このSSはKanonの後日談の二次創作小説です。

 Kanon本編のネタバレに加え、作者の偏った考え方も含んでおりますので、
 原作のイメージが第一と考える方、まだKanonをプレイしていない方、アニメをご覧になっていない方……多分、今ここにいる方の大半はクリア、もしくはご覧になっていると思うのですが……は読む事をご遠慮ください。

 以上の事に関する苦情などは受け付ける事ができない事をご了承の上、それでもいい、それでも読んでみたいという方のみ、下の方へとお進み下さい。

 それでは、どうぞ。















 ゆーとぴあ本舗・創立8周年記念SS


                   Last 『Last regrets』












 あれから随分時間が経ったんだなと、俺・相沢祐一は最近よく感じるようになった。

 そう感じるようになったのは、きっと子供の存在が大きいのだろう。

 俺には娘と息子が一人ずついる。
 従姉妹で妻である名雪(旧姓・水瀬)との間に授かった正真正銘実の娘と実の息子だ。

 えー? ホントにそうなのかー?とか言いやがった旧友もいたが、ソイツにはそれなりの報復を行った。
 旧友の性格から考えて冗談なのは十二分に分かっている(というか、そもそもちゃんと出産直後に祝いに来てくれている)が、世の中には洒落にならない冗談もある。

 最近名雪が、昔からずっと頭の上がらない叔母・秋子さんに似てきた事もあり、ホント洒落にならないんだ、マジで。
 むしろ俺の報復は名雪から旧友を守ったものだと確信する今日この頃。

 閑話休題。

 ともかく俺には長女・あゆと長男・雪一がいる。

 目に入れても痛くないほど可愛い……のは、主にあゆだな。
 いや、勿論息子も可愛いのだが、可愛さの種類が違うというか。
 むしろ息子は可愛いというかなんかこう、感じるものがあるというか。

 さておき、そんな2人を見ていると、
 自分が良くも悪くも歳を取り、かつて子供だった時代から遠ざかった事に気づかされる。

 いや、今までもそういう事は何度もあったのだが、特にそう思わざるをえない事が数日前にあったのだ。

 数日前の日曜日。
 一般的な会社員がそうであるように、俺もまたその日は休日だった。

 いつものように、会社の疲れを少しの寝坊と愛妻の笑顔、
 朝から何処かに(最近よく遊んでいるという丘に行っているのだろう)遊びに行った子供達の騒々しさ……もとい、元気さで癒し、休日を謳歌していた。

 そんな日常的な日曜日の昼下がり。

「ほほぉ、今日のおやつはタイヤキなのか」
「うん。お母さんから道具をもらったから一から作ってみたよ。
 はいどうぞ」

 そう言って、名雪がテーブルに皿を置く。

 リビングのテーブルに置かれたその皿の上には、タイヤキが十匹とちょっと盛られていた。
 白い湯気を昇らせ、薄く匂いを漂わせるソレは、最近虫歯が気になって甘いものを食べていない事もあり、十二分以上に魅力的に見えた。

「おお、美味そうだな。
 しっかし、秋子さんもお前もホント器用だよな」
「道具があればそう難しくはないよ。
 別にプロの味って訳でもないんだし」
「いやいや、十分凄いって」
「そうかな」

 薄く頬を染めて、照れる名雪。
 ……うーむ、くそ、可愛いな、おい。

「さて、それじゃいただく前に手洗いにでも行って来るかね」
「いちいち言わなくてもいいよ〜」

 一種の照れ隠しだったりする真意も含めて名雪の言葉には答えず、俺は席を立った。
 そうしてリビングから出ようとしていた時。

「ん?」

 ゆっくりと玄関のドアが開いていくのがたまたま視界に映る。
 俺はなんとなくにその様子を眺める事にした。

 音を立てないように努力しながら家の中に入ってきたのは……我が息子・雪一。
 可能な限り音を出すまいとドアを閉めようとしているその後ろ姿は、いかにも何かを警戒している風だった。

(……そう言えば、昔俺もこんなことしてたっけか)

