第4話 祭りの準備もある意味祭り(前編)







「今日の議題は、もう二ヶ月前だってのに遅々として進まない、文化祭の準備についてですっ!」

 聞いただけでサッパリとした性格を感じさせる紘音の言葉で、ロングホームルームが始まった。
 彼女自身言い切った議題を今朝まで忘れていたのは忘れよう……紘音の横に立つ、歩二はそう言いたげななんとも言えない表情を浮かべていたり。

 ともあれ、議題を教えてもらい、それらに関する事柄をどうにかこうにか記憶の奥の奥から引っ張り出した紘音は拳を振り上げんばかりに、というか実際振り上げてクラスメート達に呼び掛けた。

「夏休み前に文化祭の出し物は、自主製作映画上映とセットの食べ物販売……いやさ、喫茶店を開くと決めたはずなのに、大雑把な役割を決めた後はまるで進んでないのはどういうことなんでしょうかっ」
「いや、どういうことなんでしょうかって言うけどさ」

 いきり立つ紘音に対し答えるのは、このクラスに存在する幾つかのグループの一つ、直谷一派(通称・幼馴染カップルパート1と濃い仲間達)の中核たる直谷明。
 座ったまま、頬杖をつきながらであるにもかかわらずよく通る低い声で明は続けた。

「キャスト組も、監督その他スタッフの貫前組も何もやってないじゃないか」
「え? だってまだ脚本が上がってないし」
「……脚本はもう上がってるけど」

 多少不貞腐れ気味な声を零すのは、自主製作映画の脚本担当たる筑留眞子(ちくどめ まこ)。
 文芸部に所属しており、その事実を見込まれて脚本を半ば勢いで引き受ける羽目になったのは、クラスの面々の記憶にそれなりに残っていた。
 本人曰く「小説を書くのと脚本は別物だから当てにしないで欲しいんだけど……」との事だったが、にもかかわらず、脚本を既に仕上げている辺り流石と言うか真面目と言うか。

 それはともかく、その背景を鑑みれば彼女の不貞腐れ気味の声にも説明はつく。
 だが、既に完成しているという事実は寝耳に水だったらしく、紘音は驚きで眼を瞬かせていた。

「えっ!? そうだったの!!?」
「? 夏休みに入る前に波出君に渡しておいたんだけど」
「あ、悪い。渡すの忘れてた」
『お前のせいかぁっ!』

 クラスほぼ総突っ込みにも動じる事なく、ヒラヒラ〜と意味なく手を振る男子生徒。
 制服をだらしなく、それでいて、そのだらしなさをしっかりと(?)着こなしている彼は、波出州貴(はで しゅうき)。
 ノリの良さとイベント・楽しい事好きな性格を買われ、一応自主映画製作スタッフの制作進行を任されているのだが……。

「いやぁ、夏休みの計画を立てるのに一生懸命でさ。
 先の事をうっかり忘れてたよ、はっはっは」

 責任感が無いわけではないのだが、目先の楽しい事優先ゆえの流されやすい部分も少なからずあったりする。
 それが状況を好転させる事もあるのだが、今回は思いっきりマイナスに働いてしまったのは誰の目にも明らかだった。
 当然の事と言うべきか、クラス中に混乱やら怒りやらが嵐の様に巻き起こる。

「はっはっは、じゃねぇぇっ!!」
「誰だこいつを制作進行にした奴っ!」
「責任者を呼べぇっ!!」
「お前だ、お前っ! 一学期学級委員っ!!」

 状況の悪化に、歩二は渋い表情を形作った。
 こうなると長くなるし、色々面倒になるのは眼に見えているし、最悪今日はおろか後日まで引きずるのはもっと面倒になるだろう。

 脳味噌CPUフル回転なのが良く分かる瞑目の果てに、歩二は教室の隅に座る紫雲に視線を送った。
 その視線を受け取った紫雲は歩二に小さく頷いて見せる。

「ま、まぁまぁ直谷君も落ち着いて。
 その事に気付かなかった僕達全員にも責任があると思うし。
 そうじゃない、皆?」
「そうそう。ここは皆うっかりしてたって事で、ね?」

