H・G・Oの終焉、あるいは異なる価値観の共存について

















 西暦と言う紀年法が使われなくなって早数百年。
 地球人類は新たな紀年法と共に宇宙開拓・進出を進め、
 今や太陽系外の幾つかの星に住むようになり、一部の異星人と交流するようになった。

 それらの大元、キッカケとなったのは、とある企業が開発したアカシアルエンジン。
 別次元から莫大なエネルギーを引き出すという、
 当時の地球技術ではありえない技術の代物ゆえに、
 当初は世界中から疑念を持たれていたが、
 信じられないほどの高い安全性と凄まじい性能から少しずつ利用が広がっていき、
 最終的に地球全土に広まった。

 そうして一度広まってしまえば、
 アカシアルエンジンは地球人類にとって手放せないものとなってしまった。
 そんなアカシアルエンジンは、今現在も改良が続けられ、地球製の宇宙船には、ほぼ確実に搭載・利用されている。












 しかし、世界には絶対はなく、何事にも例外があるのだ。












「……船長、ソナーに反応。一隻こちらに向かってきます」
「大きさは?」
「小型船です。恒星間航行用ギリギリ基準、という所ですね」
「ふん、獲物としては不服だが……
 まぁ我々宇宙海賊ハイパーグレートオーシャンの記念すべき十隻目の標的だ。
 せいぜい歓迎してやるとしよう」

 広い宇宙の片隅、太陽系からほんの少し(ただしこの時代基準)離れた、
 少し寂れつつある星系の路地裏ともいうべき宙域に、彼ら……宇宙海賊ハイパーグレートオーシャンはいた。
 中型の改造宇宙船・ハイパーグレートオーシャン号に乗り込んだ、
 ある意味での選りすぐりの十人の海賊達、それが彼らである。

「十隻目ですねぇ。ええ。数年海賊やってるのに、まだ十隻目……」
「そこ、うるさいぞ」

 部下の一人の呟きに、彼らの船長たる男が言った。
 古き良き時代の、まだ宇宙海賊という存在が絵空事でしかなかった時代の宇宙海賊船長という衣装と外見をしており、パッと見の威圧感はある。
 しかし、そんな厳つさ威圧感が通用するのは初見の人間くらいで、
 最早慣れ切っている部下達……彼らも海賊っぽい衣装を着ていた……は恐れもせずに言葉を返した。

「大体ですね、なんでこんな航海ルートから離れた場所で海賊やってるんですか」
「ああっ、いままで誰も突っ込んでなかった事に突っ込みをっ!?」
「恐ろしい答が返ってきそうだったからなぁ、色々な意味で」

 他の部下達がボソボソと呟きあう。
 その声が聞こえているのかいないのか、船長は大仰な身振りと声で答えた。

「だからこそに決まってるだろうがっ! ここは言わばこの星系のデッドスポットっ!
 警察や軍隊もルートから離れてるがゆえに手出しし難いっ! 
 というか、こんな場所に割いている人員が勿体無いと言うものっ!
 偶然だろうがなんだろうが、そんな場所に迷い込むような奴はただの間抜け……!
 ここに迷い込むようなものこそ、俺達の獲物に相応しいというものだっ」
「ああ、警察や軍隊相手だと分が悪いのには気付いてたんですか」
「そもそもそういうのが怖かったんじゃね?」
「……ちっがーうっ! 
 俺は、この宇宙航海時代にルートから離れる事の危険性を教えてやってるだけだ! 
 そう、言わば善意の海賊であり、海賊行為で奪うものは言わば教育代というものっ!」
「それ海賊じゃなくても良くないですか?」
「そもそも、俺達自体がルートから離れてるようなもんだよな」
「人生という名のルートからな」
「やーめーろーよー! そういう的確な意見っ! 
 しゃーないじゃん、そういう生き方しか出来なかったんだからさぁ! 
 くっそ、なんでこんな部下ばっかりなんだ、俺もう神様なんか信じねぇ……」
「はいはい、その件は後でまたじっくり追及しますから、とりあえず海賊しましょう。
 にしてもおかしいですね」
「……何がだ」

 気を取り直して船長が問い掛けると、探査系担当の部下が言った。

「いえ、この宇宙船、地球製の外観してるのにアカシアルエンジンの反応が出てないんですよ」
「んなわけないだろ。地球製ならアカシアルエンジン、常識だろ。俺達だってそうだし」
「そのはずですが、というかですね……エンジン自体の反応がないんですが」
「いやいやいや、それこそまさかだろ。ああ、分かった、この間みたいに漂流船ってオチだな」
「……それはないです。明らかに漂流してるとは思えないスピード……最低航行速度が出てますから」

 停止状態ではない、宇宙を航行中の船には、航行の際の最低速度が決められている。
 それは何らかの理由で宇宙を漂流している、通常航行が出来ないでいる船を発見しやすくする為のルールであり、これを守っていない船は勘違いで警察等に補足されても文句を言えないので、無軌道な若者や人に迷惑を掛けたい一部の馬鹿を除いては、悪人だろうとなんだろうと誰もが守る宇宙での共通ルールの一つである。
 それこそ宇宙海賊を名乗っているハイパーグレートオーシャンでさえきっちり守っているルールなのだ。

「エンジンの反応がないのに、通常航行なみの速度が出てるのか?」
「ええ、間違いなく」
「……もしかして、幽霊船って、奴なんじゃ」

 誰かが漏らしたその言葉に、海賊船のブリッジが沈黙に包まれた、というか凍りついた。 

「いやいやいや、西暦の頃ならまだしも、いまや科学万能の宇宙時代ですよ?」
「あはははは、ないない……ないですよね」
「いや、俺に言われても……」
「そこは船長なんですから大丈夫とか言ってくださいよっ!」
「あ、うん、そうだな。
 ……あー、えー……ふははははっ! 恐れる事はないっ! 
 きっと新しいエンジンを積んだ謎の船なんだよっ!」
「あ、それは考えてなかった」
「もしそうなら、レアそうですし中々の金になるかもですね」
「よーし気分が乗ってきたところで、威嚇射撃&声明だっ!」
『了解っ!』

