第五話 似て非なる者達(中編)











「壱野さん。その、悪いけど、早く開けてくれないかな」
「うん、今開けます」

 何処かそわそわした、落ち着かない様子で開封を急かす慧悟。
 そんな慧悟に内心で少し驚き……というより戸惑いつつも、夜は封を切った。

 瑞樹から渡された、永久と書かれた封筒の中には、また封筒。
 それぞれ2人へ、壱野夜様へと書かれている。

「……俺宛て無いのかぁ」
「えと、その、とにかく読んでみましょう」

 フォローのような言葉を口にしながら、夜は2人宛と書かれた封筒の口を手で破り、中の手紙を取り出す。
 何故か何かのデフォルメキャラクターの便箋だったりしたのだが、
 それについては2人とも特に突っ込みを入れる事無く……そんな余裕が無い慧悟に夜が引っ張られる形で……2人は手紙を広げた。

「えーと」
「なんて書いてあるんだろ」

 テーブルに広げた手紙に2人隣り合って視線を送る。
 ちなみに2人の後ろには、瑞樹が無言で……その視線は手紙に注がれている……待機していた。

「……その、俺臭くない?」
「大丈夫ですから」

 興奮してはいても気は遣ってくれているのか、まだ夜が思っていたよりは余裕があるのか。
 慧悟の言葉に思わず苦笑しつつ、夜はようやっと手紙の1枚目に目を通し始めた。
 それを追う様に、慧悟もまた手紙に視線を這わせていく。

『慧悟は久しぶり。
 壱野夜は1週間ぶりになるでしょうね、手紙の届く時期を考えると。
 貴方達があの日、エゴイストが戦う世界で出会う事は状況から分かっていたわ。
 分かっていて手助けをしなかったのは、貴方達なら大丈夫だと思ったから。
 頭でっかちの夜にはその方が色々伝わりやすいはずだし』

 達筆、という程ではないが綺麗で読み易い文字で書かれた手紙のそんな書き出しに、夜は渋い表情を浮かべた。

「……なんか、少し腹が立つような」
「あー、その。
 あの人は、なんというか、良い意味でも悪い意味でも自主性を尊重する人だから」
「私が腹を立てている箇所に自主性は関係ないような気がしますけど」

『そろそろ2人で話す時期になっているはずだから、この手紙を書いているわ。
 慧悟の分かり難い説明でも、利口な夜なら理解は出来ているでしょう。
 ゲームソフト、E・G・Oがエゴイストを生み出す媒体となっている事。
 その事実を知っている人間が少なからず存在している事。
 エゴイストを使った犯罪に対し、普通の人間では対応し難い事。
 そして、普通の人間にエゴイストの力は扱えない……制御できない事。
 以上を踏まえて、貴方達が今後起こすであろう、あるいは既に行っている事への手助けになるものを同封しているわ。
 手紙の2枚目、3枚目がそれ』 

 そこまで読んで、再び顔を見合わせた2人は2枚目3枚目をテーブルに広げていった。
 こちらはキャラクター便箋ではなく、白地のプリンター用紙のようである。

「これは……」
「県内にいるゲーム所持者の名簿……? こっちの備考は……」

 パソコンか何かで作成しプリントアウトしたと思しき2枚目、3枚目は、彼らが住む県内でゲーム……E・G・Oを所持する者のリストだった。
 リストには所持者の住所、氏名、年齢などの情報が書き込まれている。
 名前に斜線が引かれている人間の備考欄には、既に確認、回収、破壊などで処理をした旨が書かれていた。

「……私の持ってるリストにない名前もありますね。
 既に私が回収した分についても書いてます……」
「え? 回収してたの? どうやって?」
「相手の言い値で買い取ってたんです。
 当時はどういう意味で危険かは分かりませんでしたけど、危険である事に違いはなさそうだったので。
 ……あ、西木君が破壊した分についても書いてますよ」

