この作品は『仮面ライダー電王』と『CLANNAD』のクロスオーバー作品……と見せ掛けたカオスな物語です。
他にもTo Heart2やKanonなど色々な作品の登場人物が『やや壊れ気味』に登場してます。
洒落が通じる人のみどうぞ。
世界を越える電車、クラライナー。
その行先は、如何なる並行世界か。
仮面ライダー蔵王 試験的第二話
「……ぐ、う……俺は、一体……?」
頭を抱え、ふら付きながらラグビー部部長は歩いていく。
自分がさっきまで何をしていたのかの記憶が曖昧なままで。
そして、彼が歩く少し後ろの地面では。
『あ、あの裏切りモノ……めぇ……』
色を失い、地面から上半身を生やした状態でラグビー部部長に引きずられるように存在している、先刻蔵王に一刀両断されたはずのバットドッペルの姿があった。
そんな一人と一体はそれぞれ疲弊しながら何処かへと足を進めていった。
自分達の行先が分かっているかどうかも怪しい足取りで。
『くっそ……意趣返ししたいのはやまやまだけど……契約を果たすのが優先だよな……』
契約。
春原陽平という人間と周囲の女の子達との接点の消滅。
正確には……契約者にそう認識させるような事実を見せなければならない。
自分たちが再び世界を越えるにはそうする事しか方法が無いからだ。
『その為には……うん、そうだな、コイツから読み取ったあの特異点の情報を使って……ふっふっふ』
その為の手段を思いついたらしいバットドッペルは不敵な笑みを浮かべた。
「ワンワンッ!」
『こらっじゃれるなっ! 形が、形が崩れるっ!?
あああっ!! ちょ、待て、小便だけは勘弁、ぎゃあああああああああぁぁぁっ!?』
もっとも。
その笑みは、たまたま近くを歩いていた野良犬によって、数秒と持たず絶望へと塗り潰される事となったが。
『ち、畜生……それもこれもあの特異点のせいだ……見てろよ……ううううぅ』
こうして。
若干逆恨み要素も交えつつ、湿り気味の身体を嘆きながら、バットドッペルは目的達成の為に動き出したのだった。
さて、その頃。
”普通の世界”とは違う虹色の空の下、荒野の中を一本の『電車』が走っていた。
世界を越える電車……クラライナー。
その車両の一つに、彼らはいた。
「……」
「……」
巻き込まれた『普通の人間』だと自分では思っている所の春原陽平。
そんな陽平を巻き込んだ彼の知る少女に良く似た少女、汐。
二人がいる場所は、普通の電車の一車両……というより何処となく食堂車の内装をしていた。
そんな車内でテーブルを挟んで向かい合った二人は、何を飲み食いするでもなく、それそれ何を話すべきか思考しており、結果沈黙がそこに生まれていた。
しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。
先にそう結論付け、決断したのは汐だったようで、彼女はチラリと陽平の様子を一瞥してから口を開いた。
「えと、大丈夫ですか?」
「え?」
「その、怪我とか」
「あ、ああ……」
『掠り傷ぐらいしか負ってねぇよ、ソイツは』
汐の言葉に答えたのは陽平ではなく、彼の背後に現れた砂の鬼だった。
砂の鬼はやがて色を持ち、一体の赤い人型……正確に言えば鬼型かもしれない……を取った。
「ひぃっ!?」
「ったく、イチイチ驚くなよ。
まぁ、そんな事より願い事だ」
先刻陽平の身体を介して蔵王として戦った鬼の形をしたドッペル……雄二は肩を竦めつつ、陽平に言った。
「願い事?」
「ああ。
さっきは楽しかったから保留にしといたが、思い出した以上やる事やっとかないとな。
願い事、一つ言ってみろよ。
どんな願いでも一つだけ叶えてやる。
まぁ、代償も一つだけあるんけどな」
「駄目ですよ。
ドッペルの言う事なんか聞いたら」
そんな会話に汐は苦い、というより怒りさえ篭った表情と声で割り込んできた。
「ドッペル?」
「平行世界……こことは違う世界からの侵略者の名前です。
精神体である彼らは人と契約する事で実体化し、人の願いを一つ叶える事で過去や平行世界に干渉して世界を変えようとしているんですから」
「叶える事で、干渉?」
ポリポリ頭を掻きつつ、小首を傾げる陽平。
そんな陽平の様子を見て、少し考えてから汐は告げた。
「……物理的な概念や理屈は私にも上手く説明できません。
ただ、彼らが大筋となる流れ……世界という大きな川の流れに介入して、その流れの何処かを決壊させ、別の流れを作ろうとしている……それだけは確かです」
「うーん、さっぱり分かんないな」
「はっはっは、お前馬鹿だな」
「……じ、じゃあアンタは分かるのかよ?」
得体の知れない存在に若干びくつきながらも陽平は問う。
ソレに対し、雄二はニヤリと笑いながら不敵に答えた。
「サッパリ分からん」
「だったら偉そうに言わないでほしいんですけどねぇっ!
