一般人ヒーローの行方















 一人の美少女科学者を守りながら、世界を守ったヒーローがいた。

 お姫様を守る騎士のように科学者に寄り添う事の片手間のように、圧倒的な力で世界を守ったヒーローがいた。

 彼が何者で、何処から来て、何を考え、本当は何の為に戦っていたのか。

 それを知っている者は、ただ一人だけ。















 男は誰だって一度はヒーローに憧れるものだ。
 ヒーローのベクトルは……純粋な正義の味方だったり、ダークヒーローだったりで……人によって違うのだろうが、憧れ自体は変わらないだろうと思う。

 だが、ヒーローになるには資質が必要だ。
 類稀な才能だったり、桁外れな体力だったり、絶対挫けない魂だったり。

 それらがない一般市民が、一時的にでもヒーローになるにはやはり凄まじい代償が必要なのだ。
 ……全てが終わった今、俺はそれをしみじみと実感している。















「ねぇねぇ。アナタ、ヒーローにならない〜?」

 俺が、そんな何かの詐欺か悪魔の誘いか、というにはゆるゆるなのだが、
 美人局だとするなら、まぁ、そう的外れでもない間延びしたお気楽そうな声を掛けられたのは忘れもしない一年前。

 会社勤めをしていた頃の帰り道、
 どこからかいきなり現れた機械仕掛けの化け物に襲われた時だった。

 祭りの夜店に売っていそうなヒーローのお面……
 よりは少し上等そうな薄い仮面をペラペラと団扇の様に扇ぎながら、その少女がそう声を掛けてきたのだ。

 年の頃は十代後半。
 身長は高すぎず低すぎず。 月並みな表現だが、出る所は出ていて、引っ込む所は引っ込んでいるスタイル……
 服の上からでもそれが分かるのだから実際にはもっと良い感じなのだろう。

 顔立ちは不思議とどの人種としても捉える事が出来るのだが、
 ハッキリとした目鼻立ちや、大きめの眼もあって、
 どの人種でも美人だと表現されるだろうと俺には思えた。

 日光に晒した事がないかのごとく白い肌は御伽噺のお姫様や妖精のようで。
 染めているのか天然なのか、腰まで伸ばしたアッシュブロンドの髪は、
 まるでそれ自体が光を放っているかのように日光を反射し、キラキラとしていた。

 客観的に見ても美少女であるこの少女が、
 俺の好みどストライクの容姿をしていた事もそこから始まった諸々を後押ししていたのだが、まぁそれはいい。

 考えてもみてほしい。

 まず、こっちはビルの壁を容易く砕くような化け物に追い立てられ、
 そいつに頭をむんずと掴まれて、首ごともがれそうな勢いで拉致されそうだった状況だ。

 その化け物を多少怯ませる程度の銃撃でこちらをとりあえず助けてくれた美少女……
 うん、まぁ外面は間違いなく美少女だネ、うん。

 ともかく、そんな美少女に「ヒーローにならないか」に問い掛けられる。
 このシチュエーションで、首を縦に振らない男がいるだろうかっ?!

 ……はい。普通はそれでも振りませんよね。分かってます。本っっっ当に俺が軽率でした。
 しかし、この時の俺はサラリーマン。
 仕事のデスマーチに疲れ果てて、ストレス発散もろくに出来ず、色々な意味で溜まっていた。

 そんな状況でついテンションが高くなってしまった事については責めてほしくないのデス、はい。

 そんな訳で美女の誘いにホイホイと乗って、頷いてしまった俺は、
 後に科学者だと知る事になった少女から受け取った仮面を指示通り顔に押し付けて被った。

 仮面は、少女が開発したという戦闘スーツを粒子レベルで分解し格納した代物で、
 まさに日曜日の朝に放送されている特撮番組のような映像的な工程を経て展開された戦闘スーツを装着した俺は、その瞬間から【ヒーロー】になった。

 そうしてヒーローになった俺は、化け物を苦もなく一蹴。
 その成果を持って仮面を与えてくれた少女から戦闘スーツの適格者と見込まれ、
 俺は【敵】と戦う事を要請された。アナタしかいないの、と。

