第15話 嘘とホンネと大嘘吐き達・4













 そして、いつものように時は流れ、クリスマス会当日。

「まだスギナちゃんと喧嘩してるの?」

 微妙な困り顔と、心配げな声。
 そんな合わせ技な貫前さんの問い掛けに、俺は色々な意味で悩みながら白い息と共に言葉を返す。

「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「ホントに?」
「ああ、喧嘩は……してないよ」

 あの日……公園で言葉を交わしてから、俺とスギナはどうなったのかというと、実際どうともなっていない。

 ただ、なんというか。
 基本的なやり取りは以前に戻ったのだが、
 俺自身取り去れない何かを抱えているのか、全てが元に戻ったとは言い難い状況だったりする。

 そんなわけで、
 俺は今までなら『嘘の観察』の為、一緒になっていたであろうスギナではなく、
 道すがらたまたま合流した貫前さんと守臣君と一緒にクリスマス会の会場へと向かっていた。

「最後なんだから、ちゃんと仲直りしろよ」
「いや、だから違うって」

 そう否定する俺や貫前さんの頭上では白い雪が降り注いでいる。
 辺りも積もった雪ですっかり白っぽくなっており、見事なまでのホワイトクリスマスなのは誰の目にも明らかだった。
 
 頭の中を占める様々な事柄が無ければ、それをもっと楽しむなり皮肉るなり出来たが……今は、そんな気分になれなかった。

 だが、それはあくまで俺の事情だ。
 そうして意識する事で、俺は思考を切り替える。 

「……とにかく、今はクリスマス会の事が先。
 彼女とはちゃんと会場で話すから」

 実はクリスマス会は学校行事ではなく、我がクラスの独断専行(?)だったりする。

 終業式後の大騒ぎと言う事で、皆一度家に帰宅した上で担任監督の下、ファミレスで思う存分はしゃぐ予定なのだ。
 その後はカラオケなども予定されている。

「うーん、それならいいけど。
 ちゃんと話した方が良いよ? 最後、なんだし」
「……うん」

 スギナと何を話そうか。どう話せばいいのか。
 白い溜息を吐きつつもそんな事を考えながら、結構積もった雪を踏み固め、俺達は目的地まで歩いていく。

 そんな時だった。

「あれ?」
「む?」
「お? ……スギナから?」

 唐突に殆ど同時に響いたメールの音に、俺達は揃って携帯を広げた。

『は?!!』

 そこに書かれていた内容に俺達は思わず揃って声を上げた。
 その内容とは。

「あんの野郎……!!」

 メールの内容に、俺は本音を吐き捨てた。思わず吐き捨ててしまっていた。

 スギナからのメール……そこにはクリスマス会欠席の旨が書かれていた。
 明るい席でサヨナラを言わない為に、という理由を添えて。
 今から思い出の場所に立ち寄ってから、この街を去る事も。

「よりにもよって最後の最後で大嘘吐きやがって……!」

 思い返せば、あの仮仲直りの時『来るつもり』などと言った上、
 二度目に聞いた時には言葉では何も答えなかった時点で気付くべきだった。

 そして、何よりアイツは言っていた。
 自分は嘘を吐く事ができる、と。

 あれはもしかして、今日の事を言っていたのではないか……?

 だが、しかし……。

「アイツ、なんで……」

 俺には分からなかった。
 なんでアイツが、よりにもよってアイツが今嘘を吐いたのか、俺には……。

「簡単な事だよ、浪之クン」
「?」

 余程混乱というか、余裕の無い表情をしていたのか。
 そんな俺を見かねて、貫前さんは言った。

「スギナちゃんは最後のお別れを言うのが、急に怖くなったのよ」
「アイツが……怖がる……?」
「身体はアタシ達とは違うけど、スギナちゃんだって女の子なんだから。
 多分、その事は一番浪之クンが分かってるんじゃない? アタシ達より、誰よりも」
「……」

 その通り、なのかも知れない。

 文化祭の日、わざわざ『身体』を変えてきたのも。
 俺が貫前さんと話した時、時々見せていたむくれ顔も。
 クリスマス会の前に、わざわざ先制して『プレゼント』をくれたのも。
 
 そんなアイツを、俺は、ちゃんと見てきたはずだ。

「……確かに、そうなのかもしれない」

 貫前さんに教えられて気付く。
 アイツがよく言う、『嘘吐き』な俺だから、気付いた。
 アイツは、今初めて……少なくとも俺が知る限り……自分を守る為に嘘を吐いたんだと。

「ねぇ、浪之クン。二つ聞いていい?」
「え? あ、ああ、うん」

 そんな場合ではない……そう言うのは簡単だ。
 でも、その事は貫前さんも分かっている。
 その上で聞くというのなら、それはきっと大事な事だと俺は思い、だから彼女の言葉に耳を傾けた。

「一つ目。浪之クンにとってアタシは、何?」
「……友達、だよ」

 分かっていた事なので、即答気味に答える。

「うん、ありがと。じゃあ、スギナちゃんは?」

 満足げに頷きながらの貫前さんのもう一つの問いに俺は、簡単に。

「…………あ、え、と」

 簡単に、答えられなかった。

 少し前ならば、俺は友達と言っていただろう。
 色々考えながらも、その結論に迷わなかっただろう。

 いや、今だって頭ではそう言うつもりだった。

 でも、何故か、友達と言えなかった。
 そう言いきってしまう事を、何かが拒んでいた。

 そんな俺に、貫前さんはさっき以上に満足そうに笑い掛けた。

「やっぱり。
 そんな事じゃないかと思ったわ。どおりでギクシャクしてたわけね」
「え、と、どういう事?」
「んー。それはアタシの口からは言えないわね。
 というか、言っちゃいけないんだと思う」
「……」
「ただ、覚えておいて。
 今のアタシの質問に答えられなかったって事をね」
「……お前、それ殆ど言ってるようなもんじゃないか?」
「うるさいわね。
 いいじゃない、これぐらいヒントだしても。ホントはもっとサービスしたいぐらいよ」
「ヒー子、お前言ってる事滅茶苦茶だからな。……ま、なんにせよ」

