☆作品の前に、そして大前提として
この作品はゲーム「Fate/stay night」、「Fate/hollow ataraxia」の設定を元にしてお借りした上で制作した2次創作であり、2次創作の聖杯戦争の物語です。
原作の登場人物は一部を除き殆ど登場しません。
この物語に英霊、サーヴァントとして登場する方々はあくまで物語上のものであり、実在の人物とは異なります。
重ねて書きますが、実在していた方々をモデルにして、名前をお借りしただけの創作上の別人として描いております。
また作者の知識不足ゆえの勘違いなども含めて、寛大な心でお見逃しいただければ幸いです。
また、独自設定も多々ございますが、
この物語を書くに当たって、特に参考にしているのは「Fate/stay night」、「Fate/hollow ataraxia」だけで、
その他の公式作品や、二次創作などについては完全にはチェックしきれていないため、
ネタが被っていた場合、寛大な心でお見逃しください。
また、TYPE‐MOON様の膨大な設定を、作者が把握し切れていない、理解し切れていない事もあり、
解釈に間違いなどあるかと思いますが、その際もご容赦いただければ幸いです。
以上の事を踏まえていただいた上で、それでも作品を読んでみたいと思われた方は、このまま画面をスクロールください。
長々とした前置き、失礼いたしました。
Fate/DEAD COPY prototype 《destiny》01
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人のままでは、背負えない業がある。
――――――――――――――そこにあるのはたくさんの死体。あるいは怨嗟の視線。
人のままでは、守れない者達がいる。
――――――――――――――後ろにいるのは、守るべき人々。
だから、わたしはひとではない。
人を超えていかなければならないのだ。
だから、わたしはひとをやめた。
ひとを、やめなければならない。
なのに、何故。
私は、未だ人に勝てないのだろうか。
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そんな、夢を見ていた。
「……なんて、ユメ」
俺は起き上がり、今見ていた夢を思い返しながら、そう呟いた。
「そんな、分かりきった事を今更」
しかも、あんなに大袈裟な形で見るなんて。
であるならば、あのユメはきっと警告なのだ。
忘れるな。
忘れたら『ああ』なるぞ、という警告なのだ。
「……っ」
生々しい人の死骸の群れを思い出して、息を呑む。
ああ、分かってる。
俺は、俺がどんなものなのか、忘れちゃあいけない。
世界中の誰が忘れても、俺自身だけは忘れてはならないのだ――。
「お兄ちゃぁぁんっ!? 寝坊してないぃっ!?」
ドアの向こうから妹・迎の声が響く。
その声で気付き、時計を見る事で、いつもより数分寝坊しているのを把握する。
「しっかりしてるな、迎は」
いつもからの数分のズレを気にしてくれる実妹にに感心する。
さて、妹や家族に心配されないように、そろそろ起動していこう。
人間に従事するロボットのプログラムを。
そうして、俺・十深宗二の一日が始まった。
「おはよう、母さん」
「母さん、おはよー」
「あら、二人ともおはよう」
俺達二人が朝起きて、準備を終えた後、まずやる事は母への挨拶である。
普通の家なら、自室を出てすぐ、という所なのだろうが、十深家ではそうはいかない。
ウチは寂れ気味な旅館をやっている関係で、俺達の家が離れにあり、
既に起きて旅館で働いている母に挨拶するには、多少の時間が掛かるのである。
「今日は手伝う事、何もないんだよね? 寝坊してないよね?」
「ええ、大丈夫よ。
そういう時は、ちゃんと宗二が起きてるでしょう」
迎の言葉に、母・喜代美が答えて笑う。
母の見た目は、贔屓目を抜いてもかなり若い。
多分、迎の姉と言っても通じるだろう……昔、進路相談で教師と面談した時驚かれた事もあったか。
「そうだねー。お兄ちゃんは、起きなくちゃいけないときはちゃんと起きるもんね。
そうじゃない時はぐうたらだけど」
「……じゃあ、俺達は行くよ。弁当、ありがとう」
朝食後、用意してあった弁当の一つを取って、俺は母さんに背を向けた。