しかも、そんなダサいカッコの人には特にっ!」
陽平の発言は雄二を動揺させるに十分だった。
不敵に笑っていた雄二はそれをいとも簡単に何処かに放り投げ、陽平に向かって叫んだ。
「カッコの事はお前が言うなよっ!
俺が好きでこんなカッコしてると思ってんのかっ!?
ドッペルの姿形は『素顔』以外は契約者のイメージで作られるんだよ!!
つまり、俺のダサさはお前のダサさだっ!」
「ぼ、僕がそんなセンスなわけないじゃん!」
「実際こうなってるんだからそれが事実だろうがっ!」
「そんなの知らないねっ!」
「……はぁ」
一人と一体のおおよそ他人から見ればどうでもいい喧嘩に汐は溜息を零した。
そんな中。
「まぁまぁ、喧嘩しない喧嘩しない」
『あぁ?』
唐突に響いた第三者の声に、おおよそチンピラっぽい声と表情で二人が顔を向けた先には、SF調な制服を着た少女……佳乃が立っていた。
佳乃は二人と一体にそれぞれコーヒーを渡し、言った。
「コレでも飲んで落ち着くといいよぉ。
あ、あたしはこのクラライナーの客室乗務員の佳乃。
今後ともよろしく」
「……うん」
「……あぁ」
晴れ晴れとした彼女の笑顔を見て、一人と一体は顔を緩める。
なんというか、若干だらしない顔である。
そんな互いの顔に気付いて、二人は多少渋め分が入った苦笑いを浮かべた。
「……まぁ、なんだ。
可愛い女の子に罪はないよな」
「……うん、それには賛成しておくよ」
そう呟き、それぞれ出されたコーヒー(とおぼしき何か)に口をつける。
「うぐいっぐいういいgおおおぉぉぉぉっ!?」
「おおおっ! これ美味いじゃないか。もう一杯頼む」
直後まったく反対のリアクションを取る、ある意味で似た者同士な一人と一体を見て、汐は先程よりも深い溜息を吐くのであった。
「……そう言えば訊き損ねてたけどさ」
先程のコーヒーの味がまだ口に残っているらしく、苦い表情を少し残したまま陽平は呟く。
その言葉が自分に向けられているらしいと気付いた汐は、持っていたカップをテーブルにおいてから陽平に視線を向けた。
「なんですか?」
「いや、蔵王とか特異点とかって何なのかって、気になって」
「そうでしたね。そちらについては説明していませんでした。
まず特異点ですが……言うなればどんな世界になっても存在できる存在です」
「…………えーと、不死身って事?」
陽平の言葉に、汐は小さく、だがハッキリと首を横に振った。
「そうじゃありません。
ドッペルや様々な要因から世界が『変わって』しまっても、その影響を受けない存在です。
例えば……そう、仮の話ですが、貴方を生む前のご両親が世界変化で消えても貴方は消えません。
分かり難いかもしれませんが、そういう存在を特異点と言います」
「ふーん……でも並行世界って過去とは違うんじゃないの?