 当初だけ、命の危機の現場から一時的に離れる事で少しは冷静になり、多少悩みもしたが……
 まぁ、適性がある、才能がある、とおだてられて調子に乗った事もあって最終的に引き受けてしまった。
 うん、誰がどう見ても映画とか漫画とかのお調子者の行動デスネ。

 とはいえ、全くの考えなしで引き受けたわけじゃない。
 一般人の俺としては、そうそう死にそうな目に遭いたくないし死にたくないし、生活の事だってあった。

 だが、その辺りについてはいともあっさりと解決されてしまったのだ。
 戦闘方法は、仮面装着の際に全身に行き渡る生体ナノマシンやらをフル活用して俺の脳髄や身体に沁み込み済みで、大怪我してもすぐに再生可能。
 装着するスーツは凄まじく頑丈、装着者の力を数百倍増幅し、各種武装も全身に装備、
 さらに状況に応じた新兵器も限度はあるがその場である程度精製可能という至れり尽くせり。

 おまけに、少女は国際的な【敵】の対策組織に属しており、
 それに協力する以上生活も保障済み。
 というか給料十倍以上なんですけど……。

 これで引き受けない方がおかしいレベルだ。
 なので俺は会社を辞めて【ヒーロー】を始める事にした。
 というか、むしろ他の有能な誰かがなんで引き受けないのか、
 なんでスーツを使いたがらないのか気になるレベルだった。
 なので少しは仲良くなったと思えるようになった頃、少女に聞いてみた。

「えー? だって実験ちゅ、げふんげふん、適性者あんまりいないしー? 
 私に適性があればなぁー。かー、残念だなぁ。そんな訳で私の代わりにアナタが頑張って!」

 はい、ここであからさまにおかしな発言をしているのに気付くべきだと指摘する皆様。
 ……皆様は正しい。絶対に正しい。

 ところが、諸々の状況に巻き込まれている当事者(つまり俺)には、冷静に思考する余裕はなかったのだ。
 なんせ【敵】は、空間を越えて現れる超科学により人類同等以上の知性を持ったロボット達。

 俺が使っていたスーツも、
 当時最新鋭の武器や兵器で町一つを犠牲にしてようやく破壊出来た敵の斥候、
 尖兵から解析された技術を無理矢理に搭載したというもので、
 いつ敵が送り込んでくる戦力に質も量も凌駕されるか分かったもんじゃないという状況だ。

 不幸中の幸いだった事は、当時はこちらに送り込めるもの、場所に限界があった事だろう。
 ――少なくとも、その時はそう聞かされていた。

 だからスーツ使用者が俺一人でもどうにかこうにか立ち回る事が出来た。

 まぁそれでも俺は所詮一般人。
 そんな状況では与えられた情報を鵜呑みにする事が精一杯だった。
 だが、当時の俺はそんな状況に疑問さえ抱かず、
 誰かを守れている、ヒーローになっている、そんな思い上がりを抱いていた。
 後の方になると戦闘の規模が大きくなり、人前で戦う事も多くなっていったが、声援を受ける事も結構あった。
 世間での【ヒーロー】としての俺の認知度はそれなりにあったと思う。
 それに比例して【敵】も強くなってきていたので、
 怪我も少なくなくなっていたが、それでもなんとかやれていたのは、
 うまくやれているという思い上がり、思い込みによるものだったのだろう。

 例え、夜中には時々怖くなって小便をちびった事があったとしても。
 でも、まぁ、正直に言えば……全ての事情を知った人には怒られるかもしれないが、この時が一番楽しかった。

 一見すれば世界は守れていて、生活は充実していて、好みの女も近くにいて関係も悪くない。楽しくないのが嘘だ。

「へぇへぇ。わたしゃどーせ浮世離れの科学者ですよーだ。あはは〜」

 少女はエキセントリックというか常識外れで、
 人懐っこそうに見えて誰かとの会話はどこかちぐはぐで、
 一般人で常識人だった俺はいつだって翻弄されてばかりだった。
 当初はマッドサイエンティストな気質に辟易してもいた。
 危機に陥った時は、閃きや新発明で助けてくれていたが、それはそれだ。
 だが。

