第14話 嘘とホンネと大嘘吐き達・3
スギナと別れてからの帰り道。
俺は晴れない気持ちのままだった。
嘘を吐かない為にやってきたのに、結果的に嘘を吐いてしまった。
俺は、どの面下げて明日以降のアイツに会えばいいのだろうか……。
そうして呆けながら歩いていたからか、
気付けば俺は変なルートを通っていたらしく、
高台から降りるルートの途中、自分が何処にいるか分からなくなってしまった。
住宅街の中だが、辺りは暗く、出歩いている人はいない。
俺一人だ。
「……ざまぁないな」
でも、俺は全く焦る気にならなかった。
むしろ自業自得なこの状況をずっと続けていたいとさえ少し思った。
実際には、そんな事出来もしないくせに。
「ホント、嘘吐きで、臆病者で……俺って奴は……」
自分の事をそう決め付けたくて、俺は呟いていた。
だが、誰もいないからと調子に乗って呟いたその言葉は。
「……浪之君?」
何者かはともかく、
たまたまここにいたらしい知り合いの耳に届いてしまったらしい。
そう認識すると今までの思考その他が急に恥ずかしくなってきて、逃げ出したくなる。
だが、そうする事さえ恥ずかしい気がして、結局俺は一歩も動けずにいた。
「どうかした? こんなところで」
そうしている内にその誰かは俺に近付いてきた。
もうどうしようもないと観念し、俺は振り向いた。
「……ああ、草薙君か」
意を決して振り向いた先に立っていたのは、草薙だった。
トレーニングウェアを着込み、首にはタオルを巻き、手には水の入ったペットボトルを持っている草薙。
その格好からして日頃やっていると聞いたトレーニングの途中なのだろう。
この辺りがルートだとは知らなかったが、そうでなければ、こんな所で会う事はなかっただろう。
そんな事を考えながら草薙に向き直ると、彼は少し怪訝な表情を形作った。
「え? 顔、腫れてるけど、一体……?!」
怪訝な顔はどうやら俺の顔のせいだったらしい。
あー、さっき殴ったのが効いてきたのか。
道理で少し痛いなぁって……なんか意識したらもっと痛くなってきた気も。
「……んー、ちょっとね。心配ないよ」
その痛みを堪えながら答える。
痛みのせいで微妙に顔が引き攣ってしまったが。
そのせいか、草薙はより心配そうな表情になっていった。
「心配ないって……まさか、この間話してた番長さんに?!」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
何と言えばいいのか少し悩みながらも、俺は出来る範囲での事を話し始めた。
と言っても話せる事なんか殆どない。
スギナとの事を話せば余計に心配を掛けてしまうだろうし。
だから、俺は。
「まぁなんというか、自分が許せない事があってさ」
どうにかこうにか、その部分を抜き取り、その辺りだけで事情を説明した。
実際穴だらけだったから、納得してもらえると思わなかったのだが……。
「……そう、なんだ」
歯切れ悪くそう答えながらも、草薙は納得してくれたらしい。
いや、多分俺が詳しい事情を話せない事を理解してくれたのだろう。
そういう奴だというのはよく分かる様になっていた。
そして。
「浪之君。
何か、僕に出来る事はある?
無理強いをするつもりはないけど、力になれる事があれば……」
多分そう言うんじゃないかなって事も、分かるようになっていた。
「……そうだな」
少し考える。
何もない、と言えば草薙はきっと引いてくれるのだろう。
だが、ただそう答えるのは、あんなに心配そうにしてくれた草薙に申し訳ない気もしていた。
そして、俺自身、ほんの少しだけだが話を聞いてもらいたい気持ちもあった。
だから俺は。
「……んじゃさ、少し話を聞いてくれないか?」
そう言ってしまっていた。
それはスギナに嘘を吐いた事を、草薙に話を聞いてもらうという『本当』で誤魔化しているのかもしれない。
でも、そうだとしても、話してみたくなった。話したくなっていた。
大馬鹿な自分の事を。
「うん、それで良ければ」
草薙は願望やらエゴやらそういうのが絡み付いた俺の言葉に頷いてくれた。
俺はそれに感謝しながら、話すべき事を考える。
どう切り出せばいいのか、どんな話をすればいいのか。
色々考えた結果、俺の口から出たのは、思ったよりシンプルで根本的な問いかけだった。
「あのさ、草薙君。……嘘吐きってどう思う?」
「え?」
「草薙君は俺とスギナとの関係を微妙に知ってるんだよな?