 夜は、慧悟による破壊、という文面を見つけ、そう記されていた方を慧悟に渡した。
 そうして、それぞれ2枚目を夜、3枚目を慧悟が持って読む。

「ホントだ。……なんか、見ててくれた感じがして嬉しいな」
「すみません、そちらをもう一度見せて……」
「……。私にも見せてもらえませんか?」

 唐突に、瑞樹が2人の背後から声を掛けてきた。
 いつの間に距離を詰めたのか分からず、慧悟は思わずビクッと身を震わせる。

「うおわっ!?」
「驚きはいいですから。見せてください」
「いや、そんなマジな眼で言わなくても見せますよ」

 3枚目は最初の方しか見ていなかったのでもう一度目を通したかったのだが……。

(まぁ、後でいいかしら)

 そう考えた夜は、慧悟に目配せして、彼の持っていたものも含めて瑞樹に渡す。
 失礼しました、と言いつつリストを受け取った瑞樹は、マジマジとソレを見詰めた。
 その様子に微かな疑問を抱きながらも熱心な様子に何も言えず、リストを渡した事で言葉無沙汰になっていた事もあり、夜は場を埋める意味も込めて疑問を呟いた。

「しかし不思議ですね。
 彼女、永久さんは、一体どうやってこんなにも状況を把握してるんでしょう?」
「うーん、方法は正直よく分からないけど、あの人なら、何やっても不思議じゃないからなぁ。
 まさに神出鬼没だったし。気付いたら俺の部屋にいた事もあったっけ」
「……それはちょっと困る神出鬼没ですね。えと、とにかく手紙の方の続きを読みましょう」
「ああ、うん。そだな」
 

『このリストを使えば、ゲームの回収が少しは楽になるでしょう。
 E・G・Oを制作したゲーム会社から直接回収してきたリストだから、夜が持っているリストより役に立つと思うわ。
 ちなみに、ゲーム会社の権利その他は私が奪い取って引き継いでるので(責任問題以外)、
 その権限を継いだ云々と言えば筋は通るはず。
 必要な連絡先、住所なんかは同封した名刺にそれっぽく書いてあるんで。
 交渉に難儀した時は連絡してもらって構わないわ。
 なお、慧悟の私的利用・連絡は禁じます』

「……」
「え、えと、ほら、続きにちゃんとフォローありますよ!」

『慧悟はもう私に頼らなくてもある程度は出来るでしょう?
 頑張りなさい。応援はしてるから。嘘じゃないわよ?』

「イエスっ!!」
「……ああ、うん。立ち直れてよかったです」

『さておき。回収の方法については任せるわ。
 なお、このリストに書かれていない県外のE・G・Oについては、こちらでなんとかするので心配は無用よ。
 あとコレは強制じゃないから、やるもやらないも自由。
 もし、何もしなくても、私から言える事は何もないわ。
 自分達の思う事を、自分達の思うままに。
 とりあえずはこんなところかしら。
 何か思い出したことがあればまた手紙を書くわ。
 メールの方が楽だけど……そっちは若干安心できないから。
 最新機器は私的にはまだ不慣れで、不信感があるの。
 では、また。
 貴方達に幸多からん事を心から願っているわ。
                            永久』

「……という事ですが、どうしますか?」
「どう、って?」
「E・G・Oの回収です。私としてはやらないわけにはいかないと思うんです」

 ゲームをセットし、質問に答え、願いを言う。
 アレはただそれだけで手に入る力としてはあまりにも大き過ぎる。
 そして、いとも簡単に人を、その人生を捻じ曲げかねないものだ。

「あれは、絶対に回収しないといけないものだと思います。
 私は暫く基本的には普通の『依頼』はお休みしてこちらを進めますが……西木君はどうですか? どうしますか?」
「それは俺も同じだよ。放っておけない。今までどおりに」
「じゃあ、協力してこのリストにある人達のソフトを回収しに行きましょう」
「協力?」