過去を変えたら未来が変わるとか言うんなら分かるけど、平行世界って奴が変わっても別の世界には関係ないんじゃないかって思うんだけど」
「多くはそうですが、全くの無関係な世界ばかりというわけではありません。
少なくともドッペルが渡る世界は無関係という事はまずありません。
世界同士関係の深い世界もありますし、幾つかの世界の絡み合いが大きな一つの世界という場合もありますから。
あと、時間の経ち方の早い遅いという違いの並行世界もあったりしますから、そういう関係性の組み合わせによっては過去を変える事と同義の世界も存在します」
「……それって、もしかして、結構ヤバかったりする?」
「もしかしなくてもヤバいです。
そんなヤバい事態に対抗する為に『蔵王』が存在しているんです」
汐はテーブルに置いたカップを持ち上げ、飲み難そうに一口だけ啜ってから言葉を続けた。
「蔵王は、この平行世界の間を走るクラライナーのパスを使う事で変身する、世界運行の守護者とも言える存在です。
その変身者は基本的に特異点でなければなりません」
「なんで?」
「世界を越えて現れるという関係上、ドッペルは世界が変わろうと変わらない特異点に影響を与える事が出来ない……つまり憑依により強制的に操れないんです」
「さっきはそういう理屈で動けなかったわけか」
「つまりですね」
「シカトっ!!?」
結構な大きさだった雄二の叫びにさえ無反応……あからさまな無視をしたまま、汐は説明を続ける。
「ドッペルと相対する事が多い以上、簡単にドッペルに操られたりする人間では変身する資格はない、という事です。
分かりましたか?」
「まぁ、なんとなく」
「だから、特異点である貴方に蔵王になってほしいんです」
「……」
汐の言葉に、陽平はなんとはなしに俯き、渡されたままだった『パスケース』を眺めた。
黒く光るパスケースは、生物で無いモノとしての当たり前に従い、何も答える事なく陽平の手に在り続けるだけだった。
「じゃあ、今日はこれで失礼します」
寮の近くに停車したクラライナーの車上から、汐が言う。
その背後では若干コッソリと雄二が様子を伺っていた。
「返事は今度で良いですから。
……出来ればいいお返事をお願いします」
「それは俺に対しても頼むな。
女の子にモテタイとか願いはいくらでもあるだろ。
そういうことなら俺もノリノリで協力してやれるし……」
「貴方は黙っていて」
「いたたたたっ! 割れる割れる割れるぅぅぅぅっ!!!
初めてのリアクションがそれってどうよぉぉぉっ!?」
汐がおもむろに放ったアイアンクローを逃げるまもなく顔面に受け悶絶する雄二。
そんな雄二を意に介さず、汐は陽平に薄く笑いかけた。
「じゃあ、また」
「……ああ、うん」
陽平の返事の直後ドアが閉じ、クラライナーが走り出す。
クラライナーはそれこそあっという間に異空間へと消えていった。
「……うーん」
ソレを見送った後。
西に大きく傾いた太陽の下、陽平は一人小さく唸り声を零した。
正直な所、色々測りかねていた。
少し前に感じた『自分が主役になれる感覚』、蔵王になる危険性、ドッペルという存在、平行世界の危機、特異点という特殊な存在らしい自分。
現実である事はどうにか認識したが、どうにもピンと来ない。
ゆえに、何をどうすればいいのか、陽平には分からずにいた。
「まぁ、ボチボチ考えればいいか」
実際、そうするしか出来ないだろう。
今すぐに答が出せるような問題ではないのは明らかだ。
「結構時間も経ってるし、今日は普通に帰るか」
携帯の時刻表示を見ると、クラライナーには二三時間ほど滞在していたようだ。
何処かによる時間も余裕も余り無い事を認識し、陽平は寮へと歩き出した。
その頭には、可愛かった汐の事や、蔵王の力を使うのであれば如何に私的有効活用するかなどの妄想・空想が溢れていた。
だが、そんな思考への埋没も長くは持たなかった。
「よ〜〜お〜〜へ〜〜い〜〜っ!!」
「ん? ぐぼほっ!!!?」
もう少しで寮に到着するという所で掛けられた、遠くから自分を呼ぶ声に陽平が振り返った次の瞬間。
彼の顔面に辞書が突き刺さった。
モロで受けた衝撃のため、陽平は宙を舞い、地面を転がる。
「ぐ、い、一体、何が……?」
「一体何が、じゃないわよ……!」
痛みと混乱の中顔を上げた先には、友人(?)である所の藤林杏が立っていた。
彼女の表情はどう贔屓目に見ても怒りに燃えている。
その形相に陽平は怒る事も忘れ、携帯の振動機能さながらに震えながら尋ねた。
「え、えと、何を怒って……?」
「何を、じゃないわよ女の敵っ!」
「ひいっっ!?