 思い立ったら吉日とばかりの勢いで、
 海賊船備え付けの二門のビーム砲が咆哮……というには若干弱弱しく……を上げる。
 二筋の白い光は、謎の宇宙船の左舷右舷を挟み込むように行き、過ぎた。のだが。

「ふはははっ! こちら海賊船ハイパーグレートオーシャンっ! 命が惜しくば船を……」
「船長、あの船、全く停止する気配が見られません」
「というか、むしろ速度を増してこっちに突っ込んでくるッス」
「って、えぇぇぇぇっ!? いやいや、威嚇射撃したよね? 声明も全通信域で出してるよね?」
「はい、それは間違いなく。
 相変わらずショッボイ砲撃ですが、
 一応威嚇くらいの威力ではあるはずですし、声明も確実に距離を絞っての全域です」
「じゃあ、なんで停止しないんだっ!? というか……速度増して、こっちに?」
「はい。……というか、その。このままだと、衝突します」
「なにぃぃっ!?」

 慌てて自身も状況を確認する船長だが、探査係の言葉通りだった。
 エンジン反応無しのこちらより少し小型程度の宇宙船が、結構な速度でこちらに直進している。
 その事実を理解した船長は、マイクを慌てて引っ掴み叫んだ、というか呼び掛けた。

「ちょ、おまっ! このままじゃ衝突するぞっ! いいのか、お前ら死ぬぞ、おい!!」
「こっちの心配じゃなくてまず向こうの心配ッスか」
「ヘタレな船長らしいと言えば良いのか悪いのか」
「いやいやいや、平然と突っ込み入れてる場合じゃないですから。
 船長、もしかしたら通信が聞こえてない可能性もあります。
 射撃も何らかの理由で確認できていないのかもしれません。
 ここはこちらの存在に改めて気付いてもらう為にも威嚇じゃなく当てていく方がいいかと」
「よ、よし、そうだな。出力最低で当てろっ!」
「了解ッス!」

 船長の命令に応え、武装担当の部下が出力最低で再度ビーム砲を放つ。
 昨今の宇宙船は、
 宇宙線や未知の物質等などの防御策として特殊コーティングされているのが当たり前なので、
 出力最低のビーム反応なら衝撃を受けても船体へのダメージを受けない、軽いビンタのようなものでしかない。
 ないのだが、そもそも、今回の場合それはビンタにすらならなかった。
 何故なら、船体に当たる直前ビームがあらぬ方向に捻じ曲がり、明後日の方向に弾かれたからだ。

「ば、バリアっ!? あほな、そんなんよっぽど高出力のエンジン搭載船にしかないぞっ!?」
「というか、バリア張れるぐらいのエンジンなら最低限の熱源なりの反応が確実にあるんですが、
 それすらないんですが、それは」
「ま、まままさか、マジの幽霊船っ!?」
「いや、実体はありますし」
「じゃあ、あれはなんなんだっ!?」
「さぁ」
「というか、めっちゃ近くなってないかっ!? 目視できるんだけどぉぉぉっ!?」

 目視、と言っても肉眼で、というわけではない。
 この時代の宇宙船のブリッジは、
 通常モードと望遠モードの状況によっての切り替えがデフォルトで、
 その望遠モードでの確認が可能になったという事である。
 しかし、その望遠モードもある程度の距離に入らなければ見えないわけで、
 その状態での目視は遭遇が間近という事に他ならない。

「ちょ、待てっ! こっちは宇宙海賊だぞっ!」

 船長が呼びかけを続けるが、停まらない。

「海賊ギルドにも一応多分所属してるから、こっちに仕掛けたら報復だってあるかもなんだぞっ!」

 全く停まらない。むしろ速度を増した。

「ど、どうしても停まらないなら攻撃するぞっ!?」
「進行方向、明確にこちらへの衝突コースにっ!」
「ちょ、これ、この船の回避速度だと……避けられないんじゃ」 
「全力で攻撃したらそっちを沈めかねないんだぞっ!?」

 最早悲鳴に近いというか、聞いていればこれ以上ないほどの必死さが伝わる叫び。
 しかし、それさえ完全無視で謎の宇宙船は接近し、最早通常モードでも視界に入るレベルとなった。
 激突まで、数秒と掛からない。
 あ、これもう駄目かも、と部下達がとりあえず宇宙服の防御モードを全開にした刹那、船長が叫んだ。

「ひぃぃぃぃっ! 神様助けてぇぇぇぇぇえっ!」

 次の瞬間、まさに激突しそうだった宇宙船は、まるで紙飛行機かラジコンかとばかりの軽さで軌道を変更。
 海賊船の上部を滑る様に進み、その後は急加速、あっという間に何処かへと去っていった。

「……助かった?」
「あ、うん、そう、みたいですね。もうこの近辺にはいませんし」
「い、一体なんだったんだあれ……船長?」
「立ったまま気絶してるぞ、おい……」
「器用だなぁ」

 そうして、微塵も状況把握が出来なかったもののどうにかこうにか助かった宇宙海賊ハイパーグレートオーシャンの面々は、とりあえず気絶した船長を近くの椅子に座らせて様子を見る事で、日常への回帰を図ったのだった。