「行ってらっしゃい、宗二、迎」
母さんの言葉に振り向かず手を上げて応えて、俺は玄関を出た。
「四代目に、お嬢、おはようございます」
「シゲさん、おはようー」
「おはようございます。今日もうちをお願いします」
通りかかったシゲさんに挨拶する。
うちで働いている人間の中で、三番目くらいの古株で、俺達を生まれた時から知っている人だ。
可愛がってもらっているし、面倒をかけてばかりで、正直頭が上がらない。
ただ、それでも文句というか、反論しなければならない事はある。
「それと、四代目はやめてください。
兄貴もいますし、俺は少なくとも今は家を継ぐ気はありませんから」
「しかし、創一坊ちゃんは、自由な方ですからね〜
良くも悪くもここを継ぐイメージはありませんや」
「まぁ、それはそうだよねー」
シゲさんの言葉に迎が頷く。
――二人の言っている事は間違っていない。
うちの長男であり、俺の兄である十深創一。
アイツは、鈴清市内にある鈴清学園……俺も通っている学園だ……を卒業後『ちょっと世界を見てくる』と言って、今現在どこかを旅行中である。
少なくとも地球上だと信じたいが、時々不安になる。
それというのも創一兄は、昔から自由過ぎて何をやらかすか分かったものではないからだ。
今宇宙人と宇宙を旅行中と言っても、信じてしまいそうになるくらいには。
昔、ふらっといなくなったら創一兄が、いつの間にか北海道にいた時は驚きより何より訳が分からなかった。
更に言えば、その騒動が収まった後、母さんが亡くなった父さん似だと言ったのも。
父は、俺が物心付く前に亡くなっていたので、どういう人物なのか気になっていたが……その事件以降は深く考えるのはやめにした。
閑話休題。
まぁ、そんな兄なので、ウチの旅館を継ぐのかどうか、そもそも継ぐビジョンが見えないのは当然だと言える。
なので、シゲさんや他の従業員さん達も俺が旅館を継ぐものだと認識している。
だが、俺は知っている。
創一兄が世界を見て回っているのは、少なからず十深旅館のこれからの見据えての行動だと。
多分、母さんもそれを知っているから、兄の行動についてとやかく言わないのだろう。
だから、俺は事実として四代目扱いを否定する。
――そもそも。
真っ当な人間でないモノが、人を相手に客商売なんてとんでもない話なのだから。
「大丈夫ですよ。創一兄は、ちゃんと帰ってきますから。
じゃあ、行って来ます」
「あ、お兄ちゃん待ってよ。じゃあね、シゲさん」
「へい、いったらっしゃいやし」
そうしてシゲさんと別れた俺達は、途中何人かの従業員の人達と挨拶を交わしながら旅館を出た。
そうして俺達が向かう先は、共通の行き先である鈴清学園。
鈴清市にある数少ない教育施設であり、その中では一番大きな学園である。
とは言っても、都会の大きな教育施設ほどの規模ではないし、通っている人間も年々減っている。
そもそも、鈴清市そのものが辺鄙な田舎町なのだ。
売りになる観光地が数多くあるわけではなく、
特産品も全国でも指折りの品などなく、極めて地味な街――それが鈴清市だ。
周囲が山に囲まれている事で、外からの人間が一時的にも将来的にも入り辛いのも地味さに拍車を掛けている。
ウチの旅館にしても、ここの自然が気に入ったと言う変わり者の作家や画家、都会に疲れた政治家、そういった金払いが大きなお客様がいるからこそ維持出来ているのだ。
なんというか、鈴清市そのものが、存続を維持出来ているのが奇跡的だと個人的には思っている。
この街を気に入って、数十年色々と助力している海外の出資者(うちのお得意様の一人でもある)の存在含めて、ギリギリといった風だ。
街全体が古臭くて、現代日本かどうか時々疑わしくなる――ここは、そんな街だ。
ただ、正直な所を言えば。
そんな街だが、俺は決して嫌いじゃない。
参考書一冊買うのに少し遠出しなくちゃいけなかったり、
通販の注文が都会より遅れがちだったり、
世間で流行っているモノが中々入ってこないなど、不都合はいくらでもある。
だけど、それが気にならないくらいに、穏やかな世界がここにはある。
ドラマや小説で知った、あるいは修学旅行などで少しだけ触れた、忙しげな都会とは時間の流れが違う。
ウチの旅館を一年で何回も利用してくれている色々な先生方も、そういう所を気に入ってわざわざ山奥まで来てくれるのだろう。
