第10話 祭りの日に(前編)











 時間というのは、どうあっても流れるもので。
 気がつけばその日はやって来ていた。

 そう。
 文化祭開催の当日である。

「結構余裕を持ってやれたなぁ」
「そうだね。クラスが順調だったお陰で僕らも同好会演舞組手を準備できた」

 開会の一時間前。
 歩二と紫雲は、生徒会と文化祭実行委員に頼み込んで確保した、
 体育館裏のスペースに準備しておいた看板と、ラインカーで地面に線を引いただけのリングを、
 二人並んで眺めていた。

「天気も良好で、あっちもばっちりだし、良かった良かった」

 言いながら見上げたのは、晴れ渡った空よりも少し下。

 歩二の視線の先には、
 自分達の教室の窓にデカデカと張られた『自主映画&喫茶』の文字があった。

「そうだね。
 もう向こうについての僕らの仕事は終わってるし、後はこっちをそれなりにやろう」
「まぁ、元々客寄せる気もないし、怪我しないようによろしく頼むよ、草薙君」
「うん。こちらこそよろしく。……今日は何事もなければいいね」 
「ホントそうだな」

 そうして二人が言葉を交わしていると。

「また中身が微妙に違う意見の一致。不思議なものね、貴方達は」

 2人にとっては聞き慣れた声が背後から響いてきた。
 もう1人の同好会員であるスギナに他ならない。

「そういうもんか、ね……?!」

 そんなスギナの方に振り向いた歩二は、その瞬間言葉を失った。
 紫雲もまた目を見開いて驚きを露にしていた。

 そこにいたのは、いつものスギナではなかった。
 制服姿はいつもどおりなのだが、その下の中身が違っていたのだ。

 制服の下にはいつもの如何にもロボット然とした身体はなく、
 衣服の隙間から覗かせる皮膚や手足は人間そのものと言って良いものだった。
 触れれば柔らかそうな、下手をすれば壊れてしまいそうな女の子の身体にしか見えない。
 ただし、彼女を強く印象付ける銀髪はそのままだったが。

「スギナさん、その体は……」
「……今日はお祭りだから。
 そんな日にロボット学生がいて目立って、
 折角の出し物や展示に意識を向けられないのは勿体無いでしょ。
 だから、仕事先の上司に頼んで、
 身体を営業に使う予定の準ヒューマノイドタイプに換装してもらったのよ。
 あ、組手の事は心配しないで。
 本来の身体じゃなくても、人一人位空まで蹴り飛ばせるから」

 何故か畳み掛けるように理由を述べるスギナ。
 そんなスギナに、紫雲は見開いていた眼を瞬かせた後、
 何かを納得するように一つ頷いてから言った。

「まぁ、そっちは心配してないけど……うん、その体、凄く可愛いと思う。
 なんか凄く羨ましいと言うか……滅茶苦茶いいと思うよ」
「ありがとう」
「浪之君、君はどう思う……」

 紫雲が歩二の意見を聞こうと彼の方を見ると、
 そこには紫雲以上に眼を瞬かせ、呆然としている歩二の姿があった。

「な、浪之君?」
「あ。あー、ああ。悪ぃ。驚きすぎて固まってた」
「……ふん。どうせ似合ってるとか、いつもどおり波風立たない発言しかしないんでしょ」
「……悪かったな。でも、似合ってるものを似合ってるって言って、何が悪いんだよ」
「え?」
「いいじゃねぇかよ、それ。
 つーか、なんで普段それを使わないんだか。
 そんだけ可愛けりゃ余計な偏見とかもないだろうに。
 まぁ、今更偏見とか皆ないんだろうけどな」
「……」
「あーはいはい、言いたい事は分かってますよ。
 外見に左右される馬鹿で悪かったね」
「……」
「……な、なんだよ」
「……別に」

 そんな二人の様子を笑顔で眺めていた紫雲は、わざとらしく携帯で時刻を確認して言った。

「おっと。もうこんな時間だ。教室に行こうか」
「ああ」
「そうね」

 三人は即座に始められるように配置した道具・その状態を再度確認した後、
 教室に向かって歩き出した。






「……助かったよ、草薙君」

 廊下を歩く中、さっきの微妙な空気を流した事について、歩二は礼を告げた。
 ……少し前を歩くスギナにもその声は聞こえていたらしくチラリと後ろの二人を見やるが、
 お互い様というか近い考えなのか、特に何も言わず、すぐさま前に向き直り、歩き続けていく。

