第拾参話 エゴ瞬く街・4












 鶴素子に捕えられ、壱野夜は変わらず身動き一つ取れない。
 そんな彼女の前に新たに現れたのは、夜の幼馴染である伴戸友二だった。

 友二は、西木慧悟のRDAを片手にぶら下げながら歩み寄り、鶴素子の隣で立ち止まった。
 縛られている夜の姿を見ても、表情に変化はない。
 むしろ楽しげに、ニヤニヤと笑みを浮かべてさえいる。

 という事は、つまり。
 
「……」
「お? なんで貴方が、とか言わないのか?」
「信じたくありません……信じたくありません……
 けど。貴方がこんな形でここに現れたという事は、彼女の協力者だという事に間違いないでしょう。
 そして、今思えば、それは……不自然な事ではないですから」

 最早疑いようはない。
 伴戸友二は、鶴素子の協力者なのだ。  

 それについて何故なのか、などと問い掛ける必要はない。
 元を辿れば、その理由は火を見るより明らかである事を、夜は知っていた。

「ああ、そうだよな。お前は、知ってるもんな。
 俺が智子を好きだった事を。
 ちぇっ、もう少し悲嘆にくれるかと思ってたんだけどな」
「もー、友二お兄ちゃんはもう少し考えてくれないと」
「ははは、違いないな」

 些細なミス……コーヒーに砂糖ではなく塩を入れた位の……について語り合っているかのように、ごく自然に二人は笑った。
 人が……幼馴染、もしくは知人が縛られ、宙にぶら下げられているという、日常からは程遠い状況下で。

 その事で夜は思い知る。
 本当に、友二も自身への復讐者なのだと。  

 その事をあえて認識し直すかのように、夜は呟いた。

「……十分、悲嘆に暮れていますよ」

 伴戸友二は、白鳥智子の事が好きだった。
 復讐の理由はそれだけで十分だ。

 その理由だけを見れば、こんなにも素敵な事はない。
 好きな人の為に行動出来る……それは素晴らしい事だと夜には思える。

 だが、友二はその理由を持って自身に暗い感情を向けている。
 他ならぬ幼馴染で、今日……数時間までは普通に接していたはずの存在が。
 智子の事を知ってなお自分と付き合ってくれていたはずの、伴戸友二が。

 それは、夜にとって胸を引き裂かれるほどの、いや、それ以上の辛さに他ならなかった。

 だが、それでも、この辛さが現実なのか、事実なのか、確かめる必要がある。
 もう既に分かっているのに、確認をせずにはいられない。
 もしかしたらそうでないかもしれないという、ほぼありえない可能性を探る為に。

「つまり、今までのことは……」
「ああ、全部演技だ。
 きつかったぜ。
 好きだった子を殺した責任を持つ女に友達面して付きまとうのは。
 ホント反吐が出そうだった。
 でも、俺としちゃあ善人面で人を殺す可能性を持った奴を放っては置けなかったからなぁ。
 しょうがないって奴だ」
「……っ」
「まぁ、その事は精神的に追い詰める時に改めて話すとして、そうそう、西木の事だったな。
 さっきも言ったが、あいつのRDAはここにある」
「……どうやって?」
「俺達はアイツがデッドコードだって知ってるからな。
 知ってれば、いくらでも方法はある。
 アイツと親しくなって油断させたり、とかな」
「……っ!」
「アイツもこっちをある程度信用してくれてたのか、警戒は薄くなってたからな。
 いくら基本的に持ち歩くとはいっても、どうやっても持っていけない場所や時間はある。
 隙を見て奪うのは難しい事じゃない」
「そして。
 私達は”このままにしておいて万が一に奪い返されて逆転”なんて間抜けはしない」
「そういうこった」

 次の瞬間、慧悟のRDAが友二の手から離れる。
 RDAが地面に落ち、跳ねて、再度地面に叩きつけられ、そして。

「ふんっ!!」

 友二の足により、トドメとばかりに踏み砕かれていく。
 何度も何度も、念入りに。

 それによりRDA本体はこれ以上ないほどバラバラとなり。
 砕かれた本体からはみ出しているソフトも曲がり、欠けてしまった。

「これでアイツは変身……いや纏繞だっけ? 
 ともかく、デッドコードにはなれない。ただの無力ないじめられっ子だ。
 そんなアイツが、ここに来ると思うか?」
「……」

