このSSはCROSS†CHANNELの二次創作小説です。
作者の偏った考え方も含んでおりますので、原作のイメージが第一と考える方は読む事をご遠慮ください。
またネタバレというか、クリアしていないとわからない事が多いので、ゲームをクリアしていない方もご遠慮ください。
以上の事に関する苦情などは受け付ける事ができない事をご了承の上、それでもいい、それでも読んでみたいという方のみ、下の方へとお進み下さい。
それでは、どうぞ。
CROSS†CHANNEL・SS『LOOPOUT……支倉曜子の場合』
私は……支倉曜子は、生きている。
生まれてはじめて失恋したあの日から。
この世界に帰って来た日から。
代わり映えのない毎日を私は過ごしている。
群青学院に通い。
授業を受け。
家に帰り。
自分の能力を磨く。
……以前と違うのはたった一つ。
欠けているものはたった一つ。
でも、そのたった一つが、私にとっての全てだった。
だから、代わり映えのしない日々と言うのは、実際の所大きく変わってしまった日々だった。
それは『彼』の存在の有無がそうさせていた。
黒須太一。
その名前を持つ人間。
私が唯一拘る事ができた人。
太一。
太一、太一、太一。
名前を思うだけで。
声を思い出すだけで。
辛くて、悲しくて、それ以上に熱くなる。
でも太一は、私の息づく場所にはいない。
彼は私を必要としてくれなかった。
それが現実だった。
太一は言った。
太一は全く私を必要していない。
そして、私も太一を必要としていない。
確かにそれはそうだったかもしれない。
事実だったのかもしれない。
でも。
必要とはしていなくても、好きだった。
自動化された『ソレ』は醜かったかもしれない。
間違っていたのかもしれない。
でも好意はあった。
『あの放送』を聞いて、そう確信した。
そして、だからこそ後悔した。
うまくやればよかった。
うまくやればよかった。
……でも、うまくはやれなかっただろう。
当時のあの状況下では、高確率で『ああ』なっていた。
お姫様をしていればよかった……太一にはそう漏らしたけど。
太一が言う『本来の私』なら。
自分で全てをやり遂げようとする『孤高の君』なら。
彼を壊す事は無かった。
……そうしたら、私は、太一と。
有り得たかもしれない可能性を思うと、後悔の念ばかりが私を覆う。
頭を抱えて、苦しみながら、夜を過ごす事が多くなった。
……私は間違ってしまって。
……彼を、失ってしまった。
半身……そう思い込んでいた、そうであって欲しかった存在はもう無い。
彼を護る技術も、彼と同期する為の全ても、最早必要は無く。
指標も無く。
やるべき事も無く。
私は、あなたのいない、この世界でどう生きればいいのだろうか。
機械的に日常を続ける毎日。
自然と『放送』に耳を傾ける時間が多くなった。
いつ『入る』かは、ループ世界の情報と、今までずっと見てきた太一自身の情報を踏まえて、僅かな誤差はあるがほぼ正確に推測できる。
実際『放送』は私の予想通りの時刻に始まる事が圧倒的に多かった。
それなのに、私は毎日ラジオに耳を向けていた。
効率を重んじる私が、非効率極まりない事をしている。
それでも、それをやらずにはいられなかった。
それが太一の言っていた、他者に心を仮託する事だとしても。
私は、そうするしかできないでいた。
『生きている人、いますか?』
彼は語り続けた。
生きるという事を。
他人との繋がりを。
そして、自分の事を。
私には『放送』を聞く事しかできなかった。
こちらから呼びかけることは叶わない。
彼からの一方的な交差。
それでも、私は『放送』の瞬間を待ちわびた。
唯一、彼の存在を感じられる瞬間を。
そんな毎日を私は飽きる事無く繰り返す。
身体を鍛える事も能力に磨きをかける事も以前と変わらないから、自然に睡眠時間が少なくなる。
その日、自習時間があったので、私はその時間だけ眠る事にした。
何処か適当な場所で……そう考えながら教室を出た私の目に映るものがあった。
あの世界で、太一が作り続けているアンテナ。
放送し続けているだろう、その場所。
そこに太一はいない。
そんな事は分かっている。
だというのに。
「……」
風が吹く屋上に、私は立っていた。
理屈ではないモノが私に足を運ばせていた。
