このSSはCLANNADの二次創作小説です。
作者の偏った考え方(設定的なものも含む)も含んでおりますので、原作のイメージが第一と考える方は読む事をご遠慮ください。
また、ネタバレを含んでいるので、今からプレイしようとしている方もご遠慮ください。


以上の事に関する苦情などは受け付ける事ができない事をご了承の上、それでもいい、それでも読んでみたいという方のみ、下の方へとお進み下さい。

それでは、どうぞ。
























Family Days












「はぁ……」

とある日の夕方。
岡崎朋也は公園のブランコに座り、溜息をついていた。

そうしてぼんやりと沈む夕日を眺めていると。

「なんだぁ?
 しみったれた息吐きやがって」
「……オッサン」

自身の妻……渚の父、すなわち朋也にとって義理の父親である古河秋生がバットを片手に立っていた。

「なんでここに?」
「バット振りに来たんだよ。日課みたいなもんだからな」

ココと秋生の家……古河パンは目と鼻の先といっていい距離。
だから別にここにいるのは不思議でもなんでもない、自慢げにそう言いたげな顔をして、秋生は肩に担いだバットを振って見せた。
そんな秋生に半眼気味な視線を向けつつ、朋也は言った。

「じゃあ、その『お腰につけた黍団子』っぽい感じでビニールに突っ込まれてる早苗さん作なのは間違いないレインボーな品々は何だよ」
「…………分かってるくせに聞くなよ。
 今日も売れ残っちまったからな……この後近所に配るなり、飢えた野良犬猫や鳩なんかにくれてやるつもりなんだよ」

むしろそっちがメインじゃなかろーかと朋也は思った……というか確信していた。
そんな呆れ顔な顔を秋生に向けると、秋生は憮然とした表情を浮かべた。

「それとも何か? お前が食べてくれるのかよ?」
「あ……一、二個ならな」
「よし、いい覚悟だ。
 それはそれで良しとして、お前はなんでここにいるんだよ。
 渚と汐のいる家にも帰らないで何油売ってやがる」
「……いるからこうして時間を潰してんだよ」
「なにぃ?!
 お前まさか二人を泣かせてんじゃないだろうな。
 そうだったら……」
「ちょ、待て。
 誤解を招く表現だったのは確かだが、いきなりバットを構えるな。
 つーかバットの軌道上に俺の頭をロックオンするな」

慌てて秋生を制止した朋也。
その表情の動きは、いつもの彼より……少なくとも秋生が知る朋也より何処か鈍い。
そんな様子を見て、眉を寄せながら秋生は言った。

「なんだ、リストラでもされたのか?」
「冗談でも止めてくれ。
 ……でも、まぁ気分的にはそうされても仕方が無い感じだよ」

そう言って、もう一度溜息を付いた朋也は静かに語り始めた。

「ぶっちゃけるとさ。
 今日仕事でミスったんだよ。
 少し大きめな仕事だったんだけど……なんて言えばいいか、見通しが甘かったんだ」

今の仕事に就いて数年。
いつしか責任のある仕事も任されるようになった朋也は、
皆の信頼に応えようと、大切な家族を養う為にも、少し無理を続けていた。

最初の内はソレでも良かったのだが、
仕事を続けている内に続けていくがゆえの歪みが少しずつ出ていくようになり、
今回任された仕事で大きな形となって現れてしまったのだ。

「ふむ。それでクビを言い渡されたのか?」
「だから違うって……。
 むしろ逆だ。皆俺を庇ってくれた。
 上の人も色々動いてくれて、なんとか収まった」
「……なるほどな。
 お前としちゃ、それが悔しいわけだ」
「悔しい……つーと、ちょっと違う気もする。
 皆に庇われたり、励ましてもらったり、フォローしてもらった時、凄く嬉しかったんだよ。
 でも、皆の気持ちが有り難かったから……逆に辛かった。
 皆に報いる事が出来なかった、って」

懸命にやってきた。
期待に応えられるように、自分なりに試行錯誤を重ねてきた。
でも、少なくとも今回、ソレは届かなかった……。

「皆気にしてないんだろ?
 んで、問題が解決したってんなら、次同じ様にならないようにすりゃいいじゃねえか」
「……ああ。分かってる。
 でも、まだ気持ちの切り替えが出来てないんだよ。
 今のまんま家に帰ったんじゃ、二人に余計な心配を掛ける……」
「ああ、そういうことか」

詰まる所、落ち込んでいる所を見られたくない、という事。
理由としては、見栄が多少、家族に心配されたくないのがメインという所だろう。
そう秋生が言うと、朋也は、ああ、と項垂れる様に頷いた。