 子供の頃の自分を思い出しながら、俺は足音を立てないように歩き出す。
 こういうのを見ると驚かせたくなる性分なのだ。

 そうして気付かれないように静かに距離を詰めてから呼びかける。

「……よう、息子」

 すると雪一は、ビクッと小さく身体を揺らした後、動揺を見せまいとしてなのか、ゆっくりとこちらに振り返った。

「た、ただいま」

 名雪が見立てて買ってやったジャンバーの腹部が妙に膨らんでいる。
 ポケットに手を突っ込んで膨らみを誤魔化しているつもりなのだろうが、不自然さは拭えていない。

 これで『何か』を隠しているつもりなのだろうか。
 我が息子ながら甘い……いや、我が息子だからなのか。

 どうしたものかと思いながら、とりあえず口を開く事にした。

「外に出てたみたいだな。あゆは一緒じゃないのか?」
「い、一緒だったけど、なんかちょっと庭を見たくなったとか何とか」
「ふーん」

 ……前言撤回。

 昔の……子供の頃の俺よりは頭が回るらしい。
 いや、コイツより3歳年上のあゆの入れ知恵か?

 多分こっちは囮であゆが本命なのだろう。

 雪一が先に家に入り、家の状況を携帯(最近何かと物騒なので2人とも持たせている)で伝え、それからあゆが家に入る手筈だったのか、
 そこまで深く考えてなくて、雪一が玄関に俺達のどちらかを引き付けている間に家に入るつもりだったのか。

 まぁなんにせよ。

『あ、お帰りあゆ。どうしたの? なんでこっちから……』
『え? な、なんかそういう気持ちだったから……あ、あははは』

 運悪く名雪が庭の見えるリビングにいた事もありバレバレになったが。
 名雪がいなくても、俺がここにいる以上運が悪い事に変わりはないけどな。

「お帰り、あゆ」

 リビングのドアから顔を覗かせた後、コッソリと(本人はそう思っているのだろう)二階への階段へと抜き足差し足で歩いていくあゆに声をかける。
 すると、あゆは雪一以上に身体を震えさせた後、ギギギ、と擬音が付きそうな動きで首だけこちらへと振り返った。

 あゆ自身が選んだダッフルコートの腹部には雪一同様……いやむしろこちらの方がハッキリと膨れていた。
 どうやら推測通りあゆの方が『本命』らしい。

 俺がそんな推測をしている事に気付く余裕などある筈もなく、あゆは顔を引き攣らせながら答えた。

「パパ、その、えと、た、ただいまー」
「おう。今日のおやつはママの作ったタイヤキだぞー」
「う、うわー、うれしいなー。
 き、着替えてから食べるね。あは、あはははは……。
 じゃ、じゃあ、ボク部屋に行くねっ」

 そうして白々しく笑った後ドタバタと2階へと上がっていくあゆ。
 その後姿をなんとなく眺めていると。

「そ、そっか、俺も着替えてから食べるぜっ」

 その隙を突いたつもりらしい雪一が俺の横を駆け抜け、あゆの後を追って、二階に上がっていった。

「お前ら、ちゃんとうがいと手洗いしろよー」
「わ、分かってるーっ」

 騒がしい足音の後、ドアが勢いよく開かれ、閉じる音が響く。

 2人にはそれぞれ個室を与えているのにその音は一つだけ。
 ……なんというか、実に詰めが甘い。

「やれやれ」

 そんな我が子達の行動を見て、俺はなんとなくそう呟いていた。
 ……同時に、心の何処かで何か落ち着かないものを感じながら。














 そんな事があって数日後の今。

「あいつら、もうグッスリか?」

 夕食が終わって数時間後。
 ここ数日の間、挙動不審が続く2人を名雪と共に若干生暖かい目で見守りつつソファーで寛いでいた俺は、子供達の部屋から戻ってきた名雪に尋ねる。
 その問い掛けに、名雪はチラリと二階を一瞥した後、首を一つ縦に振ってから答えた。