そして、言語化できても、したくない気持ちが。
私にアンテナを見詰めさせていた。
……そこに。
「支倉」
声が響いた。
気配には少し前から気付いていたので、驚きは無い。
微かに視線を向ける。
そこには、太一の友人である所の、桜庭浩が立っていた。
放送部部長である所の宮澄見里の方がここにいる人間としての可能性としては高い。
だが、今授業中である事を考慮すれば、彼の方の可能性が高くなる。
それともただ単純に、そういう事もありえる、という事だろうか。
かつてあの世界の中で、何百回と行われたループにおいて、幾度か私が死んだ事実があるように。
……それはさておき。
彼が何故ここにいるのかは分からない。
ただ、私と彼は同じ方向を見ていた。
その空気の中で、彼は呟くように告げた。
「太一は、そこにはいないぞ」
見れば分かる事を言う。
それだけに、心を見透かされている様な、そんな気がした。
思えば、彼と会話を交わした事は殆ど無い。
彼に限った事ではなく、放送部部員全員に言える事ではあるが。
いつもの私なら……太一がいた頃の私なら、この場を立ち去っていただろう。
いやそもそもにして、彼に発見されるという事自体なかったかもしれない。
だが、太一という言葉が私の足を地面に縫い込んでいた。
……そうして、何も言えないでいる私に構う事無く、彼は言葉を続けた。
「そこにはいないが……それなりにやっているらしい」
その言葉で彼も『あの放送』を聞いただろう事が推測された。
彼の言葉に返事をしようとは思わなかった。
ただ太一が生きている事を確認したかった。
だから、彼の言葉に私は首を縦に振った。
すると彼はあっさりと言ってのけた。
「知ってるのか。なら、今はそれでいいじゃないか」
「……」
私は、不思議に思った。
太一と、彼と、島友貴。
太一がとても大事に思っていた彼らの関係は理解しているつもりだった。
……私が壊してしまった彼が、奇跡的に得る事のできた『日常』の中の友人。
そんな彼らは、寂しくは無いのだろうか。
哀しくなりはしないのだろうか。
太一がいない事について、どう思っているのだろうか。
……そんな安易な疑問を口にするつもりは無かった。
だが、彼はまるでその疑問を知っているかのように、言った。
「俺は、あいつが生きてて満足だ。それで十分だ」
「……」
「そして、あいつはあいつで、それなりに満足してるはずだ」
それは、私たちをループの世界から押し出した事。
あの世界に留まる事を決めた事。
そして、今もなお放送を続けている事。
後悔はあるだろう。
辛いと思う時もあるだろう。
でも、太一はそれを選択した。
それを思うと、彼の言葉は間違ってはいない……そう考えられた。
「……」
「だから、太一と何があったのか知らないが、気にするな。
支倉は支倉で好きにやればいい。
そうして、満たせるものを探せばいい。
そうする事を、太一は望んでいる」
「……………………どうしてそう思う?」
言葉にすべきは、ただそれだけ。
それだけが必要であり。
それだけが疑問の全てだった。
彼はあっさりと答えた。
「太一が今の支倉を見るとあまりいい顔はしない……そんな気がするだけだ。
だが太一はいない。だから代理だ」
「どうして?」
もう一度問う。
私は彼とは親しくは無い。
話し掛けられる筋合いも無ければ、心配されるような事もない。
なのに、何故。
何故そんな事をする必要があるのか、
だが、それに対しても彼は簡単に答えた。
「友情は見返りを求めない、からな」
それは、答にはなっていない、でも十二分な答だった。
「……っ」
その言葉を聞いて、息が詰まる。
それは本当に微かで、他人には、彼には気付かれないだろうけど。
……別れ際の太一の言葉を思い出してしまったから。
友情は見返りを求めない。
彼らはいつもそう言っていた。
そうやって親指を立てあっていた。
それは、何の意味も無い言葉と行為と思っていた。
それは、自分と太一の間にある盟約には敵うはずが無い……そう思っていた。
だから、なんとも思わなかったのに。
でも、その行為はこんなにも強く。
今も太一と繋がっていて。
本当の私は、弱虫で。
太一と『遠く』離れてしまった。
見返りを求めさえしなければ。
こんなにも、辛い思いをせずにすんだだろうか?
