〜お・た・が・い・さ・まっ♪〜






キーンコーンカーンコーン


放課後の鐘が鳴る。
今日は木曜日、部活がお休みの日だ。

木曜日の帰りはいつも決まっている。
祐一と一緒にデートするんだ。


「祐一〜、一緒に帰ろう」
「ああ、そうだな」

祐一と本当に付き合ってからもう2ヶ月が過ぎたけど、やっていることは変わってない。
でも、それでもわたしは幸せだからそれでいいんだ。

「今日も百花屋か?」
「うんっ」
「…まぁ、今月はまだ余裕があるからいいか」
「ありがとっ、祐一」

わたしの好きなイチゴサンデーを祐一はいつもおごってくれる。
それはあの時の約束もあるけど、何となくそれが当たり前になっていたから。

もう、7回なんてとっくに過ぎているのに。
でも、わたしは何も思っていなかった。



「ただいま〜」
「ただいま」

「お帰りなさい、2人とも」

家に帰ると、お母さんが迎えてくれた。
あれからしばらくは安静だったけれど、今はすっかり元気になった。

充実した日々。
それがわたしの生活。
幸せだった。



「…名雪、ちょっと来なさい」

夕食の後、わたしはお母さんに呼び止められた。
祐一は、もう部屋に戻っている。

「何、お母さん?」


お母さんはキッチンでちょっとだけ厳しい顔をしていた。
珍しいことだと思った。

「これ、何だか分かるかしら?」

「…通帳?」

わたしの前にお母さんが差し出したのは、1冊の通帳だった。
名義は祐一のものだ。

…どうして祐一の通帳をお母さんが?

中身を見ると、そこには1月から今月までのある決まった日に少しずつお金が入れられていた。
決して大きな金額じゃなかったけど。


「この通帳はね、私が作ったのよ」
「…お母さんが?」

どういうことだろう?
どうしてお母さんが祐一のために通帳なんか作らなくちゃいけないんだろう?

わたしは疑問だらけだった。
何も分からない。


「祐一さんが、毎月わたしに少しずつだけど渡してくれるのよ。
 『今月の分ですよ』って。
 多分、自分の生活費だと思うんだけど…」

「ええっ?」

祐一がお母さんに生活費を?
そんなこと、聞いたこともないよ。


「私は断ったのよ。
 だって、もう祐一さんは家族なんだから。
 でも、祐一さんは『それじゃ気持ちが治まりません』って。
 ほとんど強引に渡されちゃったのよ」

「…そんな…」

「きっと、まだ祐一さんは遠慮してるのよ。
 だから私はそれを少しずつ貯めておくことにしたの。
 祐一さんがひとり立ちする日が来たら渡してあげようと思って」

「…」

わたしは何も言えなかった。
確かに祐一のお小遣いは両親から送られてくるって聞いてはいたけど…。


「名雪、私がどうしてこんな話をしているか分かる?」
「…えっ?」

突然訊かれて、わたしは混乱した。
「どうして」なんて言われても、わたしには分かるわけない。

「大人だ」とか、「まだ遠慮してるの」くらいしか。


「デートでの食べ物くらい、自分で払いなさいということ」
「…!!」

思わず息が止まりそうになってしまった。
たしかにお母さんは何でも知っているけど、それを指摘されるとは思ってもみなかった。


「名雪、祐一さんはとても優しい人よ。
 でも、それだけに甘えててはだめ。
 男の子が女の子におごるのが当たり前なんて思っていたら、いずれ痛い目に遭うわよ」

「でも、それは祐一が…」

言いたくなる。
それはわたしが悪いんじゃない。


「最初から『おごってあげる』って言われたなら甘えてもいいとは思うわ。
 でも、何も言わないのにおごってもらおうなんて考えることはよくないわよ」

「…えっと…」

何も言葉が出てこない。
当たり前のことだと思っていたから、そんなこと考えもしなかった。

でも、その通りだった。
祐一は一言も「おごってやる」なんて言わないのに、わたしから「祐一のおごりね」って…。


「私もお父さんと付き合ってた頃は、たまに甘えたこともあったわ。
 でも、普段は割り勘が当たり前。
 それが対等の立場っていうものでしょう」

「対等の…立場…」

「依存しすぎるってよくないのよ。
 それに、おごるおごられるの関係ってお金のやり取りだけの関係にも思われるのよ」

「…」

「ねぇ、名雪。
 あなたは祐一さんがおごってくれるから好きになったの?」

「…あっ…」


…そうだった。
わたしは肝心なことを忘れていたんだ。

おごってくれるから祐一を好きになったんじゃない。
ぶっきらぼうで、意地悪だけど、いつも優しくしてくれたから、わたしは祐一を好きになったんだ。

わたしが必要なのは祐一のお金なんかじゃない。
わたしは、いつも支えてくれる祐一が必要なんだ…。

それなのに…。



「名雪、時には祐一さんを気遣ってあげるのも必要よ。
 それも、恋人としての大切な役目なんだから」

「…うん、お母さんごめんなさい…」

「謝る相手は私じゃないわよ」

「…うん」


わたし、単なるわがまま娘だった。
祐一にばかり負担をかけて、それなのに笑って許してくれる祐一に甘えすぎていたんだ。

本当の意味で祐一の大切な人になりたい。
お金で繋ぐものじゃなくて、もっと大事なもので繋がる人に。




次の週の木曜日。
わたしはまた祐一と一緒に百花屋に来ていた。

わたしはいつものイチゴサンデー。
祐一はコーヒーを飲んでいた。

話はいつもとりとめのない話ばかり。
そろそろ3年だから受験のことも気になる。

でも、わたしにはそれよりも大事なことがあった。
それは…。


「祐一、今日はわたしがおごってあげる。
 いつも祐一ばっかりじゃ悪いから」

この一言が言いたかった。

1週間考えていたこと。
たまにはこうやって、祐一にも楽をさせてあげよう。


「お、おい、別に…」
「いいよ。今日はわたしに出させて」

祐一の言葉をしっかりと遮る。
これはわたしのけじめだから。


「…悪いな」
「どういたしましてっ」

祐一にお礼を言われるとは思っていなかった。
何だか新鮮な響き。

負担を半分こにしたら、何となく嬉しさが2倍になった気がする。
お財布は軽くなったけど、心はいっぱいになった。
それが、何だか楽しくて。


「祐一、今度からデートのお金は半分ずつにしようね」

「…いいのか?」

「うん。
 祐一と一緒ならいくら使っても平気だよ」

「そうか。
 名雪がいいんだったら」


お金を出し合うのはお互い様。
2人なら、きっとお金よりも大切なもので繋がっていられるよね。


「でも…」



「たまには甘えさせてよねっ」



わたしは祐一の腕に飛びつく。
祐一は「しょうがない奴だな」言いつつも何度も頭を撫でてくれた。

くすぐったいけど、わたし幸せだよ。


お金には依存しないけど、やっぱり祐一に頼らなくちゃダメだね、わたしって。






(Fin)