第拾弐話 エゴ瞬く街・3
「……計画は進んでいるようだね」
それは慧悟達のいる街から遠く離れた都市にある高層ビルの最上階。
一人の男が、窓の外、その下部に広がる都会の喧騒を眺めながら、携帯の向こうにいる女性と話していた。
『ええ。全く子供の遊びに付き合うのは楽じゃありませんよ。
一体どれだけの金と手間を使ったのやら』
「ははは。そう言ってやるな。これも必要な事だ。
我々にとっても、彼女たちにとっても」
『……まぁ、貴方がそう言うのなら』
「現地に派遣している人間にも協力の徹底を。最悪邪魔はさせないように。
ところで、永久の行方は掴めたか?」
『いえ、相変わらず神出鬼没。
結局罠は無駄に終わりましたね。
ネットで彼女の今の名前を騙り、釣り掛けた、までは確実によかったんですが。
その後はグダグダ……こうなると社長が負わせた怪我が奇跡的なものに思えます』
「まぁ、運が良かったよ、あれは。ともかく、他方向の計画の推移はどうかな?」
『そちらの方が余程順調です』
「当然だな。
元々は彼女……永久が考えた事だからね。
勿論、やり方は私なりにアレンジしているが」
『彼女のやり方は古臭く、生温い。あれでは到達出来ませんからね』
「口を慎みたまえ。それでも彼女がいなければはじまらなかったのだ」
『……失礼しました』
「まぁ君の言う事も分かるが……その生温さは彼女の愛情によるものだよ。
そう、母親のような、ね」
『発言がマザコンっぽいです』
「男はすべからく女性に対してコンプレックス持っているものさ。
それが付き合いの長く、多い、姉、妹や母親ならば至極当然」
『女の私には分かりかねますね』
「ああ、私達男が女性を理解しかねるようにな」
『その辺りについては後日私の部屋でもお話しましょう。
では、仕事に戻ります』
「よろしく頼むよ」
そう言って、彼は電話を切った。
その顔には何処か苦く、それでいて少し意地悪げな笑みが浮かんでいる。
「さて。このサンプルケースは果たしてどうなるのかな?」
彼はそうして想いを馳せた。
エゴイストの力を手に入れた者達が繰り広げるだろう、様々な”戦い”に。
「ここ、は……?」
夜がゆっくりと眼を開くと、そこには見覚えの無い場所が広がっていた。
広さは大型店舗のワンフロアぐらいある。
しかし、ほぼ全てがコンクリート剥き出しの灰色であるそこには殆ど何も無かった。
おそらく、何かしらを作る経過途中の場所なのだろう。
大量の資材や機材がフロアの脇や隅に置かれている。
「ぐ、痛……」
擦り付けられ、踏み付けられた顔が痛む。
その痛みで自分が置かれていた状況を思い出した夜は、
今の状況を改めて認識すべく、再度周囲を確認、状況把握を開始する。
そして、気付く。
今自分が置かれている状況の厳しさに。
痛みを感じる両手首にはロープが結び付けられ、両手を上げた状態で身体ごと吊り下げられている。
その負担を少し軽減する為なのか、
腹部にもロープが巻かれ、両手を吊り下げているロープの行く先であるフック状の金具に同様に繋がっていた。
つまり、これ以上無いほど手も足も出せない……宙ぶらりんと言っていい状態で拘束されている。
それでも現状を改善できないかと顔を上げ視界を広げると、少し離れた所に大きな階段があるのが見えた。
それを含むフロアの構造から推察にするに、何かしらの大型店舗の原型が形作られている途中のようだ。
(……なんの役にも立たない推測です)
そうして思考した事は現状打開には繋がらない。
その事に夜は小さく息を吐いた。
しかし、それらはともかく、何か、こう、違和感を感じるのだが……。
「やっとお目覚めね。
お兄ちゃんのエゴイストは細かいんだか大味なんだか」
思考の最中、突然響いた声に夜はハッとする。
顔だけを向けると、そこには窓に寄りかかり、夕日を背にする鶴素子が立っていた。
食事中だったらしく、彼女はパンを片手に夜を眺めていたようだ。
そんな彼女の背後に見える窓の外の風景から、