「神様、助けて、だってさ」

 そう呟いたのは、海賊と遭遇していた謎の宇宙船の中、
 形の上ではブリッジとなっている場所の座席、その一つの前で仁王立ちしている、十代半ばほどであろう長身の少女。
 彼女は宇宙服を着ておらず、むしろそういうものから遠く離れた衣装を身に纏っていた。
 この時代の人間は知らない方が多数である、かつて地球の一部で『巫女服』と称された服
 ……を、若干西洋の修道服の要素も含めてアレンジした独特の衣装。
 和洋折衷というには和の要素の強い衣装を纏った少女は、呟いて肩を竦めて見せた。

「神様、かどうかはともかく。
 助けてと言われると、助けないわけにはいきませんね」

 直後、何処からともなく声と共に人の……十代後半から二十代前半と見られる女性の姿が浮かび上がってきた。着ている服装は、少女よりも近代的な、普通のシンプルな白いワンピース。
 普通なら立体映像かと思う所であり、今の時代ならそれが常識なのだろうが、ここにいる『二人』はそうでない事を知っていた。
 というより、少女の方はそういう科学に疎いので、むしろ立体映像の事を知らなかった。
 そんな全てが時代から逆行している、
 ブリッジの機械的な風景から浮きまくった少女は、つまらなさそうに文句を口にした。

「甘いわねー。海賊だったんでしょ、あれ」
「ええ。発せられた通信の波を読み解くに、宇宙海賊との事でした」
「だったらひとおもいにやっちゃえばよかったのに。悪人に容赦はいらないでしょ。消毒よ消毒」
「……悪人、にしてはそういうものの念のレベルが低かった、というかほぼゼロでしたから」
「お優しいこって。まぁいいわ。
 私としては依頼さえ達成できたらそれでいいもの。
 こんな宇宙くんだりまで出てきたのはそれが理由だし。
 しっかし、貴方様様ね。貴方の『コーティング』のお陰でこんな壊れた宇宙船でも宇宙旅行ができるんだから」

 宇宙海賊がエンジン反応その他を確認できなかったのも当然。
 この謎の宇宙船は、そもそもエンジンが壊れて外された中古船なのである。
 では何故動くのか……それは巫女である少女が呼び出した神、すなわちここにいる女性の力に他ならない。

 彼女が神通力で様々な補助を行う事で、この宇宙船として機能するはずがない船は、宇宙船以上の機能を発揮出来るようになっているのである。
 宇宙技術が発展する以前、地球には様々なオカルティックな力も存在していた。
 そして、宇宙に人類が掛かりきりになったからと言って、それらが滅び去ったわけではない。

 彼らは彼らなりの形で生き残っており、巫女の少女もその一人。
 彼女は強い霊能の血を引く存在だったが、それを発揮する為の相棒たる神が居なかった。
 先祖代々維持してきた神社は数代前に土地事情から取り壊され、
 奉っていた神も科学万能の世界に限界を感じ、去ってしまっていたからである。

 そんな状況を良しとしなかった彼女は、
 新たな、科学を許容しつつも超常を維持できる神を調査、膨大な文献や情報の中からついに探し当てた。

 それが現在少女と共に居る女性神。
 なんでも元々は割と近代文明出身の人間で、正義の味方的な事をやっているうちに神になったらしく、科学にも適応し、理解が及ぶらしい。
 彼女の能力で宇宙船が宇宙船としての機能を持てるのも、彼女……女神が宇宙での活動に何が必要かの知識や理解を持っているからに他ならない。
 ただ、彼女本人は神とされる存在である事をやんわりと否定していた。
 彼女曰く自身は世界に存在している、世界をよりよくしたいと思っている心の一つに過ぎない、と。

 しかし、少女にしてみれば、神のカテゴライズで召喚出来た以上神以外の何者でもないので、
 彼女はあくまで女性を神として扱っており、彼女を認識出来た存在にも女神である事を強調していた。
 これは巫女である彼女の立場上止むを得ない事なので、女性はある程度は女神扱いを受け入れるようになった。
 
 閑話休題。
 巫女の少女は、そんな女性を奉り、
 異能巫女として人智を超えた様々なトラブルを解決、
 その達成により生計を立てていた。
 
 仕事の数は少ないが、
 オカルト関係は解決困難な状況で切羽詰っている者が多いためか、
 解決に金を惜しまない者も少なくなく、
 解決の際には割と高額報酬をもらえる為、
 既に一度は取り壊された神社を再建するまでに至っている。
 
 それを可能にしているのは、相棒たる女神の有能さに他ならない為、少女は女神に深く感謝していた。

「私だけだと、宇宙に出るのも面倒だったから助かったわ」
「というか貴方が理解しようとしなさすぎというか。もう少し勉強しても罰は当たりませんよ」
「まぁ、必要ならやるわ。またの機会にね。それより依頼の船を早く捜して帰りましょうよ。
 他の船に迷惑掛けないように外れたルート通ってるからああいう手合いにぶつかって無駄に消耗するんだし」
「……仕方ありませんね。貴方への教示は地球に帰ってからにしましょうか」

 そうして彼女達は宇宙を流離っていく。己が目的を達成する為に。












「……船長、ソナーに反応。一隻こちらに向かってきます」

 それから暫しの時が流れ。
 彼らハイパーグレートオーシャンは相変わらず宇宙海賊をやっていた。

「大きさは?」
「中型船ぐらいです」
「ふむ、このハイパーグレートオーシャン十一隻目の獲物として相応しいという所か」
「あ、船長的に前回のはカウントなんスね」
「当たり前だ。あの謎の宇宙船は、俺達に恐れをなして逃げたのだからな。
 いや、俺達を守護する女神様の加護なのかもしれんがな、ふーはっは!」
「……あれ以来、船長神様信じるようになっちゃったな……」
「オカルトに拒絶反応起こすようになったくせに、都合の良いものは取り込むんだよな」
「……しかも勝手に女神認定なんだが。
 もし神様がいたとしても、それが男だったら天罰喰らうんじゃ?」
「女神だっ! 俺がそう決めたの! 
 それに信仰してるんだから間違えてても神様の広い心はきっと見逃してくれるっ!」
「広かったらいいデスね、ええ」
「狭かったら、まず海賊行為やってる事に天罰が来るよな」
「まぁ、海賊行為っても殆ど施しを受けてるようなもんだが」
「……なんか哀れまれてるよな、物奪うというかもらう時、いつも」
「だーかーらーやーめーろーよー! そういう現実を突きつけるのはさぁ!」
「そうも言ってられません、船長」

