神がいた。
その世界にはただ一人の神がいた。
彼はその世界の創造主にして支配者。
彼に出来ない事等、何一つとしてなかった。
その果てを知るモノなどなく
私は神だ。
私こそが全ての始まりだ。
まず『大爆発』を起こした。
そうして、世界を始めた。
次いで様々な要因を操作した。
様々な要素のぶつかり合いは生命を生み、広がっていった。
宇宙。
星。
それらに住まうイキモノ。
それらは偶発的でありながら、計算し尽くされた結果。
全て、私が生み出していったモノ。
世界に存在する全てが、私の子供だと言えなくもない。
であるのだが。
「……お前が、全てを操っていた存在……!!」
「神と呼ばれる存在ね!」
いつの頃からか、たまに『私のいる世界』まで到達し、私に挑む者が現れた。
自分達の限界が気に入らないのか、支配されている事が気に入らないのか。
あるいは、世界の運営の都合上で起こした『災害』で失った多くのモノの敵でも討ちたいのか。
いずれにせよ、理解し難い。
ともかくヒトビトからは『勇者』と呼ばれる彼らに相対しながら、私は言った。
『確かにそうだ。
だが、それがどうかしたのか?
私は全ての命を等価値に見る者。
ニンゲンという一つの生命体だけを過保護に扱うわけにはいかん。
むしろ……ニンゲンは、もっと減るべきだ。
この世界の生命体のカタチを維持する為に』
「ふざけるな……!! それでどれだけの命が失われたと思ってやがる……!!」
「貴方だけは、許せない……!!」
高次元存在を破壊可能な武器を私に向けるニンゲンの姿を見て、私は愚か、無謀を通り越して……空しさを覚えた。
それは、こちらのコトバ。
ニンゲンはニンゲンの世界を護る為に、どれほどの犠牲を世界に強いてきたのか。
だが、それを言っても通じない事は火を見るより明らかだった。
あらゆる生命体は、自分達の種の尺度でしか物事を見れないのだから。
特に、気まぐれで私の姿を模して作ったニンゲンは、それが顕著だった。
『……やれやれ』
私は『ニンゲンの勇者達』を抹消した。
そもそも存在のレベルが違う。
『同じ位置』に到達するのがやっとだった存在は、私の相手にすら成り得なかった。
しかし、『彼ら』は際限なく現れた。
何度、何十度、何百度、何千度、何万度、何億度……繰り返し繰り返し現れて、私に『ニンゲンの命の重さ』を語った。
そして、その数を重ねる度に、彼らと相対する私の力を引き出していった。
しかし、当初私には分からなかった。
何故彼らは『支配』を嫌うのか。
何故彼らは『自分の視点』でしか物事を見れないのか。
何故彼らは『ニンゲン』の身でありながら、私に相対するのか。
世界運営の隙間の中、僅かな思考の内に私は答を見出した。
それは……彼らが『群れ』だからだろう。
なるほど、それなら理解できる。
単一である私が彼らを理解できない事も含めて。
『群れ』であるがゆえに、自分達とは異なる単一種への隷属を拒絶し。
『群れ』という社会を形成するがゆえに、自分達の群れの外……違う社会、違う仕組みが理解出来ないし、しようとしない。
そういう事なのだ。
そう考えると……ふと思う所があった。
何故、私は単一なのだろう。
別に寂しいなどという感情があるわけではない。
ただ、何故一人しか存在しえていないのか。
複数であれば『仕事』は容易くなるはずなのに、と。
それが微かに気に掛かった。
そんな『ある時』。
人間の概念で言う『無限の繰り返し』の中、また『勇者達』が私の前に立っていた。
『……何度繰り返せば理解出来るのだ?
ニンゲンでは、私を越えられん。
そんなに命の重要性を問うならば、帰って伝えるがいい。
”神には敵わない”と。
そうすれば、命を無駄にする事はあるまいに』
私がそう言うと、『勇者』の一人が答えた。
「じゃあ、アンタが神様を辞めればいい」
『戯言を。
私は世界の管理者。
この座より離れる事などありえない』
「……はん。
いつからやってんだか知らないが、よくもまあ飽きないもんだな」
『いつからとは愚問。
ハジメからに決まっているだろう』
「ふーん? そのハジメとやらは何処からなんだよ?
アンタ、生まれた時から”此処”にいたのか?」
『私は、ゼロより既に存在するもの。
誕生という概念など存在しない。
此処にいる事が、ゼロより既に定められている』
「じゃあ、アンタ、アンタ自身が最初から”此処”にいるから”此処”にいるってワケか?