 直谷一派の一人でもある紫雲は、ボケまくりでトボケまくる波出に突っ込みを続ける明を制止した上で、クラス全体に呼びかけた。
 歩二も、その流れに便乗するカタチでクラスを押さえに廻り、チラリ、と紘音に視線を流す。
 紘音はその意味を察したらしく、うん、と小さく頷き返し、口を開いた。

「そうね。実際アタシらも確認してなかったし。
 波出クン?」
「はっはっは、暴力は反対だぞー……って、んー?」

 自分への抗議を軽過ぎる対応で器用に捌いていた州貴は、自分を呼ぶ紘音の方に顔だけを向ける。
 紘音はそんな州貴を睨むのでも見据えるのでもなく、ただ真っ直ぐに見つめて言った。

「水に流すとは行かないけど、その分これから働いてもらうわよ?」
「OKOK。俺だってイベントが近いとなると手抜きはしないさ」
「うんうん、よきかなよきかな。
 ってことだから。皆もいいよね?」

 少し前の紫雲や歩二の呼び掛けの効果もあってか、紘音の言葉に皆納得していく。
 そうして場が落ち着くと、歩二と紫雲は同時に小さく安堵の息を吐いた。

 この二人は、彼らが住む街と同じく極めて混沌としたこのクラスにおける数少ない理知的なブレーキ役なのである。
 二人に共通しているのは、基本的に面倒事を好まないという点にある。

 もっとも、面倒事を好まない理由は違っている。
 歩二は心の底から面倒事も面倒に巻き込まれるのも嫌いなのが主な理由で、その後に多少なりとも人が争うのは心苦しいという人道的・倫理的・モラル的な理由がついてくる。
 紫雲は歩二とは逆で、まず人道的・倫理的・モラル的な理由が先に来て、その割合が約9割を占める。

 そんな感じで、ある意味性質的に真逆なのが、この二人が割と仲のいい理由なのだろう……そうスギナは考えていた。

「……正反対な人間は惹かれ易いらしいし」
「スギナさん、何か言った?」
「いえ、なんでもないわ。話を進めて、学級委員様」
「……おほん。というわけで議題を前向きに進めます」

 スギナの言葉に一瞬だけ頬の筋肉が動くが、大分慣れてきたのか歩二はスギナの予測よりも早く平常時状態に戻った。

「少なくとも脚本が上がっているのは分かったんだから、キャストは早速演技の練習に。
 監督その他の役職の人達は撮影場所とか、小道具とかの確保を早めにお願いします。
 食べ物担当の人達は、準備可能なレシピと試験調理とか進めてください。
 ……とりあえずは、こんな所? 何か疑問、問題は皆ないかな」 

 何度も言うが、浪之歩二は基本的に真面目で平均的な優等生である。
 少なくとも多くの人間に認識されている姿で場を収めた歩二は、上がった疑問や問題点にもスムーズに答え、どうにか混沌のホームルームを潜り抜けたのだった。










「ホームルームの時ははありがと、浪之クン」

 その日の放課後。
 いつもならスギナの尋問タイムにいる筈の歩二は、自分達の教室でスギナを含む複数の人間と会話を交わしていた。

「ああ、その。
 一応俺も学級委員だから。気にしないで」
「そう言ってくれると助かるわ。
 ふふー、やっぱり、こういう時の相棒は浪之クンねぇ」
「はいはい、言ってろよ」
「あれぇ? 妬いてる?」
「誰が妬くか!!」
「まぁ、夫婦漫才はさておき」

 誰が夫婦漫才だ、という二人の同時突込みを華麗にスルーしたスギナは、周囲の面子(歩二、浩、紘音、州貴の他男女二人ずつ)を見渡した。

「これだけで足りるわけ?」
「今日の所は十分でしょ」

 スギナにそう答えた紘音は、うんうん、と頷き、腕を組んで朗々と告げた。

「今日残ってもらったのは他でもなく、折角脚本を貰ったから近所で撮影場所……そう、ロケ地を探しに行くためです。
 とりあえずよさそうな場所があったら携帯で写真撮って、皆の意見を聞いた上で決定していきましょう。
 あと、ついでに必要な小道具で簡単に手に入るものの入手ね」
「それって、道具班の仕事じゃないの?」
「アタシのチェックミスで進行が遅れたわけだしね。少しは負担を軽減したいと思って」