俺は、そんな先生方や、時々見せてもらっている彼らの作品も嫌いじゃない。
毎年休暇で保養にやってくる政治家さんの一人は、向こうじゃあまり良い仕事が出来ない事を悲しげに零していたが、それは彼が懸命に仕事に向かい合っている証明だと俺は思っている。
真面目で、従業員の皆にも気を遣ってくれるその人の事も、決して嫌いじゃない。
ここに住む人々も、やってくる人々も、基本的に皆穏やかだ。
多分、この街がそういう気風なのだろう。
そうしてこの街はずっと、静かな時間を重ねていく。
今までも、これからも。
仮にいつか終わるのだとしても、その終わりでさえも静かで穏やかなのだろう。
――そう、思っていたのだが。
「という訳で、互いに気を配るように。俺からは以上だ」
担任からの連絡事項の中で語られた事案について聞き、俺は認めざるを得なかった。
最近、この街がおかしな方向で騒がしくなってきた事を。
「どうなってるんでしょうね、最近」
担任が去った後、俺に話しかけてきたのはクラスメートであり、数少ない異性の友人である長谷部花。
鈴清市内で不動産業を営んでいる長谷部不動産の一人娘で、
長谷部不動産と十深旅館とは古くから付き合いがある関係から、俺とは幼馴染の関係にある。
「この街らしくないっていうか……落ち着かない感じだわ」
「……そうだな」
「お、何の話だよ?」
話に入ってきたのは、同じくクラスメートの朝野俊樹だ。
何が楽しいのか、無愛想な俺によく絡んでくる。
「さっき先生が言ってたでしょう。
行方不明になる人が最近多いって話よ」
「ああ、あれね。
でも皆帰ってきてるんだし、行方不明って言わなくね?」
「でも、一時的にでも行方不明にはなってるんだし、行方不明でいいんじゃないかしら」
二人が語っているのは、担任が話していた、この所頻発しているという不可思議な事件の事である。
正確に言うのなら、行方不明未遂事件、というべきなのだろうか。
鈴清市の住人が、時折フラッと姿を消し、数日間……長いときは一週間以上行方をくらまし、警察に捜索を頼んだ頃に何事もなかったように帰宅している。
俺の周辺でも数人が、同様の状況に陥っていた。
所持品や金品が取られたわけではなく、怪我を負ったりしたわけでもなく、良からぬ事をされたわけでもない。
カードや携帯情報端末の情報が抜き取られたのかというと、そういうわけでもなく。
ただ、いなくなっていた期間の記憶が抜け落ちている。
それだけの事なのだが。
「なんにしても、この街らしくないわ。
そう思うでしょう、宗二」
「……ああ」
被害らしい被害はない事自体は、不幸中の幸いなのだろう。
だが、どうにも『らしくない』。
そして、俺はそれが気に食わない。
「ふーん、そういうもんかね。俺にはよくわっかんねーけど」
数年前にこっちにやって来た朝野的には、らしくない、という感覚が分かり難いらしい。
「その辺、お前はどう思うよ。衛宮」
だからというべきか、そうして彼が呼び掛けたのは、少し前に転入してきた衛宮シロウという男子生徒。
俺はまだあまり話した事がなかったが朝野はどうだったろうか。
なんにせよ、今話しかけたのは、この街を知らないもの同士の共感がほしくて、なのだろうが。
「そうだな。俺も浅野と同じでよく分からない。
俺としては、もし自分の周辺で何か起こってて、俺の力が及ぶならなんとかしたいとは思うけど」
呼びかけに応え、振り向いた衛宮は静かにそう答えた。
歳相応より少し幼く見える顔付きとまだ変わりきれてない声。
改めて認識した衛宮は、まさに少年という感じだと俺は思った。
「おーさっすが。正義の味方は違うねぇ」
正義の味方、という単語に衛宮はごく薄い苦笑いを零す。
衛宮は、転入生であるにもかかわらず、学園内の様々な事案の手助けを自ら買って出ている。
その理由をしつこく聞いて来た浅野に、彼は「正義の味方になりたいから」とうっかり零してしまい、
以来朝野は面白がって、機会があったらその単語を口にするようになっている。
正義の味方。
最近、その言葉はむしろ皮肉めいて使われることが多い気がする。
フィクションでも、現実でも、だ。
単純な正義を口にするものの滑稽さ、正義を口にしながら行っている事は悪である存在。
そういうものを描く為の出汁として使われてばかりのような、そんな気がする。