俺はよく嘘を吐いて、それをスギナは色々勉強してるというか、そんな感じなの」
「……うん、詳しくは知らないけどなんとなくね」
「なら話が早いな。
スギナはさ、そういう俺でもいいって思ってくれてるらしいけど、
俺自身は、そういう嘘吐きな自分が……そんなに好きじゃないんだ」
少なくとも、今の俺はそう思っている。
スギナに『嘘』を吐いてしまったから、余計に。
「誰かに嫌われたくなくて、嘘吐いて。
要するに臆病者なんだよな。
そういう人間の事、草薙君はどう思う?」
「……」
嘘吐きだから臆病者で、臆病者だから嘘を吐く。
嘘を吐かないと約束した奴の前でさえ。
何を恐がっているのかも、分からないのに。
馬鹿な事を言ったなぁ、と我ながら思った。
そんな事を言ったって草薙を困らせるだけだって分かってたはずなのに。
自分が思った以上に自暴自棄(という程じゃないが)になっていた事に驚きつつ、
どうフォローしようかとか、なかった事にしようかとか色々考えていると。
「……嘘吐きで臆病者、か」
そうして今更な思考をしている内に草薙が口を開いた。
俺は間を逃したかもなどと考えていたのだが、神妙な表情で続けられた草薙の言葉に驚かされ、その思考はあっさり消える事となる。
「僕個人としては、浪之君の事を臆病者だとか嘘吐きとか思った事、ないんだけど」
「え?」
一瞬、俺を気遣っての……それこそ『嘘』かと思った。
だが俺が見た、俺を見る草薙の目は、恐ろしいまでに真っ直ぐだった。
微塵も嘘を感じさせないほどに。
「で、でも、俺は……」
「いや、その、こう言ったらなんていうかだけど、浪之君が嘘を吐いた事があるのは、分かってるよ。
うーん、どう言えばいいかな。
僕にとっての『嘘吐き』って、嘘が誰かを傷つける事を知って、その上で悪意を持って嘘を吐く人ってイメージだからかな。
いやまぁ、嘘を吐くつもりがない方の嘘が却って人を傷つける事はあると思うけど。
ともかく僕にとって嘘吐きはそういう感じ」
「……」
なんというか、そう来たか、という感じだった。
でも、同時にそういう考え方は不思議と分かるような気がした。
「浪之君は、誰かを傷つけたくて嘘を吐いた事、ある?」
「……そ、それは、う、うーん。
そういう観点で考えたらなぁ……あんまり、ない、と思う。自信はないけど」
「だよね。
そういう人だと思ってるから、僕は浪之君を嘘吐きだと思ってないんだ。
あと臆病者かどうかだけど、それにしたって、この間の文化祭の話を聞くとね」
文化祭の話。
それはあの、スギナの蹴りによる屋上ロケットシュートダイブの事に他ならないだろう。
「いや、すっげービビッてたんだけど」
今でも思い返すとよくやれたなぁと足がガクガク震えてみたりする事があるんだけど、と俺。
しかし草薙はにべもない、というには感情的な温度がある声音であっさり答えた。
「かもしれないけど、浪之君は最終的には飛んだ。中々出来る事じゃないよ」
「……うーん」
なんか上手く誘導されてるというか説得されてるというか。
そんな気もするのだが、上手く言えないというか、反論的なものが思いつかず、俺はただ草薙の言葉を聞いていた。
「それに、仮に浪之君を嘘吐きの臆病者だとしても、もっと嘘吐きで臆病者がいるのを僕は知ってるからね」
「え? め、珍しいな。草薙君がそんな事を言うなんて」
俺は驚いた。
実際、この御人好しが服を着て歩いているような草薙がそんな事を言い出すとは思ってもみなかったのだ。
