このSSはCLANNADの二次創作小説です。
作者の偏った考え方(設定的なものも含む)も含んでおりますので、原作のイメージが第一と考える方は読む事をご遠慮ください。
また、ネタバレを含んでいるので、今からプレイしようとしている方もご遠慮ください。
以上の事に関する苦情などは受け付ける事ができない事をご了承の上、それでもいい、それでも読んでみたいという方のみ、下の方へとお進み下さい。
それでは、どうぞ。
それは5月の第1日曜日。
「なあ、汐」
「なに、パパ」
窓を開ければ、穏やかな日差しが差し込み、心地いい風が入り込む。
そんなこの時期に相応しい休日に、岡崎家の親子二人……岡崎朋也と岡崎汐が言葉を交わしていた。
……ちなみに、母親の渚はついさっき買い物に出たばかりだ。
「来週の日曜日は何の日か、知ってるか?」
5月の第2日曜日……その日は。
「うん。母の日」
「ああ、そうだ」
そう……母の日。
日頃苦労を掛けている母に感謝する、そんな日だ。
たまには、そんな母の日で
「ママお祝いするって言ってた」
「ああ、そうだ。渚……ママは、早苗さんを祝う気まんまんだ」
汐の言葉に、朋也は頷いた。
古河早苗……その名の女性は、朋也にとって義理の母であり、彼の妻にとっては実の母親である存在。
彼女を母の日に祝う事について、朋也としては何の異論も無い。
むしろ日頃の感謝として大いに祝いたいと思っている……が。
「だがアイツ……肝心な事を忘れてる。なんだか分かるか?」
「うん。ママも、母の日」
「ああ、そうだ」
そう。
彼の妻である渚もまた立派な母親なのだが……彼女は、自身の事を祝われる対象として考えに入れていないようなのだ。
「まあ、渚らしいと言えば非常に渚らしい気はするし、
パパも去年まで迂闊にも考えもしなかったから、そこは大いに反省しないといけないんだが……」
仕事が忙しかったというのもある。
それゆえに、よく汐の面倒を見てもらっていた自分達の『母』である早苗への感謝の気持ちが大きかったというのもある。
だが、だからと言って、それは理由にならない事は十分に承知していた。
渚は……汐にとって、岡崎家にとって、唯一の母親なのだから。
どんなに早苗が素晴らしい母親でも、それはそれ、これはこれなのだ。
「パパ、駄目なパパ」
「あぐっ……そうだな、その通りだ」
娘の冷静かつ的確かつ鬼な突っ込みに、思わず腰が砕けそうになる。
が、事実である以上、それは受け止めなければならない。
そう思い、心身共々体勢を立て直した朋也は、うん、と一つ頷いて言った。
「そう。だからこそ、今までの分を帳消しにするような母の日にしようと思う。どうだ?」
「うん、いいと思う。……パパだけじゃなくて私も駄目だったからお祝いしたい」
「……そうだな。
そこで、だ。ママが一番喜ぶ事って何だと思う?」
「うーんと。パパが何かしてあげたらなんでも一番に喜ぶと思う」
「うん、いや、それはそうなんだが」
朋也は娘の言葉に苦笑した。
事実、古河……もとい、岡崎渚はそういう人間なのだが。
「ソレを言うとお前も同じなんだがな」
「?」
首を傾げる娘に、朋也は苦笑したままで呟いた。
「お前が何か贈り物をしてやれば、ママは凄く喜ぶぞ」
「……そうかな」
「そうだよ。
まあ、俺達だと特に喜ぶんだろうが、他の誰かに贈り物をされても凄く喜ぶだろうな。
ママは昔からヒトの気持ちを大事にするというか、真っ直ぐ受け止めるというかそういう奴だったからな」
昔の事を思い出しながら、しみじみと頷いてみる朋也。
まあ、そんな渚だからこそ、自分の事をすっかり抜け落としてしまっているのだろうが。
そんな事を思考していた朋也に、汐は言った。
「それなら、パパと私とたくさんの人に祝ってもらったら一番一番喜ぶのかな」
最大級の喜びを表現するように、一番を二回唱える汐の言葉。
その言葉に、朋也は目をキュピーンッ!と輝かせた。
「……それだ、汐」
「というわけで来い。来週の日曜日来い」
『アンタ、いきなり電話してきて何を言ってるんですかねぇっ!?』
唐突な電話、唐突な言葉に彼……岡崎朋也、渚の共通の友人であるところの春原陽平は、いつもの……いや、かつてのように声を上げた。
その計画……『渚の友達・親しい人間を集めまくって母の日を祝おう計画』を急ぎまとめた二人は、渚が帰ってこない内に掛けられるだけの電話をしようと受話器を取った。
近くにいる人間には連絡が取り易いだろうからと、二人がまず最初に連絡を取ったのは、地元で就職する為に田舎に帰り、現状一番遠くにいるであろう陽平だった。
『うーん……それはまた、渚ちゃんらしいというか』
事情を聞いて、陽平はそんな事を呟いた。
「だろ?