 そんな、自身を、あるいは慧悟をせせら笑うような友二の言葉に、夜は。










「……くそっ!
 分からない……!! 何処だ……何処なんだ……っ!」

 沈む夕日の中、慧悟は探し回っていた。走り回っていた。
”探しもの”を見つける、ただそれだけの為に。

 そんな彼の背中に。

「貴方は、何を探しているの?」

 大きくないのに強く感じられる、
 涼やかなのに何処か熱を帯びた、曖昧な声が届いた。

「……っ!?」

 振り向いた先には、慧悟が会いたいとずっと望んでいた、始まりの女性、永久がいた。
 だが、今はその再会を喜んでいる場合ではないし、そんな余裕は微塵もない。

「決まってる。夜さんだ」

 指定されていた場所……公園に、夜は既にいなかった。
 約束していた時間から随分遅れた為か、辺りには夜はおろか瑞樹達もいなかった。
 おそらく、自分同様、夜を探し回っているのだろう。
 だが、連絡がない所から察するに、まだ夜を見つける事は出来ずにいるようだ。
 ……慧悟自身と同様に。

 そんな苛立ちもあって、慧悟は半ば睨みつけながら永久に言葉を叩き付けていた。
 だが、永久はそんな慧悟の視線を微塵もたじろぐことなく、
 まるでそよ風を受けているかのように受け流しながら、口を開く。

「ふむ。
 壱野夜はおそらく、エゴイスト、もしくはそれに準じるものに捕らえられているわよ?
 その状況に、デッドコードになれない貴方がどうするの?」
「何故それを?」
「質問を質問で返すのはマナー違反、
 と言いたい所だけど、今はそれどころじゃないかわ不問にして答えましょう。
 あのソフトは特殊で、私はその特殊さをある程度感知できるからよ。
 だから貴方があのソフトを持っていない事も分かる。
 ちなみに、一箇所、妙にソフトが集まっている場所があるみたいだから、おそらくそこに彼女はいるわ」
「正確な位置も、分かるんだな?」
「……さっきの問いに答えたら、教えてあげる。
 では、もう一度問うわ。
 貴方は行くの? 
 エゴイストがいるであろう場所に、デッドコードになれない貴方が」

 穏やかでありながら厳しさのある、不思議な声音で永久が問う。
 そんな問い掛けに、慧悟は迷い無く即答した。

「行く。
 デッドコードになれるなれないは関係ない。
 俺は、夜さんを助ける」
「それは正義の味方として? それともトモダチとして?」
「両方だ。
 正義の味方として困っている誰かを助けないのは駄目だ。
 友達としてなら、なおの事だ。
 デッドコードになれなくてもデッドコードとして、
 そして彼女の友達の西木慧悟として、俺は夜さんを助ける。
 さあ、教えてくれ。彼女は……」

 そう言い掛けた瞬間、慧悟は息を呑んだ。
 そこにあった笑顔を見て、言葉を失ってしまった。

 これまで見た事のなかった、
 何処までも優しく、純粋に嬉しそうな、
 瑞々しい少女のようで、母親の深い慈愛に満ちてもいるような、そんな永久の笑顔の形に飲み込まれて。

 そんな、慧悟の知る普段の彼女とはかけ離れた笑顔を彼に向けたまま、永久は言った。

「素敵。最高の答よ」
「え?」
「その答が分かっているのなら、十分よ。
 彼女がいる場所まで案内してあげるわ」











「慧悟君は、来ます。来て、しまいます」

 友二の言葉に、夜はハッキリと答えた。
 そこには一片の迷いも無かった。

 その迷いの無さにか、
 あるいは彼女の回答内容になのか、素子と友二は戸惑いの声を上げる。

「は?」
「……アイツはいじめられっぱなしのヘタレだぞ?」
「そうですけど、そうじゃありません。少なくともヘタレじゃありません」

 夜は、この数週間彼を、西木慧悟をずっと見てきた。
 彼が何に怒り、彼がどんな時に動くのかを、戦うのかを目の当たりにしてきた。
 だからこそ、今なら自信を持って言える。

「彼は、自分の事にはひどく無頓着なのに、
 他の誰かの事にはどうしようもなく敏感です。
 そして、それ以上に。彼はどうしようもなく、正義の味方なんです。
 それが、西木慧悟という男の子です。
 だから、彼は誰かを見捨てたりはしない。それが私だろうと誰だろうと。
 損得勘定はそこにはない。
 理由があるとすれば、それが彼のエゴだから」