「それが誰か、なんて聞くのは……って、そういう陰口はよくないよな」
「ううん、大丈夫。
陰口にはならないよ。ここにいるから」
「へ?」
「僕だよ」
「はぁ???」
「……そんなに驚く事かな」
不思議そうに言う草薙。
この表情から察するに、本気で自分が嘘吐きで臆病者だと思ってる感じだ。
「いや、だって……」
クラス随一の御人好しで腕っ節もあって……草薙がそういう奴だって事は、クラスの皆が知っている。
守臣君や貫前さんだって知ってるし、スギナだって認めてる。
だから俺はパタパタと手を横に振って、草薙の言葉を否定した。
「ないだろ、それは」
「あるよ。十分にある」
「……じゃあ、何を、どんな嘘吐いてるって言うんだよ?」
流石に気になって尋ねる。
すると草薙は申し訳なさそうな表情で、唇を噛み締めた。
そうして少しの間唇を噛み締めた後、苦しげに言った。
「……ごめん、それは言えない」
「そりゃあそうだよな。
悪い。底の浅い質問だったよ。
簡単に言える事なら草薙君だって悩みはしないだろうし」
「ううん。僕の話の持って行き方が悪いし……そもそも、嘘を吐いてる僕が悪いんだ」
そう言うと草薙は目を伏せた。
こんなにも後ろめたそうな……辛そうな草薙を見るのは、初めてだった。
それでも草薙は顔を上げ、俺の顔をしっかり見て話を続けていく。
「……そうだね。簡単には、言えない事なのは確かだ。
色々な事情があって、今の僕はそれを言えない。
それが、誰かを傷つけかねないって分かってるけど、言えないんだ」
「……」
「いつかは、本当の事を話してもいい日が来るのかもしれない。
その日が来たら、僕は全てを話したいと思ってる。
でも僕は……その時が来るのが恐くもあるんだ。
それを話したら……皆と――浪之君達とも友達じゃなくなるかもしれないから」
「……!!」
俺は驚いた。草薙が、そんなに大きな嘘を抱えていた事に。
それだけの事を抱えながら、周囲にそれを悟らせないように生きている事に。
俺が知る草薙の性格を思えば、それは……人に隠し事をするのはとんでもなく辛い事だろうに。
「優しい浪之君達は、その嘘を笑って許してくれるのかも、って思う。
でも同時に、怒られて、嫌われても仕方ないとも思ってる。
……どっちにしても、僕の勝手な考えで申し訳ないけど。
その、えと、ほら、僕の方が嘘吐きで臆病者じゃない?」
「……」
「……って、そんな風に言う事じゃないよね。ごめ……」
「そっ、そんな事ないだろ?!」
「……浪之君?」
言葉の途中だと分かっていた。
だけど、俺は思わず声を上げていた。
何故なのか、上げずにはいられなかった。俺らしくないと思いながらも。
「草薙君は、嘘を吐きたいのかよ?! 誰かを傷つけたいのかよ?!」
「そんな事は、ないよ。絶対に」
「話せるようになったら、本当の事、話すつもりなんだろ?!」
「……そう、だけど」
「なら、俺は草薙君を嘘吐きとも、臆病者とも思わない」
「え?」
「他の誰かはともかく、俺はそう思わない事にした。
だって、そんな風に思いたくないんだよ。
草薙君、良い奴じゃないかよ……今だって、俺の話を聞いてくれたじゃないかよ……」
「……」
「そんな草薙君が嘘吐きで臆病者なら、俺なんかもっと最悪……」
「そ、それはないって! わ、僕の方が……!!」
「いや、俺の方が……!!」
そんな感じで俺達は暫くどちらがより嘘吐きで臆病者なのかを議論し合った。
いや、議論じゃないな。