 スギナに何も言われなかった事に歩二が少し安堵していると、紫雲が苦笑気味の表情でこう言った。

「邪魔してなかったんならいいんだけど。
 ……それはそうと、そろそろ僕の事は呼び捨てでいいのに。
 もう、それなりの付き合いなんだし。
 少なくとも、僕は浪之君の事を友達だと思ってるよ。
 ……ああ、その、君さえ良ければ、なんだけど」
「邪魔云々はさておき、ソレはこっちの台詞だ。
 これからも色々あると思うけど……よろしく、草薙君」
「うん。こちらこそ。
 蒸し返すけど、そんな間柄で君付けはかったるくない?
 だから好きに呼んでいいんだよ、浪之君」
「そう言う君はクンつけるじゃないかよ」
「あ、う。そうだね……つい癖で」
「まぁ、俺も人の事言えないけどな。
 ……なんというか、気が向いて呼べそうだったら、呼び捨てで呼ばせてもらうよ」
「うん、僕もそうするよ」
「……仲のおよろしい事で。二人して浮気?」
「何故そうなるっ!?」
「いやいや、そういうのとは違うし。
 あと、僕的にはスギナさんも友達、なんだけど」
「それについては異論無いわ。
 これからもよろしく、草薙サン」
「うん、こちらこそよろしく」
「おお、珍しく素直だな」
「私はいつも素直よ」
「自分で言うなよ」
「あと、私は浪之クンとは違うから」
「……にゃろう」
「クスクス」

 そんな会話をしつつ、三人が教室に入ると。

「ううう〜」
「ぐううう」

 本日クラスを監督する予定の紘音と、ウェイターの格好の浩が睨み合っていた。

「……なに、この険悪なムード」
「いや、ちょっと面倒臭い事になっててな」

 割合親しい紫雲がいるからか、あるいは歩二がもう一人の学級委員だからなのか、この状況について直谷明の方から歩二に話しかけた。
 この二人は基本親しくないので、珍しい事と言える。

「今日の事で、あの二人が揉めてな。いつになく険悪ムードなんだよ」 
「今日のこと?」

 微かに首を傾げつつ、スギナが呟く。
 どうやら一度こっちに来てから二人のところに来たらしく、
 クラスメート達はスギナの姿を既に見ているらしく驚きはない。
 明もソレは同じ様で、特に驚いた様子もなくスギナに頷いて見せてから事情を話し出した。

「ああ。最初は俺的には凄まじくどうでもいい、テーブルの位置の事だったんだ。
 ちょっと予定からずれた所に守臣が感覚で置いたら、分かってないって貫前が怒って」
「……貫前さんが色々計算して決めた場所だからね」
「うん、そうだったね」

 映画を見ながら喫茶という難しい題材に対し、このクラスは準備期間こそ少なかったものの全力で取り組んだ。

 上映の際に暗くした場合、コーヒーなどを簡単に零さないように深めのカップを準備したり。
 映画に集中できるよう極力音を立てない食べ物を厳選したり。
 背が低い人、ある程度目が悪い人でも見え易いような配慮に協力お願いの説明文などを練習、あるいはメニュー表に書き添えたり。

 そうして、かなり質が高いサービスが出来るよう、映画製作組も協力した結果、
 昨日ようやく全てが丸く収まったのだ。いや収まったはずだった。

「まぁ、守臣的には角度的に少し見難いんじゃないかと思ったらしいんだが……
 とにかく、そこから喧嘩が発展して、
 ここのムードがどうだとか、休憩時間が云々とか、
 ココの事に関係あるなしにかかわらず色々突っ込みまくったり、ぶつかったりして、この様だ」
「なんで当日にもなってそんな事で喧嘩するのかしらね」
「……仲が良いからじゃないかな」

 言いながら、紫雲は眼鏡を、クィッ、と押し上げる。

「仲が良いから、くだらない事でも真剣に言い合える。
 まぁ、時の場合によりけりなんだけどね」
「そういうものかな」
「そういうものかしら」
「浪之君達がその代表だと僕は思うけど」
『……ソレはない』
「とりあえず、位置の問題は予定と守臣の意見の中間点で妥協、解決してる。
 後は当人同士の問題だ。……何かあったらフォロー頼むぞ浪之」
「うん、了解」

 明の言葉を、歩二はあっさりと了解する。
 すると。

「はっはっは、何を言うやらウサギさん」

 腕を組む紘音が歩二たちに言った。

「問題も心配もナッシングよっ!
 凄く頑張ってくれてた浪之クンは同好会の事を考えててっ!
 少なくとも、あんな超絶馬鹿の事を気にする事はないわ」
「全く持って同感だ。
 浪之はたまには自分の事を考えてくれよ。
 あんなアホ女の戯言・妄言位俺で捌くさ」
『はっはっはっはっは!!!!』
「……なんか、すっごい不安」
「浪之クンに同意するのは不本意だけど、同感ね」

 高笑いを上げて他の言葉なんぞ耳に入らない当事者二人を除くクラス全員が、歩二の言葉に、うんうん、と頷いたのであった。






 ……続く。




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