「アナタが昔憧れたヒーローの映画? そういうのいいから。スーツに似てる? それがなに〜? 
 そんなことよりさぁ、この分子分解ナイフの実験しようよ。
 ほら、あのビルから人を追い出してさ、パーッと」

「……あきれた。おしっこ漏らすくらい怖いならやめてもいいよ? 
 まぁ、そりゃあ惜しいけど……え? 次の誰かを見つけるまではちゃんとやるって? 
 サラリーマンはそういうものだって? 
 変なの。サラリーマンって、そういうものなの? そういうものなの〜? 
 というか元サラリーマンじゃないの〜?」

「なんというか……泥臭いね〜。アナタの戦い方。
 おっかなびっくり、っていうの? 知識はあるんだからそれに沿えばいいのに。
 ……まぁわたし的に、貴方のあれ、見てて面白いけど。ふふ」

「……ねぇ。今度映画館に連れてってよ。
 貴方が前に言ってたヒーローのやつでもいいからさ。
 え? そんなに長々とやってない? 知らなかったなぁ、そんなの」

「さて治療のついでに改造をしてあげる。
 改造すれば今の二倍の強さに……なーんてね。
 あははは、じょーだん。そう冗談よ、ええ。今はまだ無理。
 あともう少しで実現が……って、汗かきすぎよ。
 私を浮世離れしてるっていうけど、それに騙されたりするのどうなの〜? 
 もう少し、疑い深くなったほうがいいよ、貴方」

「応援すると力が湧く? 
 ふーん。よく分からないけど……なら、私も応援してあげようか〜? 
 え? 是非お願いするって? ……まぁ、いいよ。貴方が、嬉しいのなら」

 それでも、楽しかったのだ。
 ただ、一つ弁明させてもらえるのであれば、完全に調子に乗っていたつもりはなかった。

 一応子供の頃にヒーローに憧れていたのだ。
 調子に乗ったらしっぺ返しがあるのはヒーローものを見て学んでいたし、
 なにより誰かの命が絡んでいるのなら手なんか抜けるはずがない。
 おっかなびっくりで無様でも全力を尽くすしかない。

 それは100%に格好良くて純粋な正義の味方のように、誰かを助けたいから、だけじゃない。
 人の生き死にを背負えるほど俺は強くないから、責任を負わずに済むように、
 負った時に言い逃れは出来る程度にちゃんとやっておきたい、という情けない理由もあった。

 しかし、そうやって躍起になっていた事が、不恰好でいっぱいいっぱいの状況を積み立てていった。
 ゴミであれ、書類であれ、何も考えずに積まれていった何かが最終的にどうなるのか、なんて決まりきっている。

 そう、崩れるのだ。崩れたのだ。



「……今まで、ご苦労様でした」

 今まで万事においてお気楽そうだった少女が、目を細め、冷淡に告げた。
 いつもどおりにスーツのメンテナンスを頼みに来た時に告げられたそれは、今までの全てがひっくり返された瞬間だった。

 スーツの適性者。それは嘘。
 むしろ俺は適性ギリギリの一般人。

 敵。それも嘘。
 全ては世界征服を企む存在……
 本当の【敵】たる秘密結社が兵器実験と様々な都合・必要上で作り出した、でっち上げたものでしかない。

 これまでの戦い。それは本当。
 誰かの危機、俺が命懸けだった事、応援してくれた人達。実戦でなければ実験の意味がないからこその、真実。

 敵に対抗する国際組織。それも本当。
 しかし秘密結社が、自分達に対する世界の脅威度を測りつつ利用する為に作った傀儡組織でしかなかった。

 そして少女。彼女は秘密結社で生まれ育った、結社の科学者の一人。……でも。

「さようなら」

 尋ねようとした事の答を得る前に、人間としての俺は撃ち殺された。
 俺と全く同じ、いやそれ以上のスーツを纏った十二人の【ヒーロー】に完膚なきまでに敗れ去った後、少女本人に。
 そうして、殺された俺は仮面を奪われ、組織の施設ごと爆破され闇に葬られた。



