第7話 嘘吐き男のとある一日(後編)










「どうして、こんな所に?」

 驚きの様子を見せたのはほんの僅か。
 スギナはあっという間もないほどの速さで、いつもの調子に戻っていた。
 少なくとも、表面上は。

 なので、それについて突っ込みを入れそびれた俺は、素直にスギナの疑問に答えることにした。

「いや、毎年ここらに改造車で鯛焼きを売るおっちゃんがいてな。
 そろそろ来る頃かと、草薙君との練習の後ココに来た」
「……そのデータはなかったわね。覚えておくわ」
「ところでさ」
「何よ」
「お前。歌、上手いな」

 ……実は、前に何回か聴いた時もそう思ってたんだけどな。
 なんとなく言える状況でも気分でもないし、なにより言うのが癪だったのだ。

 じゃあ、なんで今は言えたのかっていうと……実はなんとなくだったりする。
 まぁ空や赤く染まる街が綺麗だったとかそんな理由だろ、多分。

 スギナはそんな俺の心情を知る由もなく……知ってそうな気もするのが怖いが……
 キュイッと小さな動作音を立てて、頷きとも首傾げとも取れないような微妙な動きで頭を微かに振った。

「……ロボットだから。知っての通り男声、女声、音域、強弱、自由自在よ」
「実も蓋もない奴だな。ったく、珍しく素直に褒めてやればこれだ」

 言いながら思い出す。
 どこかで聞いた事がある歌だなと思っていたが、それもそのはずだ。
 あの歌は放課後尋問の待ち合わせをしている時に、何度かコイツが口ずさんでた歌だったから。

「というか、さっきの歌アニソンらしいけど、知ってるのか?」
「勿論知ってるわ。
 でも、別に歌の良し悪しにジャンルは関係ないでしょ。
 歌っている……存在はさておき、少なくとも曲は最高よ」
「俺は歌ってる声優さんとやらも上手かったと思うがな。
 ま、その点はさておき、ジャンル云々と曲の良さに関しては珍しく気が合ったな」
「……そうね」

 そんな会話を交わしつつ、俺達はぼんやりと街の風景を眺めた。

 空は茜色から変わりつつあり、満月が角度浅めに昇りつつある。
 さっきも思った事だが、綺麗な良い風景だと思う。

「……」
「……」

 なんというか、不思議な気分だった。

 普段は毒を吐きまくり、喧嘩腰っぽい俺達がこうして静かに同じ風景を眺めている。
 そして……それは、何故か、妙に……落ち着いた気持ちにさせてくれていた。
 悪くない、気分だった。

「……」
「……あー」

 そう意識すると逆に耐え切れなくなるのは、当たり前なのか変なのか。
 ただ、俺はなんとなく、沈黙に耐え切れず……
 よせばいいのに、いつのまにかさっきの歌を口ずさんでいた。

「〜♪」

 我ながら何をしてるんだと思うのだが、こうでもしないとなんか間が持たなかったのだ。

「………………どうしたの?」

 歌い終わると、当然というか不思議そうに尋ねてくるスギナ。
 どうにも照れ臭い俺はぶっきらぼうに答えた。

「お前、俺に嘘吐くなって言ってるだろうが」
「?」
「今、歌いたい気分だったんだよ。
 その気持ちに嘘を吐かないって事は、歌えって事だ。
 違うか?」

 そう言うと、これまた珍しい表情をスギナは浮かべた。
 きょとん、という言葉がぴったりな、そんな顔をしていた。

「はいはい、どうせ下手だから笑え」
「……ええ、確かに上手くはなかったわね。でも、笑えないわ」
「それはあれか、ネタにすらならんって事か」
「そうじゃないわ。……何故かしら、上手く言えないわね」
「ひょっとして、気を遣ってくれてんのかよ?」
「……違うと思うけど」

 今日は本当に珍しい事のオンパレードだ。
 本当に分からないで悩んでいるスギナは新鮮だったし、俺的には笑いがこみ上げてくるものだった。
 折角なんで、普段の仕返しに笑いをちょっとからかい気味にアレンジさせておこう。