 守臣君は貫前さんに向けていた呆れ顔を幾分引き締めたものにしながら、俺の方に向き直る。
 そうした上で、俺の目をしっかり見据えてから、不敵に笑って見せた。

「浪之にはそろそろ行ってもらわないとな。
 アイツがココからいなくなるのは避けられないにせよ、
 少なくともクリスマス会には出てもらわないと皆満足に別れも言えやしねぇ」
「……ああ、俺もそう思ってた所だよ」

 色々な、俺自身まだ答が出せてない事はともかく、アイツが嘘を吐いたのは事実だ。
 しかもそれは、多分、俺のせいだ。
 そんなこと、放っておけるわけがない。
 アイツに嘘を吐かせていいはずがない。
 というか、人を、というか俺を散々嘘吐き呼ばわりしたアイツの、嘘なんて認めてやるわけにはいかない。
 それが、俺達の前からいなくなるのに必要で吐いた嘘だというのなら尚更だ。

(いなく、なる……)

 初めてそれを聞いた時はピンとは来なかったソレが、現実味を帯びてくる。
 途端に、俺の中で何かが渦を巻き始めていた。

「ったく、あの馬鹿は……」

 苛立ちで吐きそうになるような、そんな気分で、アイツの携帯をコールする。
 だが……。

「アンのポンコツ……ッ……案の定、ご丁寧に着信拒否しやがってぇぇぇぇっ!!!!」
「な、浪之クン?!」
「い、いつになく怒ってるな」
「っていうより、焦ってるって感じかも」
「……悪い、二人とも。
 クリスマス会には遅刻する。
 あの馬鹿を連れて来るから勝手に始めてて」
「場所は分かるのか?」
「ああ、問題ない」

 守臣君の言葉に自信を持って頷く。

 思い出の場所。
 アイツの言葉を信じるのなら、候補地は限られる。
 そして、今から向かう、というのであれば俺も今から行けばなんとか間に合うはずだ。

 そうして意気込む俺の肩に手を置いて、貫前さんは告げた。

「急いで行ってあげて。
 スギナちゃん多分ある程度は待っててくれてるから」
「え?」

 少しドギマギしつつも問い返すと、貫前さんは言葉を続けた。
 俺を励ますような、いや、心から励まそうとしてくれている、そんな穏やかな優しい表情で。

「そうでなかったら、自分の居場所へのヒントなんか出さないと思うわアタシ。
 だから、ちゃんと間に合ってあげて。
 上手く話せば、スギナちゃんきっとこれからもまだここにいてくるよ」
「貫前さん……」
「アタシ達……クラスの皆も、二人が来るの待ってるから。
 楽しい事は皆揃ってからでしょ、やっぱ」
「そうそう」
 
 そう言いながら、もう片方の肩に守臣君が手を置いた。
 浮かべる表情は、少し荒っぽいが、貫前さんと『同じ』ものだと俺には思えた。

「ちゃんとお前達が来るまで待ってるから早く行って来い」
「……ありがとう二人とも。
 じゃあ、ささって行ってくる。皆にもよろしく言っておいて」

 そう言って、俺は頷いた。
 力と心、決意と、二人への感謝を精一杯に込めて、深く。
 それが伝わるとは思わない。でも、この二人なら伝わるような気がしていた。

「おう」
「うん」

 そんな俺の肩から二人の手が離れる。 
 心の何処かでそれを名残惜しく思いながら俺は二人に背を向け、駆け出した。

 それから殆ど間を置かず。

「浪之クンっ!!」

 背中にそんな声が掛かって、俺は振り返った。

 その向こう、俺に向かって大きく手を振るのは貫前紘音さん。
 俺が『好き』な女の子。
 一緒にいたい。抱きしめたい。大切にしたい。その気持ちは今も完全に消えてない。
 だけど、その気持ちについての答は、
 やっぱりあの文化祭の日に出ていて、もう変えられないし、変えるつもりはない。

「いってらっしゃいっ!」
「……いってくるよっ! 
 守臣君、貫前さんをしっかりエスコートよろしくねっ!!」
「お、お前………ああ、もう……分かったよっ!」

 二人して手を振ってくれる姿を見て、思う。
 あの時気持ちを押し込めて、嘘を吐いて、本当に良かった、と。

(……やっぱり、そうだよな)

 嘘は、確かにいけない事だ。
 自分で吐いた嘘に悩むような人間なら、尚の事。
 でも、それでも、俺は……嘘を吐く事の全てが悪い事だとは、思えない。
 吐いてよかったと思える嘘がある事を、俺は知っているから。

(……それが、そう思えるのが俺なんだ)

 嘘吐きな自分を今まで否定的に見ていた自分を、今の俺は素直に見れていた。
 多分、これからも俺は嘘を吐いていくと思う。
 色々な事から逃げたり、避けたり……時に、ごくたまに何か大事なものを護る為に、嘘を吐いていく。

 そう。
 たった一人の前を除いて。

 アイツの前で、嘘を吐いた。
 そのままにはしておけないし、したくない。

「……待ってろよ……!」

 そのたった一人の下に辿り着く為に、俺は脚に力を込め、降りしきる雪を掻き分けるように只管走った。










 ……続く。








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