 実際には、ホームルームの時間に歩二がまとめたようにクラス全体の責任なのだが、紘音はそう言った。
 そういう根っこの部分で責任感が強い部分も、クラスメート達に委員として推薦された理由である。

「あと、ついでに料理の本とかも探す予定だから」
「それって学校図書で十分なんじゃないかしら」
「そっちも今日簡単に調べるけどさ、モノはついでってヤツよ。
 詳しく探して学校図書になかった時に目星をつけとけば後が楽でしょ」
「なるほど。流石貫前さん」
「いやいや、それぐらいアタシだって考えるわよ〜」

 照れ笑う紘音につられて、褒めた当人である歩二も思わず笑みを浮かべる。
 可能な限り紘音の笑顔を見ていたかったであろう歩二だったが、何か思う所があったらしくボソボソとスギナに問い掛けた。

「……というか、そういうデータ持ってないのかよ?」
「残念ながら。
 私の持っているデータはそういう日常生活方面じゃないから。
 後、データ代、ソフト代どっちにしても新しく買うのは勿体無いし。
 それに、学習で学べるにこしたことはないでしょ?」
「確かにそうだ。まともな事を言うな、珍しく。
 そういうことならしょうがないか。それはそれとして、俺らどうするよ?」
「ああ、同好会の文化祭参加ね? 別に何もしなくても良いんじゃない?」

 元々スギナが歩二と一緒にいても不審がられないように(主に紘音対策)、あるいは二人だけで会話・行動しやすいように設立した会である。
 ココの所、必要性を感じなくなった事もあり(過激なスギナと抑え役たる真面目な歩二の立ち位置がクラス内に定着しつつある為)スギナは無理に参加してアピールする必要はないと考えていた。
 だが、生真面目な(あるいは、そう装っている)歩二にしてみれば、紫雲を巻き込んでいる時点でそういうわけにはいかないのだ。
 巻き込んでいる紫雲が真面目なのも、理由としては大きい。
 そんなわけで、歩二は渋面を作り、それをスギナだけに見せ付けつつ言った。

「そういうわけにはいかないだろ。
 公開組手なり考えないといけないし、それに向けての練習時間によっちゃこっちに参加できる回数とか状況とか変わってくるだろうが。
 当日、こっちに参加しないといけない可能性を考えないといけないし、
 後お前は週に何回か学校休んでどっか行ってるから、その辺とかも気にした方が良いだろ」
「相変わらず、そういう事にはマメね。
 というか紘音に関わる事だからマメなのかしら?」
「うっさい」
「まぁ、気にしたいのなら止めないけど。
 ホント嘘の回数に比例して外面は真面目なんだから」
「その為の嘘だからな」
「……言うわね。
 まぁ、なんにせよ、とりあえず聞いてみれば良いじゃない」

 そう言うと、スギナは、チョイチョイ、と紘音を指差してから、彼女の名を呼んだ。

「なに、スギナちゃん?」
「私と浪之クン、あとこの場にいないけど草薙サン、他に部活やら同好会を掛け持ちしてるんだけど」
「こっちの仕事ちゃんとやってくれるんなら、いつ抜けてもいいし、当日は上映だから問題ないよ。
 アタシら調理班じゃないし、その辺りは調整効くでしょ。
 他の皆も、そんな感じで良いから」
「俺らは帰宅部だから関係ないけどな」
「おとっつぁん、それは言わないお約束だよ……」
「誰がおとっつぁんだ、ヒー子」
「なんというか……ネタが古いなぁ……」
「レトロもいいんじゃない? レトロには全ての基本が込められているんだし。
 知ってた? 知らなかった?」

 そんなこんなでそれぞれの担当場面を決めた九人は、それぞれ組んで校内外へと繰り出していった。








……続く。










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