 葬られた、はずだった。
 生きていた。俺は殺されても、死ななかった。
 適性が低い状態で実験段階のスーツを長く纏い、
 ギリギリの戦いを繰り広げていた事で、
 スーツの粒子やナノマシンが身体に残留し、一つのシステムを作り上げていたからだ。

 適性値が高い存在は、スーツを使ってもそんな状態にはならず、ただの装備品として扱える。
 俺は、そうじゃなかった。いつのまにか、人間から離れていた。だからこそ、生き延びた。

 だが、そうして生き延びて、無様に地獄から這い出た俺を迎えたのは……世界征服が完了した世界だった。

 次元を超えてくる敵と偽られるのに利用されていた秘密結社の空間転移装置と、
 その尖兵となるかつて【敵】だったロボット達、それを率いる【ヒーロー】達。

 それらによる、被害最小限の国家掌握により、世界は完全に征服されてしまった。

 そして、征服された世界は平和極まりなかった。
 情け容赦なく犯罪者だけが駆り立てられ、一般市民は誰も傷つかない世界。
 そんな世界を前にして、俺は何も出来なかった。

 俺以外の、かつて国際組織で一緒に働いていた同僚達は、
 秘密結社……いや、いまや【完全なる世界組織】に取り込まれている事は殺される前に少女から聞かされて知っている。

 俺以外。
 そう、俺以外で不条理な犠牲になったものが殆どいない完全征服がなされた世界。

 この世界では、俺は、ヒーローじゃない。
 戸籍的な意味で既に殺されているという事もあるが、
 もしこの世界に不満を持って、それを覆す為に活動を開始し、結果誰かを巻き込んだのなら、
 ただのテロリスト、悪党でしかない。

 かつての俺の【ヒーロー】としての活動も、俺と全く同じスーツを纏った者達の活動に取って代わられている。
 最早俺は、何者ですらもなくなっていた。

 その現実を前に、俺は何も出来なかった。
 そうなった事が、悔しくないわけじゃない。悲しくないわけじゃない。

 でも、憤りを、怒りを、悲しみを持って復讐者として活動するには、俺はあまりにも一般人過ぎたのだ。
 それほどの激情を、持つ事が、俺には出来なかった。

 だから、俺は何もせず、何処かへ行こうと思った。
 かつての秘密結社の連中は俺を殺したと思っているはずだし、
 何も行動を起こさず消えていけば、ひっそりと暮らして行けるだろう。

 これにて、一般人である俺が多大な代償を払ってヒーローになった話は終わり。

 やはり、一般人が無理矢理にでもヒーローになるべきではない、そう思う。
 これが誰かの役に立つのかは分からないが、せめて一つの教訓になるようにネットの片隅に書き残しておこう。














「貴方は、そう思って、どこかで生きていてくれると思ってたんだけどな」

 だけど、まだ諦められなかった。諦められなくなっていた。
 ただ一つだけ、このままにしてはおけない事があった。

「それに、アナタ、そんなキャラじゃなかったでしょ? ……あぁ、出会った頃は、か」

 この、少女の事だ。
 彼女の事だけは、このまま放置して終われなかった。
 だから、遺書なのか教訓なのか今となってはよく分からないものを書いた後に、俺は動き出した。

 殆ど犠牲の出ない世界征服を【完全なる世界組織】は謳っていた。

 であるならば、何故俺は殺されたのか。
 最低限の犠牲の内に俺は考慮されていたからなのか、どうなのか。
 なにより、何故彼女自身が何故手を掛けたのか。その必要性があったのか。