彼のように、彼との繋がりを確信できるだろうか?
私には、わからなかった。
そんな事があった日でさえ、私はいつもの時刻で自宅に戻る。
いつもどおりの日課をこなす。
機械的に、ただひたすらに。
そうしている中で、声が響いた。
全ての作業を中断して、ラジオを近付ける。
『生きてる人、いますか?』
太一の声。
紛れもない太一の声。
「太一……」
失って、初めて気付いた。
あの日々は、なんて幸せだったんだろう。
触れることができた。
話す事ができた。
見る事ができた。
黒須太一を観測できた。
桜庭浩は「満たせるものを探せばいい」と言った。
でも、私にとって、それは太一だけだ。
太一の声を聞いただけで、私はこんなにも嬉しいのだから。
他の何が私の心をこんなにも揺らす事ができるだろうか……否、そんなものは。
「あ……」
気付く。
何故、こんな簡単な事に気付かなかったのだろう。
かつての私は、確かに見返りを求めていた。
計算づくで彼を利用し、駒にした。
恐怖から同化しようとさえした。
でも。
今、私は。
声を聞きたいと願った。
会いたいと思った。
それは、打算でもなんでもない、私の欲求だ。
見返りを求めない……私の心だ。
太一がそれに応えられなくても、変わる事のない、揺らぎのないものだ。
……それは、太一が戻ってくる可能性が限りなく低いから確信できる事実。
なんて皮肉だろう。
私は……失恋してはじめて、見返りを求めない恋をしている。
『それじゃ、また来週』
その声を最後に、ラジオは普通のラジオに戻る。
でも、私はいつもの私に戻れなかった。
『俺は、あいつが生きてて満足だ』
そう言った桜庭浩の気持ちが理解できた。
そう。
生きてさえいてくれるのなら。
いつか太一が帰って来た時、再挑戦できる。
その可能性だけは、残されているのだから。
「……太一……っ」
私は、泣いた。
ただ、泣きたくて、泣いた。
涙はしばらく停まらなかった……
私は……支倉曜子は、生きている。
生まれてはじめて失恋したあの日から。
この世界に帰って来た日から。
代わり映えのない毎日を私は過ごしている。
群青学院に通い。
授業を受け。
家に帰り。
自分の能力を磨く。
……以前と違うのはたった一つ。
欠けているものはたった一つ。
そのたった一つが、私にとっての全てだった。
だから。
私は……太一を待ち続けようと思う。
勿論、ただ待つだけじゃない。
あの時とは違う、彼が言っていた、もっと上のステージにいる私になって。
太一が好きでいてくれた『孤高の君』であるために。
太一は自分の心を他者に仮託するなと言った。
でも私は、もう太一の事を自分から切り離して考える事はできない。
私が私である為の、一部だから。
それは、私の心を、太一に仮託するという事じゃないと思う。
太一からは、何も貰えなくてもいい……そう思うから。
太一が帰って来ても、帰って来れなかったとしても。
私は、そういう私でありたい。
いや、そうでなければ、私は納得できない。
黒須太一が壊れてしまった事は私の罪だ。
過去は、どうやっても覆りはしない。
ならせめて、彼が壊れてしまった事実に値する私でありたい。
……そのためにも、目標は高い方がいい。
「……ふぅ……」
自室で軽く息を吐く。
私は、いつもの日課をこなしていた。機械的にこなしていた。
でも、それは惰性ではない。
大きな目標を見付けたからだ。
『その頃には、日本の王様くらいになってないとね、曜子ちゃん』
別れ際の太一の言葉を思い出してしまったからだ。
「……やりがいありそう」
言語化するとなんとなく、可笑しかった。
それはとてつもなく難解で。
だからこそ、やってのけた時の太一の驚く顔が目に浮かぶようで。
やってやろうじゃないか、そんな気になった。
「……うん」
一人、頷く。
そして、再び画面に向き直った。
それはささやかな望み。
叶わなくても、悲嘆に暮れたりはしない。
そして願わくば。
「……そうなった時、感想だけは聞きたいかな」
それは私が望んだ、ささやかな、最後の見返りだった。
……END