天使や神なども、当初は善性の存在として描かれながら、最終的に黒幕になっていたり。
最近だと魔法少女のマスコットなども、純粋な存在ではなくむしろ真逆な存在になっていたりするらしい。
物語の構造の逆転、その要素として、その辺りは扱いやすいのだろう。
……個人の好き嫌いは別にして。
「ん? どうしたの、宗二。不機嫌そうな顔して」
「十深不機嫌そうな顔なんかしてたか? いつもどおりの仏頂面じゃね?」
「……浅野の言うとおりだ。俺はいつもどおりだ。
そんな事より、お前ら、ダグラス先生来たぞ」
「あー、もう授業かよー」
朝野の言葉がきっかけというわけでもないだろうが、
その言葉に合わせたように、皆それぞれの席に戻ったり、授業の準備を始めていく。
花に深く突っ込まれなかった事に安堵しつつ、俺もまた教科書を取り出すのだった。
放課後。
梅雨時なのに珍しく晴れ上がった事もあり、校舎は赤く染まっている。
「……少し遅くなってしまったね」
そう呟いたのは、この学園の数学担当教諭であるジョン・ダグラス先生。
名前と見た目通りに外国人なのだが、操る日本語は流暢である。
「君には済まない事をした」
「……いえ、別に。日直でしたので」
日直の仕事の一つとして、先日出ていた宿題のプリントの回収を行ったのだが、
ホームルーム直後に帰ろうとする奴やいなくなった奴のせいで多少時間が掛かってしまった。
むしろこちらこそ遅くなってしまった事を詫びようかと思っていたのだが、
会話の流れ的に言い辛い状況になってしまったので、口を閉ざす。
そもそも、積極的に喋る性質じゃない。
「……それでは、失礼します」
「うむ。
ああ、そうだ。
君も知っていると思うが、最近は物騒らしい。
好奇心は猫を殺す……余分な事、新しい事は考えずに、日常を続ける事をオススメするよ。
長生きの秘訣だ」
「……はい」
一言そう答えて、俺は職員室を出た。
「迎は……もう帰ったか」
最近買え代えたばかりの携帯情報端末に来ていた、迎からのメール内容を確認する。
先代は所謂ガラケーだったので、タッチパネルの操作に若干手間取っている自分が情けない。
友達の見舞いに行く、という事で間に合ったらついていくつもりだったのだが……。
「この時間帯なら、大丈夫……だろうが」
過去の事例から判断するに、心配のし過ぎだという事は分かっていたが、それでも自分を納得させる為に呟いておく。
「……お。今帰りか」
「……」
そうして携帯を弄りながら歩いていると、衛宮に遭遇した。
掛けられた声には、小さく頷く事で答える。
家族達や、幼馴染である花、無闇矢鱈に話し掛けてくる朝野相手だと忘れやすいが、こちらが本来の俺である。
人となるべく係わり合いを持たない、話さない。
それが俺の基本だ。
少なくとも、俺はそう意識している。
なのだが。
最近は少し、事情が違う。
他の誰かに話しかける必要性が出来てしまっていた。
「用事が終わったんなら、早く帰った方がいいぞ。最近物騒らしいから」
「……衛宮。
最近の事件について、何か知ってる事はあるか?」
淡々と無感情に語り掛ける。
「いや。
俺も色々な手伝いのついでに聞いて回ってるけど、あんまり。
少なくとも、皆が知っている以上の事は新しくは知らないな」
衛宮なら多分やっているだろう。
そう推測して尋ねた事は、推測どおりではあったが期待どおりとはいかなかった。
「……そうか」
「最近の事件に興味があるのか?」
「……興味じゃない。ただ、なんとなくだ」
「それ興味じゃないのか? まぁ、いいけどさ。
あんまり危ない事に首を突っ込むなよ」
「……お互い様だ」
そう告げて、俺は衛宮の横を通り抜けて、下駄箱に向かう。
……瞬間。
何か、嗅ぎ慣れない異質な『匂い』がした。
「どうかしたか? えっと……」
思わず足を止めたが、感じたはずのなにかしらは既に消え果ていた。
「……十深だ。十深宗二。なんでもない」
なので、俺はそれ以上余計な事は言わず、改めて下駄箱に向かった。
「宗二、遅かったわね」
人気のない下駄箱で、靴を履き替えて、校門を抜けた瞬間掛けられた声に振り向く。
そこには、花が校門に寄りかかっていた。
どうやら、俺を待っていたらしい。
「――知ってるだろ。数学のプリントを提出してた。日直だからな」
「ふーん。そうなの?