 そして、ずっと、思っていた事があった。
 それらの疑問や感情が積み重なって、俺は、いてもたってもいられなくなった。

 こんなにも激しい感情を、衝動を、俺は知らない。ずっと知らなかった。
 でも、それがなんであれ、動かずにはいられなかった。

 その為には、力が必要だ。
 この世界を変えずに、犠牲を出さずに、前に進む為には力が要る。

 だから俺は、かつてスーツを使用時に行っていた武器精製の応用で仮面を脳内のデータから強引に精製し、
 それにより継ぎ接ぎのスーツを纏う事に成功した。

 しかし、そうしてスーツを装着できても俺は怖かった。
 最早組織の後ろ盾はなく、仲間もいない。たった一人の一般人。
 怖かった。たまらなく怖かった。小便が零れるほどに震え上がっていた。
 だけど、震えながらも足は動いた。手も動いた。ずっとずっと戦っていた経験が、少しは震えを抑えてくれた。

 なにより、このままには出来ない事がたった一つだけあった。
 それをただ一つのか細い支えにしながら、
 俺はかつての【ヒーローとしての自分】の姿をした者達を殺さずに一人一人打ち倒し、逃げ惑い、やりすごしながら……
 今も昔も変わりなく、誰かを殺すほどの度胸も覚悟もなかったから……
 ボロボロになりながら死に物狂いでここに辿り着いた。

 ここ、そう【完全なる世界組織】最大の兵器研究所の深奥に。

「自分を内外共に作り変えてまで何故舞い戻ってきたの? 
 そんなにボロボロになって……貴方の中に残留したシステムで強引にスーツを装着してまで」

 俺は、彼女の問いに、たった一言答えた。

 君が心配だったから、と。

 色々と疑問はあったが、全てに繋がる答はソレで事足りると思ったから。

 そう、ずっと心配だったのだ。
 今にしてみれば俺にとって平和だったあの頃から、
 俺以外の人間とは普通の会話をする姿すら見た事がなかった彼女の事が。
 彼女は人懐っこそうにはしていたが、それはポーズでしかなかったんじゃないのか、と俺には思えてならなかった。

 そんな彼女が、俺がいなくなっても大丈夫なのか、尋ねたかった。
 きっと、それは思い上がりだ。
 上から目線の、大人ぶった子供の、そうであったらいいのになぁ、という願望も混ざった、純粋ではない汚い心配。
 そもそも俺との会話ですらポーズでしかなかったのかもしれないのに。

 だけど、それでも。

 彼女が、俺に向けてくれた笑顔が忘れられない。

 だから、その答を知らずには、彼女の口から聞かずにはいられなかった。
 俺は、他人の能力や人格はともかくとして、
 誰かの心の奥底にある本音を言い当てられるほど、決め付けて納得出来るほど、誰かを信じられた試しがない。

 ドラマチックに、よく漫画や映画にあるように「お前は絶対にそんな事が出来るやつじゃない」とか断言出来ない、
 信じようとしても信じられない、弱くて不安定で醜い人間……ただの一般人だ。

 どれだけ【ヒーロー】をやってきても、そういう部分は変えられなかった。
 だから。だからこそ直接聞きたかった。確かめたかった。

 そんな想いを込めた俺の答に、それまで俺を撃ち殺した時と同様に酷薄だった彼女は、一転して笑った。大いに笑った。大爆笑だった。
 かつて一番楽しかった頃と同じ笑い方で笑っていた。
 その後は、泣いた。大声を上げて泣いていた。思わず抱きしめてしまうほどに、泣いていた。

 それが、俺と彼女にとって十二分な答だったのは語るまでもない。





 
「……なんでこんな事をする必要があったと思う? 貴方を巻き込みたくなかったからよ」

 そもそも最初に俺を選んだのは、本当に適当な一般人だったからだったらしい。
 当時秘密結社では、俺が使っていたスーツと同系統の次世代兵器技術競争が盛んで、
 単に優秀なだけでは採用には至れなかったらしい。

 結社は優秀な者をより引き立てる競争社会の縮図。
 少女にしてみれば、より自由な研究の為に【自分が優秀である】アピールを欠かすわけにはいかなかった。
 今までそうしてきたように。これからもそうしていこうと。