 そう。
 正義こそが彼のエゴだから。
 それゆえに、慧悟はここに来る。

 それ以上に理由は必要ない。
 それが、それこそが西木慧悟なのだから。 

 夜はそう確信していた。

「……なるほどな。
 まぁ言いたい事は分かったよ。もしかしたら、来るかもしれないな。
 お前の言うように、アイツが自分の状況さえ図れない馬鹿なら」
「……」
「だが、結局の所無駄だ。
 ここにアイツが来るとしたら、お前同様とっ捕まった状態だ」
「どういうこと、ですか?」
「俺達は色々考えて動いてるって事だ。
 万が一、アイツのRDAを奪えなかった時の備えもしてあるのさ」











「しかし、永久さん。今まで何をしてたんだ?」

 夜の元まで案内すると軽く駆け出した永久。
 その少し後ろを走り、追い掛けている慧悟は、
 夜のいる場所につくまでの暇潰し……とは考えていないが結果的にそうなるだろう、なんとなく浮かんだ疑問を呟いていた。
 そんな慧悟の疑問に、永久は速度を維持したまま淡々と答える。

「貴方達に任せた以外のソフト回収・破壊よ。
 その為に色々動き回っていてね」
「……俺達が回収をやるって分かってたん?」
「貴方達はやるべき事をやれる良い子よ。それは知っているから。
 あら、顔が赤いわね。褒められて嬉しい?」
「……嬉しくないわけないでしょ」
「くすくす。……こっちよ」
「……こっちって確か」
「そう。
 貴方が壱野夜の運命と交わった時のエゴイストが使っていた場所。
 感じる場所から判断するに、あの場所、その頭上に彼女はいる。
 おそらく最初から仕組まれていたんでしょう」
「最初から……?」
「心しておきなさい。
 恐らく犯人は貴方の身近にいた……む」

 あと少しでビルに辿り着く……まさにそのタイミングだった。

「おっと、ここから先は通行禁止だ」

 そんな漫画ではありきたりな言葉と共に、2人の進行方向近くにあった曲がり角から3人の男が現れたのは。
 永久と共に停止した慧悟が油断無く顔を確認するも、誰1人として見覚えも心当たりもなかった。

「なんだ、アンタら……?」
「こういう者さ」

 その、見覚えのない人間の一人が言いながら取り出したのはRDA。

「出ろ」
「来い」
「現れろ」
『『『了解した』』』

 3人の声に答えて、エゴイストが3体現れる。
 3体ともエゴイストとしてはそう珍しくもない大きさで、そこに驚きはない。
 ただ、別の事に慧悟は驚かされていた。

「エゴイスト……? そんな、回収は……」

 慧悟が驚いたのは、彼らが何故エゴイストを使えるのか、その一点。
 最後の一人……今恐らく夜が相対しているであろう存在以外の県内にあるE・G・Oは全て回収したはずだった。

 にもかかわらず、彼らはエゴイストを使役している。

「……やはり、そうか。ぬかったわね。
 ソフトの大半は潰して、開発会社のマスターデータを消したから大丈夫だと思ってたんだけど。
 私とした事が認識が甘過ぎたわ。
 こうもあっさり騙されていたとはね」
「……どういうこと?」
「つまり、私は大本を潰して後は細かい種を潰せばいいと誤認させられていたのよ。
 あれは違法のコピーデータを使用している。
 言い訳にしかならないけど、私がネットやゲームに疎い期間が長過ぎたか」

 永久の言葉を聞いて、慧悟は歯噛みした。

 甘過ぎたのは永久ではない。
 RDAの違法コピー問題について慧悟は知っていた。
 にもかかわらず、その事とE・G・Oを結び付けていなかった。
 それは、慧悟にとっては情けない、見落とすべきでない見落としだった。

 そんな慧悟の悔恨を嘲る様に男の一人がニヤリと笑う。

「何を言ってるのか大半は分からんが、これが違法コピーだってのは当たってるぜ。
 んで、これを使ってお前らを……特にボサ髪のお前を邪魔させてもらう」
「……どうして、邪魔をする。
 俺とアンタらは面識ないし、
 そもそもアンタらには関わりのないことだろう?」

 悔やんでいても仕方がない……
 とりあえずそう思考整理した慧悟が思うままに問い掛けると、
 男達は笑みを崩さないままに、あるいは同様の笑みを浮かべながら、アッサリと答える。
 