 怪訝な声を上げる慧悟に、夜はハッキリ分かるように頷いて見せた。
 
「何事も、1人より2人ですよ。こういう場合なら尚更に」
「……」
「不満、ですか? 私と一緒なのは」
「いや、その。むしろ、俺は……壱野さんが協力してくれた方が助かるけど。
 あーでもなぁ、正直な所、危険な目に遭わせたくないし……」
「お気遣い、ありがとうございます。
 でも、ソレは言いっこなしですよ。
 私には、エゴイストに対抗する術はありません。
 だから、もしエゴイストが現れたら……西木君に戦ってもらうしかない、ですし。
 ……疑うような事を言うようでなんですけど、大丈夫、なんですよね?」
「大丈夫、とは言いきれない。
 でも、大丈夫。
 少なくとも壱野さんは守るよ、絶対」
「う」

 真正面からそう言われると、夜としては流石に恥ずかしい。
 そんな言葉を言われなれてないからだと内心で言い訳がましく思考する夜。
 だが、慧悟はまるで気にしていない……夜の微かな狼狽には気付いていないようだった。
 当たり前の事を言っただけ、と言わんばかりに真っ直ぐに夜の方を見据えるだけだった。

 そんな慧悟の揺ぎ無い視線を受けたからなのか、夜は逆に不安になった。
 自分の事ではなく、慧悟の事が。
  
『壱野さんは守る』

 その言い様はまるで”例え自分がどうなっても”と付け加えられそうな、そんな声音だったからだ。
 実際にどうなのかは分からないが、もしそう思っているのであれば夜としては看過出来なかった。
 例え、偽善的な考えからなのだとしても。

 だから、夜は少し考えた上で慧悟に言った。

「え、と、その。……西木君自身の事も大事にしてくれますか?」
「え?」
「危険な事をお任せする的な事を言った後でこんな事を言うのは矛盾してるとは思いますが、西木君も気をつけてほしいんです」
「……俺はデッドコードになれるから、壱野さんほど危なくないよ。
 だから、壱野さんの安全を優先する方が……」
「ええ、現実的にはその考えが正しいと私も思います。
 私もそれなりに鍛えているつもりですが、あのエゴイストという存在には殆ど無力なのは否定できない事実ですから。
 でも私は、そうすると西木君が自分の事を蔑ろにしてしまうんじゃないかって、その、考えてしまって」
「……」
「私も私で出来る限り安全をちゃんと考えた行動をしますから。
 力不足の部分があれば、西木君の力をお借りする事になると思いますが、それ以外は自己責任をしっかり負いますので。
 だから、西木君も……気を、つけてください」
「……ん。出来る限りは、そうする」
「ありがとうございます」

 慧悟の返事に、何処となく安堵した心持で礼を告げる夜。
 それは互いに自身を含めた安全に気を遣うというだけの返事ではなく、
 互いに協力し合う事を了解し合った返事でもあったからだろう。 

「じゃあ、ここに協力体制成立という事でいいですね?」

 それでも一応言葉にしておきたくて、夜は言った。
 それはやはり、まだまだ西木慧悟という人間を理解出来ていないがゆえの不安だったのかもしれない。

「さっきも言いましたけど、協力した方が1人1人でやるより効率がいい筈ですし」

 自身のそんな心情を半ば理解しつつも、あえて構う事無く言葉を続けた夜に対し、
 少し考え込むように顎に手を当て、一度頷いてから慧悟は答えた。
 
「……そうだな。うん、そういう事で、よろしく」
「よろしくお願いします」

 夜がそう言いながら手を差し出す。
 慧悟はそうされた意味を理解しながらも暫し考え込んだ。
 しかし、先程までのやりとりを思い返し、躊躇いながらも手を伸ばす。

 そうして2人は握手を交わした。
 しかし、それは一瞬より少し長い程度の時間だった。
 互いに手が触れ合ったと認識した直後、慧悟がすぐさま手を引いたからである。
 
 先程までの慧悟の言動から推察するに、夜を”汚したり”しないだろうかという思考に基づくものなのだろう。
 実際、そう考えた夜の思考は正しかったのだが、
 握手があっさりと断ち切られた事により微妙な空気が生まれた事に変わりはない。