そんな渚に教えてやりたいんだよ。お前だって祝われるべき良い母親なんだって」
横で電話を眺める汐の頭を撫でながら、朋也が言う。
すると受話器に向こうの陽平は、唸るような声を出した。
『岡崎の気持ちは分かるけどさ、母の日って家族で祝うもんだろ?
僕とかが祝っても仕方ない気がするけど』
「春原にしてはまともな発言だな。ハッ、さてはお前、偽者だなっ!
……なんてな、冗談だよ。お前に化けるメリットなんてないもんな一欠けらも」
『自分で振っておいて自己完結した結果がそれはないでしょっ!』
「まあ、それはそれとして。
その辺りは気にするな。
渚が喜ぶ方法を模索した結果なんだし。それに……」
『それに?』
「いや、いい。気にするな」
刹那、浮かび掛けた言葉を朋也は打ち消した。
今言うのはなんとなく恥ずかしい。相手が陽平なら尚の事だ。
『まあ、気にするなって言うなら気にしないけどさ。
ったく……母の日のお祝いに他人を呼び付けるのは岡崎ぐらいじゃないかな』
「はっはっは、照れるな」
『褒めてないっ!』
「まあ、冗談はさておき」
『本気だったでしょっ!?』
「さておきだ。そっちは母の日とか何かしないのか?」
『芽衣の奴がそういうの五月蝿いからね。まあ普通にやるよ』
「ふーん……そうか。
あと今更なんだが、仕事は大丈夫か?」
『本当に今更ですねぇっ!?』
「悪い悪い、つい昔のノリでな。
ともかく……あーなんだ。状況的に無理なら今回はいいぞ?」
以前の渚の卒業式の時には無理を言ったが、今回はソコまでの無理強いをさせる気は朋也には無かった。
確かに渚を喜ばせたくはあるのだが、あの時ほど『大きな事』でもないし、緊急事態でもない。
そうである以上、一人の社会人として陽平に無茶な事はさせたくない。
それはこれから連絡していく他の人々にも言える事だった。
『おいおい、何言ってんだよ』
そこに、笑いを含んだ陽平の声が届いた。
冗談を言うなよ、と言わんばかりの声音で。
『他ならない渚ちゃん、それに汐ちゃんの為だ。
丁度仕事に隙間があるから休暇も取れそうだし……こっちの母の日は夜でも問題ないしね』
「いいのか? いきなりだと交通費とか……」
『幸い田舎だと使うお金もそんなになくて結構溜まってるから交通費も問題なし。
だから前日の夜行でそっちに向かうよ。
出来たら芽衣も連れてね。その方が渚ちゃん喜ぶだろ?』
芽衣というのは陽平の妹である。
渚とも面識があり、とても仲が良かったのを朋也は覚えている。
「そうだな。きっと喜ぶ」
『オーケー。じゃあ予定が変わったらまた連絡するよ。
あと細かい打ち合わせとか必要なら連絡してくれ』
「ああ……サンキュな」
『ふふん。礼なら……そうだな。今度、噂の渚ちゃんのウェイトレス姿を写真で……』
「あ、それ却下な。じゃ、そういう事で」
『アンタ情け容赦ないですねぇっ!』
「ははは。……春原」
『なんだよ?』
「ありがとう。じゃあな」
最後にそう言って、朋也は受話器を置いた。
「どうだった?」
ほんの僅かな不安さを覗かせながら朋也を見上げる汐。
朋也は安心させるように、大きな笑みを浮かべた。
「春原は来てくれるってさ。芽衣ちゃんも連れてこれたら連れて来るらしい」
「良かった。
あの二人が来ると、きっとママも喜ぶし楽しくなると思う」
「ああ、そうだな。
さて、次の連絡に行きたいところだが……」
時計を見上げて、朋也が呟く。
渚が買い物に出て行って三十分ほどが過ぎていた。
「……そろそろ帰ってきそうだな。
じゃあ、他の奴らへの連絡は上手い事外でやるか。
後で二人で散歩に行くとか言って」