私はてっきり、事件を調べたりしてるのかと思ったけど」
自慢げに語る花に答える事なく、俺は歩き出す。
「ほーら図星。都合が悪い事があると宗二は黙り込むんだから」
「別に図星じゃない。今さっきは調べたりしてない」
「ふふ、今さっき”は”いただきました〜
つまり、今さっきじゃなかったら、その限りじゃないってコトね」
コイツにはどうも隠し事が出来ないから困る。
そして、コイツ相手だとどうにもプログラムどおりいかない事も。
エラー、エラー。再起動。
そうして思考を立て直そうとしている中、花が続けて語り掛けてくる。
「で、調べてるのは、迎の友達が巻き込まれてたのがきっかけで理由なの?」
「……」
「あれに関しては、誰のせいでもないでしょう?
たまたま、宗二の家に遊びに来た帰りに寄り道して行方不明になっただけ」
「……そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない」
一週間ほど前の事だった。
迎の友達の少女が、行方不明になったのは。
十深旅館に遊びに来た、その帰り道に、だ。
夕方だから送ろうかと進言したが、学園下校よりも少し遅いだけだから大丈夫だと断わられてしまった。
……多分怖がられてしまったのだろう。
そして、それが凶と出てしまった。
行方不明になった期間は、類似事件最短の半日弱。
例によって、彼女自身に怪我はなく、何かしら失ったものもない。
だが。
俺は、近くにいながら、それを見過ごした。
迎の友達の危機を、どうにも出来なかった。
「遅い時間じゃなかったんでしょ?
そんな時間から出歩くな、常に誰かと一緒にいろって、一人で出かけるなって言ってるのと同じになるじゃない。
そうはいかないでしょうよ。
つまりあんたたちのせいじゃない」
「それは、そうだな。
だが原因が分からない以上、俺達の……俺のせいじゃないとは言えない」
元より迎のせいではない。
俺がもっとちゃんと俺の目指す俺になれていれば、よかったのだ。
そうすれば怖がらせる事なく、家に送る事ができたはずだ。
「だから調べてるのね」
「そうだ。自分のせいじゃないと明確にする為にだ」
皆を安心させる為に。
危険を避ける事が出来るように。
その為に、俺は自分の可能な範囲内で調べているだけだ。
「それに、その結果として誰かの危機を回避できるような情報が得られたら良い事だろう?」
「はいはい、いつものアレね。
人間の為になるロボットになるって奴。中二病乙」
「……つくづくお前に漏らしたのは失敗だったと思うよ」
朝野に漏らした衛宮への同情めいたものを思い出しつつ、
なんとも言えない表情になっているのが自分でも分かる。
基本無表情を意識しているのだが、彼女の前だとどうにも難しくなる。
だが、やはり、俺の事を昔から知る幼馴染なのだ。
彼女が俺の事を心配してくれている事も含めて、どうにも、難しい。
「というか、いつまでありもしない事を引き摺ってんのよ。
否定されるの嫌だから、私だって調べたわ。
この町で、あの年に行方不明になった子供はいない。
捜索届けも出てない。
宗二自身、何十回と調べて確認したんでしょう?」
「……記録ではそうなっている」
「つまり、記憶違いでしょ。
そうじゃなかったら、その子もちゃんと家に帰ったのよ。
まして何年も前の事じゃないの。
それを気にして自分はまともじゃない、なんて、そっちの方がまともじゃないわよ」
「ああ、そのとおりだ……った」
ぺシッと頬をはたかれる。
ドラマにあるようなシリアスなシーンな感じではなく、
馬鹿なことをやらかしたマンガのキャラへの制裁染みた感じで。
「いつまでも馬鹿言ってないでよ、アンタは私のキープなんだからさ」
「……前に付き合ってた奴とはどうなったんだ?」