「こんないいものをもらった恩もあるし、あと金で雇われてるしな」
「そういうことだ。
 お前がデッドコードとか言う夢見がち野郎なのは知っているが、
 流石にこれだけの人数で掛かればどうしようもないだろう。
 さぁ、覚悟しろ」
「横のオマケの綺麗な姉ちゃんは、そのあとで楽しませてもらうさ」

 そうして男達がそれぞれ話す中で響いた、ある言葉。
”あとで楽しませてもらう”……その言葉を耳に入れた瞬間、慧悟の眼が刃のように鋭く細められた。

「……この、下衆……って痛っ」

 その刃が無駄に解き放たれる寸前、永久は慧悟の脛を蹴った。
 それにより刃はアッサリと霧散、刃だった何処か非難気味の視線は永久の顔に向けられる。
 永久は真正面からそれを受け止めながら、逆に静かな視線を慧悟に返した。

「落ち着きなさい慧悟」
「でも」
「慧悟」
「……っ、はい」
「よろしい。
 さて、もう彼女の居場所は分かるわね? 
 ここは私に任せて、貴方は彼女を助けてきなさい」
「……永久さん? どういう、つもりだ?」
「たまには、私も介入する事はあるわ。
 明らかに正しい事になら、ね」
「でも……」
「心配は要らないわ。
 RDAを持っていなくても私は貴方に『真実』を伝えた女なのよ。
 信じてくれるわよね? そして、分かっているわよね?」

 視線の交錯は、慧悟にとって一瞬のようでいて永遠のようにも思えた。
 だが結局は一瞬であり、その一瞬で互いの意思を確認するには十分だった。
 そうして確認した意志の元、慧悟は永久を見据え、大きく頷く。

「……分かった。でも」
「ええ、気をつけるわ」

 自身を安心させる為か、薄く笑みを浮かべる永久。
 それを見た刹那、
 最早これ以上言葉を交わす必要はないと確信した慧悟は、
 永久の言葉の直後、3人に背を向け、少し下がった位置にある横道に入るべく駆け出した。
 距離的には多少遠回りになるが、そちらからでも件のビルには辿り着けるはずだと知っていたから。

「野郎っ! 行けッ!!」

 そんな慧悟を食い止めようとエゴイストの1体が動き出す……だが。

「ふん」
「おおっ!?」

 そのエゴイストは、ジャンプ一閃繰り出した永久の蹴りにいとも容易く弾かれる。
 弾かれたエゴイストは大したダメージはないようですぐさま体勢を立て直すが、永久を警戒してか動きを停めた。
 他のエゴイスト達、その操り手も同様の判断を下したのか、大きな動きを見せずにいる。
 そうして両者が対峙している間に、慧悟の姿が横道の向こうに消えていった。

「……ふむ」

 それを確認した永久は、改めて男達に向き直った。
 男達は追えなくなった事で慧悟への興味や『依頼主』への義理を放棄したのか、
 あるいは永久への”興味”ゆえか、彼女へと無遠慮な視線と言葉を向けた。

「へぇ、凄いなお姉ちゃん」
「だが、いくらなんでも無茶が過ぎるだろ」
「あらどうかしら?」
「気が強いな。へへ、だからこそ、これからあとが楽しみだが」

 自分を見て鼻息を荒くする男達を見て、永久は、ふぅ、と呆れ気味の息を零す。
 まるで、玩具を買えずに駄々をこねる子供を眺める親のように。

「……いつの時代も変わらずに居るものね。
 貴方達のような下衆が。
 そして、愚かしさも変わらない。
 ええ、本当に愚かにも程があるわね。はじまりに喧嘩を売るとは」
「ああ? はじまり? 何の事だよ」
「どうせ記憶を失うんだし、話してあげる。
 折角だから聞いていきなさい。
 貴方達の目的はそのあとで果たせばいいでしょう? 
 私を好きにしたいんでしょう? 出来るのならやっても構わないわよ?」

 妖艶に微笑む永久。 
 その笑みは、彼らの意識をより慧悟から永久へと向けさせるためのものだ。
 そして、それは彼女の意図通りの効果を生んだ。
 それを証明するようなだらしのない表情で男達は口々に言った。