 船長達のそんなやり取りを遮ったのは探査係の部下。彼は暗い表情でこう告げた。 

「今回もまたエンジン反応がない船なんですが」
「ま、ままさか、前回の……いやぁぁぁ、ノーモアオカルトっ!」
「オカルトかどうかはさておき、中型船って言ったじゃないですか。大きさが違います。
 あと……超望遠モードで確認しましたが外観が全然違います。
 というか、ですね。明らかに宇宙船じゃないんですが」

 そう言いながら船長の席付近に立体映像を写す。そこに映し出されたのは、船は船でも……。

「いや、これ宇宙船じゃなくて普通の船じゃないか。
 一部の構造とかが微妙に宇宙型っぽいけど、大体は船だろ」

 船長の言葉通り、それは宇宙ではなく海で運用される船……軍艦だった。

「いやいやいや、大昔の名作アニメじゃないんだから。こんな船が宇宙で活動できるわけないじゃん」
「それが実際動いてるんですよ……」
「えーと、つまり?」
「……今度こそマジで幽霊船なんじゃないんですかね」

 誰かが漏らした言葉に、前回同様ブリッジの中の空気が凍りつく。

「な、なんであんな幽霊船が宇宙に居るんだよっ!?」
「いやぁぁぁぁっ! オカルトいやぁっ! 女神様助けてぇぇぇっ!」
「神様の加護があるんなら、そもそも遭遇しない気はします」
「いや、そんな言ってる場合じゃないだろっ! 船長、どうするんです!?」
「ぎ、ぐ、と、とりあえず撃てっ! 威力は、ええと、あの」
「……あ、もう撃ちましたッス。
 船長にお伺いしてると埒あかなそうなんで。ちゃんと勧告もした上でッス」
「なにぃぃっ! 色々勝手放題なのはさておき、どうなった?!」

 船長の問い掛けに、武装担当の部下は船長の方に振り向いた。その顔は、まさに顔面蒼白だった。

「すり抜けましたッス。全弾。当たってるのに、当たってないッス。間違いないッス」

 恐怖の為なのか、一周廻って冷静な声音で武装担当は報告する。
 それを聞いた船長は顔を俯かせていたが、やがて武装担当と対照的な自信に満ちた表情で顔を上げて……一つの決断を下した。

「撤退! 撤退! 断固として撤退ぃぃぃぃ!」

 一周廻って恐怖のあまりに笑顔を浮かべていた船長の言葉に異議を唱える者はいなかった。











「艦長、海賊船撤退しました。追いますか?」
「いや、必要ないだろう」

 全速力で後退していく……後退した状態で器用に障害物を回避していた……海賊船を眺めながら、艦長と呼ばれた『半透明』の男が応えた。
 いや、半透明なのは男だけではない。
 男に呼びかけた人物も、船そのものも、全てが半透明だった。うっすらと宇宙が透けて見える程度に。
 海賊達が幽霊船と呼んだ、文字通りの幽霊船、いや幽霊艦の艦長は、続けて言った。

「あれは海賊船というより、漂流船のようなものだ。
 我々より路頭に迷ってるんじゃないかね、あれ」
「あはは、相違ありませんね。
 背負っている業も皆無のようですし、どうやら海賊に不向きな海賊のようです」
「いつの時代も生き方に難儀している人間というのはいるものだなぁ。
 まぁ我々のように死んでからも難儀するものも居るのだから、当然と言えば当然か」

 彼らは、自分達が死んでいる事を理解していた。
 かつて地球の海で訓練航海をしていた事。
 その途中信じられない理由で艦が沈んでしまった事。
 殆どの乗員を逃がす事に成功したが、艦長である彼と副官である彼女は死んでしまった事。 
 それらをちゃんと記憶し、理解していた。
 では、そんな彼らが何故こんな所で航海しているのかというと。

「しかし、我々を、いや我々の思い出、住処、帰るべき場所である、
 この艦を沈めたものへのケジメはキッチリつけないとな」

 かつて、この艦を沈めたたった一人の超常存在……それが地球からいなくなった事を感じ取ったからである。

 その存在が死んだわけではないのは彼らには把握できていた。
 因縁の糸、とも言うべきモノがこの宇宙に繋がり、途切れていなかったからだ。
 生きていた頃は知らなかったことだが、何かを殺す、という行為は少なからずそういった痕跡や業を重ねていくものらしい。
 なればこそ、幽霊である事を活かし、その糸を手繰り、宇宙までやってきた。
 宇宙用の装備やエンジンなど必要ない。
 重力や物理法則など、最早彼らを縛れない。
 彼らを縛っているのは亡霊としてのルールのみ。
 ゆえに彼らはここ宇宙にいた。己が因縁を、亡霊としての存在意義を貫く為に。

「だが生きているものへの迷惑はなるべく掛けたくない……
 だからこそ、こんな本来の航海ルートから離れた場所から探して廻っているのだが」
「それゆえの遭遇なのでしょうね、ああいった手合いは」
「申し訳ないが、まぁ致し方あるまい。
 我々に出来る事はなるべく早く目的を果たし、成仏する事だ」
「その前に、お迎えが来ない事を祈るばかりですね」
「違いない。実質もうお迎えが来ているわけだからな。
 いつ消えてしまうか分からん。だからこそ急がねば」
「何処までもお供します」
「……ありがとう」