 そこで彼女は、
 次世代兵器……能力拡張ナノマシンや粒子編成装備への適性の低い一般人が十分な成果を上げられるシステムを考案、
 その実験台として俺を採用した、という事だ。

 当初は俺を適当に持ち上げて利用できるだけ利用して、適当な所で切り捨てる……
 俺にとっての日常に帰すつもりだったらしい。

 だから、当初はただのご機嫌取りとして話を合わせたりしなければならなかったのがイヤだったらしい。
 ……というか、アレで話を合わせたつもりだったのに今更ながらに驚きだ。

 しかし、何故か。
 そのご機嫌取りがいつしか楽しくなってしまっていた。
 俺が本当にただの、どこにでもいる一般人だったからこそ、楽しくなってしまったのだ、と彼女は語る。

 俺が話す、普通の世界の日常、矛盾、不条理などのあれこれが、ずっと結社で生きてきた彼女には面白かったのだ、と。
 結社とは違い、理屈や正論だけで回らない不完全な世界と、そこで生きていた俺の話はかなり興味深かったらしい。

 彼女は、結社の幹部たる両親を持ち、結社で生まれ育ち、その理念と競争の中で生きてきた。
 だから、それ以外の世界を知らず、精神的には幼いままだったがゆえに、
 彼女の知らない世界を知っている俺に単純に感化されてしまったのだという。

 そうなっているのが愚かしい事だと理性的な部分では考えていても、そうでない部分がどうしようもなく楽しかった。
 いつしか、ご機嫌取り、演技だったはずのお気楽モードも、
 俺に会うと意識さえせずにそうなってしまう自然体になってしまっていた。

 そんな日々を過ごしているうちにスーツの試験期間は終了しつつあった。
 そして、想定以上の……
 全てにおいて一般人であった俺がドロップアウトせずに戦い続けられているのは結社にしてみれば驚きであったという……
 結果を残している俺に、結社上層部は利用価値があるかもしれない、と考え出したのだという。

 その認識を結社が明確に【決定】すれば、どうなるのか。 

 俺は【結社にとっての戦士】として正式に登録され、
 結社が想定しているという、人類外の敵との戦闘の矢面に立たされる。

 そして、それはそう遠くないのだという。
 結社が世界征服に乗り出したのは、そういう存在の登場が近いからに他ならない。
 そもそも結社が生まれたのは、そういう存在に対抗し、人類を生存させるための必要上の必然だったらしい。

 だが、そうなってしまえば、有能になってきたのかもしれないが所詮一般人である俺は殺されて終わる。
 少女は理性的にそう判断したのだという。
 
「……嫌だったの。会えなくなるのは我慢できる。
 私は結社の人間だもの。アナタと住む世界が違うのは分かりきってた。
 でも、この世界に貴方が存在しなくなるのは、嫌だったのよ」

 だから、そうなる前に強引にでも切り捨てなければならない……
 そう考えた彼女は、お気楽モードの端々で、俺にヒントを与えていた。

 あからさまに怪しい言動は、俺に状況を気付かせる為のものだったのだが、
 察しが悪い俺は全くそれに気付く様子がなかったという。……いやホント面目ない。

 どうしたものかと思案し続けた彼女は、実験で俺の身体にシステムが半ば構築されていた事に着目。

 結社に【試験】という建前を作った上で、
 同型のスーツを纏った集団に襲わせ、
 一般人である俺がそれを切り抜けられないのを見越した上で瀕死にする事でシステムを活性化させ、
 自らの手で【撃ち殺す】事で死亡を偽装する。

 そうすれば、
 這い出た俺には結社支配後の世界をひっくり返す度胸がない以上、
 自分と二度と会う事はないが、俺は無様にでも生きていける……。

「そういう計画だったのに。……もう、どうするの? 全て、台無しよ」

 今はまだ話をするために研究所のセキュリティをオフにしているが、
 ソレも時間の問題でいずれは結社の人間達……戦闘部門の精鋭達がやってくる、と泣き笑う彼女。

 彼女は俺を殺したくない。俺だって無用に死にたくはない。

 ならどうすればいいのか。

 そんな状況を覆す事件が、まさにこの時に起きた。

「……は?」

 結社が想定していた【敵】がついに現れたのだ。
 異星人なのか異次元人なのか異世界人なのかは分からないが、
 廉価版とは言え量産されていた彼女のスーツを纏った戦闘員でさえ苦戦を強いられている。

