第七話 彼らの有意義な休日(前編)











「……」

 とある交番で、警察官が一人渋い表情で新聞に目を通していた。
 彼が読んでいるのは全国紙ではなく、彼が住む場所の地方紙である。
 彼の目を引いたのは、その新聞に載せられていた、若者から寄せられた化け物、その噂についての投書。
 化け物同士が戦っているのを見掛けた、という噂を在り得ないと否定しつつ、もしかしたら……と考え、
 ありえないものの存在への憧れは悪い事なのかどうかと展開させた、如何にも若い思考に溢れた内容のもの。

 彼の表情を渋くしている原因は、この投書に他ならない。
 投書の内容自体に問題は無い。
 問題があるとすれば、内容に書かれた化け物が実在している事だろう。

 噂のものと同一かはわからないが、彼は少し前に現実には存在しえないだろう化け物に遭遇していた。
 人に襲い掛かり、自身を昏倒させた化け物と、いつのまにか現れて、その化け物を倒したと思しき別の化け物。
 自身が遭遇したものはその事件だけだが、同様の化け物の実在を信じざるを得ないような事は他にも起こっているらしかった。

 一例として、少し前に起こった大量盗難……人形、所謂フィギュアが盗まれていた事件がある。
 証拠は、盗難された品々と容疑者の男が所持していたフィギュアとのほぼ一致(彼の部屋で行われた乱闘により一部破損・紛失していたが)。
 盗難現場での化け物の目撃証言があった事、普通の人間では単独で行えないだろう犯行などから、かつて彼が遭遇したものと近いケースの事件らしいと思われている。
 ……これについては、街で起こった乱闘もしくは小火騒動らしきもの、及び殺人未遂の容疑などからしょっ引いた男を調べた結果、それに付随する形で明らかになったのだが(ただ、警察内部では怪しいと踏んでいた人間も少なからずいたらしい)。

 その他にも幾つか、それらに類似した事件が起こっている事が、仕事中彼の耳に入ってきていた。

 勿論警察も化け物の存在を素直に認めているわけではない。
 だが、多数の目撃情報や、監視カメラなどによる、鮮明ではないがそれらしい存在が写っている映像が、普通では考えられないものの存在をある程度認めなくてはならない状況に徐々に追い込みつつあった。 

 実際の所、それらが一体なんなのか、警察上層部は勿論、彼自身未だに知らないし、答を見つけられないでいた。

(あの子は、どうなんだろうか?)

 自身が遭遇した事件に共に遭遇した少女は、どうなのだろうか?
 まだよく分からない、とだけ答えていた彼女は、少なくとも自身よりは何かを知っていたと思うのだが……。

「おい、そろそろ巡回の時間じゃないのか?」

 読み終えた新聞を畳んだ後、そういった思考に耽っていた彼は自身を呼ぶ相棒の声に咄嗟に答える事が出来なかった。

「あ、ああ」
「なんだよ、元気ないな。この間化け物にノックアウトされたのがそんなに尾を引いてんのか」
「尾を引いてたら仕事してないっての。……行くぞ」
「おう」

 相棒と共に、仕事であり日課である近所の巡回に繰り出す彼。
 
 彼は頭の隅で思考を続けていた。
 化け物達が再び自身の目の前に現れた時、自分はどうすればいいのか。何が出来るのかを。

 彼がこの答を知るのは、まだ少し先の話である。

 









「ルナティック……デバッガー!!」

 集められた力、光と共に、デッドコードの頭が振り落とされる。
 飛行能力を持たない以上、蹴り上げられた空中に逃げ場は無い。
 牛に似たエゴイストは回避行動を取る事さえ出来ずに必殺の一撃を受け、破壊された。

「っとと」

 直後、崩れ落ちるエゴイストの主たる女性を瑞樹が即座に駆け寄って支え、彼女が持っていたRDAを夜が回収する。
 そんな3人のすぐ近くに、空中で一回転し体勢を整えたデッドコードが降り立った。

 異形。
 改めて何度も見ても、そう思う姿だ。
 しかし見慣れてしまえば、その中身を知っていればどうという事はない……そう最近の夜達は思うようになった。
 むしろ、この姿はこの姿で味がある。そうとさえ思うようになっていた。
 ……そう思うようになった事もあり、この姿のせいで慧悟が化け物呼ばわりされるのは腹立たしい限りと思うようになってもいたが。