「それは、いいな」
「ああ」
「まぁ、悪くはない。でもなぁ……」
「心配は無用よ。先程の彼は、RDAを取られているわ」
「ホントかよ?」
「証明するものはないけれど、もし持っていたのなら逃げる事無くここで戦っていたんじゃない? 
 貴方達も知っているように正義の味方なんだし」
「……ま、そういうことならいいか。
 じゃあ、アンタの話したい事とやらを話してもらおうか」
「その後好きにさせてもらうけどな」
「出来るならね。
 じゃあ、話してあげる」

 時間稼ぎと追撃封じを兼ねた会話を経て。
 腕を組んだ、何処か堂々とした佇まいで永久は語り始めた。
 
「貴方達が信じるかどうかは分からないけど、
 世界には神や悪魔が存在し、ありきたりな話だけど争っている」
「ふーん。なんで争っているんだよ?」
「価値観や性質が真逆だから。
 というより、貴方達だって気に入らないって存在はいるでしょう? 
 そして消してやりたいと思った事はあるでしょう? それが理由よ」
「なるほど分かりやすい」
「なぁ、もーいいだろ」
「やっちまおうぜ」
「まぁまぁ、待ったほうが味が引き立つだろ。それで?」
「争っている以上、なんらかの戦力が必要になる。
 神も悪魔もそれなりにソレを持ってはいるけど、
 時が経つにつれ悪魔の方が息切れし始めた。
 何せ相手は神。
 生まれついての反則染みた力の持ち主だもの。
 そんな状況をどうにかしようと悪魔が注目したのは、神が目を掛けている人間という存在。
 悪魔達は彼らを自分達の手駒として最前線に立たせようと考えた。
 その為に、彼らは人間に力を与えた。
 魂を、その形を、欲望を、自我を、エゴを、生きるエネルギーそのものを、力とする技を。
 その力を与え、己が欲望を満たす事を許す代わりに、自分達の手駒になるよう契約を交わした」
「ほぉ。それでそれで?」
「悪魔と契約を交わし、人間が神との争いに加担した事で、神と悪魔の争いは停止したわ。
 神は自分が最も目を掛けている人間を傷つける事を望まなかったし、
 悪魔もまた、神が動きを止めた事で動けなくなった。
 地に落とされた彼らは、天にいる神が動かない限り動けないし、届かない。
 そうして高次元間での戦争は膠着状態となり、停止。
 力だけがこの世界と人間に残された。
 それが、今現在貴方達が手にしている『エゴイスト』の力というわけ」
「へぇ、そんな歴史がねぇ。
 で、昔はRDAもないのにどうやって?」
「昔は、人の魂の在り方がまだ天や地獄に近かった時代だから今よりも力を使いやすかったのよ。
 簡単な契約や呪術、魔術で扱えた。
 今、魂が遠ざかった人間の為に必要なのがRDAでありE・G・Oなだけ」
「ふぅん。しかし、悪魔はそんな力を放置してていいのか? 
 カミサマとかとも戦える力なんだろ? 
 自分達に噛み付いたりしないとか思わなかったのか?」

 意外と話をちゃんと聞いていたらしく、真っ当な疑問を男の一人が口にする。
 それが可笑しかったのか、永久は薄い笑みを零してから、疑問への回答を呟いた。 

「良い疑問ね。
 ……悪魔は語っていたわ。
 エゴの力を使って、自分達に反逆したければすればいい、と。
 自分の思うままに生きた結果そうなるのであれば、最終的に人は神にも抗う事になる。
 そうした抗いに繋がるエゴこそが人間が人間たる証ならば、人間が悪魔と”同じ”であるのなら、神は決して人間を許さないのだから、と。
 だからこそ好きにやればいい、と。
 人が悪魔を滅ぼすか、神が人を滅ぼすか、人が神を滅ぼすか……あるいはまだ見ぬ未知の終わりがあるのか。
 いずれにせよ、悪魔にとっては神が狼狽するのは望むところだとね。
 結果、人がどうなろうとも」
「……なんか気に食わない話だな。
 人間なんざどうでもいいって言われてるのは」
「そうだなぁ。
 今の話からすると、カミサマはこっちを愛玩動物って感じで放置してるだけだし、
 悪魔は神様を一杯食わせるなら人間なんかしらねって感じだし」
「ええ。そうね。私もそう思っているわ。
 だからこそ、私は望み、求めているのよ。
 悪魔の思い通りにならない、神すらも凌駕出来るような、存在しない者を。
 例え悪魔から与えられた力だとしても、
 人間はその力の使い方を自分で決める事が出来るのだから。
 でも……そんな存在を”こんな安易な方法”で探す事を、私は求めていない。望んでいない。
 人が人を傷つける事を前提にしたやり方など、認めない。
 ゆえに、私は貴方達のようなモノを見逃せないのよ」