「うん。寝てる。暫く起きそうにないくらいグッスリだよ」
「おお、早い早い。
 アイツらの寝つきが良いのと眠りが深いのは間違いなくお前似だよな」
「ええー? そうかな〜」
「ああ、間違いない。……で『別の子供』はどうなんだ?」
「まだ見てなかったけど、昨日までと同じで寝つけてないんじゃないかな。
 警戒し切ってるから疲れないと眠れないみたい」
「じゃあ、昨日と同じく出してやるか」
「そうだね。じゃあ連れて来る」

 数分後。
 再び子供達の部屋から戻ってきた名雪の腕には……子狐が抱かれていた。

 日曜日に2人が拾って来たソイツは、軽い怪我を足に負っており、その部分には包帯が巻かれている。
 ちなみに、最初はやや不恰好に巻かれていたソレは、今は綺麗に巻かれているのだが、その事に雪一達は気付いているやらいないのやら。

「あの部屋と段ボール箱の中じゃ窮屈だったでしょ」

 そう言って名雪が床に下ろすと、子狐はこちらを一瞥した後部屋の中を歩き回り始める。
 その様子を眺めて、俺は思わず声を零していた。 

「うーむ」
「どうしたの、祐一」

 子供達のいる前では『パパ』と呼ぶ名雪だが、子供達がいない今は普通に俺の名前を呼ぶ。
 最近は2人きりの時でもパパ呼びが抜け切らない事もあったのだが……。

(……名雪も、なんとなく懐かしいのかもな)

 そんな事を考えながら、俺はすぐ隣に腰を下ろした名雪に答えた。

「いや、あの2人が隠してるつもりのアイツをどうしたものかと」

 2人はアイツを拾ってきた事、その存在を俺達から隠し通せているつもりなのだろうが、勿論そんなことはない。
 俺達はその日のうちに何を拾ってきたのかと、その理由、状態を把握していた。

 あの2人なりに警戒していたようだが、眠ってしまった後ならどうしようもない。
 今この時、そうであるように。

 というか、2人が寝た後でゴソゴソ動いてたみたいだしな。
 思いの他元気が有り余っているのか、食べ物を探してか、はたまた現状を把握しようとしてなのかは分からないが。

 ソレが今と同じくらいの時間帯だったので、今もその時と同じ理由で動いているのかもしれない。
 そうして動き回る狐を眺めている中で、先程の俺の言葉に名雪が答えた。

「うーん……もう少し見守ってあげてもいいんじゃないかな」
「してその心は」
「子供って、そういう秘密が好きだと思うから。そういうのもまた経験というか。
 それに、2人は怪我してたこの子を助けたくて連れてきたんだろうし。
 そういう気持ちは大事にしてあげたいなって思う」

 2人が子狐を拾ってきたのは、足に怪我を負っていたからに他ならないだろう。
 どっちが言い出したかまでは分からないが、どっちも『そういう事』を放っておけない子だというのは分かっているつもりだ。

 なので、名雪の意見には大いに賛成。

「……まぁ、そうだな。
 しっかし、もう少し親を信用してくれないもんかね」

 そんな俺の言葉に、名雪は薄い苦笑を浮かべる。

「それは言いっこなしだよ。
 もしかしたら怒られるかもって考えたら中々素直には言えないと思うし」
「……そうかもな」

 昔似たような事をやった身の上としては、2人の心情は分からなくもない。
 それに、子供の頃の恐怖というのは、大人が思っている以上に大きいものらしい。
 ……今現在進行でこちらを警戒している子狐をみていると尚更にそう思う。

「あ、そうだ。アイツの怪我の経過は?」

 子供達が子狐を拾った翌日。
 俺は2人が学校に行っている隙に子狐を動物病院に連れて行く様に名雪に頼んだ。

 元々大した怪我ではなかったようなので、
 子供達が施したと思しき、足を洗った後包帯を巻く位の処置で十分だろうとも思ったが、念には念を入れておきたかったのだ。

 元より名雪もそのつもりだったらしく、一秒で了承、連れて行ってくれたようだ。
 その連れて行った先によると、俺達の見立てどおり大した怪我ではなかったらしい。
 それでも心配ならまた連れてくるといいという獣医の言葉通りに今日も診せに行ったらしいのだが。