「くくっ。お前にも分からん事があるんだな」
「……フン、精々笑ってなさい。
 そうして笑ってられるのもどうせ今の内よ」
「けっ、そうだな。
 どうせまた明日からはお前のお陰でキリキリ舞いだよ」
「全ては貴方の嘘が原因なんじゃないの」
「お前の余計な行動や一言が余計にダメージを与えてるんだろうが」
「また責任転嫁? これだから小物は」
「はいはい、小物ですよ」
「はいは一回」
「はいよ」

 ああ。そう言えば。
 ふと、いつものやりとりをしていて、思う。

 無駄に偉そうで、尊大で、でも何でか憎み切れなくて、本当にロボットかと思うほど人と対等。
 そして、俺と違って嘘を吐かない、女の子。

 コイツについて、俺は知らない事も多いが、
 こうして話していると、ぶっちゃけ気にならなく……
 いや、元々どうでもいいはずだったんだが……なっていた。

 何故なら、俺の前にいるコイツは、
 いつだってコイツ以外の何者でもなく、
 俺の嘘とか本音とかに関係なく言葉を交わせる唯一の存在だって事を、今改めて理解できていたから。

 とりあえず、それさえ知ってりゃ、多分他の知らないこともいずれ芋蔓式に知る事になるだろうさ。

 ほんの数ヶ月前は俺との接点なんか殆ど無かったコイツが、いまや俺の事を殆ど知ってるように。








「……なぁ、一つ聞いてもいいか?」

 公園からの帰り道。
 俺は素直に疑問を口にすることにした。
 どうせ、こいつ相手に遠慮とかいらないし。

「何よ」
「俺からデータを取り終わったら、お前どうするんだ?」
「どうするんだって……どういう意味?」
「嘘を吐くのか?」
「……」
「もしそうだったら、俺は、あんまり歓迎できないぞ、それ。
 お前に嘘吐かれるのは凄い面倒臭い事になりそうだし……
 なんか、なんつーか、困る」
「……フフ」

 少しの沈黙の後、スギナは笑った。
 それは邪神スマイルとかじゃなく、普通の女の子のような、小悪魔チックで可愛げのある笑顔だった。

 瞬間、何処かで何かが締まるような、詰まるような変な感覚が走る。

 俺のそんな状況というか心情というかに気づいているのかいないのか
(普通気付かれないだろうがコイツなら気付かれそうな気がする)スギナは笑みを深めて見せた。

「さぁ、ね?」
「……おい」

 なんとも言えない気持ちのまま、抗議じみた声を上げる。
 すると、スギナは浮かべていた笑みを微かに変化させつつ、言った。

「……全部終わったら、話すわ。
 気が向いたらじゃなくて、ちゃんと約束してあげる」

 笑みを含んだその言葉。
 だけど、そこにはいつにない真剣さがある、様な気がした。

「……ふーん。ま、当てにしないで待ってやるよ」

 だから俺も。
 言葉は適当で、それでいて真剣に答えた。

 勿論、考えている事は、俺の『なんとなく』に過ぎない。
 人じゃないコイツの思考を読み解いているとは思い難いし。

 でも。それでも。
 俺は真剣に答えるべきだと思った。

 それを隠すのは嘘になる。
 そして、そうするのはコイツと交わした決まり事に反する。
 だから、思うままに答えた。それだけの事だ。

「……やれやれ」

 そんな俺を見て、スギナは肩を竦めて見せた。
 呆れた調子で。それでいて何処か楽しげに。  

「人の言う事は信じなさいよ」
「お前人じゃないじゃん」
「嘘吐きよりはマシよ」
「……ふっ」
「……クスクス」

 満月が高く昇り始めた空の下。

 俺達はそうやっていつもどおりでいて、
 何処かいつもどおりでない空気の中、
 色々な事を話し、笑い合いながら歩いていった。

 まぁ、今度はきっと満月のせいなのだろう……俺はそう思うことにした。








 いつもの場所で別れた後。
 俺はなんとなく、全部終わった後、スギナはどうするのかが頭に引っかかった。
 俺には関係のない事のはずなのに、何か、胸に引っかかる気がした。 







 そして、その日以降。
 何故か、俺の中で貫前さんの事を考える時間が少しだけ少なくなったような、そんな気がした。
 
 






 ……続く。










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