 夜も、瑞樹も、自分達のそんな都合のいい考えにうんざりする事もあるが、それはそれ。
 慧悟の事を思えば、最早化け物扱いは出来なかった。

「回収は、出来たみたいだね」

 夜達がそんな事を思考しているとは知る由もないデッドコード……慧悟は、纏繞を解かないまま、安堵の声で呟いた。
 そんな慧悟に2人は労いの言葉を送る。

「はい。お疲れ様、慧悟君」
「お疲れ様です。慧悟様」
「ああ、うん、その、2人ともお疲れ様」

 名前呼びにまだ慣れていないのか、慧悟は頭を掻いて照れを見せる。
 そんな慧悟が微笑ましく思え、自然笑顔を向ける女性陣。
 その笑顔にまた照れて、キョトキョトと落ち着かない様子で周囲に視線を流す慧悟。
 
 この所はそんな連鎖する場面が多くあった。
 知り合った頃と比較して、明らかに穏やかで優しいやりとりがそこにはある。
 まぁそこに至ったのは、片池創の事件を含む幾つかの事件、戦いを経ての経験・交流があってこそなのだが。

「……っと。こうしてはいられませんね。
 もう手配した救急車も来ますし、ここを離れましょう」
「合流場所は、駅前のファミレスで」
「……ああ」

 頷いたデッドコードは跳躍、自身たちを挟む2つのビルの壁を交互に蹴って上へ上へと駆け上がり、その姿を消す。
 夜達はそれを最後まで確認する事無く、来た時のルートは使わずに表通りへと戻っていく。

 そうして、3人は……正確に言えば、2人と1人はそれぞれの方法で現場を離れた。

 こうしてエゴイスト破壊後……に限らず、時として彼らが別々に動くのは、
 夜達の回収行動とデッドコードの存在・活動を可能な限り結び付けない為であった。

 この所、学校や街でちらほらエゴイスト絡みの事件、その噂が流れ始めていた。
 それとE・G・Oが憶測でもなんでも結び付けられ、E・G・O所持者が警戒するのは夜達としては避けたかった。

 E・G・O所持者の警戒……それは、交渉の難航を呼び、
 所持者が知っているかどうかにも寄るが、下手をすればエゴイストとの戦闘を招きかねないからだ。
  
 根本的に行動を共にしている以上、隠す事に無理が、限界があるのは夜も重々承知していた。
 慧悟に状況に応じて近くの、だが別の場所で待機してもらったりなどしているが、
 エゴイストに対峙する可能性を考えれば、全くの別行動は出来ない以上、どうしようもないのだ。

 ……実の所。
 夜はその状況を変化出来るモノを所持している。
 しているのだが、未だそれについての決断は出来ていない。
 
 ゆえに今は現状の活動方式を続けるしかないのである。

 閑話休題。

 約30分後。
 約束していたファミレスで3人プラス運転手の沖実は無事に合流。
 かつて夜が永久と出会った店、そのチェーン店……距離的にはそう遠くない……入り口近くの席に、彼らは腰を下ろしていた。

「では改めてお疲れ様」

 4人は労いの言葉を交わした後、ドリンクバー用のグラスにそれぞれ入れてきたジュースで小さく乾杯する。

「じゃあ、注文の品が来る前に、簡単に現状確認を」
「うん。えーと」

 言いながら慧悟が取り出したのは、彼がずっと預かっている永久から送られてきたリスト。
 2枚の用紙に53人書かれた名前は、半分と少しが赤字マジックで塗り潰されていた。
 言わずもがな、それが現在の進行状況である。

「今回の彼女……えと、石波奈美さんで36人目。残りは17人。それで、石波さんは?」

 確認後リストをバッグに仕舞いつつ、瑞樹に尋ねる慧悟。
 瑞樹はそれに小さく一度頷いてから答えた。

「ええ、無事病院に搬送されました。
 いつもどおり、記憶欠如と心身衰弱以外は問題ないと思うけど、経過についてはいつもどおりに」
「今回は人目につかない場所への誘導がうまくいったのは良かったですね」
「……まぁ、前回前々回みたいに話し合いでケリがつくのが一番いいんだけどね」

 協力体制での回収を初めて早2週間。
 慧悟達は、少しずつ、だが確実にソフトの回収・破壊を進めていた。
 既にエゴイストの能力を使って犯罪に手を染めていたもの、
 普通の使い方しか知らなかったもの、
 人が様々な反応を見せる中を、確実に潜り抜けていった。