自分達がいるフロアがそれなりの高さに位置している事が分かったのだが、それは今の夜にとってどうでもいいことだった。
「……鶴さん、いえ……素子ちゃ……」
「名前で呼ぶなっ!!」
叫んだかと思うと、素子は持っていたパンを夜に投げつけた。
避けようも無く、夜の顔に当たる。
当然大した痛みは無いものの、夜は別の痛みで唇を噛み締めた。
素子は、そんな夜に彼女が気絶する前と同じ、憎悪を込めた視線を向ける。
「お前なんかに名前で呼ばれたくなんかない。2度と呼ばないで」
「……」
「そんな事より、お前は自分の心配をすべきだと思うけどね。
衣服が乱れていますよ、お嬢様?」
彼女の言葉にハッとして視線を自分の姿に向ける夜。
素子の言葉どおり、夜の衣服は、制服は乱れていた。
前部分が無残に破かれ、ブラジャーも切り裂かれ、2つの膨らみが、白い肌が露にされていた。
理解して、さっき感じた違和感の正体を知って、夜の背筋に、心に、冷たいものが走る。
「ま、さか、そんな、え?」
「可哀想にねぇ。
散々弄ばれていた事にも気付かないままおねむだったのよ」
「い、いやあああああっ!?」
「ぷ、あはははははっ!」
「っ!?」
「あー、愉快愉快。そんな無様な顔が見れてよかったわ。
まさかこんな簡単に引っ掛かるとはね。
大丈夫でちゅよ、お嬢様。貴女の純潔は奪われてないわ、まだね」
余程面白かったのか、浮かんでいた目尻の涙を拭いながら、素子は続けた。
「寝てる間に、私が服を破いたりしただけ。
まぁ、折角だから、揉み揉み弄々くらいはしてやったけどね。
変な声出してて傑作だったわぁ」
「……」
「何? その顔。余裕出てきた? 少し安心した? あははは、バッカねぇ。
勘違いするなよ。
アンタを汚すのは確定事項よ。
それが今じゃないってだけ。
相手はそうね……アンタが昔ボコって来た連中を考えてるわ」
「っ!!」
「アンタの絶望しきった顔を見る方法の一つなんだし、楽しみにしてるわ」
「な、なんで……どうして……」
「フン。さっきも言ったとおり理由は復讐よ。
まぁ少しはスッキリしたから頭が悪いアンタの為に順序だてて話してあげる。
お姉ちゃんが死んだ後、私達家族はね、崩壊したの」
「え……?!」
彼ら一家が遠くの町に引っ越した事は聞いていた。
それが、智子の思い出が残る町に居る事で、彼女を思い出してしまうからだとも。
だが、崩壊した、なんて事実は初耳だった。
「この街を出て行ったのはアンタも知ってるでしょう。
まぁ暫くは悲しむばかりで、特に何も無かったんだけど。
時間が経ったら色々と目に付く事が出来てね。
お姉ちゃんが死んだのは誰のせいだとか」
「……」
「ああ、父さんと母さんはね。別にアンタのせいだとは微塵も思ってないから」
「え?」
「父さん母さんは御人好しだし、アンタのお父様の誠意(笑)もあったし。
アンタのお父さん、壱野太陽様は流石よね。
アンタは知らないかもだけど、お姉ちゃんが亡くなって数日後に家に来てね。
家の庭の地べたに這い蹲って、土下座してたわ」
「父さんが……?」
「ええ。自分の娘のせいで、娘さんを死なせたと。
自分自身の思考や感情はともかく、事実としては、そうとしか取れないだろうと。
まぁ、アンタ自身、お姉ちゃん見つかった時、泣き狂ってたもんねぇ。
自分のせいだ、探すのを頼まなかった、全ての言いだしっぺの自分が悪いんだって。
全く、出来の悪い娘を持つと、出来のいい親は大変よね」
反論など出来ない。
出来るはずもない。
それは紛れもなく、壱野夜にとっての事実だったから。
「しっかし、今思えば大したものよね。
赤の他人、自分に身の覚えの無い事であれだけ無様に、卑屈になれるんだから。
それで……そうそう。
もし何か困る事があったらいつでも自分を頼って欲しいって言ってたわね。
お金で解決するつもりは毛頭無いが、必要であればいくらでも出すし、出来る事があればなんだってすると。
まぁ、実際あの人はお金で解決するつもりはなかったのは認めたげる。
あの時のアンタのお父様の姿は、そんだけの説得力があった」