 そうして彼らは宇宙を流離っていく。己が目的を達成する為に。












「あんな事は、そうそうあることじゃない」

 ハイパーグレートオーシャン船長は胸を張ってそう言った。
 自信ありげなその姿は、幽霊艦に遭遇した数週間前ならば評価できもしたのだが。

「暫く引き篭もってたのに、よくもまぁそんな堂々と出来ますね」
「もう地球に帰るとか言って、
 倉庫に仕舞ってたアルバム穿り返して、虚ろな目で眺めてた時はもう海賊稼業も終わりかって思ったッス。
 皆で会社でもやるのかって」
「引き篭もってたのはお前らだってそうだろ!? 
 だが、そんな日々はもう終わりだ。
 彼女が終わらせてくれたっ!」

 その言葉と共に、皆の視線が一転に集中する。
 そこに立つのは一人の女性。
 何処か時代からズレた地味目の衣装を身に纏った彼女こそ、彼らにとっての救世主であり、新たな海賊のメンバーであった。

「ありがとう、君がいなければ我々は再起できなかった」
「いえいえ、こちらこそ助かりましたから」

 少し前、恐怖に脅えながら拠点地域周辺を漂っていたハイパーグレートオーシャンは、
 気晴らしにつけていた無線から響いた謎の歌声をキャッチした。
 かつて資源採掘されていた小惑星の残骸から歌声が届いている事に気づいた彼らは、そこへと急行。
 乗っていた宇宙船の異常で小型脱出艇がここに発射されてしまい、
 以後残された非常食を使いつつ、救助を待っていた、という女性を発見。
 協議の末、放っておけず、
 というか彼女が救助信号代わりに発していた歌に海賊達は元気付けられ、惚れ込み、
 会うなりいきなり船長が勧誘、今に至るというわけである。

「元々行くアテがなくてふらふらしていた身。家が出来て嬉しいです」
「うむ。俺達は君の歌が聴ける。君には家が出来る。ウィンウィンの関係というわけだ。実に素晴らしい」
「そうですね」
「しっかし、アンタも運が良い。アレだけの食料でよく生き残れたもんだな」
「え、ええ、何分小食なもので。そ、そんな事より、この海賊船は、人は殺さないんですよね?」
「ああ、心配ない。そんな度胸はない。だって人殺すと罪が重いし、後味悪いし」
「最早海賊とはなんだったのか、だけど、俺も同意見だ」
「元々、色々な所からつまはじきされた俺達が、生きていく道を模索した結果でしかないしな、海賊。
 ぶっちゃけ、施しでも何でもどうにかこうにか生きていければ、殺す必要なんてないし」
「そうですか……」

 船長達の言葉に、彼女は心底ホッとした表情を浮かべ……ボソリ、と呟いた。

「よかった。もう、人殺すのはこりごりだもの」
「ん? なんか言ったか?」
「いえいえいえいえ。
 ともかく、こうして一員になったからにはお役に立ちますよ、私。
 私の歌で獲物の船をガンガン引き寄せちゃいますから」
「おお、それは頼もしい」
「実際、俺らもそんなだったしな」
「……」
「お、どうした探査担当のメガネ。変な顔して?」
「いえ、昔聞いた地球の海での妖怪だかなんだかの逸話に似てる気がしまして」
「ギクッ」
「ああ、そういうのどっかで聞いたような。でも、地球の海の話だろ? ここは宇宙だ」
「そう言ってますが、こないだの幽霊船は……」
「違いますぅー! あれは戦艦ですぅー! きっと謎の新兵器なんですぅー! オカルトじゃないんですぅ! 
 そんなのと遭遇する機会なんてそうそうないんですぅぅぅ!」
「ああ、船長そう整理をつけたんですね」
「整理じゃない、事実だ! ああ、女神よっ! そうですよね!?」
「あ、あかん、船長の精神が限界にっ!」
「き、君、歌ってくれ、ほら! 船を呼び寄せないとね、うん」
「詳しい事情は知りませんが、わっかりました!」

 そうして後押しを受けた事もあって、彼女は朗々と金域に届く程度の全周波数に乗せて歌い始めた。
 それは不思議な歌だった。
 朗々としている声で、メロディーなのに、何処か鬱々としていて、気持ちを暗くしそうなのに、楽しくもなりそうで。
 この不思議な感覚が、海賊の面々にとって病み付きとなっていた。

「ああ、いいよなぁ」
「なんか、天国にいるみたいだ」
「うふふ、いいよー、心が安らぐよ〜 リバーオブサンズが見えてきそう……って、ぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 夢見心地の最中、船長の絶叫がブリッジに響く。
 そのあまりの絶叫振りに、各々作業しながらも同じく夢見心地だった面々や歌っていた女性が動きを止めた。
 そして、その理由を、探査係の部下が淡々と顔を青ざめながら口にした。

「この間の、幽霊戦艦が、また現れました……」








「見つけたぞ、怨敵ぃぃぃっ!」

 幽霊艦のブリッジで、幽霊艦長が叫ぶ。
 彼らは、彼ら自身の敵を求めて、それが近くにいる事を感じ取って、前回海賊達と遭遇した付近を彷徨っていた。
 その最中、届いたのは魂そのものを揺さぶる歌声。
 そう、聞き覚えのある、陽気でいて陰鬱なメロディー。
 自分達の船が沈む時も聞いていた、あの歌に他ならない。

「やはりというか、近くにいましたね。ところで艦長、以前遭遇したあの海賊船に乗っているようですが」
「ふはははは、申し訳ないが諸共滅んでもらうっ! まぁ余裕があったら助けるがねぇっ!」