だから一体何の事ぉぉっ!?」
問答無用に襟首を掴まれてグラグラ揺らされ、眼を廻す陽平。
暫くその状態は続いていたが、このままでは話さえ出来ないという事に気付いてか、あるいは単純に気が済んだからか、杏はシェイクの手を止め、陽平が回復するのを待ってから一枚の紙を彼に突きつけた。
「これよ、これ!!」
「ん?……って」
突きつけられた一枚の紙、そこに書かれた内容を陽平はぼんやりと眺めた。
「えと……」
『春原陽平の罪状』
『女子更衣室侵入未遂』
『下級生T・Sにセクハラの数々』
『フェンスを登っての覗き行為』
エトセトラエトセトラ。
その紙には陽平がやったと思しき事が……それも決して褒められない事が無駄に綺麗な文字でひたすらに羅列されていた。
「な、なんだよ、これ……」
最初こそ怪訝だった陽平の顔には、内容を読み進めるにつれて、冷や汗が加速度的に増えていった。
そんな陽平を半眼で少し睨みつけながら、杏は言った。
「寮や校内に馬鹿みたいに張られまくってたわよ。
アンタの馬鹿に腹を据えかねた誰かの仕業なんでしょうけど……」
ハァァァ、と海より深い溜息を吐き散らかす杏。
「アンタの事は見損なう事もないくらい見損なってたけど、それより更に見損なう事があるとはね。
何か弁明は?」
呆然としていた陽平は、杏の言葉で気を取り直し、慌てて声を上げた。
「いや、これ、誤解だよっ!!」
「という事は、こんな事はやっていないと天に賭けて誓えるわけね?」
「あ、いや、その……」
確かにここに書かれた事は、陽平自身覚えのある事ばかりだった。
だが、真実は書いてある事そのままではない。
更衣室侵入は更衣室の中から誰かに呼ばれたような気がしただけ(後に古河渚の父に野球教室参加の脅迫材料の為に嵌められたと分かった)。
下級生こと坂上智代に対するセクハラは、セクハラとは違う目的があっての(傍目から見るとセクハラだが)事だったし、覗きに関してはフェンスに上ったのは事実だし覗いていたのも事実だが、誰かの裸や着替えを見ていた訳では決してない。
詰まる所、それぞれやってる事は不審極まりないが、この紙に書かれているまでの事実には到達していないのだ。
なのだが。
「……う、ぐ、あ……うううぅ」
だが、それを信じてもらえるように上手く説明出来るほど陽平は器用ではなかった。
更に言えば、普段の行動が行動だけに信じてもらえる可能性は限りなく低い。
そして、それらの事を陽平自身多少なりとも自覚していた。
それらの理由が程好くブレンドされた結果、パニくって眼で訴えるしか陽平には出来なかった。
「……まぁ、流石に全部やったとは言わないけど」
その視線を受けてか、杏は表情を少し緩めた。
「言わないけど、幾つか心当たりがあるみたいだし少しは反省してもらわないと。
というわけで、今智代に容疑解明や反省方法頼んでるから、何かしら決まったり分かったりするまで女子生徒に可能な限り近づかない事。
いいわね?」
「ええええええっ!?