 失敗もあった。
 今のところ、死者は出ていないものの、怪我人や建物への被害などの失敗は少なからずあった。

 しかし、それらの経験を経て、彼らは少しずつ被害を最小限にする回収の”コツ”を掴みつつあった。
 その為、以前は準備その他に数日を掛けた上での回収にあたっていたものが、条件によっては1日で数件片付けられる事も可能になった。

 その甲斐もあって、なのか。

「この調子なら遅くても夏休みまでには全て終わりますね」
「そうだね」

 当初は先が見えなかった活動に終わりが少しずつ見え始めていた。
 だが、それはあくまでリストの内容が……永久の言葉が正しければ、に他ならない。
 その事について、瑞樹は表情をやや曇らせながら疑問を口にする。
 ……慧悟の心情を考えればあまり触れたくはない事だが、夜、慧悟の安全の為にも多少は触れておかねばならないだろうと考えながら。

「しかし、他の地域については大丈夫、という永久と名乗る人の言葉、信じてもよいのでしょうか?
 実際、今までの回収作業の中でリストにはない人間もエゴイストとして妨害してきた事もありましたし」

 リストにないという意味で言えば、慧悟と夜が協力体制を取るキッカケとなった世田大もまたリストに名前がない人物だった。
 彼を始め、慧悟が戦ったエゴイストの中には、そういったリストにない存在も確かに含まれていた。

「彼らの身元については、こちらで人を雇って調べてますが……」

 単純なリスト漏れなのか、他の都市での回収を免れた人間がこちらに来ているのか、想像し得ないほかの理由か。
 今の所、明確な事は分からないままだった。

「大丈夫ですよ。あの人は……色々問題のある人ですけど嘘をついた事はありませんから」

 疑念の篭った瑞樹の言葉に対し、慧悟はそう呟いた。
 慧悟のそんな言葉に対し、そうなら本当にいいんですけど、とは夜も瑞樹も言わない。
 現状、慧悟の中での永久を必要以上に崩す理由はないし、証拠もない。
 その警戒は自分達がすればいいことだ、そう夜たちは考えていた。
 思わずそう考えてしまうほどに慧悟にとって永久の存在が大きい事を、夜達はなんとなくではあるが理解しつつあったからだ。

「……でも、篠崎さんが言うように気になるのは事実ですから、早く何か分かるといいですね」

 そう結んで、慧悟は口を閉じた。
 永久への信頼について、自分の独りよがりな面がある事を慧悟自身理解していた。
 慧悟としては、それを夜達に押し付けるつもりはない。
 ないからこその言葉だった。
 しかし、そういった永久への疑心について、上手く言えない、言葉にならない引っ掛かりのような感情が生まれていたのも事実。

「……」

 慧悟は、その思いを押し込めるようにグラスを手に取り、その中身を氷ごと飲み込んでいった。

「……そうですね」

 夜はそんな慧悟の感情を正確に把握していたわけではない。
 把握していたわけではないが、永久絡みの話題である事や慧悟の表情から、なんとなく彼がまた色々と考えすぎてしまうような気がして、話の方向を変える事にした。
 ……最近、よくやっているように。

「そう言えば、慧悟君」
「んー? はひ?」

 バリボリと氷を頬張って砕く慧悟。
 子供かお前は、と突っ込みを入れる実にも苦笑しつつ、夜は尋ねた。

「最近ドタバタしてますが、期末試験は大丈夫ですか?」

 彼らのやっている事と関係なく訪れる恒例行事にして、学生の最大の試練。
 話題転換の手段でもあるが、普通に気になっていたのもまた事実。
 ここのところ、E・G・O回収に時間を割き過ぎているのは互いに知っているが故の心配に対し、

「……駄目かもしれない」

 慧悟は、ハハッ、と笑いながらサムズアップで答えた。

「なんで爽やかに言うんですか……?」
「いや、爽やかになってたのかどうかがそもそも分からないんだけど」
「サムズアップは?」
「なんとなく」
「……ええ、まぁ、別にいいですけど」
「お嬢様は生真面目ですからねー」
「無意味な事をされると落ち着かないんだ。普通はいいが、気をつけろよ」
「ああ、なるほど。了解」
「……別にいいって言ってるじゃないですか。
 さておき、そういう事なら、一緒に勉強しますか?」
「え?」
「私、それなりに勉強出来る方だと思いますので。
 それを抜きにしても一緒だと効率も上がると思いますし」
「いや、俺の効率は上がるだろうけど。夜さんの効率は下がるだろ」
「大丈夫です。そうならないと思いますし、そうならないようにしますので」
「ふむん。そりゃ、教えてくれるのはありがたいけど。
 その間のE・G・Oの回収はどうする?」
「それは……」