 普段の穏やかさとは打って変わった、怨霊らしさ全開に叫ぶ艦長。
 実際の所、表面的には冷静な副長も……同じ想いであった。

「ですね。さぁ、セイレーン。我らが怨念、晴らさせていただきます」

 そう言って、副長はニタァッと口割け女さながらの笑みを形にしたのであった。











 セイレーン。
 ギリシャ神話に登場する半人半鳥の怪物。
 海の岩礁の上で歌い上げ、その美しい歌声で船乗りを惑わし、遭難・難破させる存在である。
 古くから存在している彼女らは、時代の中で存在の形を変えながら生きてきた。

 その一人である所のある少女は、かつて仲間や家族がそうしてきたように歌を唄っていた。
 しかし、それは船を沈めるため、というより歌いたかったから歌っていただけ。

 地球の環境を悪化させ、宇宙開発に躍起になっていた人類は、
 地球の海での旅行や漁などを殆ど行わなくなっており、
 その結果彼女は人間と遭遇する事のない、歌が好きなだけの存在でしかなかった。

 そう。
 運悪く、宇宙に運べば短時間航行位は行えるよう設計された、
 宙海両用軍艦の海上でのテスト、訓練航行に遭遇するまでは。

 彼らが人気のないルートで航行していた事、
 彼女が人間について詳しく知らなかった事が仇となり、結果艦は沈み、二名が犠牲となった。

 その事実を知り、人が死ぬ事で生まれた怨念に恐れをなした彼女は、逃亡した。
 生まれ育った場所を捨ててしまえるほどの恐怖と、後悔が、そこにはあった。
 彼女はただ唄いたかった、それだけの少女だった。

 しかし、そうして違う海に行っても、彼らは執拗に追いかけてくる。

 ならば、と彼女は決意した。
 彼らが届きようのない場所へ行こう、と。
 そう、人の事を知る過程で知った、遥かな空の彼方へと。










 そうして、彼女は今現在ここに……そう、海賊船の中にいた。
 宇宙海賊ハイパーグレートオーシャンの一員として。

 必要な知識を学び、吸収した彼女は、人の姿に転じて宇宙船に密航。
 適当な場所で、脱出艇を使って漂流、彼女にとっての宇宙での岩礁たる小惑星の残骸に到着した。

 その場所を探し出したのは、セイレーンとしての本能に他ならない。
 食料などは、自信の歌声でいくらでも誘い出し、運んでもらえばいい。
 あの失敗以来、船を沈めないように唄うコツはしっかと身に付けたのだから。
 そうして彼女は小惑星で暮らし始めたのだが、彼女的に宇宙暮らしは今一つ馴染めなかった。
 人の知識を学ぶ為に、多少人に接しすぎたのが仇となったのか、寂しくもあった。
 そんな寂しさもあって、より情熱的に唄ってしまったその日、彼女は海賊達と出会ったのだ。 
 彼らは彼女が知る誰よりも楽しげで、それでいて少し悲しそうな、一緒に居てあげたくなるような、そんな人間達だった。
 なんとなく、どこにもいられなかった自分の姿と重ねていたのかもしれない。
 そう思ってしまった以上、彼女が彼らの一員となる事を決意したのは必然だったのかもしれない。
 そして、今起こっている事態もまた、結局の所は必然だったのかもしれない。










「な、なぁに、我々には女神も、希望の歌姫も居るのだ。こ、今度こそその正体を明らかにしてやるっ!」
「おぅ、船長にしては強気な発言っ!!」
「そんな訳なんで、勇気を奮い起こすような歌をお願いします。……って」
「ああ、やっぱりいつもの船長だった……って」
「あば、あばばば……」
『立ったまま泡吹いてるぅぅぅぅっ!』

 件の女性、セイレーンは、こちらに接近しつつあるのが自分が沈めた船、その幽霊なのだと気付き、意識を失っていた。
 深い罪の意識と恐怖ゆえの事なのだが、そんな事は船長達の知る由ではない。

「ちょ、お願いっ! 今こそ君の歌が必要なんだよぉぉぉっ! 勇気をっ! 勇気をおくれぇぇぇっ!!」
「船長がパニクってると仕事が出来ないッスっ! お願いっ、起きて下さいッスぅぅぅ!」
「あー……皆。混乱してる所悪いんですけど」

 大騒ぎなブリッジで未だ冷静さを保っていた探査係の眼鏡青年が呟く。
 しかし、その手は思いっきりガタガタ震えまくっていた。

「もっと混乱してもらう出来事が起こってます、うん。
 幽霊船の向こう、あの、その前に遭遇した謎の変な船もこっちに向かってきてるんですけど」










「やぁぁっと見つけたわよぉぉ、幽霊艦長さんとその部下さんっ!」

 宇宙船でありながらも宇宙船としての機能をオカルト任せにしている船のブリッジで、巫女の少女が邪悪な笑みを浮かべていた。

「貴方達を成仏させたら、遺族をはじめ、依頼を受けた色々な所から成功報酬が入るからね。
 私はお金に興味ないけど……神社を子々孫々残すためには、必要だから」

 一瞬、邪悪な笑みが消える。
 その時少女の顔に浮かんでいたのは、死者への哀れみと強い使命感が混ざった、澄んだ刃のような厳しい表情だった。

「……何より、貴方達をちゃんと成仏させないとね、ええ」

 女神は、そう呟く少女の顔を見て、穏やかに微笑んだ。
 そう、これだ。
 自身が少女の手伝いをすると決めたのは、本質的に彼女は、厳しくも優しい存在だから。
 この宇宙時代においての『裏側の世界』には、彼女のような存在が必要だと確信していたからだ。