「……」
「でもね、結局その優しさが私の家族を引き裂いた」
「え?」
「アンタやアンタのお父様のせいに出来なかった父さんと母さんは、自分達をなじりあった。
限界までね。
結果、精神的にガタガタ、仕事はミスばかりでクビになるという有様。
でも、生活はしなくちゃならなかったから、恥を忍んで、アンタのお父様に相談したのよ。
そしたら、アンタのお父様は散々悩んで、相談した結果、太っ腹な事にお金を援助してくださったのよ。
普通の家庭なら働かなくても一生生活していけるお金をね」
「……」
「アンタのお父様は金銭感覚が若干狂い気味だったみたいね。
覗いてたんだけど、それでも足りなければみたいな事言ってたから。
んで、そのお金を受け取って、
働かずに生きていけるようになったと父さんと母さんはずっと家にいるようになった。
そうしてどうなったと思う?」
素子はクスクスと笑う。
本当に、楽しそうに。そうであるはずはないのに。
「ずっと顔を突き合わせてるもんだから、会話する事に事欠かなかったわぁ。
お互いを罵りあい、謝りあい、また罵り合いの繰り返し。
繰り返し繰り返し。結果、生活に疲れきって離婚したの。
私はお母さんの方についていって、それで苗字が変わったわけ。
まぁ、変わったのは苗字だけじゃなくて、趣味嗜好外見もかな。
あの毎日は地獄でねー。ふっきりたかったのよ。
だから髪染めたり、それまでとは180度違う格好したりするようになったの。
アンタが私に気付かなかった理由にするつもりはないけどね」
「……っ」
今更ながらに、自分が情けない。
鶴素子が白鳥智子の妹、『白鳥素子』である事に、気付ける要素は、機会は幾つかあった。
だが、気付けなかった。
それは、素子にしてみれば許せない事だっただろうし、夜自身もしかりだった。
そう思い、ますます表情を自分自身への憎悪に歪める夜を見て、素子は笑みと言葉を続ける。
「そうして、私も母さんも色々変えたり変わったりはしたけど、まだまだお金には困らなかったわね。
でも居場所には困っちゃって。
色々あって母さんは不安定だったし、
私は私で日中は学校に行かなきゃならないもんだから、
二人きりだけの生活には支障がある。
かといって、新しい男を見つけられるほど母さんは器用じゃない。
結局元々の故郷であるお母さんの両親……おじいちゃん達の家に住むことになった。
それで結局この街に戻ってくる事になったんだから笑うしかないわ。あははは」
「……」
「ほら、笑いなさいよ? 遠慮はいらないわよ、今更。
お姉ちゃんを殺した原因を作り、お姉ちゃんを全力で探す事をせず、
関係ない事で罪を償おうなんて虫のいい事を考えてるアンタだもの。
ここで笑うくらいのことは出来るでしょう?」
「……できません……そんな事、できるわけ……」
夜の言葉が途中で途切れる。
素子が夜を殴ったからだ。
殴られた痛みや驚きではなく、ただ心の苦しさから言葉を失った夜に、素子は叫んだ。
「ふざけんな、テメェッ!! 笑え、笑えよっ!!
そしたら、せせら笑ってからもっと痛めつけてやれるのにぃ!!」
「……」
「ちっ……まぁ、いいわ。話の途中だったし。
そうそう。それでこの街に帰ってきたわけだけど。
そしたら、耳に入ってきたのよね。正義の味方様のお噂が」
「……」
「使えるものは何でも使って、困った人の為に動いて回るご令嬢にして美少女。
いやぁ、腸が煮え繰り返ったわよ。
お姉ちゃんを助けもしなかった女が、お姉ちゃん以外を助けようとする姿。
ホンッットッ、醜く、汚らしい」
「ち、違っ」
「違わないっ!! お姉ちゃんの時は出し惜しみしたくせに!!
赤の他人には出し惜しみなし?! ふざけんなぁぁぁっ!!」
「違う!! 違います!! あの子の事は確かに私のせいです!!
でも、だから、私は……」
「だから?! だから後悔しない為に出し惜しみしなくなった!?
ソレはアンタのエゴじゃない!!
アンタが自分自身を肯定する為にやってることじゃない!!