「うっさい、バーカ。
馬鹿言わなくなったら全部話してあげるわよ。
じゃーね」
手を振って自宅に続く路地へと去っていく彼女に軽く手を上げて見送った後、再び歩き出す。
ああ、分かっている。
俺は、まともじゃないんだ。
ありもしない、記憶違いかもしれない、罪とさえ呼べない罪。
だけど、俺の中で、それはこびりついている。
ずっと、おぼろげなのに、ずっと。
暗くなり始めた森の奥で座り込む、女の子。
全身――になって、立ち上がれずにいる、女の子。
そんな子を置いて、森を去っていく、俺。
硬く拳を握って、走りもせずに、振り返りもせず、一歩一歩踏みしめて。
女の子の顔は覚えていない。
だが、差し込む光に……傾きかけた西日に反射した涙は覚えている。
そう覚えている。忘れちゃいけない。
記録に残っていないのだとしても、記憶には残っている。
俺は間違いなく、間違った事をしてしまったのだ。
俺は、泣いている友達を置き去りにしてしまった。
あの、遠い遠い、森に。
そんな奴が、まともであるわけがない。
普通の人たちの側で、まともな人間のふりをする事が、許されるはずもない。
もし、それでも、人間の近くで生きなければならないのなら。
人に従事する、ロボットにでもならなくちゃ、許されないだろう。
……それでも、そうなったとしても、許されないのだろう。
だとしても、今の俺にはそれしか出来ない。
「……ごめん」
家路の途中、そう呟いて一人赤い夕焼けを、その向こうの海を眺めていると。
「ちょっ! 運転手さぁぁぁんっ! ストップ! ストォォォップゥゥッ!?」
そんなアレコレを吹っ飛ばすような、そんな女の子の声が響いてきた。
というか、車に追いつかんばかりの速度で走ってるんですが。
俺も結構脚に自慢はあるけど、あれはちょっと無理。
「……あー。どうしたものか」
見なかったことにしておきたくもあったが、
こんな変わった事を放置するのも問題というか、
万が一、億が一で、この所起こっている事に関わっているかもしれない。
いや、あの、いかにもドジっ子な声からは事件への関連性なんて微塵も感じなかったんだけど。
「とりあえず、追いかけてみるか」
気を取り直し、俺は少女と思しき存在が駆け抜けていった方へと足を向けた。
「うぅ、どうしましょう……」
少し力を入れて走ると、件の女の子はすぐに発見出来た。
なにやら途方に暮れているようだ。
というか、明らかに外国人のようなんだが……。
「……うーむ」
少し悩み所だったが、人に従事するロボットに躊躇いは無用。
とりあえず出来る限りで尽くしてみようと、恐る恐る声を掛けることにした。
「そこの、貴方。困ってるんですか?」
呼びかけると、彼女はゆっくりと振り返った。
そうされる事で認識した、そこにいた人物は――なんというか、可愛い女の子、だった。
夕焼けの光を受けてキラキラと輝いている、
肩より少し伸ばした金髪、
滅多に見かけることのない青い、大きめの瞳。
どことなく幼い顔立ちと、その印象とは逆の背の高さと体付き。
右側だけが長袖の、不思議なロングワンピース。
そして、なんとなく不思議な『匂い』が、そこにはあった。
それらの交じり合った初めて抱いた印象は、ちょっと変わってる可愛い子だな、だった。
彼女がこちらに抱いた印象とは、きっと真逆なのだろう。
こちらを認識した後の彼女は、どことなく警戒するような、怪訝な表情を浮かべていた。
――これが。
俺と彼女、アリス・ロックフィールドとの出会いだった。
全ての始まりが何処か、という事は正直分からない。
だけれども、あの特別な日々の明確な始まりは、彼女との出会いからだったのは間違いない。
だから、俺はきっと、赤く染まったこの出会いを生涯忘れないだろう――。
……続く。