 言いながら手袋を取る永久。
 露になった白い肌の手には、幾つもの黒い穴が開き、そこから皹が入っている。

「もう一つ、教えてあげる。
 貴方たちエゴイストと、さっきの少年がデッドコードと呼ぶ力の違いを。
 それはね、認識よ」
「認識?」
「さっきも話した様に、この力の根源はエゴ。
 この時代における貴方達エゴイストを使う者は、
 願い事というエゴに近いものを口にする事で力を引き出す。
 ソレに対してデッドコードは、己がエゴの形そのものを認識した上で、力を引き出す。
 力の本質、根源にどちらがより近いのかの認識。
 つまるところ。エゴイストは、デッドコードには敵わないのよ。
 そう、つまり……貴方達はどうひっくり返っても、彼には勝てないし、私にも勝てない」
「何……?!」
「右手だけで十分ね。
 知りなさい。始まりの悪魔に与えられた、力を」

 そうして、永久はもう一度微笑んだ。
 それはとてつもなく残酷で、それでいて何故か愛に溢れているような、そんな笑みだった。 









「……これから、どうするつもり、なんですか」

 浮かび上がった純粋な疑問を、夜は2人に投げ掛ける。

「言ったでしょ? アンタを絶望に突き落とすのよ」

 それに答えたのは素子の方だった。
 素子は先程同様の嘲りを込めた笑みを浮かべながら言葉を続ける。

「捕まえた先輩をアンタの前で痛めつけたり、
 アンタなんか知らない、友達じゃないとか言わせたりしてね。
 それから、身代金をアンタの家に要求して、
 それをアンタのお父様に運ばせてからお父様を拉致。
 んで、アンタをお父様の前で辱めて、
 お父様にもお金なんかでアンタを救えない事を思い知らせて……
 それで……うーん、やりたい事がたくさん思いつきすぎて困るわ〜」
「……知っているんですか?」
「何を?」
「そんな事をしても、貴方達は満たされはしない。
 エゴイストを使って満たしたいと望んだ欲望は、
 エゴイストを使う限り満たす事が出来ないんです」
「それがどうしたってのよ」
「……」
「満たせようと満たせまいと、関係ないわ。
 私は私の思うままにやるだけ。
 そうしないと私は、私達は進めない。
 ずっとこんなクソみたいな感情に支配されたまま。
 アンタに人生を狂わせられたまま、無様に生きていくなんてまっぴらよ! 
 だから、なんだろうと、何をしても、満たせなくても、私は前に進む……!!」

 夜は改めて実感する。
 彼女の、彼女達の自分への憎しみの深さを。
 感情の強さで身動きが取れないほどに、彼女達は自分を憎んでいる。

 これほどの憎悪。
 それが満たせないと言う事はどういうことなのか。
 満たせない憎悪は何処に向かうのか。

 それを思うと、夜は、恐れた。怖くなった。
 
 あの時と、智子を殺した時と同じ様に。

 だからこそ、なんとかしたい、しなければならない。

 なのに、何も出来ない。懸命に身体を動かしても、ロープは緩まない。
 何も動かない。動かせない。
 ただただ、悔しくて、悲しかった。
 涙を流すしか夜には出来なかった。
 そうする事が自身の無力さを思い知る行為でしかないと、分かっていても。

「だから、アンタは好きなだけ泣き叫び、狂いよがって絶望なさい。
 それが私の望みだから……!!」

 そんな夜の姿こそが正しいと言わんばかりに素子が叫んだ、まさにその時だった。



「……悪いが、その望みは叶えさせない」



 朗々とした、強く揺るぎのない男の声が響き渡ったのは。

 次いで、階段から音が聞こえてくる。
 一歩一歩踏み締めて夜達の下へと進む、確かで力強い足音が。

「っ!? まさか……!?」

 夜の、素子の、友二の視線が集まる。
 その先に、頭が、体が、足が見える。現れる。

「……夜さん。ごめんは言わないよ。
 でも、待たせたね」
「っ!!!」
「なっ!?」
「慧悟君っ!!」

 そこには慧悟がいた。

 素子と友二にとっては現れるはずのない、
 夜にとってはいずれ来ると確信していた、西木慧悟が堂々と立っていた……。











 ……続く。





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