「うん。内緒の方がビックリする」
「お、分かってるじゃないか」
「――ただいま帰りました」
丁度そのタイミングでドアが開き、買い物袋を下げた渚が入ってきた。
「あれ? 何処かにお電話してたんですか?」
家に上がった渚は、電話の傍に佇む二人の姿を見て尋ねた。
「ああ、ちょっとな。春原と話してた」
「そうですか。お元気そうでしたか?」
「ん。その辺りは近々分かると思うぞ」
「え?」
「パパ」
嗜める様な汐の声に、朋也は苦笑した。
「冗談だよ渚。元気そうだった」
「それは良い事ですが……うーん……今のは冗談と言えるでしょうか?」
「まあ深い事気にするな、言葉のあやって奴だ」
「……しおちゃんと二人して、隠しごとしてませんか?」
(……鋭い)
朋也と汐は内心で同じ事を思った。
が、ここでバレてしまっては意味が無い。
「してないしてない。それより今日の夕飯は何にするんだ? 凄く楽しみなんだが」
「うん、ママの料理美味しいから楽しみ」
それは、半分は誤魔化し、半分以上は本音の言葉。
だからなのか、渚は二人の言葉にニッコリと微笑みを返して、夕食の献立を指折り語りだした。
それから、一週間後。
「お邪魔します」
言いながら古河家に入るのは岡崎家の親子三人。
目的は、母の日に早苗を祝う事。
……尤もそう考えていたのは渚だけだったが。
「こんにちは」
「おう、来たな」
彼らを迎え入れたのは、今日祝われる資格を持つ母親である所の早苗と、その夫である秋生だった。
「お母さん、いつもありがとうございます」
言いながら、渚はまず持っていたカーネーションを手渡した。
「ありがとうございます。……凄く綺麗ですね」
「はい、朋也くんとしおちゃんと三人で選びに選びました」
渚の予定としては、この後皆で食事をしながらプレゼントを渡す……そうなっていた。
だが、何度も言うようだが、それはあくまで渚の予定だった。
「朋也さん」
早苗の呼び掛けに、朋也は視線を向ける。
「こちらは準備出来てます」
「連中も集まってるぜ」
「そうですか。ありがとうございます」
「ありがとう」
ニッコリと告げる早苗達に、朋也と汐は笑顔で答えた。
「?? 何の事ですか?」
「すぐに分かるさ。ほらほら」
「え? え?」
朋也と汐に背中を押され、首を傾げたままの渚が連れて行かれた、その先には。
「……え?」
「やっほー渚ちゃん、元気ごぶほっ!?」
「第一声が陽平なのは腹立つわよね。というわけで元気? 渚」
「その、お久しぶりです渚さん」
「お久しぶりですっ」
「……って、いきなり辞書を投げ付けるのはひどすぎませんかねぇっ!」
「辞書ではなくて教育についての本だ。ちゃんとよく見ろ。
……と、済まない。主賓を蔑ろにしてしまった。久しぶりだな」
「こんにちは」
「お元気そうで何よりです」
「こんにちは、渚ちゃん」
「こんにちは」
「渚さん、しおちゃんこんにちは。他はどうでもいいです」
「……他って、今来た奴で他は俺しかいないだろ、風子」
その先には。
春原陽平と彼の妹である芽衣、
かつて学生生活を共有した藤林杏、藤林椋、坂上智代、仁科、杉坂、
渚の先生だった公子と夫の芳野祐介、公子の妹の風子が座っていた。
そして、彼女らが囲む食卓には、様々な料理、飲み物が並べられている。
「あ、あの。皆さん、どうしてここに?」
事態がよく飲み込めないのか目を瞬かせる渚。
そんな渚に、杏と智代が告げた。
「朋也から連絡を貰ったのよ」
「朋也くんから……?」
「そうだ。
貴女に日頃の感謝を込めて、母の日を祝いたいと。
その為に、貴女が喜ぶような事がしたいから来て欲しいと」