 御尤もな慧悟の指摘に、夜は暫し言葉を失った。
 ボンヤリと、回収後に時間を取ればいいなど考えていたのだが、具体的ではなかった為である。
 そうして夜が言いよどんでいると、横合いから思わぬ提案が発せられた。
 
「私が進めておきますよ」
「え?」
「瑞樹さんが?」

 夜と慧悟の視線を受け止めて、提案者である瑞樹は小さく頷いてみせた。

「はい。
 仮に、回収を意識しすぎて追試、なんて事になったら、
 結果的に回収により時間をかけてしまいますし。
 この際、お二人にはしっかり試験を受けていただいた方がいいかと」
「でも……」
「大丈夫です。私もお2人にお付き合いしてコツを掴んできてますから。
 要は不用意な発言をしてエゴイストにさせなければいい事です。
 後はRDAに注意する事。それで防げた事もあったじゃないですか」
「それは、そうだな」

 瑞樹の言葉に実が頷く。

 エゴイストの力を知っている殆どのE・G・O所持者は、最初から警戒してRDAを携帯していた。
 
 しかし、一部の人間はRDAをただ近くに置いていただけだったり、
 取り出すまでの動作が鈍かったりで、
 エゴイスト顕現までに取り押さえる事が可能だった事も何度かあった。

 今の所、
 そうしてソフトを回収した人間は軽犯罪を犯しており、かつその証拠が残っているため、
 記憶を残したまま警察に突き出している。

 ちなみに、その場合自分達の存在を話せばどうなるか、という脅しをかけている。
 実際に『そんな事』をするつもりはないが、自分達の存在は隠すに越した事はない。

 夜としては、自分達がやっている事が全て正しい、などとは思っていないが、青空の下を歩けなくなるようなような事だとは思っていない。
 しかし、現在進行形で動いている事実が現実離れしている以上、警察などの公的権力が絡めばややこしい事にしかならないのは目に見えていたからだ。

 閑話休題。

「まぁ、交渉が難航したり、これは駄目だと思ったら一時引きます。
 その後、経過や状況を監視して、どうするかを判断します。
 その上での緊急事態の時は呼びますので、その時はお願いします。
 勿論、そうならないようにしますが」
「私もその時は手伝いますし」
「……でも」
「……しかし」

 そう言って渋りつつ悩み出す慧悟と夜に、大人2人は顔を見合わせて苦笑した。

 本来彼らはこんな事をする必要はない。
 2人ともそれぞれの想いや事情ゆえに、しなければならない、と思い込んでいるだけだ。

 義務で物事を考え過ぎる、そのある意味での幼さは危なくもある。
 だからこそ、2人に少し休息を与えて、僅かばかりかもしれないが心に余裕を持たせておきたかった。

「それに後もう少しだからこそ、焦らずしっかり丁寧に進めていかないと。
 その為には、ある程度リラックスは必要です。
 そういう意味で、今のうちにリフレッシュしておいてください。
 ……勉強がリフレッシュになるかは微妙ですけどね」

 その辺りを懇切丁寧に解説するつもりはない。
 ただし、大人達が子供達を心配している事は紛れもない事実。
 それが伝わっているのか、2人は暫し考え込んだ後、顔を見合わせ、頷き合った。
 瑞樹の提案を受け取る事にしたのである。

「うーん……そうですね」
「分かりました。でも、本当に無理はしないでくださいね」
「はいはい。私も命は惜しいですから」
「右に同じく」

 と、そこで。

「……失礼致します」

 そんな話が纏まるタイミングを見計らっていたかのように、4人の料理がテーブルに並べられていく。
 となれば、とりあえずやる事は決まっていた。

「では、食事と行きますか。皆様手を合わせて」
『いただきます』

 そうして、極めて行儀正しいと言うべきかお子様的と言うべきかな始まり方で彼らの夕食は幕を開けた。










 
 そんな会話があって数日後の朝。 

「おはようございます」
「おはよう……」

 通学路で鉢合わせた慧悟と夜が会話を交わす。
 この所、合流する事が多くなってきたので、この光景は2人にとって最早日常と言えた。

「……髪、暑くないですか?」

 ダラダラと汗を掻き、心なしぐったりしている慧悟の様子を見て、夜は思わずそう口にしていた。
 行動を共にするようになって以降、何度か同じ様なやりとりを繰り返しているのだが、彼は一向に髪を切らなかった。
 そして、おそらく今回も。