疑わしきは罰せずじゃないんですかねぇっ!」
「これ以上疑われて、大事になってもいいの?」
「ぐううぅ……」
「ったく、手間掛けさせるんだから。
まぁ、あたしの怒りと手間賃はさっきの辞書で払ったって事にしといてあげるけど」
杏がわざわざこの事を知らせて、女子生徒に近付かない方がいいなどと忠告にきたのは他でもない陽平の立場がこれ以上悪くならないよう心配してのことだった。
なのだが、いきなりこんな状況に叩き落された陽平にその事に気付く余裕などある筈もない。
「いいわね? ちゃんと自重しなさいよ。じゃあね」
そう言って杏が去っていて暫し。
「な、なんで僕が……というか、誰が一体こんな事を……」
ようやっと冷静に事実を把握した陽平は、ようやっとその思考に行き着いた。
物事には何事にも原因と結果が存在する。
その形が明確でなくとも、ソレは確かにそこにあるのだ。
そんな小難しい事まで考えてはいなかったが、少なくとも何かが自分を陥れた事に陽平は怒りを感じた。
「くそっ、誰がやったか知らないけど、僕を敵に廻してただで済むと思うなよっ!」
怒りの言葉を夕日に向かって叫ぶ陽平。
勿論発言にはただで済ませない為の手段や根拠など微塵も無いのだが。
ともあれ、そうして夕日に向かって決意表明らしきものを宣誓していた陽平の背中に、何処か楽しげな声が掛けられた。
『へぇ、どう済まないんだかね。教えてもらおうか?』
「?!」
振り向いた先には、ラグビー部部長。
そして、その背後には……倒したハズのバットドッペルが立っていた。
「いや〜、美味い美味い。
佳乃ちゃん、もうイッパイ頼むぜ」
「はいはい」
その少し前。
クラライナーでは、雄二が佳乃のコーヒーの十杯目のお代わりを要求しつつ全力でくつろいでいた。
まるで元々自分の家であるかのようなそのくつろぎっぷりをあからさまに不機嫌な顔で眺めていた汐は、陽平と入れ替わりでやってきていたクラライナーのオーナーたる水瀬秋子に言った。
「……水瀬オーナー。
何でアレを乗せたままなんですか?」
「汐ちゃん、パスをさっきの子に預けたままでしょう?
だから彼を下ろすか下ろさないかは、彼の仮契約者であるあの子に決定権があるの。
そうである以上、あの子に意志の確認をするまでは現状維持よ」
「…………そうですか」
不機嫌さを微妙に押し込めながら呟く汐。
そんな汐とは対照的な、誰がどう見ても明らかなご機嫌っぷりで雄二は汐に声を掛けた。
「おーい、汐ちゃんだっけ? なにそんな仏頂面してんだよ」
ピキッと音を立てたかとか、彼女のコメカミに血管が浮かんだかどうかはさておき。
そんな不機嫌さの記号的なものがこれ以上ないほど丸分かりの表情をした汐の片眉が跳ね上がる。
その事に気付かずに、雄二はお気楽な声を掛け続けた。
「そんな可愛い顔してんのに勿体無……割れる割れる割れるぅぅぅっ!!」
いつ近付いたのか、いつ手を伸ばしたのか。
雄二がそれらに気付かないままに繰り出されたアイアンクローの威力に雄二は叫びを上げた。
「黙ってなさい。
私は今凄く不機嫌なの。
力加減を間違ったら貴方の頭を割ってしまうくらいに。
いえ、むしろ間違ってしまいそう……というか間違いたいわ……」
雄二の顔面を掴んだ手は大きくもなく白く華奢な女の子らしい手なのだが、その見た目に反して、いとも簡単に雄二の身体は地面から離れていった。
「おぉぉぉぉいっ!? 割るな割るなぁっ……?!
ちょ、待て!!」
ついには足がつくかつかないかまで持ち上げられた恐怖心から必死の形相でタップする雄二の表情が変化する。
とは言ってもアイアンクローが掛かったままなので変化したのは三割程度だったが。
残りの七割は言うまでも無く必死顔のまま。
「待てと言われて待つ人がどこに……」
「待て待て!! ど、ドッペルだ!! あの蝙蝠野郎がまだ生きてやがった!!
陽平の奴が遭遇してるっ!!」
「……なんですって?」
その発言の意味を理解し、ようやく汐は雄二を解放した。
だが、その解放は急だったため、雄二は対応出来ず床に落ちた。というか落とされた。
「痛っ! 尻打ったぞ尻っ!! 多分二つに割れたぁっ!」
「元から二つに割れてるんじゃないかなぁ」
「往年のネタね」
「そんな事はどうでもいいです。
……オーナー」
「わかっているわ」
こうしてクラライナー、及びその乗客達は『現場』へ向かって移動を開始した。
「って事は、僕のある事ない事書きまくったのはお前かっ!?」
一方陽平はバットドッペルの発言から、彼こそが自分を陥れた存在だと認識し、怒りの声を上げていた。
そんな鼻息荒い陽平に対し、バットドッペルは肩を竦めつつ言った。
『いや無い事じゃないんだろ?