 世界中から中継されている映像でそれを見て、俺は一つ閃いた。

「なんですって? ……貴方を、今の倍以上の強さにできるか、ですって?」

 今の俺は、全身にシステムそのものが根付いている状態になっている。
 適性はかつてとは比にならないだろうし、
 この状態だからこそ強化出来る技術を彼女は持っているはずだ。
 必要なら今すぐにでもそういう発想が出来る、
 あるいは既に技術を確立させているだろう事を、俺は知っていたし、信じていた。

「……確かに、今はもう不可能ではないわ。でも、どうして」

 疑問への解答はシンプルだ。それは【生き延びる為】に他ならない。
 彼女と共に結社から逃げるにせよ、敵と戦うにせよ、何をするにせよ、今の俺には力が必要なのだ。
 上手く立ち回れば結社から目溢しされるかもしれないし、それに何より。

「ばかなのねぇ、貴方。
 貴方を生かすために貴方の命以外を奪ったわたしを守りたい、だなんて。
 ……いいわ。その提案に乗る。
 それが理性的に考えて、この状況を切り抜ける一番可能性の高い方法だもの。
 今の貴方自らが生み出すスーツと、制作がほぼ完成した新型スーツ、
 二つを融合させる事で出力は単純に二倍以上、上手くすれば十数倍にパワーアップできる。
 その為には、アナタの身体のシステムを調整する……ちょっとした手術の真似事をする必要があるけど……」

 今更何を躊躇う事があるだろうか。俺は一も二もなく同意した。
 
「……ありがとう」

 システム調整の為に手術台に固定された俺に向けて、彼女は笑った。
 それは、今まで見たことのない最高の笑顔だ。

 掛け値無しに綺麗で、可愛く……そして、妖しかった。




「ねぇ?
 今までの全てが、結社が有益なサンプルを形作る……
 育成する為の茶番、計画だったとしたら、アナタはどう思う〜?」



 俺達二人の周囲を取り囲む様々な装置を操作しながらのお気楽モードな彼女の言葉。



「大きな力を持つ結社がわざわざそんな回りくどい事をするはずがない? 
 ふふふ、大きな力を持つ結社だからこそ、
 一見回りくどく見えても大した労力にはならないものなのよ?
 それとなくアナタをここまで誘導したように、ね。
 同じ事を、世界中で行うにしても、ね。
 自分みたいな一般人を育成するメリットがない?
 凡人を心身具えたプロフェッショナルに育て上げる過程というのはね、
 貴方が思う以上に価値のあるモノなのよ、これがね」


 
 それが、冗談なのか、本気なのか。どちらなのかは、俺に分かるはずもない。



「なーんてね。あははは、じょーだん。そう冗談よ、ええ」



 そして、完全に全身を拘束されたこの状況で俺に出来る事等何もない。



「でも、まぁ。なんにしても、ね。
 これで、もう、貴方はわたしのもの。いいえ、わたしだけの、ヒーロー……」



 そう。
 最初からずっと思っているままに。遺書めいた教訓に書き記したとおりに。

 俺は、何処にでもいる、ただの一般人でしか、なかったのだから。

 


















 彼女の唇の感触を、同じ部位で感じ取りながら、俺の意識は遠く遠くへと消えていっ




















 一人の美少女科学者を守りながら、世界を守ったヒーローがいた。

 お姫様を守る騎士のように科学者に寄り添う事の片手間のように、圧倒的な力で世界を守ったヒーローがいた。

 彼が何処から来て、何を考え、本当は何の為に戦っていたのか。

 それを知っているのは……ただ一人だけ。













                                         
 ……終わり。






戻ります