えぼらぶ正月特別編〜冬の寒さとオンナノコ〜
正月……三が日も過ぎて、一部の社会人は渋々ながら仕事を始める頃。
「〜♪」
高校生であり、当然のように休みがまだ残っている霧里薫は自室で『唄』を……昔母に教えてもらった……歌いながら、鏡の前で髪を整えていた。
今日は元旦以来二度目となる陸とのデート。
正月封切りの映画を見たり、先日晴れ着だった為に断念した『めでぃあに』以外のオタク穴場を歩き回ったりする予定を組んでいる。
「批評勝負……今日こそは勝たないとね〜」
言いながら、薫はいつものサイドテール状態にすべく、長い髪を纏め……。
「……」
ふと、その手を止めて、離す。
バサッ、と言うには少し軽い感じで、纏めかけた髪が重力に従って落ちた。
「うーん……今日は、ストレートで行ってみようかな〜」
鏡の前にいるのは、見慣れた自分。
でも、それは……一年前には有り得なかった姿。
「―――いや、有り得ないって程でもなかったじゃない」
ペシッ、鏡の中の自分に向けて突っ込みを入れる。
そうしながら、薫は改めて鏡に映る自分自身を見詰めた。
黒いタートルネックにミニスカート、オーバーニーソックス。
予定としては、この上にお気に入りのコートを着込み、買ったばかりのヒールが高めの白いブーツを装備するつもりだ。
「……ミニスカートなんて、寒いだけ損だって思ってたんだけどなぁ」
軽くスカートをつまんでみる。
幾らか防寒装備をするとは言え、冬にミニスカートというのは当然寒い。
去年までの薫はそれを嫌って基本的にズボン系を穿いていた。
というより、スカートはヒラヒラしていて落ち着かない事が多かったのだ。
そんな薫だから、制服以外でスカートを穿く事は殆ど無かった。
「髪型にしたって、ね」
テールを下ろした状態は嫌いではないが、活動的な薫にとって時々鬱陶しくなる事もある。
そもそも通常のサイドテール自体、
髪を伸ばす事自体は好きなのだが、そのままだとどうにも邪魔くさい髪をどうにかしようと、
薫の好みと母の提案の末に『処理』したらこうなったという代物なのだ。
(ほんと私ってば、アレよね……女の子らしくないというか)
薫自身そう思っていたし、その上で『らしくない』事をし続けてきた。
小さい頃は男の子を泣かせる勢いで駆け回っていたし、今は今で正真正銘のオタク。
ゆえに、格好は正直気にならなかったのだ。
成長するにつれ女の子らしくなっていった自分の身体を実感していても。
周囲の友達が身なりに気を遣うようになっていくのを目の当たりにしても。
「……………去年までは、ね。
さて今日はどっちにしようか……うーむ………決めた」
そう呟いた薫は、改めて長い髪を整えようと櫛を通し始めた。
「やっほー陸君〜」
薫がいつもどおりの待ち合わせ場所に行くと、平良陸がいつものように佇んでいた。
彼女の声と姿に気づいた陸は、白い息を零しつつ言った。
「こんちわ薫さん」
「ごめんね、寒い中待たせちゃって」
「約束の時間破ったりしてないんだし、謝らなくてもいいって。
というか、寒いか寒くないかで言えば薫さんの方がそうだろ?