どっちが臆病で嘘吐きなのかを互いに主張し合っていただけだ。
それは思いの外、結構長い事続いたのだが……。
「……ハァ、ハァ、草薙君」
「……ハァ、ハァ、な、何?」
流石に互いに疲れて止まる時が来た。
というか、不毛過ぎる。
互いが相手より云々を繰り返すだけなのだから終わる筈もない水掛け論だ。
そんな事はお互いに分かっていた。
分かっていて、ずっと続けていたのは……。
「……ありがとな」
「え?」
「ホントは嘘を吐いてるって事自体、あんまり話せないし、話したくなかったんだろ?」
「……っ」
俺の推論に、草薙が息を呑む。
どうやら、当たっていたらしい。
ホント、真っ正直というか生真面目というか……こういう所で嘘が吐けないと言うか。
俺には分かる。
嘘を吐かずに済むのなら、嘘を吐いてるなんて言わずに済むのなら、それに越した事がないのを。そういう気持ちを。
俺が嘘吐きだからこそ、分かるんだ。
「それでも、草薙君は話してくれた。
そうして、俺を少しでも楽にしようとしてくれた」
草薙は思ってくれている。
俺は、浪之歩二は嘘吐きじゃない、と。
だけど、俺自身がそう思い込んでいる事は簡単には覆せない。
だから、あえて自分が嘘を吐いている事を話したんだ。
仮に嘘吐きだとしても俺だけじゃない、と。
自分だっている。むしろ自分が俺以上の嘘吐きだから気に病まないでほしい、と。
そうして、俺が嘘吐きである事を否定した上で、それを素直に認められないならせめて、と俺の気持ちを少しでも晴らそうとしてくれていたのだ。
曝け出したくもない自分の嘘を、口にしてまで。
そして、それは、俺もきっと同じだ。
全部が同じではないけど、同じなんだ。
俺は自分が良い人間なんかとは思わない。
でも草薙は良い人間だ。
例え、草薙が何か大きな嘘を吐いていたのだとしても、その部分は間違ってないと俺は思っている。
草薙にしてみれば勝手なのかもしれない。
草薙は本気で自分は俺よりも酷い嘘吐きだと思っているのだろう。
それでも、俺は草薙が良い奴だと思ってる。
そう思いたいし、思ってるし、信じている。
多分、草薙が俺をそう思ってくれているように。
俺は俺自身のことをそう思えないけど。
だから、譲れなかった。
馬鹿みたいだと分かっていて水掛け論を続けていたんだ。
お互いに。
「……」
「なんでかな。俺基本的に鈍いんだけど、それは分かったよ」
それが分かったのはきっと、いつかスギナがそれらしい事を言っていたように、俺と草薙が似たもの同士だからだろう。
質とか、全体とか、そういうものは微妙に違うかもしれないけど、それでも何処かが、何かが似通っている。
そういうのが、なんとなく分かる。
似通ってるから分かるのだろう。
「浪之君……」
「だから、ありがとな」
「う、ううん、それは……僕の方こそって気が」
「いや、そもそも話を切り出したのはこっちなんだから、今日は俺に御礼を言わせてほしい。
もし御礼を言うとしても、またさっきみたいな繰り返しになりそうだから一回だけでお願いするよ」
「……うん。ありがとう」
そうして御礼を言って、頭を下げる草薙を見て、俺はやっぱりなと確信した。
仮に嘘吐きだったとしても、草薙が良い奴だってのは間違いないと。
そして、そんな草薙が心配してくれる以上、あんまり落ち込んでられないと思った。
俺なんかの事で悩ませたくない。
というか、今さっきまで散々悩んでくれたんだし。
(……いつかは逆に草薙の悩みを聞いてやらなきゃなぁ。
って、あれ?)