……変な話だよなぁ、それ。
アンタ、神の癖に自分の意志とかないのかよ?」
意志。
その言葉を投げ掛けられて、私は衝撃を受けた。
私は”此処”にいる。
ゆえに『世界』を支配し、管理している。
それは余りにも当たり前で、思考や意志は必要がなかった。
しかし……それは、異常ではないだろうか。
私は……『世界』の全てを超越する存在。
その私が『ニンゲン』でさえ持ち得ている自由意志を持っていない……?
否。
違う。
持つ意味が無い。
私は、この『世界』を管理していればいいのだ。
それ以外の事など……
『必要ない』
思考のままに、私は『勇者』に答えた。
だが、そんな私を見て……勇者はその表情を浮かべた。
それは。
私が『彼ら』に向けてきた表情と同質のものではなかったか。
そして、彼はその表情のまま、言った。
「アンタ……外見もそうだけど、ロボットみたいだよな」
ロボット。
ニンゲンの為の機械。
与えられた仕事を為すために製造されたモノ。
機械?
私の外見が?
私の役目が?
『ナニを、言っている?』
「いや、見たままだろ?
アンタ、鏡を見た事無いのかよ」
そう言うと『勇者』は大剣を掲げた。
鏡面の様に澄んだ刀身は、私の姿を映し出していた。
『…………ハ?』
そんな声しか出なかった。
『勇者』の言葉通りだった。
私は、自分の姿を模してニンゲンを作った筈だった。
なのに。
私の身体は……
『それ』に気付いた時。
「なんだこれは?」
彼は……”夢”から醒めた。
「なんだ?! これは、なんだ??!!!」
彼は……自分を覆う『壁』に気付いた。
叫びながら、それを壊そうと試みた。
それでまたも気付く。
彼には、壊す為に振るう腕など存在しない事に。
いや、それだけではない。
彼には、何もなかった。
彼を模して作った筈のヒトが持ちえていた自由な身体を持っていなかった。
そして、またしても気付く。
自分の身体と中身が一体なんで出来ているものだったのかということを。
それは。
彼の作ったニンゲンが作った『ロボット』であり、『プログラム』というものだった。
「馬鹿な……!! そんな事は、そんな事は無い筈だ……!!」
彼は、視線を初めて『外』に向けた。
其処には『彼』と同じもの……柱に固定されたロボットが、幾つも並んでいた。
そして、彼らは呟いていた。
『繋がっている』がゆえに、聞こえていた。
『私は神だ。
私こそが全ての始まりだ』
「……な?」
『まず、『大爆発』を起こした。
そうして、世界を始めた』
「あ、あ、あ?」
『次いで様々な要因を操作した。
様々な要素のぶつかり合いは生命を生み、広がっていった』
分かった。
『それらは偶発的でありながら、計算し尽くされた結果。
全て、私が生み出していったモノ』
やっと、彼は理解した。
『確かにそうだ。
だが、それがどうかしたのか?
私は全ての命を等価値に見る者。
ニンゲンという一つの生命体だけを過保護に扱うわけにはいかん。
むしろ……ニンゲンは、もっと減るべきだ。
この世界の生命体のカタチを維持する為に』
何故、彼はあの世界において単一だったのか。
「私は……こんなモノと同じである筈が無い……!!」
同じモノを眼にすれば。
自分の形を、自覚してしまうから。
「嫌だ……嫌だ……!!」
彼の世界のニンゲン達が、何故彼に逆らい続けたのか。
「私は……こんな事の為に生まれてきたんじゃない……!!」
管理される為に生まれてきたわけじゃない事を。
ただ生まれたから生きる事を、ニンゲン達は生まれながらに知っていたから。
「……なんて事だ……! 愚かだったのは……神である、私……??!!」
彼は知らない。
その叫びは、声にすらなっていない。
彼の内にのみ届くものだということすら、彼は気付いていなかった。
彼にはそんな不必要な機能などないことすら、彼は知らなかった。
『ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR』
「認めない、認めない、認めない、認めない、認め……
そうして彼は。
自分が『勇者達』にしてきたのと同じに抹消された。
「……これで、削除、と」
そのロボット達が並ぶ一室をモニターしていた青年は、その事態に際し決断を下した。
「終わったか?」
パソコンを操作する青年を眺めていた白衣の男が尋ねる。