「うん、問題ないみたい」

 昔から変わらない、何処かほわ〜とした、なんとなく聞いているだけで癒されそうな声音で、その結果を口にする名雪。

「後は自然に回復するのを待てばいいんだって。あと二三日くらいって言ってたよ」
「そうか。ソイツはよかった」

 ウロウロと部屋の中を歩き回る様子からも心配は無い事が伺えるが、名雪の言葉で改めて安堵する。
 その安堵が昔同じように子狐を拾った思い出からも来ているのは、自分自身なんとなく分かっていた。
 ソレを知ってか知らずか……今の名雪なら知ってそうな気もする……名雪は優しげな表情を浮かべて見せた。

「うん。ホントよかったよ。
 まぁ、あの子達が私達に嘘ついてるのは後でやんわりしっかり注意しないとだけどね」
「……ホント、秋子さんに似てきたよなお前」
「え?」
「いや、昔俺が子狐拾ってた時も、秋子さんは今のお前と同じに見守ってたんだろうなって思ったんだ」
「……そう、なのかもね」
「まぁ、秋子さんは怒ったり……してなかったけどな」
「そう、だったかな」

 少し遠い記憶を手繰り寄せながら、俺達は言葉を交わしていた。
 俺達が今の雪一達より少し年上だった頃の事を。

「それは多分、祐一が一生懸命だったからじゃないかな。
 だからお母さん、きっと怒るに怒れなかったんじゃないかなって思うよ」
「うーん、それはどうだか分からんが、確かに一生懸命というかいっぱいいっぱいだったような。
 今のあいつらもそうなんだろうな」
「うん。きっとそうだね」
「なんつーか、子供って一生懸命だよな。
 だからこそ嘘がバレバレだったりするんだが」
「ソレが可愛いんだと思うよ」
「ああ、そうだな。……でも、なんだかな」
「どうしたの?」
「いや、その、あいつらの……特に雪一のやってる事見てるとどうも落ち着かないというかなんというか。
 どうも危なっかしいんだよな、アイツ。
 いや、危なっかしいのはあゆもなんだが、特に雪一が心配だ」
「え? どういう意味で?」
「なんというか、少し軽率というか、考えなしというか。
 今回の事もそうなんだが、
 待ってろと言いつけたにもかかわらず一人フラリと何処かに行ったり、
 唐突にとんでもない事言い出したり……。 
 そう言えば、ほら、香里達の娘と結婚の約束をしたとか言ってなかったか?」
「あー言ってた言ってた」
「そうして迂闊に約束するのは大丈夫なのかと、どうもハラハラするんだ。
 全くあの無軌道暴走ぶりは誰に……」
「間違いなく祐一似だね」
「ぐっはっ!?」

 即座に突っ込まれ、俺は苦悶の声を上げた。
 いや、多分突っ込まれるだろうなぁと思ったが、予想以上に容赦がない突込みだった。

「待ってるって言ったのに待ってなかったり、約束破ったり、一人でフラフラ何処かに行ったり……。
 子供の頃の祐一そのままだよ」

 このごろの名雪にしては珍しい、呆れの篭った視線をぶつけられる俺。
 かつてそれらの結果で嫌な目を見せてしまう事が多かった名雪としては文句があるのは仕方がない。

「うう、返す言葉もないです」
「分かってるならよろしい。……でも、そんなに気になる?」
「……」
「勿論駄目な事は駄目だって教えないとだけど、そんなに気にする事じゃ……」
「ああ、分かってる」