コイツの記憶から漁った事だし。
お前余程コイツに嫌われてんだな。
コイツお前の奇行を見かけるたびにいつか脅迫とかのネタに使おうと頭に刻んでたみたいだし。
まぁ、そんなことはどうでもいいけど』
「どうでもいいわけないだろっ! お陰で僕の信用ガタガタだよっ!」
『信用、あったのか?』
「…………………」
『いや、すまん。今のは俺が悪かった。
なんにせよ、これで契約は果たされた。
本当は悪評が流れる数日間ぐらいは待つつもりだったんだけど……早く済んで助かったよ。
お前も確認したな?』
「…………」
問われたラグビー部部長は何処か呆けた、放心状態のまま小さく首を縦に振った。
ソレはバットドッペルの肉体再構成に気力体力を奪われた為だったのだが、その辺りは陽平の知る所ではなかった。
そんなラグビー部部長を見て、バットドッペルは満足そうに頷き、言った。
『よし、契約完了だ』
次の瞬間。
バットドッペルは、ラグビー部部長の身体に両手を突き刺した。
「なっ!?」
『大丈夫大丈夫殺したりしてない。
ただ通るだけさ』
そう言いながらバットドッペルは刺した両手をまるで立て付けの悪い扉をこじ開けるように動かす。
その結果、ラグビー部部長の身体が真っ二つに裂かれ、その中に光を放つ空洞が現れた。
『じゃあな』
そう言った後、バットドッペルはその空洞の中へと入り込み、姿を消した。
後には裂かれた状態から元に戻ったラグビー部部長が先程よりも深い放心状態で立ち尽くしているだけだった。
「遅かった……!!」
「汐ちゃん?!」
突然曲がり角から現れた汐は、放心したままのラグビー部部長に駆け寄ると、カード状の何かをかざした。
数瞬後、かざしたカードの中に、記号の羅列、日付とバットドッペルの姿が浮かび上がる。
「記号はともかくこの日付は割と最近だな。なんなのこれ?」
「ドッペルが跳んだ世界の座標と、その日付です。
この日付に憶えは無いですか?」
ラグビー部部長はぼんやりと日付を見て、無気力な表情でボソボソと答えた。
「……この日、俺、藤林杏に告白しようと思ってたんだ」
「はい?」
思わぬ発言に眼を丸くする陽平。
それには構わず……というか殆ど認識してないほど疲弊している……彼は言葉を続けた。
「でも、その時藤林は春原と話してて。
何かからかわれてたみたいで、顔を真っ赤にしてた。
でも、それが楽しそうに見えて。
俺は結局、何も言えなかったんだ。
その日からずっと……」
「……陽平さん?」
「あ、え? この日……?
確か……この日は……えーと、確か、岡崎が朝遅かったんだよな。
それで、岡崎の事が好きっぽい杏に、朝から女の子と一緒だったんじゃないのとか言ってみたりしてたかな、確か」
「女の子をからかうのは感心しませんが……なんでそんなに憶えてるんです?」
「からかいすぎてその後辞書を投げつけられて昏倒してたから。
二時間気絶は滅多に無いからね。印象深かった」
「……そうですか」
「というか、その、もしかして全部自業自得?」
「何の事かは知りませんが、多分そうなんでしょうね」
「……」
さらりと言われた陽平は、放心して立ち尽くすラグビー部部長にチラリと視線を送る。
自分のちょっとしたからかいが、知らず他の誰かの行動に繋がり影響を与えた事、それが回りまわって自分に返ってきている事に気付き、陽平は多少なりとも息苦しさを感じていた。
「まぁともあれ、状況は分かりました。
陽平さん、今からドッペルを追いますが……協力をお願いできますか?」
「……協力って、追いかけてアイツをまた倒すの?」
「そうです。……嫌ですか?」
「いや、嫌と言うか、正直なんか今一つピンと来なくて」
今この時世界を揺るがすような事が起こっているなんて想像が出来ない。
そして、ソレを何とかできるのが自分だけ、だなんて。
馬鹿な事ばかりやっていて、誤解されて、恨みなんかも結構買っている様な自分だけだなんて。
そんな陽平の思考に気付いているのかいないのか。
汐は静かな口調で語りかけた。
「こうしている間にも、世界は変わっています。
ドッペルが願いを叶える代償が『可能性』であるがゆえに」
「可能性?」
「はい。
平行世界……個人が持っている無限の可能性、その一端を持って、ドッペルは世界を越え、変化させます。
その変化は陽平さん、貴方の望まない変化も含まれている可能性も低くないんです」
「僕の、望まない……?」
そんな会話を交わしていた時だった。
「おい、春原」
「岡崎?」
馴染みのある声に振り返ると、陽平にとって数少ない友人である所の岡崎朋也が立っていた。
「こんな所で何やってるんだよ。しかも女の子と……そっちはラグビー部部長か。
またラグビー部とのトラブルか?