それが醜くなくてなんなのよ!!」
そんなつもりがなかったといえば、嘘になる。だが、それだけではないのに。
「……っ……」
夜の眼から涙が零れ落ちた。
ただ、流れ、落ち続けた。
そうして何も言えずにいる夜に侮蔑の視線を送りつつ、素子は続けた。
「ふん。
で、それを知った私は、アンタを観察し始めた。
アンタが何かしらボロを出せばすぐさま糾弾できるように。
まぁ今にして思えば小娘のお遊びだったわけだけど。アンタと同様に」
「……」
「そんな事をしてる私に声を掛けてくれたのが、今現在ご協力いただいているお方って訳。
アンタがエゴイストの存在に気づき、追い始め、
そのアンタを追う事で私の存在に気付いたって感じだったみたいね。
そうして私に接触した彼らは復讐の手段として、
RDA、E・G・O、エゴイストの存在を教えてくれた。
その上、私達の望みを叶える為に色々サポートしてくれると約束してくれた。
上手い話にはご用心なんだろうけど、私は一も二もなくそれに飛びついたわ。
だって、そうでしょう?
壱野家の膨大な資金力を持って、自分を鍛え上げ武装し、
いざという時は膨大な金を廻せるアンタを敵に廻す為に必要なものが一気に手に入るんだから」
「……っ」
「で、私達はアンタを絶望に突き落とす為の計画を練り始めた。
まぁ多少スポンサー様の入れ知恵と要請もあったけど。
あんた達、確かE・G・O所持者のリスト持ってたわよね?
何処の誰が持ってきたものか知らないけど、
それは随分前からスポンサー様の手が入った罠だったのよ。
自分達……スポンサー様のの存在に気付いた誰か、
この場合はアンタに声を掛けてくるって存在でしょうね。
ソイツを罠に掛ける為にね」
素子が語るソイツが誰なのか、夜にはすぐに理解できた。
永久。
様々な事を知る、謎多き存在。
慧悟が様々な感情を向けている女性。
そのスポンサーが何を考えているのかの詳細は分からないが、
少なくとも永久を捕えようとしている事は間違いないようだ。
そして、素子はその計画に自分の復讐計画を混ぜ合わせて進行させていた。
そういう意味では、リストは二重の罠だったのだろう。
永久と夜、2人ともを絡め取る為の。
直後、そんな夜の推測を肯定するような言葉が素子の口から語られていく。
「まぁソイツについては私達にはどうでもいいことね。
私達としては、アンタが私達の関与に気付く事無くリストを手に入れる事が重要だった。
偽善者なアンタの事だから、このリストを手に入れれば、E・G・Oの回収に入るのは眼に見えていた。
そうしてアンタが回収作業に入る中で、ある程度か、真っ先にかは分からないけど、
いつか『お姉ちゃん』を名乗った私達に接触しようとした時、アンタの無力を思い知らせてやろうと、せせら笑ってやろうという流れで計画してたわけよ。
アンタの傲慢さを、無様さを、思い上がりを、へし折ってやろうって。
勿論リストの人間達には私達の邪魔をしないように可能な限りでだけど協力を打診してた。
まぁ、予想外の事が幾つかあって、色々と失敗したりして、その修正が面倒臭かったんだけど」
「……よ、予想外の事?」
「まぁ、こっちオンリーで言えば、大きくは二つね。
まず一つは世田大の事」
困ったものよ、と言わんばかりに素子は溜息を吐く。
「とりあえず、アンタの身近で何かしらの事件を起こさせて、
アンタにエゴイストの存在をより強く認識させた上で追ってもらって、
スポンサー様が追っている存在からリストを渡してもらう状況にしようと考えた私達は、使用法その他書いて彼にE・G・Oを送りつけた」
「……そうすれば、そのスポンサーが追っている人が、
エゴイストを追う私に気付いて、リストを渡そうと考え、その際に姿を見せるから?」
「そういうこと。
その誰かさんが結構お節介らしい事とか、
エゴイストによる事件を起こせば姿を見せる可能性は少なくない事をスポンサーは把握してたらしいのよね」
事実、永久は夜の前に現れた。
夜達にリストを送りつけてきたのは後日だったが、その辺りは誤差の範疇という所だろう。
素子のスポンサーとやらが、永久について夜よりも理解しているのは間違いなさそうだった。
「正直まだるっこしいのは面倒臭かったんだけど、スポンサーの要求にはある程度応えたかったからね。
私達は名前その他を伏せた上で、私達の思惑通りになるように世田大をけしかけた。
知ってるかどうかは知らないけど、
エゴイストの強さは欲望の深さに左右されるから、