その……ミニスカだし」
少しだけ視線を落とした陸は、自分の視線が不埒なものだと思ったのか顔を赤らめながら通常の視線位置に戻した。
そんな陸に苦笑しつつ……内心、少しだけ恥ずかしくなったりもしたが……薫は言った。
「だいじょぶだいじょぶ。
まぁ、寒いは寒いけど……それが女の子ってもんだし、男の子に出来ない楽しみでもあるし」
「ぬぅ。そういう、もの?」
「そういうもの」
「……うーむ。
じゃあ、今日はテールじゃないのも……そうなの?」
そう言って、陸は髪を下ろした……デートの時に度々見ている髪型を眺めた。
そんな陸の言葉に、薫は髪の毛を一房摘んで弄る。
「うん、そう……かな。
……それに、陸君的にはこっちがいいんだよねぇ? ミニスカ込みで」
「うっ」
薫が少しからかうような笑みを浮かべながら言うと、陸は思わず呻き声っぽい声を漏らす。
これまで重ねてきた会話やデート、様々な出来事で、二人は互いの『好むもの』を少しずつ覚えてきていた。
そして、その中には陸の好む『女の子のカタチ』もあったのである。
……まぁ、その辺りを薫が把握する際には色々あったりしたのだが。
閑話休題。
少しバツが悪そうな表情を浮かべながらも、陸は口を開いた。
「ま、まぁ、そうだけど。
でも、その……俺は、薫さんが『そうしたい』って思える格好なら……可愛いと思えるし、思うよ。
多分……というか、絶対」
その陸の言葉に嘘がないのは、陸の顔からも、積み重ねてきた事からも良く分かる。
だから薫は、素直に嬉しさを込めて告げた。
「……ありがと。
でも、女の子らしい格好が好きなのは好きでいいんだよ、陸君。
それって、普通の事だと思うし。
それに……私、こういう格好するの、好きになってきたしね」
少し苦笑、少し照れ笑いながらだが、その言葉は紛れもなく薫の本心だった。
薫自身、そんな自分に戸惑いを……それこそ今朝だけの話ではなく……覚えた事もあった。
『そういう事』をしなくても陸はありのままの自分を受け入れてくれるだろう……そう思っているのに、デートの時、必死に鏡と睨めっこしている、そんな自分に。
でも。
その反面で、そんな努力をした時の陸の反応が楽しみになっていく自分を薫は自覚していった。
『私ってそんなんだっけ?』と思いながらも、努力の末に顔を緩ませてくれたり、可愛いと言ってくれたりする陸を期待している自分を。
そうしていく内に、女の子らしい格好の自分も悪い気はしないと思い始めた自分を。
「今そう思えるのは……陸君のお陰だよ。
だから、改めてありがと、って言わせてもらうね」
「……こう言うのが正しいのか疑問だけど……どういたしまして。
薫さんがそう思ってくれるのなら、俺としては嬉しい限りだ」
顔を先程以上に赤く染めつつ、頬を掻く陸。
「アハハッ。
まぁ、私は内面があんまり女の子らしくないから、格好ばっかり女の子女の子しても駄目かもしれないけどね」
「……そんな事ないよ」
「ん?」
「そういう薫さん、すごく女の子らしいよ。
少なくとも俺はそう思ってる。
すごく可愛い女の子だって、いつだって思ってるよ」
陸はそう言って、満面の優しい笑顔を……少しだけ照れながら……浮かべる。
…………………今度は、薫の顔が赤くなる番だった。
「う、あ、ぅ……なんか、熱くなってきた。
えと、その―――……コート脱ごうっと」
精神的な熱さが身体にも伝染した(ような気がした)のと、間が持たないのもあり、薫はコートを脱いだ。
「ちょ……薫さん、大丈夫? 見た目寒そうなんだけど……」
「あはは、だいじょぶだいじょぶ」
コートを脱ぐ事で身体が少し冷えたからか、薫は心の常温をどうにか取り戻した。
そして……それが少し心地良く思えた。
暖房の効き過ぎた場所から抜け出した一瞬のように。
「それはそれでミニスカ効果よね……」
「へ?」
「なんでもない。
……って、それはそうと時間ちょっと遅れ気味になっちゃってない?」
「あ。……そうだな、そろそろ行かないと映画館が混み合って面倒だ」
「なら、行きましょっ!」
そう言って、薫はコートを抱えた手と反対の手を陸に向かって差し出す。
陸は、その手を迷う事無く掴み取った。
その瞬間、薫は新年最高の笑顔を浮かべていた。
「じゃ、れっつごーっ!」
「ってうわわわわっ!! 速過ぎ速過ぎっ!!!」
新年になろうと。
内面の変化があろうと。
『関係』がどれだけ『進化』しても。
どうやら、この二人そのものは相変わらずのようで。
陸の手を取って走る薫も、
そんな薫に戸惑いつつ走る陸も笑顔なのが、これ以上ないほどにその事を証していた……。
……オワリ。