 俺の視線はいつの間にか床に落ちていた。
 床にある何かを見詰めているわけじゃない。
 そこには写りえないものの代わりに、俺は床を見詰めているのだろう。

 そんな事を考えながら、俺は言葉を続けた。
 少し前から……雪一達が狐を拾った日からぼんやりと考えていた事について。

「……分かってるんだ。
 子供はみんなそんなもんだって事も。
 雪一がやってるのだって、普通なら他愛ない可愛いもんなんだろうしな」
「祐一……?」
「でもさ、どうも考えちまうんだ。
 親馬鹿なのか、親のエゴなのか。
 ……子供には、自分と同じ間違いを犯して欲しくないって」

 かつて、軽い気持ちで交わした言葉があり、行動があり、約束があった。

 それを交わしたのは、俺。
 俺と『少女』達、そして今ここにいる奴とは別の子狐。

 軽くはなかったのかもしれない。
 当時の俺なりに真剣だったのかもしれない。

 でも、それらは色々な事象が重なった結果、軽い気持ちで片付けられない事に繋がってしまった。

 子供だったから仕方がないなんて、言いたくもない出来事に。

 そして、その事を知り、思い出したのは……全てが取り返しが付かなくなってからだった。 

 ……本当に、あれから随分時間が経ってしまったんだな、と思う。

 昔の俺の立ち位置に俺の息子がいて、秋子さんや両親の立ち位置に俺がいる。

 そう認識してしまうと、どうにも時間の流れを意識せざるをえない。

 時が流れるという事。
 そして、俺がやってしまった事。 

 それらは覆らない。
 時の流れは止められないのと同じく、起こってしまった事、起こしてしまった事は決して変えられないのだ。

 そんな事を考え込み、俺はいつしか言葉を失っていた。

「……?」

 そうして俯いていた俺の足元に、いつの間にか何処からか子狐が擦り寄っていた。
 先程までの様子が嘘のように、足元から俺を見上げ、見詰めて、小さく鳴いている。

(なんだよ、慰めてくれてるのか?)

 なんとなく言葉には出さず、同じくなんとなくで子狐を抱き上げる俺。
 その際、自然持ち上げた視線は、俺を静かに見据えていた名雪の視線と交錯する。
 そうして絡まり重なった視線をきっかけに、名雪が口を開く。  

「……私はね、祐一。
 私達が経験して学んだ事を教えるのは間違ってないと思うよ。
 私達がした失敗や苦い経験を子供達にして欲しくないのも間違いなんかじゃない。
 それはちゃんと教えるべき事だよ。
 親馬鹿とか、エゴとか関係ないと思う」
「……そう、かな」
「うん。少なくとも私はそう思うよ。
 でもね、そうして教えてもやっぱり子供だから分からなくなる事あるんじゃないかな」
「……」
「だから、私達がいるんだよ。
 教えた上で間違えても、私達が手伝ってあげればいい。
 あの子達が、自分で考えて、自分で答を出せるようになるまで、ね」
「……そうか。そうだよな」

 俺は不安を感じていた。
 いつか2人が俺と同じ行動を繰り返した先に、誰かと自分自身を深く傷つけてしまうんじゃないかと。

 自分に似ている息子と。
 血のつながりはないのに、あの少女に似てきた娘を見て。
 そんな2人が子狐を助けた事で……自分と同じ事をやっている事で、そんなくだらない事を考えていた。

 そう、くだらない事だ。

 何故なら、あの2人は俺じゃない。
 秋子さんの孫であり、俺と名雪の子供達なんだ。

 自分と同じ悲しみを背負わせたくなければ見守ってやればいい。

 もし悲しみを背負ったのだとしても、その重荷を軽くする事位は出来ると俺は信じたい。

 そうでなければ、あの遠い日々の記憶が悲しいものだけで終わってしまう。

 そうしてしまう事は、きっと、幼い頃の俺の過ちを繰り返すだけでしかないと思うのだ。

 それだけはしたくない、すべきじゃないと俺は思う。
 ……例え、ソレが俺の独り善がりなのだとしても。

「悪い。ちょっとなんか弱気になってたみたいだ」
「ううん、気にしないで。
 ……正直言うと、私も少し不安だったの。多分祐一と同じに。
 全部同じかはちょっと自信ないけど」
「そっか」
「でもね。昼間、その子と楽しそうに遊んでる2人をこっそり見てたら、不安吹き飛んじゃった」