「けっ、何小さい事言ってやがる」

秋生は言いながら煙草を取り出し、口に咥える。
そうして火を点けて、一度煙を吐き出してから再び口を開いた。

「渚達が今のちっちぇお前を受け入れきれないとでも思ってんのか?」
「……」

言われるまでもなく、分かっている。
朋也の家族達は、彼の痛みを……それが小さくても大きくても……受け入れ、分かち合える。
今まで色々な事を乗り越えてきたがゆえの確信がある。
……でも。

「だから、とっとと家に帰れ……って言いたい所だがな。
 今日は見逃してやる」
「え?」
「男の面子があるのは分かる。
 お前が二人を心配させたくないって気持ちも間違ってはないしな。
 いつもは駄目だが、今日ぐらいはいいだろ。
 ま、んな事しなくて良いと思うけどな」
「………」

それは、自分の気持ちを代弁するかのような……否、そのものの言葉だった。
そんな言葉に何も言えずに……何を言うべきか掴み切れずにいると、秋生は続けて言った。

「しかし、そんなんで大丈夫か?」
「なんだよ、柄にもない言葉だな」

横に立つ義父が娘を……いや自分達を大切に想ってくれているのは伝わっている。
だが、ソレを差し引いてもらしくない発言じゃないか……そう考えていると、秋生は咥えた煙草を口から離しつつ言った。

「当然だろうが。
 なんせお前の肩には渚と汐の幸せが掛かってるんだからな」
「……ごもっとも。
 となると、なんか息抜きの方法でも探すかな。
 今後こういう事がないとも限らないし」
「息抜きねぇ。
 ……お前にそんなもん、必要ないと思うけどな」
「?」
「ま、それでも何か欲しいって言うなら、草野球はどうだ?
 肩を使えなくても、それなりに出来るだろ。
 つーか人数足らないときぐらい手伝え」
「……悪かないかもしれないが、いつでも出来るって訳でもないだろ。
 アンタみたいに一人でバットを振るとかも性に合わない気がするし。
 あと試合に出れないのは仕事の都合なんだ、諦めてくれ」
「ち、まぁいい。
 なら酒はどうだ? 美味い酒を飲むのは悪くないぞ」
「うーん、そっちもパスだな。
 たまにならいいだろうけど、飲み過ぎると仕事に影響でそうだし、後々が心配だ」

昔はあまりそういう事を考えなかったのだが、
家族が出来、自分一人の身体じゃない事を思い知るようになった今、積極的に酒を飲みたいとは思わなかった。
……仕事の後のビール一杯なんかは別だが。

「飲み屋なんかに行くと帰りが遅くなりそうだし。
 家で飲むのもなんというか……教育上気が進まないと言うか」
「けっ、そりゃあ気にし過ぎだろ。
 そういう部分くらい見せたって子供は変に育ったりしねえよ。
 それとも、お前ら自分の教育に自信がないのか?」
「んな事はない。
 俺だけならともかく、渚だっているんだ。
 ……そういう事を考えりゃ酒が妥当なのかね」
「さあな。てめぇで考えろ」
「……おい」

ここまで話を展開させておいてあまりと言えばあまりの言葉に、朋也はジト目で秋生を見た。
秋生はそんな視線に全く持って動じる様子もなく煙を吐いた後、言った。

「決めるのはお前だろうが。
 それがどんなものであれ、渚や汐を悲しませないんなら俺に言う事なんかねぇよ」

全くもって言う通りなので、朋也は思わず言葉を失った。
そんな朋也に秋生は語り続ける。

「ま、人間生きてりゃ色々ある。
 辛い事だってそれなりに経験するし、どんなに真っ直ぐ生きてても、幸せになれるとは限らない。
 どうやったって避けられない事や、経験しなきゃならない事もある。
 お前には……いやお前だからこそ分かってるはずだ」

確かにそうだ。
自分の妻である渚が『古河渚』だった時の事を思うと、それは痛いほどよく分かる。

「そういうものとの向き合い方を自分で掴んでこそ一人前だぜ、朋也」
「……オッサンは、掴んでるのか?」
「当然だろ。
 多分、ソイツはお前にも当て嵌まると思うけどな、俺は」
「?」

その言葉に首を傾げていると。

「秋生さーん」
『パパ〜』

自分達に向けられている、そう分かる声が赤い公園に響く。

声のした方に顔を向けると、
そこには朋也の娘である岡崎汐を真ん中に、彼女の手をそれぞれ引いている渚と秋生の妻である古河早苗の姿があった。

「早苗さんは分かるとして、渚、汐。どうしてここに?」
「少し遅いから、もしかしたらこっちに来てるんじゃないかなって。
 買い物帰りに来てみたんです」
「ぱぱ、寄り道してたの?」
「…………ま、まぁ、そんなところだ」