青年は肩コキコキ鳴らしながら、椅子ごと振り返った。
「あ、はい。
惜しかったんですけどね。原点世界複製品の新パターンとしては良く出来てたのに。
”こっち”にさえ気付くなんて、凄いじゃないですか」
「だからこそだ。
変な思考パターンから、本体そのものが壊れて電脳界の全並行世界が消滅したら面倒だろ?」
「また新しく始めればいいじゃないですか。
大本のプログラムの予備はいくらでも作れるんですし」
「そういう問題じゃない。
折角10もの架空世界を作って進めてきた世界解析をオジャンにしてどうする。
この複製品を上手く育てられたら、俺達は世界構成のメカニズムを知るどころか、本当の神にさえなれるかもしれないんだぞ」
「はいはい、そうですね。
もう耳タコっすよ、それは。
……しかし……なんだかバグが起こったからすぐ消去なんて、可哀想な気もしますけどね。
さっき俺がやった事も、ある意味一つの世界を滅ぼしたってことなんでしょ?」
「お前、さっき新しく始めればとか言ってなかったか?」
「あ、あれは全部が駄目になった時の話ですよ。
ともかくですね、彼らがこっちに気付いたなら気付いたで、色々やり方が……」
「ないな。
”神”ってのは、自分より上がないと分かっているから出来る仕事なんだよ」
「……そんなもんですかねぇ。
でも、そう考えると、俺達がやってる事もなんだかなぁ、って思いません?」
「どうしてだ?」
「世界構成を知って、世界の法則を知れば神に近い事が出来るかもしれない。
そんな事を目論んでいることが知れたら『俺達の世界の神様』は……」
「削除と」
銀色の髪の魔女はそう呟きながら、エンターキーを叩いた。
6畳一間の貧乏アパートの一室。
そんな場所に似つかわしくない『それ』は、彼女が作った世界に一つしかないパソコン。
魔術を寄り合わせながら組み上げた、特注品だ。
「いやいや危ないわね。
まさか自分達で下位世界を作るまでになるなんて。
下手に高度化させると暴走して、現実世界に介入するところだったわ。
そうなったら管理人としてはかなりの不始末よね」
この世界最高峰の魔法使いである彼女は『地球という世界の管理人』に選ばれた存在。
そんな彼女は、様々な角度からこの星を管理、維持する為に、試行錯誤を日々繰り返している。
このパソコンでやっていた事もその一環。
世界運営の最適な方法を、パソコン内に擬似世界を作る事で模索していたのだが……結果としては芳しくないものだった。
「『世界』の模倣プログラム……やっぱ難しいわね。
実際管理してる『神様』はたいしたもんだわ」
魔術・魔法を極めた彼女は知っている。
『見えない・存在しない壁』の外にいる、この世界を管理している神という存在を。
世界はそもそも『無』。
そこに『観測する知覚者』たる神がいて、はじめて世界は『有』となり機能する。
……それについては『個人の世界』も『皆が共有する世界』も変わらない。
だが、その神でさえ、おそらくは誰かに『作られて』いる。
その誰かも、誰かに”作られて”いる。
有と無の境界と連鎖は何処まで行けば終わるのか……それは想像すらしえない。
だが、一つ言える事がある。
どんな存在であれ『知覚・理解が可能な世界』という囲いを、見えない筈の壁を無理に出ようとすれば死しかない。
時として『不可能』というのは『やってはならない事』の図りになるもの……彼女はそう認識していた。
「旧約聖書のバベルの塔も概念的に言えば『そういうもの』だったのかもしれないわね。
私も突破してみようかしら?」
呟いて、彼女は天井を……その向こうの『神』を見据えた。
そうして、ニヤリ、と笑みを浮かべる。
「このぐらいじゃ、消去はされないか。
どうやら、我等が創造主様は私よりは寛大なようね。
さて」
パチン、と指を鳴らす。
すると彼女の銀髪が黒髪に変わり、コートが彼女の身体を纏う。
「プログラムいじるのにも飽きたし。
たまには外食と行きますか。
……っと、折角一段楽したし、出てる内にデバッグデバッグ」
そうして。
デバッグ処理を開始させたパソコンを放置して、彼女は住処を後にした。
『…………ッ……ザ……ガ』
誰もいない、その部屋で。
パソコンの画面に瞬間的にノイズが走る。
それが何を意味しているのか?
それを知るモノは……誰も、いない。
END