日常に不満の無い彼なら適度な弱さのエゴイストを出してくれるだろうと思ってた。
だけど、彼には予想外の欲望があって、私達の想定外の動きをしてしまった。
予想以上に話が大きくなった上、世田大がアンタに気があるらしいって分かった時は焦ったわよ。
騒ぎが大きくなる事でアンタ以外がエゴイスト事件に介入する事、
アンタが私達以外の手でボロボロにされる事は望むところじゃなかった。
だから色々対応を話し合った結果、私がアンタに依頼に行くって形を取ったのよ。
いざと言う時、私が現場でフォローして、
その際私の姿を見られてもある程度のこじつけが出来るようにって。
ちなみに、ここは女生徒達が拉致られてた場所の真上だったりするの」
「え?」
「場所を、この下を彼に提供したのは私達。
そもそも少しのトラブルが起きても邪魔されない為に提供してもらった場所だし、有効に使わないとね。
まぁ、そうして私がアンタに依頼した後は順調にいくと思ってたんだけど……
ここで、二つ目のイレギュラーが発生した」
「……慧悟、君」
「そう。その通り。
西木慧悟先輩。愛すべき純粋な正義馬鹿。
デッドコードとか名乗る彼が、事件に介入した。
元々、彼の存在はスポンサー様にとっても”予定内”のイレギュラーだったらしいわね。詳しくは知らないけど。
ともかく、彼が貴方の協力者として横に立った事は、私達にとって最大の誤算だった。
他はともかく、私達の事にも彼がしゃしゃり出てくるのは困る。
私としては、無関係の善意の人を巻き込むのは心苦しかったし。
まぁ、それも、もうないから、安心して事が進められるけどね」
「っ!! まさか、慧悟君を……!?」
「話聞いてなかったの?
先輩を巻き込むのは本意じゃない。ゆえに、平和的に排除しただけよ。
まぁ、後々貴方の絶望を加速させる為に使おうと思ってるけどね」
「なっ!! 言ってる事が矛盾しています……!」
「あ、まぁ、そうかしらねぇ? まぁ、ほどほどにはしてあげるけど」
軽い調子で答える素子の表情からは、
指摘した矛盾について、本当に分かっているのか分かっていないのか、
そもそも理解する気があるのかないのか、それすら測れなかった。
しかし、夜に確実に分かる事があった。
素子は自分を苦しめるだけ苦しめる為の手段として、使えるものは全て使うつもりなのだと。
その為の手段は選ばないのだと。
「や、やめて、ください……!!」
それを理解した夜は思わず口を開いていた。
彼女らしからぬ事に、思考らしい思考さえしないままに。
感情のままに、言葉を紡いでいった。
「……お、お願いします……私は、なんでもします……なにをされても、いいです……。
でも、慧悟君は、関係ないんです……っ!」
「あれ? 彼の事が好きだったりするの?」
「……分かりません……でも、大事な人には変わりありません……
だから、慧悟君がここに来ても、家に帰してあげて下さい……。
貴方の友達、流理ちゃんのお兄ちゃんでもあるんですよ……?」
直後。
夜の言葉に、素子はキョトン、と呆けた表情を浮かべた。
その表情のまま、眼を幾度か瞬かせた後、面白くて仕方ないとばかりに彼女は言った。
「もしかして。西木先輩が助けにここに来てくれると思ってるの?
私があの子の友達になったって本気で思ってるの?
ぷっ、はははははははははははははははははっ!!!」
けたたましい笑い声を上げる素子。
そんなあまりの様子に、夜は困惑と怒りを交えた声を上げた。
「何がそんなに……!」
「ははっ、ひっ、ふっ、はーっ、おかしいわよ。そのめでたい思考が」
必死に笑いを堪えながら、素子は言葉を続ける。
楽しげに、かつ夜への侮蔑を込めた顔で。
「まず流理が友達ですって? 残念ながら違うわね。
あれは西木先輩の動向を探る為の演技!
妹の友達って立場なら色々情報も仕入れやすいかなってね。
まぁお陰さまで色々助かってたわ」
「……!!」
「そして、先輩がここに来るか、だけど、残念ながらそれは無理よ。だって……」
「そう。アイツのRDAはここにあるからな」
新しい、第三者の声が響き渡る。
夜にとって聞き覚えのあるその声と共に階段から姿を現したのは……。
「貴方は……っ!?」
「よう、ご機嫌いかが? 壱野」
間違いない。
紛れも無い。
夜の幼馴染である、伴戸友二、その人だった。
そんな彼に、様々な想いを込めて視線を向ける夜。
ニヤニヤ笑いながらそれを受け止める友二の手には見覚えのあるものが、慧悟のRDAが握られていた……。
……続く。