「……それで、方法としては?」

 そんな空気が気まずかったのか、あるいは何も感じていなかったのか。
 いずれにせよ、慧悟がそう呟く事で微妙ながらも空気が流れ、動き出す。
 フォローすべきかどうか考えていたが、わざわざその流れを乱す事も無いだろうと夜は慧悟の言葉に乗る事にした。

「そうですね……やはり、このゲームの会社が潰れている事を利用して、
 関係者という事で回収していくのが一番だと思います。
 理由としては、そもそも無理がある中では無理がない方ですし。
 その際、必要であれば私がお金を出して買い取ります」
「……俺も協力はしたいけど……でも、なぁ」
「お気遣いなく。
 お金が必要な事は私がやりますよ。幸い、ずっと貯めてきたお金もありますし」

 子供の頃からもらってきたお小遣いやその他は、この所『依頼』の為に消費されている。
 今からE・G・O回収に使ったのだとしても、使い道の方向性としては然程変わらない。

「さっきも言いましたけど、西木君は、その際にトラブルが……
 エゴイストを使ったりする人もいたりするかもしれませんから、その相手をお願いします」

 永久が手紙に書いた事が事実であれば、何者かが邪魔をしにくる事は十分にあり得る。
 既に事実を……E・G・Oに隠された力を知った結果、これだけの力を手放したくない、と思う人間も少なくないだろう。
 であるならば、慧悟の、デッドコードの力は確実に必要になる。

「……それはいいけど。
 仮に、交渉中に別件のエゴイストが現れた時は……」
「心配性な考えとは、言い切れないですね。
 それが起こらない可能性がゼロというわけではないですし。
 もし、そうなった時は、誰かの命が危ない方を優先で動きましょう。
 どう動くのが正解なのかは、その時の状況次第ですね」
「ん。そうだな。じゃあ……」

 そうして二人は今後の事を色々話し合い、瑞樹も交えつつ、様々な事を決めていった。

 瑞樹からの提案で、何者かの襲撃の可能性を考慮してリストは慧悟が預かり保管する事、
 交渉・回収の流れに慣れるまでは、安全と確実性を重視するのを意識する事、
 近場は放課後に徒歩・バスで、遠い場所も可能なら壱野家の自家用車で、より遠い場所は休日に向かう事、
 回収の際は単独行動は避ける事、などなど。

 そして。
 とりあえず明日の放課後、現状において一番やりやすそうな条件・場所が一件あり、そこに行ってみる事も決まった。

 善は急げ。
 出来る限りで、という言葉は付くものの、自分達が行うべき事が文字通りソレである事にそれぞれの形で苦笑しつつ、今日は解散となった。
















 慧悟が帰った後、夜は一日の疲れを落とす為に風呂に入り、早めにベッドに潜り込んでいた。
 そうしてベッドの中で寝転びながら、彼女は永久の自分宛ての手紙を手にしていた。

 その手紙には、こう書かれている。

『壱野夜。
 貴方の中には、今色々な疑問があると思う。
 同じものを使っているにもかかわらず違う、エゴイストと、慧悟がデッドコードと呼ぶ力。
 そもそもの仕組み、裏で動いているもの。
 分からない事は多々あると思う。
 今、私が教えられる事は、とても少ない。
 教えても、今の貴方には理解しがたいものもあるから。
 それに、貴方が素直に私の事を信用し難い事も重々承知している』

 実際、その通りなのである。

 慧悟は永久に色々教えてもらったからなのか、彼女の事を無条件で信じてしまっているが、正直夜はそう出来なかった。

 それは永久の行動の矛盾点にある。
 ネットではE・G・Oの裏技を教えておきながら、現実では回収・破壊を進めている。

 それらが同一人物の行動かは分からないが、
 仮にどちらかが何者かの成り済ましだとするなら、それについて触れていないのは何故なのか。
 言及するのを忘れているのか、何かしらの考えがあるのか、それともこちらに触れて欲しくないのか。