そう考えた時、ふと気付く。
スギナの事で沈んでいた気持ちが、いつのまにか浮上していた事に。
多分……方向性こそ微妙に違うが、溜まっていたものを吐き出せてスッキリしたのだろう。
悩みが根本的に解決したわけじゃない。
俺がやった事を、俺自身が許せた訳でもない。
それでも、気持ちが前向きになっていた。
その事含めてちゃんとスギナと話そうと思うようになっていた。
「……浪之君?」
「ああ、うん、ごめん。少しボケッとしてた」
外から……草薙から見れば言葉通りボケッとしていただろう。
だから、なんとなく気を取り直した風に一度頷いて見せてから、俺は草薙に向き直った。
草薙は何処となく心配そうに、こちらを見ている。
……ありがたいけど、申し訳ない。ホントいつか悩みが聞けたらいいんだけど。
そう思いながら、俺は口を開いた。
「えっと、上手く言えないんだけど、その、お陰で楽になったよ、本当に」
「そ、そう?」
「ああ。
まだまだ、嘘吐きな自分は好きじゃないし、それについて何をどうしていいか分からないけどさ。
せめて、大事な事だけは本当の事を話せるように頑張ってみるよ。
草薙君のお陰で、そう思える位に元気になれた」
「……」
スギナと明日すぐに話せるとは思えない。
そんなに俺は強くない。
でも、まだ時間はある。
それまでになんとか、本当の事を話せるようにやってみる。
(そうでないと、草薙に悪いしな)
今は、少なくとも今は、きっとそう思ってていい。
そう思えた。
「……僕も、そうするよ」
「え?」
俺がそんな事を考えている中、草薙がポツリ、と言葉を零した。
零した、というには強い何かを込めた調子で。
何を?と俺が問い掛ける前に、草薙は俺の目を真っ直ぐに捉えると、いつもの草薙らしい真っ直ぐさで言った。
「凄く、恐くなる時があるけど。
もしその日が来たら、頑張って話すよ。本当のことを」
「……そっか」
「実を言うと……僕の嘘について何人か知ってる人もいるんだけど」
「いるのかよっ!」
「ご、ごめん。その辺りは色々あって。
でも、その、なんていうか……。
皆にもし話せるようになったら、その時は……まず一番最初に浪之君に話すよ」
「……」
「だから、それまでは……友達でいてくれるかな」
全く。
何を馬鹿な事を言ってるんだか。
この時ばかりは、色々な事をごちゃごちゃ考えがちな俺でも、混じりっ気なしにそう思った。
そんな、思ったままの言葉を、俺は口にした。
「……いやいや。俺はずっと友達のつもりだけど。
文化祭の時そう言ったつもりだったんだけどな。
草薙君は、違ったのかな」
多分、草薙は俺が俺の思う嘘吐きでも友達だと言ってくれるのだろう。
俺の嘘が、草薙の言う嘘吐きの嘘になり、それを阿呆みたいに重ねない限り。
……いや、その場合でも友達だと言えるようにすしてしまうんじゃないかって気もするけど。
でも、俺だってそれは同じだ。
草薙が嘘を吐いているのだとしても、それがどんな嘘だとしても、俺は多分草薙を友達だと思える。
そう思う意味合いとか質とかは過程とかは色々違うかもしれないが、きっとそう思うのだ。
俺達は、似たもの同士の……友達だから。
「……っ」
俺の言葉を聞いた時、草薙は何かに撃ち抜かれたように驚いた様子で目を見開いていた。
直後、一瞬顔を俯かせたかと思うと、次の瞬間には顔を上げて……笑顔で言った。
「ううんっ、違わないよ……!」
「だよな。
えとなんか、こう言うのは変かもだけど、改めて、よろしく」
「……うん、うん、改めて、よろしく……!」
そうして、俺達は笑い合う。
何か大切なものを渡し合うように、俺達は笑みを交わした。
と。
そんな感じで状況とか感情とか色々落ち着いてきたからか。
(さて、話も終わったし……って、あ)
俺は思い出したくない事を思い出してしまった。
こう、なんというか締まらないと言うか台無しな事を。
「……で、だ。えーと、その、草薙君。
話は変わると言うか、なんというか頼み辛い事なんだけど」
「なにかなっ?」
なんかキラキラした目になっている草薙。
いや、本当の所、何もなかったら俺も近い気持ちになってたと思う。
それだけに非常に心苦しいし、嫌な顔をされるかもだが、言わなければなるまい。
「……実はその、俺迷ってたんだ。道に。
すっかり忘れてた。
悪いけど、下まで案内してくれないか?」
「……はい?
ああ、なるほど。うん、全然いいよ。この辺入り組んでるもんね。
じゃあ、ついてきて」
「……」
「浪之君?」
「……ああ、うん、ありがとう」
間抜け面の俺の告白に対し、
草薙は危惧していたような嫌な顔は全くせず、
むしろ明るく笑顔で俺の知る道まで案内してくれたのだが……、
俺的にはある意味そっちの方が心苦しかった。
ふと、そんな俺の思考は間違っているのかいないのか、誰かに聞いてみたくなった。
(誰かに……ああ、そうだな)
誰かに……そう、スギナに、聞いてみたいな。
聞けるようになった、その時は、どう思うのか聞いてみよう。
(その為にも、まずちゃんと話さなきゃな……)
草薙と別れて家路を辿る途中。
そう思えるように、俺はなっていた……。
……続く。