「暑いけど、切らない」

 ああ、やっぱり、と内心で夜は呟いた。

「なんでそんなムキになってるんです……?」
「家族が切れ切れ五月蝿いから。……揃って言われるとなんか反抗したくなるんだ」
「慧悟君って、天邪鬼なんですねぇ」
「え? そうかな? 俺は……」
「……」
「むむ。なんで笑顔で無言? そこ黙る所ちがくない?」
「それはそれとして。テスト勉強、何処でしましょうか?」
「ん? そう言えば場所の事は考えてなかったな」

 あっさり話の方向を変えられた事に疑問を感じず、乗っかる慧悟。

 色々話すようになった結果、
 夜は時々変人モードになったり真面目モードになったりする慧悟との会話の方向性のコントロールをある程度掴みつつあった。

 基本的に細かい事は気にしないというか、正義云々以外は割と大雑把な慧悟は、
 新しい話題を提供されるとあっさりそっちに乗ってしまう事が多いのである。
 今回も案の定夜に乗せられ、新たな話の方向性に食いついた。

 夜としては時々自分が悪女なんじゃなかろうかと思い悩んでいる部分ではあるのだが、
 そのままの方向性で普通に話を続けると果てしなく話が変な方向に膨らんでいき、
 慧悟の独特の思考回路のせいか、気がつくと訳の分からない会話になってしまって、収集が付かなくなる為、
 ある程度会話の手綱は握っておかねばならないのである。

「はぁ……」
「? どうかした?」
「いえ、何も。……それで、どうしましょう」
「そうだなぁ。ファミレスとか?」
「うーん、流石に落ち着かないですよ。勉強するには向きません」
「俺はそうでもないと思うけど、夜さんがそう言うのなら止めておくかな。
 じゃあ、夜さんか、俺んちだな。ふむん」

 そうして慧悟が考え込んでいると。

「おはようさん。何の話してるんだ?」

 そんな挨拶と共に友二が現れた。
 この流れも定番になりつつある感が夜にはあった。

「いや、その。そろそろ、期末だろ? テスト勉強を……しようって話になって」

 夜と慧悟が親しくなった影響で、慧悟と友二もまたそれなりに親しくなっていた。
 夜相手の時ほどではないが、それなりに落ち着いた会話をするようになっているのは、夜としては嬉しかったりする。
 友達同士が仲が良い。素晴らしい事だ。
 そんな事を夜が考えている間にも、2人の会話は進んでいた。

「そっか。テスト勉強ね。場所は決まってるのか?」
「そう。それで、何処にするか、って話になって。俺んちか、彼女んちか、って所で君が来た」
「ほほぉ。勉強か。……なぁ、俺も参加しちゃ駄目か? 
 いや、なんつーかだ。折角西木とも縁が出来たわけだし」
「俺としちゃ反対意見はないんだけど……」

 言いながら夜の方を見る慧悟。おそらく、夜に任せる、という事なのだろう。
 慧悟の無言意思表示としては分かり易い部類ではある。

(……まぁ、分かるようになったのは悪い事じゃないですね、ええ)

「何ニヤニヤしてんだ?」
「……ああ、まぁ、その。深い意味はありませんよ。ええ。えと、とにかく」
「西木ばりにドモってたな」
「俺あんな感じか?」
「とにかく。
 慧悟君がいいなら、私としては反対理由はありませんし、一緒に勉強しましょうか。
 で、問題は場所なんですが……」
「なぁ、その勉強会って、1日だけなのか?」
「一応、明日からの土日の2日間を予定していますが」

 放課後に行う事も考えたのだが、しっかり勉強するにはしっかり時間を取るべきだ、と瑞樹に押し切られ、そうなった。
 瑞樹的にはしっかり2日間勉強(リフレッシュ)してほしいらしい。

「それなら、候補に挙がってたらしい西木の家とお前んちで交互にやったらどうだ? 
 迷う位ならその方がいいだろ」
「なるほど。それもそうですね。じゃあ……」

 そうして。
 彼らは試験勉強について語り合いながら、学校へと向かう。

 それは何処にでもある、普通の学生の風景だった。
 ……彼らが日頃抱えているものとは真逆の。











 ……続く。







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