 E・G・Oについても、力を制御できるなら、みたいな事を慧悟は言っていたが、その基準が知れたものではない以上、油断は禁物だ。
 言いたくはないが、慧悟を騙して駒として動かしている可能性も否定は出来ないのだ。
 彼女が言う制御の基準というのは、自分にとって駒として御せるものかどうか、なのかもしれない。

 そんな疑念を抱きつつも、夜は手紙を読み進めていく。

『今は、ただ慧悟と一緒に動いていけばいいと私は思っている。
 見た目はどうしようもないけど、彼は、貴方の助けになる。
 そうして、少しずつ答を見つけていくといい。
 そうして、10番目の問いの答を自分で見つけなさい。
 その先の選択は、貴方に委ねます。
 それが出来た時、貴方はきっと前に進めるはず。
 過去の後悔を越えられますように。
                                 永久』

「……確かに、この人は計り知れませんね。西木君」

 何を何処まで知っているのか。分からない事だらけ。
 自分の過去の事も知っているのではないか思わせる文章に、夜はゾッとする。

 それでも現状では彼女の言う通りに進むしかないのは確かだ。
 E・G・Oを放置できないのは事実なのだから。

「それしかない、もんね」

 そうして、自分に出来る事で誰かの助けになる事。
 それが贖罪なのだから。そうなると信じて。
 そんな事を考えながら、いつも付けている、世間からは令嬢とされる彼女には似つかわしくない小石を加工した髪飾りを握り締めつつ、夜は眠りに落ちた。















「おはようございます」
「……あ、おはよう」

 翌日の朝。
 欠伸を噛み殺す事もせず大きく口を開けつつ登校中の慧悟に声を掛けたのは夜だった。
 以前からたまに登下校時に見掛ける事があったので、彼と自分の登下校のサイクルは結構近いのかも、と考えながら夜は慧悟に駆け寄る。

 声を掛けられた慧悟は、自身に追いついて横を歩き出した夜に向けて、少し考えた末に言った。

「……リムジンじゃないんだな」
「いやいや、基本的に登下校に使ったりしませんよ」
「……そりゃそうか。よく考えれば今まで見た事なかったわけだし」
「そういうことです。
 ところで、今日の放課後ですが、問題ありませんか?」
「ああ……大丈夫」
「リスト忘れたりはしてませんか?」
「……大丈夫。だと思うけど。ちょっと待ってて」

 そう言いながら、慧悟が鞄を開きリストを探していた時だった。

「お兄ちゃーんっ!」
「……流理。なんだ?」

 声の主は慧悟の妹、流理。
 流理の声に2人して足を止めて振り返ると、パタパタと小走りに駆け寄ってくる彼女の姿が視界に入る。
 流理もまた同様に振り返った2人を視界に入れ、片方が自身の兄である事を確認した後、片手に、何かの入った包みを掲げながら言った。

「弁当、忘れてたよ」
「そうか、悪い。……」

 言いながらの慧悟の視線は、こちらに近付いてくる流理の横、少し遅れて早歩きで彼女に付き添っている存在……世田大の事件で夜に依頼を持ってきた少女、鶴素子へと向けられていた。
 そんな慧悟の疑問の篭った視線に気付いたのか、慧悟の近くで足を止めた流理は弁当を慧悟に渡しながらにこやかに言った。

「あー。モトちゃんは、私のクラスメートで友達なんだよ」
「ふむん?」
「……モト、ちゃん?」
「と言っても、親しくなったのはモトちゃんがお兄ちゃんに助けてもらったって話からの発展その他からなんだけど」
「はい。それまではあんまり接点がなかったんだけど……色々話してたら気が合って」