「海賊さんは……うん、諦めてね」
「いやいやいや、無関係の人巻き込んじゃ駄目でしょ……。というか、あの船から聞こえてた歌、アレは」
「ああ、伝説の海の怪物ね。あっちも放っておけないわね。よし、2つとも消毒しましょう。徹底的に」
「いや、ちゃんと事情を聞いてからに……」
「消毒して無力化させてから聞くわ。それが喧嘩のやり方よ」
「ああ、喧嘩としてはそうだけど、ってあぁぁぁぁぁっ! 勝手に私の力で攻撃しないでっ!?」
 









 こうして三つ巴の戦い……というより追いかけっこだが……が始まったのだが、こうなるともう、どのブリッジにも混乱と興奮(ベクトルは違うが)しかなかった。











「ひぃぃぃっ!? 攻撃してきたっ!」
「なんだあれ、レーザーとかビームじゃないぞっ!? 生命エネルギーの塊をぶつけてる……!?」


「ちぃぃ、なんだあれは!? 異能の使い手か!?」
「艦長どうします!?」
「あっちは無視で、回避しつつ海賊船を沈めるぞっ!」


「あ、くそ、かわしたわね?! 貴方、もっと力を貸しなさいよっ!!」
「やぁぁっっ!? 許可も得ずに力を引き出さないでくださいぃぃぃ! 
 この船の生命維持とかあるんですよ!?」


「堪忍して堪忍してよぉぉぉ! 最悪でもコントロールして船だけ沈めるつもりだったのよぉォォ!! 死者を出す気なんかなかったのよぉぉぉ!」
「事情は知らないけど、なんか凄いパニクってるっスね。俺もだけど。助けてゴッデェェス!!」
「あ、気のせいかな。なんか助けたいけど難しいんです、って謝る声が聞こえてきた」
「というか、皆いつの間に女神信者になってたんですか……というか、船長……?」

 どの陣営も正気を失っている中、一番混乱しまくっていた海賊船のブリッジで停止していた船長だったが、何かがキッカケだったのか、特に理由はないのか、突然その目に光が戻った。

「も」
「……も?」
「もぉぉぉぉぉ、一切合財知った事かぁぁぁ!! 海賊やめるぅぅぅ! 俺は帰る、家に、地球に帰るぅぅぅぅ!!」

 訂正。
 恐怖からか、正気から遥か彼方の地平に辿り着いた船長が目を血走らせて、自身の眼前のコンソールを猛烈な勢いで操作し始めた。
 一応船長という立場から、いざと言う時はこの船のコントロール権を掌握できるようになっていたのだが、基本的に面倒臭がりで責任嫌いの彼には無意味なものだった。
 そう、今この時までは。

「うぉぉぉぉぉっ!?」

 叫びと共に、猛烈な勢いで操作プログラムと命令を叩き込んでいく船長。
 それに合わせて、船が凄まじい勢いとトリッキーな動きで挙動し他陣営を翻弄、その隙を突いて超スピードでこの星域を離脱した。

「お。おぉぉ!」
「流石船長! やる時はやるっスね」
「いざと言う時のこの爆発力にほれ込んだんですよねぇ」
「そ、そうなんですか……」

 船長の豹変や興奮具合を直視した為か、正気を失っていたセイレーン以下他の面々はいつしか素面に戻っていた。
 それにより、一時は熱が引いたブリッジだったが、そう長くはその状態を保っていられなかった。

「……くっ、しつこいですね」

 基本的なスピードの違いか、物理法則を無視しまくっているのか、一時は置き去りに出来た二隻が、あっという間にこちらへと追い縋って来たからである。

「まぁぁぁてぇぇぇぇっ!」
「逃がしませんよぉぉぉぉ!!」
「それはこっちの台詞だ、この悪霊がぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ああ、巫女なのに悪霊より悪霊らしい顔にっ!? 
 海賊の皆さん、こっちどうにか少しは抑えますから貴方達は逃げてぇぇえっ!!」

 そんな女神の叫びが聞こえたのか、それによる加護なのか、セイレーンの頭に天啓がひらめいた。

「……こうなったら、この流れにのって逃げるしかないわっ!」

 そう宣言した彼女は、大きく息を吸った後、全力で歌い出した。
 それは、船を引き寄せる力の発露だが、これまでと違うのは、引き寄せる力を引っ張る力へと変化させている事。
 そして、彼女は同時に歌い上げていた。かつて本意ではなかったとは言え命を奪ってしまった彼らへの謝罪を。今までは逃げるだけだったが、今ならば出来るような、そんな気がして。

「ど、どうなってんだ?! 凄いスピードが出てるぞっ!」

 慣性制御機構のお陰で、船内の様子は会話出来る程度には変わっていないが、船の速度は跳ね上がっていた。皆が驚く中、探査係が淡々と……彼も彼なりに驚いていたが……呟く。

「俺にも分かりません、ですが速度、最高時速の500%……! 
 それに、何故か、幽霊船の速度が微妙に遅く……いや、気のせいか? 
 というか、もうすぐ太陽系到達ですよ」
「こ、これなら逃げ切れるんじゃ…」
「いえ、その前に速度に耐え切れず船がバラバラです。
 というか、このままだと地球に落下して、下手したら死ぬかも」
「死ぬぅ?! はっ! 上等! こうなったら一切合財道連れだぁぁぁ! 
 ただし、俺達は生き延びるぅっ! 船体が耐え切れない?! 
 そんなの、宇宙風を読み切って負担を最小限にすりゃあなんとかなる! 
 俺の操船プログラムは宇宙一ぃぃぃっ!」
「船長のそれ凄いのは知ってるッスけど、それ道連れとは言わないんじゃないッスか?」
「俺達と同じ人生底辺的な意味でじゃないですかね」
「なんで貴方達、そんな冷静なのっ!?」