秋生との会話のお陰か、朋也は幾分楽に二人と言葉を交わせていた。
いや、というよりも。

「……」
「どうかしましたか?」
「あ、いや。なんでもない」
「なら、いいんですけど。
 なんだか落ち込んでるように見えましたから」
「うん、ぱぱ元気無さそうだった。
 でもなんでもないなら安心」
「そうですね」

そう言って二人は微笑みかけてくる。
そうされる事で、朋也の中でさっきから感じていた事が確信に変わっていく。

それは、ある意味凄くシンプルな事。
あまりにもありきたりで、人によっては陳腐過ぎて有り得ないと笑われてしまうかもしれない事。
それでも、朋也にとっては紛れもない真実。

「……んー。
 ちょっと仕事が大変でな。少し疲れてたんだよ」

言いながら、朋也は汐を抱え上げた。
そうして……笑いかけた。
自分が二人にそうしてもらったように。

「でもな、汐とママの顔見てたら元気が出てきたよ。
 ありがとな」
 
二人の笑顔を見るだけで疲れが飛んでしまう。
二人の笑顔を見るだけで苛立ちが消えてしまう。
二人の笑顔を見るだけで……胸の中から、明るく暖かいものが湧き出していく。

シンプル、だけど確かな事。

「だから言ったろ?
 気分転換なんか必要ないし、お前にも当て嵌まるってな」

そう言ってニヤリと笑う秋生の隣には、笑顔の早苗がいる。
そして彼の視界には、彼にとっての娘と孫が微笑んでいる。

「ああ……そうだな」

今更ながらに気付く。

そうだ。
自分はとっくの昔に掴んでいた。

この様々な事が起こる世界の中で。
辛い事があったとしても、それでも頑張って生きていきたいと思わせてくれる人間がいる。
そんなヒトに出会う事が出来、その人との子供がここにいるのだから。

ソレは一時の事かもしれない。
根本的には何も変わっていないのかもしれない。
辛い事に勝てるようになったわけではないし、勝てないのかもしれない。
それでも、最後の最後まで踏ん張れる理由が自分には、自分達にはあるのだ。

それならきっと……頑張っていける。

「オッサン……ありがとう」
「へっ、いいってことよ。
 じゃあとっとと家に帰るこった。
 こっちはこっちで夫婦水入らずを楽しませてもらうしな」
「おう。
 それはそれとして、水入らずの前にパンは良かったのか?」
「お、そうだった。
 在庫処分するのを忘れてたぜ……?!」

自分の発言に気付き口を抑えた秋生は、おそるおそる早苗の方を見た。
秋生の予想通り、彼女の目は涙ぐんでいた。

こうなると、後は例によって例の如く。

「私のパンは忘れ物なんですね――っ!?」
「待て、早苗! 俺は好きだぁーっ!!
 って忘れてたのに反応って変じゃねーか!?」

涙を零しながら駆け出す早苗を、パンを頬張りながら追いかける秋生。

「あっきー、駄目だね」
「責めてやるな汐。
 あれはもう恒例行事というかむしろ外しちゃいけないものだし」
「あはは……」

最早見慣れた光景に、岡崎一家はそれぞれの反応で夕日へと駆け出して行く二人を見送った。

「さて、じゃあ……ん?」

帰るか、と口にしようとした朋也の視界に秋生が忘れたバットが写る。
朋也はそれを拾い上げ、肩に注意しながら構えてみた。

「……二人とも、ちょっと離れててくれ」

そう言って二人から距離を取った朋也は、軽くバットをスイングした。

吹き飛ばすのは、余計な事ばかり考えていた自分。
大切な事を見失っていた、自分自身。

ソレを思う存分吹き飛ばしてから、朋也は言った。

「性に合わないってわけでもないな。”ボール”が見えてりゃ」
「え?」
「独り言だ。
 渚、今度オッサンに言っといてくれ。
 草野球人数足らないときは呼んでくれってな」

それは『気分転換』のついでの気分転換と、せめてもの礼。
大事な事を気付かせてくれた、感謝の気持ち。
そんな朋也の心を、いつもより幽かに優しげな表情に気付いているのかいないのか、渚は静かに深く頷いてみせた。

「……はい。お父さん、きっと喜びます」
「だといいけどな」
「ぱぱ、あっきーと野球するの?」
「ああ、いつか一緒にな。
 その時はオッサンに負けない大活躍を見せてやるよ」
「ソレは無理だと思う」
「……素直すぎるってのも考え物だな、おい」

そう言いながら汐を高く抱きかかえ、朋也は”宣言”した。

「よーし、明日も頑張るかっ」




………END






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