 流理に追いつき、彼女の横で同様に足を止め、素子が言う。
 そんな素子を眺めつつ、そう言えば彼女・鶴素子は1年だったか、と同じ事を慧悟と夜は思い返した。

「そうか。なんにせよ、友達が出来るのは良い事だ」
「ですよねー。
 まぁそれはそれとして、私としてはお兄ちゃんが有名な壱野先輩と一緒にいるのはなんでかが気になるんだけど」
「それは、ですね……」
「こないだの、絡まれてた時の礼を改めて言ってた。
 あと、今後お世話になる事が多くなりそうだから、挨拶してた。それだけ。
 ……じゃ、俺は先に行く。
 あと壱野さん、リストはちゃんと持ってきてたから心配しなくて良い。放課後、裏門で」

 淡白に、捲くし立てる様にそう言うと、慧悟は三人を置いて足早に先へと進みだした。

「あ、西木君?」

 夜の声が聞こえていないのか、無視をしているのか。慧悟はどんどん先へと歩いていった。

「……どうかしたのかな?」
「さあね」
「その、先輩。気を悪くしたらごめんなさい。お兄ちゃんの代わりに謝らせてください」

 流理がペコリと頭を下げる様子を、夜も素子もキョトンと眺めていた。

「え?」
「お兄ちゃん、照れ臭いんですよ。
 あんまり女の人と縁がないですし。
 あと、壱野さんやモトちゃんと一緒に歩いてて二人に変な噂とか流れないかとか心配になったんじゃないかと。
 そういう変な所でネガティヴと言うか、余計な事を考える人なんです」

 そう言えば、昨日もその事を気にしていた。
 昨日考えたとおり、西木慧悟というのは時々考え過ぎてしまう人間らしい。
 夜が自身の兄にそんな人物評を付けている事など知る由もなく、流理は言葉を紡ぎ続ける。

「お兄ちゃん、小さな頃から変な奴で。
 困っている人を助けるんだーって色々動いては失敗して。
 あんまり失敗するもんだから、すっかり臆病になって捻くれちゃったんですよ。
 まぁそれでも、人助けしようとする御人好しな性分は抜け切ってないんですけど」
「そう、ですか」
「まぁ、そんな感じで色々駄目な所はあるけど、兄は悪い人じゃないんで。
 仲良くしていただけたら、妹としては嬉しいです。あと……」

 何かを言い淀む流理。
 そうして言葉を詰まらせる様子に、夜は昨日の慧悟を思い出す。
 だからなのか、昨日の延長線上なのか、半ば反射的に夜は流理に話の先を進めていた。

「なんですか? 遠慮なく言ってください」
「最近、その、お兄ちゃん、変なんですよ。だから、少し心配で」
「変?」
「あんまり笑わなくなったと言うか、楽しそうじゃなくなったというか。
 元々分かりにくい人なんだけどそれがますます分からなくなって……だから、その、えーと」
「はい。大丈夫です」
「え?」
「上手く説明できませんが、暫く、西木君と一緒に色々やる事になったんで。
 私に出来る事があったらなんでも言ってもらってかまいません。
 私が貴女の、引いては西木君の力になりますから」

 言いながら夜は流理の頭を優しく撫でる。
 そうすると、流理の表情は、パァーッ、と明るくなった。

「ありがとうございます〜 
 うーん、噂なんかやっぱり当てにならないね、モトちゃん」
「……うん、そうかもね」
「噂?」
「壱野先輩はいい人のフリをして自分の欲求不満を晴らしてるだけだって噂があるんですよ。
 ふざけた事です。こんなにいい人なのに。全く」
「まぁ、噂の元になるような事を色々やってますからね。それに……間違ってはないかもしれませんし」
「え?」
「何か言った?」
「いえ、なんでもありません」 

