫌な予感がしたから見に来たのは正解だったね」

 そこに立っていたのは草薙だった。
 まるで正義のヒーローのようなタイミングの良さで、彼はそこにいた。
 右足で倒れた番長の背中を踏みつける、マドロスっぽいポーズを決めながら。

「……前みたいに一方的に絡まれてると見ていいんだよね?」

 一応どっちに非があるかの状況確認をする辺り草薙らしいとなんとなく思う。
 踏んだ後で確認するのは遅くない?とか思わないでもないが、そこは俺を信じての判断なんだろうか。
 ともかく、俺は草薙の問いに対し、コクコクと首を縦に振って答える。
 すると草薙は、慌てる俺に状況はしっかり把握したと伝える為か、うん、と一度大きく頷いて見せた。

「そう。そういう事なら少し荒っぽくいかせてもらうよ。……三度目らしいしね」
「き、貴様何奴……いたたたたたっ!?」

 草薙が足に掛けている力をより強くしたのか、番長が苦悶の声を上げる。
 ソレを見て番長の力が緩んだ理由に納得していると、草薙は俺に向かって叫び気味に言った。

「ココは僕に任せて、浪之君は彼女の所に!」
「で、でも……」
「いいから早くっ! 時間の余裕があるうちに……!!」
「……っ」

 真剣に叫ぶ草薙の様子から、俺は理解した。

 草薙は、多分スギナからのメールで事情を全部把握してくれている。
 『思い出』という単語からスギナの居場所にも見当をつけていて、
 その上で手助けのために……嫌な予感がしたというただそれだけの理由で、スギナではなく俺の方に駆けつけてくれたのだろう。
 スギナに声を掛けるべきなのは自分ではなく俺だと考え、俺を万が一のトラブルから遠ざけ、スギナの所に送り出す為に。

 文化祭の時の事をまだ気にしていたって言うのもあるんだろうけど、それ以上に『今の俺達』を気にかけてくれていたんだろう。

 でなければ、こんなにも早く、俺達の事を考えた的確な対応が出来るとは思えない。

 ああ、そうだ。
 俺達は、こうして互いの事がそれなりに分かるくらいの、それだけの時間を確かに共有してきたんだ。

 最初は偶然や成り行きだった。
 それは否定できない。
 だけど、それでも。
 今の俺達の関係は、きっと。

「ありが……サンキュー! 草薙っ!! 任せたっ!」
「うんっ! 任せてよ浪之っ!!」

 信じられる親友に後を委ねて、俺はその場に背を向けた。

 不安はない。
 草薙は、俺なんかよりずっと強い、凄い奴なのを、知っているから。
 だから俺は、ただ脚を前に進める事に意識と力を向け……走り出した。

 そうして、その場から遠ざかる中、背中越しに二人の話し声が聞こえてくる。

「何処の誰か知らないが邪魔しやがってぇっ!! そこどきやがれっ!」
「退く訳にはいかない。今回ばかりは絶対に。
 どうしても通るって言うのなら……悪いけど、通る気がなくなるように、少し痛い目を見てもらう」
「てめぇ……!! それはこっちの台詞だっ! ボッコボコにしてやらぁぁっ!」
「……暴力は好きじゃない。ふるうのもふるわせるのも出来れば避けたい。
 でも。
 貴方が浪之達の邪魔をするというのなら、その限りじゃないっ!
 私の大切な友達二人の邪魔は、絶対にさせない……!!」

 滅多に聞かない鋭い声に、草薙の本気を感じ取る。
 俺はその気持ちに感謝しながら、目的地に向かって一目散に走り抜けていった……。











 
 ……続く。








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