振り向いた渚の視線を受けて、朋也は言った。
「アイデアは汐からだよ。
皆でお祝いすれば、お前は喜ぶだろってな。
まあ母の日っていうか、誕生日とか同窓会っぽくて変だけどな。
こういうのが俺達らしいって思うんだよ」
「朋也くん……」
「それに、前に話しただろ。町は……家族だってな。
なら、たまにはこういうのもありだと思うんだ」
一週間前、陽平に言い掛けた言葉を、朋也は今度こそ躊躇い無く形にした。
町は、家族。
なら……今日の日を、母の日を皆で祝ってもいいと思う。
かつて、この町で縁を結んだ自分達なら。
そう考えたからこそ、少し強引で少し大袈裟なのは承知の上で皆を呼び寄せたのだ。
そして、渚はそれを心から喜んでくれると信じていた。
朋也や汐だけではなく、この場にいる全員が。
そうなることで、自分達も心から楽しくなれるとも。
そうなることで、さらに渚が喜んでくれる事も。
だからこそ、皆忙しい時間の中、ここに集まっているのだ。
「渚、今までちゃんと祝ってやらなくてごめんな」
「ママ、ごめんね」
「しおちゃん、朋也くん……」
「その代わり、今日はそれまでの分の感謝を込めて、って事で祝わせてもらう。
それで許してくれ、とは言えないけどな」
「そ、その! 私は、いいんです。でも……」
戸惑うように呟き、渚は早苗の方を見た。
それは早苗も同じ様に盛大に祝われるべきだという、渚の心。
そんな渚に、早苗は優しく微笑みを贈った。
隣に立つ秋生も、同様に優しく笑っている。
「私は今まで渚達に祝ってもらっていましたから。だから、今日は渚の番」
「というか、早苗も一緒に盛大に祝うんだからよ。それでいいじゃねえか」
「お父さん、お母さん……」
そうして渚が両親に向き合っている間。
「おい春原?」
「ちゃんと纏めてあるよ。ほら汐ちゃん、これ」
「うん、ありがと」
陽平はテーブルの下に隠していたモノを汐に渡す。
それを受け取った汐はパタパタと渚の傍に駆け寄り、言った。
「ママ、いつもありがとう」
それは、カーネーションの花束。
ここにいる皆が一人一人買ってきたものを束ねた、大きな大きな花束。
「わぁ……」
感嘆の声を漏らしながら、渚が受け取る。
その瞬間、全員が拍手を贈った。心からの拍手を。
「朋也くん、しおちゃん、皆さん……本当に、ありがとうございますっ」
「感謝するにはまだ早いわよ。でしょ? 朋也」
「ああ、そうだな。じゃあ、パーティーを始めるか」
「早苗&渚の母親という存在に心から感謝しろよパーティーだ。二人をキッチリ楽しませろよ」
「ああ……努力しよう」
「芳野さん、やっぱりかっこいいなぁ……」
「ぼ、僕も負けちゃいないからなっ! 見てろよ、今日の主役は僕、はぶしゃっ!!?」
『お前(アンタ)じゃないだろ(でしょ)!』
「だからって問答無用で蹴ったり殴ったり本投げたりしないでくれますかねぇっ!」
早速盛り上がる、いや盛り上げようとする面々。
彼らを見ながら、渚は目尻に浮かび上がった嬉し涙をぬぐった。
そんな渚の頭を早苗は優しく撫で、言った。
「……渚はとても幸せなお母さんになりましたね」
「はい、とてもとても幸せなお母さんにさせていただきましたっ……」
「だから、私もとてもとてもとても幸せです」
「なら、私もとてもとてもとても幸せです……!」
そうして。
二人の母親が嬉しさと喜びで満たされていく中、
少し変で、少し大袈裟で、それでいてたくさんの感謝と笑顔に包まれた母の日パーティーが始まった……。
5月の第2日曜日。
その日は、母に感謝を込めて、その言葉を贈ろう。
そう。
いつも本当にありがとう、と。
……END