 そう言って夜は笑った。苦く、苦く。











「西木君、いいですか?」

 何事もなく時間が流れ、放課後。
 ホームルームの後、鞄に荷物を入れながら首を捻る慧悟に、夜は声を掛けた。

「……ん。ここじゃなくて、裏門で待ち合わせじゃ……」
「行く場所は同じじゃないですか。行きましょう?」

 瞬間、クラスの空気が動いた。
 というか視線が一点に集中していた。
 無論その原因は慧悟達にある。
 少なくとも見た目は変人で、時々妙な行動をする西木慧悟。
 少なくとも見た目は美人で、色々噂が耐えない壱野夜。
 その組み合わせに、皆驚いていたのである。

「おや、変わり者同士お出かけか?」

 そんな空気の中、注目の二人に声を掛けたのは、夜の幼馴染である伴戸友二だった。
 ちなみに、彼と夜達は違うクラスな事もあり、その声はドアの向こうから掛けられたものである。
 
 自分に用事があったのか、たまたまなんとなく覗いていたのか。
 彼が声を掛けたことについての推測を頭の片隅で思考しつつ、夜は友二の疑問に答えた。

「私と西木君の目的が一致していて、その目的達成の為です」
「ふーん。まぁ、どうせお前の事だから、またまたお節介な事やってるんだろうけど」

 そこで視線を慧悟に移した友二は、彼に向けてニヤリと笑いかけた。

「西木。事情は知らないが、コイツの事頼むわ」
「……出来る限り、の事はやるよ」
「おお。サンキュな。
 ……なんだ、まともに話せるんじゃないか。
 これも何かの縁だ。これからは仲良くしようぜ」
「む……別に、仲悪くしようとしてた事は……一度もないんだけど」
「はは。そうだな。そうなのかもな。
 でもそれなら話し方には気をつけた方が良いぞ。
 実際俺はお前の事誤解してたわけだし」
「努力、するよ」

 返事をしながら、席を立つ慧悟。
 彼は夜の様子を確認する事無く、友二の横を通り抜け、教室を出ていった。

「あっ、西木君っ」

 夜は荷物をまとめ、そんな慧悟を慌てて追いかける。
 直後、教室がにわかに騒がしくなった。
 話題は勿論二人についてに他ならない。
 そんな教室の喧騒を微かに耳に入れつつ歩みを進め、人が少なくなった辺りで、慧悟は口を開いた。
 そうして、自身に追いついていた夜への言葉を紡いでいく。

「……その、なんだ。人目が付くところで、あんまり俺と話さない方がいい」
「どうしてですか?」
「いや、なんだ。
 さっきの彼も言ってたとおり、俺は、その、あんまり人にいい印象がないし。
 俺と話してると、壱野さんも周囲にあまりいい印象が……」 

 ボソボソしたその口調は昨日以前の慧悟のものだった。
 昨日夜の自宅を訪れた時の多少は砕けた口調や、
 妹・流理に対する言葉遣いを知っている今となっては、それが慧悟にとっての他人との距離感なのだと夜はなんとなく理解していた。  

「どうして急にそんな事を? 昨日だって話してたじゃないですか」
「……む。確かに。
 なんでだろう。今気付いたから、なのかな。
 なんにせよ、あまり……」
「私は気にしませんよ。大体私だって似たようなものです」

 元々『依頼』を受ける事で奇異の目で見られる事の方が多いのだ。
 夜にしてみれば何を今更である。

「いや、でも、君は綺麗だし。俺とは違うよ。印象も違う」
「……そんな事はありませんよ。
 多分西木君が思っているよりずっと、私は醜いと思います」
「そんな事は……ないと思うけどな」
「まぁ、その辺りはともかく。
 これからも一緒に頑張っていくんですから。気にしてたらキリがないですよ?」
「……」

 慧悟は、そんな夜の言葉に応える事はせず、歩く速度を一歩分速めて彼女と少しだけ距離を取った。 
 それがホンの僅かであったがゆえに、夜は切欠を掴めず、せめて離されない様に、と、その距離感を維持する事しか出来なかった。

 そうして、2人は瑞樹が待っている、元々の待ち合わせ場所だった裏門へと言葉少なに、微妙な距離感のまま歩いていった……。











 ……続く。






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