 俺が抱きかかえたままの子狐を指差し、名雪は朗らかに笑った。

「こんなに楽しそうにしてるこの子達を、ちゃんと私達が守らなきゃって。
 多分祐一も見てたら同じ事考えてたと思うよ」
「……ああ、そうだろうな」

 名雪の言葉に、俺は心から頷いた。
 他ならぬ名雪の言葉だったから、その光景を思い描き、どうしようもなく納得できた。

 そうする事で心の整理をつける事が出来た。
 あの冬の後悔を、最後の後悔にしようと、そう決める事が出来た。

「さて。
 じゃあ改めて、コイツと馬鹿息子達をどうしようかね。
 最終結論をどうぞ、ママ」
「うーん、そうだね。
 その子の怪我が殆ど治った頃に話すのがいいんじゃないかな。
 そうしてどうするか、家族みんなで決めようよ、パパ」
「だな。
 こっそり見守り続けるのもありかもだが、俺らは秋子さんほど上手く見守れそうにないしなぁ。
 それが一番良さそうだ」
「うんうん。
 私達、まだまだお母さんみたいに立派な親になれてないもんね。
 だからこそ助け合わないと、ね」
「うむ。よろしく頼むぞマイワイフ。
 さてはて、どの位絞るのがいいのかね」
「私としてはあんまり怒らないであげてほしいなぁ」
「……いや、それは分かるんだが、難しいよなぁ、それ」
「ふぁいと、だよ」

 久しぶりに聞く言葉と共に名雪は微笑んでくれた。
 それは、俺の抱えるものや名雪自身の悩み、そういうものをひっくるめた上で、一緒に頑張ろうと呼び掛け、励まし合い、頑張る力を与えてくれる、そんな笑顔。

「ああ、そうだな。……ありがとう。名雪」

 心からの想いを込めて、俺は感謝と、彼女の名前を呟いた。
 あの日々からずっと俺と歩んでくれた、ただ一人の、たった一人の最愛の女性……『水瀬名雪』。

 その笑顔があれば、俺はなんだって出来る……。

(……ああ、そうか)

 そう思う事で、俺は気付いた。

 確かに俺は、俺達は歳を取ったのだろう。
 その中で、取り返しの付かない事をしたり、二度と取り戻せないものを失ったりもしてきた。

 そうして時間が流れている事は紛れもない事実で、それらはどうやっても覆らない。

 だけど。
 覆らないものは、それだけじゃない。

 あの遠い日々の果てに辿り着いた、確かな気持ち。
 背負ったものがあったから、過ごして来た時間があったからこそ確信できる繋がり。

 この変わらない気持ちがある限り、
 俺や名雪の『表層』が変わったとしても、俺達はあの時の、気持ちが始まった時の俺達に繋がっている。

 それは、俺にとっての大切なものの全てがいつでも俺に繋がっているという事だ。

 思い出も、罪も、後悔も、夢も、約束も、意識を向ければそこに繋がっているのだ。

 俺達が生きている、その限り。

 そして、そうである限り、俺は忘れずにいられる。
 息子達の中に自分の影を探さなくても、背負い続ける事ができる。

 俺に与えられた奇跡と約束の日々を。
 そこにいた、少女達の思い出を。
 あの日々に置き忘れ、通り過ぎてしまった『後悔』を。

 あの頃と"変わらない"名雪の笑顔で、俺はその事に気付かされた。

「……祐一?」
「大丈夫。心配ない。
 ……お前の笑顔に見惚れてただけだ」

 そう言いながら、俺は名雪の頭を撫で、自然に唇を重ねた。
 初めて唇を重ねたあの頃と変わらないものが、今もある事を確かめるように。
 
 ……より強い、変わらない想いは、ここにある。

 交わした唇の感触がそう囁いているように、頷いているように……俺には思えた。

 そして、そんな思いを肯定してくれるかのような、名雪の穏やかな微笑みがそこにあった。











 ……終わり。






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