 丁度一曲分唄い終わったところだったので、セイレーンが突っ込んだ。
 彼女の突っ込みに、部下達は飄々と……非常時とは思えない程に……応えた。

「まぁ、俺らはとうに死んでたようなものッスから。社会的な意味で」
「そうそう、船長が今みたいに一切合財を振り切って海賊になったからここにいるだけで。
 君も、そんなんじゃないんですか?」
「う、それは、そうだけど」
「ま、そういうわけなんで。ケセラセラ、メメントモリ。覚悟を決めるのに、お好きな言葉をどうぞ」
「それって覚悟を決めるための言葉じゃないんじゃ……あー、もー、いいわ……全部後で考える」

 この状況諸々面倒臭くなったのか、あるいは自分を拾ってくれた船長を信じる気になったのか、セイレーンは改めて唄いだした。

「何で唄ってるか知りませんけど、それで良いと思いますよ。
 それに、結構なんとかしてくれるもんですよ、船長は」

 言いながら、探査係は数年前を思い出す。
 ここにいる大半は、地球のとある企業の兵器開発部門に所属していた。
 元々問題のある人間ばかりで、決して有能ではなかったが、会社の為に必死に地味な仕事をこなしてきた。
 しかし、お偉いさんの子供……身内人事で重役就任したばかりだった……が、
 物語ではありがちな増長によるミスで起こした不祥事の責任を全く関係ないのに擦り付けられてしまい、
 更にこの際だからと今まで有耶無耶にしていた企業が隠れて行っていた犯罪もセットにされてしまい、
 いきなり重犯罪者に仕立て上げられ、その結果彼らの部署がある社屋に警官隊が殺到、逮捕される寸前までいってしまったのだ。

 そこで、彼らのまとめ役であった部長……
 現在の船長が『何も悪い事してないのに捕まるのなら、ホントに悪い事してやらぁぁぁっ!』と一切合財を振り切って、
 会社に研究用としておいてあった旧式武装船……後のハイパーグレートオーシャン号である……を横領し、宇宙へと逃亡した。
 まさかそこまでするとは思っていなかった警察その他の面々を、ものの見事に出し抜いて。
 いや、あるいは、警察も諸々理解していて、あえて見逃してもらったのかもしれないが。

 なんにせよ、海賊稼業というのは、その流れで決意したものでしかなったのだが、
 彼らにしてみれば、あのまま逮捕されるよりは全然マシで、それゆえに彼らにとって船長は大恩人だった。
 だから、一蓮托生。
 部長、否、船長に何処までも付き合おう、言葉にはしなかったが、部下一同皆同じ思いだった。

 もっとも。
 船長当人は、皆にそれほどまでに慕われている、などとは夢にも思っていないのだが。

「ふぅーはっはっはぁっ! いままでだってどうになったんだ、今回だってどうにかしてやるぅっ!」
「……なにより一番のオカルトは、どうにかこうにか色々と切り抜けてる、船長の悪運なのかもしれませんね。
 あ、とか言ってる内に地球の大気圏に突入しました」
「うん、そうッスね。地球見えてたし」
「こんな形で地球に帰ってくるなんて……ああ、まぁ、死ぬんなら地球の海が良いのかしらね」
「いいッスよ、その開き直り!」
「さすが、船長が見込んだ新入りです」
「……あはは、もう好きにして」
「じゃあ、生き残ったら俺と結婚してっ!?」
「それは嫌」
「船長、それパワハラッス」
「最低ですね。……これが最後の会話になった場合も含めて」
「やーめーろーよーっ! そういう事言うなよぉぉっ!?」










 そうして、彼らは地球に落ちる流星となった。
 彼らの後ろに続くものたちを、ノリと勢いでものの見事に巻き添えにして。











 彼らがどうなったのかは、何故か公的な記録には残っていない。
 公的な記録に残っていたのは、
 謎の理由で遭難中となっていたとある企業の実験用宇宙船が、ある日突然地球に落下した事くらいだった。

 ただ、それはそれとして。

 その遭難船落下から数ヵ月後。
 かつて日本と呼ばれていた地域の片隅、とあるちっぽけな神社において唐突に住人……信者が増えた。

 当初宇宙海賊のような衣装を着ていた彼らは、
 何処からか運んできた宇宙船の残骸二隻を社務所代わりにし、
 正式な手続きの下でマイナーな女神信仰を推し進めていった。
 なお、布教活動の際、妙に中毒性のある歌をバックにしていたという。

 ちなみに、行動力のある新規信者のお陰か、
 その女神の存在と、彼女を崇める宗教は、
 宇宙規模ではマイナーなままではあったが、
 地球規模ではそこそこ有名になり、結構長く信仰されたそうな。



 それと時を前後して。
 とある事故で沈没した戦艦、その慰霊碑のある場所の片隅に、
 事故のおり亡くなった艦長と副長の、
 データ化した生前写真を見る事が出来る石碑型の端末が置かれていたのだが、
 いつのまにやらそのデータの中に一枚の写真が追加されていたという。

 その写真には、何故か半透明な艦長と副長、それに海賊のような衣装の面々と、
 巫女服を着た少女が記念写真的な構図で写っていた。
 奇妙なのは、その写真が、艦長達の死後数十年後の日付だった事。
 性質の悪い悪戯だと思ってその写真を削除しようとした者もいたのだが、
 その写真に映った全員がこれ以上ない……
 まるで絶体絶命の状況で九死に一生を得たような、
 あるいは長らく背負ってきたものから解放されたような、
 活き活きとした……笑顔だった為、毒気を抜かれてしまい、消すに消せなかったそうな。
 
 

 それらが、かの遭難船落下と関係のあることだったのかどうか。
 知っている者は……そう多くないし、語り継がれもしないのだろう。
 聞いた人間が一笑に付すとか、法に触れすぎて記録としての書類に出来ないとか、
 何処かの誰かさん達にとってはそれですら最終的には日常でしかなく記録する意味がなかったとか、色々な理由で。
 











 ……終わり。






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