……ふむ、この紙切れの余罪も込みで警察呼ぶか」
朋也の手には例の紙切れが握られていた。
「ちゃんと話を聞いてもないのにその発想はひどいんじゃないですかねぇっ!?」
「冗談だよ」
「アンタのは洒落になってないんですよっ!!
というか、お前こそなにやってんだよ。
最近は渚ちゃんと一緒に帰ってるんじゃなかったの?」
古河渚。
春原陽平にとっては偏見の目なしで自分を見てくれる数少ない少女の一人であり、岡崎朋也にとって大きな意味を持つ少女。
最近は二人一緒にいない事の方が少ないという事実を思い返しながら、朋也の返事を待っていると。
「……渚って誰だ?」
全く予想外の言葉が、朋也の口から発せられ陽平は思わず目を見開いていた。
「ま、またまたー。
古河渚ちゃん。凄く真面目で優しい女の子。憶えてないなんてそんな……」
それでも懸命に動揺を抑え、朋也の口から状況を否定する言葉を引き出そうとする陽平。
だがしかし、現実はあくまで現実だった。
残酷なまでに。
「だから、古河って誰だよ。
……もしかして、あの日坂道で会ったあの子の事か……?」
ブツブツと小さく呟く朋也の表情には先程のふざけ調子は微塵も無かった。
どう見ても本気で言っているのは、朋也とそれなりの時間を過ごしていた陽平だからこそよく分かった。
それこそ、痛い位に。
「……」
思わず振り返った先の汐は小さく首を縦に振った。
これがそうなのだと言わんばかりに。
「ま、いいや。
それはともかく、今はお前の事だ。
いいか? 暫く馬鹿なことはするなよ?
ただでさえお前は馬鹿なんだから」
朋也も杏と同じく陽平の事を心配し、彼を探していたのだが、杏の時同様、陽平にはその事に気付く余裕が無かった。
「………………あ、ああ、うん」
「やけに素直だな。お前悪いもんでも食ったのか?」
それはお前なんじゃないか、と言いたくなるのを陽平は懸命に堪えた。
「僕にだってそういう時もあるさ。
精々気をつけるよ」
この現実を認識したくもないし、されたくもない陽平はこの状況をスルーした。
それが現状では最善なのだと意識する事無く。
そんな陽平の言葉に微かに首を傾げた後、朋也は言った。
「……ま、いいか。
じゃ、また明日な」
「うん」
そうして朋也が去っていったのを見届けた後。
何故か陽平の背中に隠れていた汐は、陽平の横に立って、口を開いた。
「……これが別の流れを作るという事です。
どんな影響が出るかや、影響の早さは彼らが干渉する平行世界にもよりますが……。
そして、これはまだマシな状況です」
「……まだこれより下があるって事?」
「はい。
ドッペルが移動した世界で起こした行動によっては、存在自体が消えてしまう人も出てくるかもしれません。
ドッペルがやろうとしている事の是非はさておき、やった結果でこんな事が常に起こる可能性があるんです。
これを放っておく事が、出来ますか?」
そこで言葉を切ると、汐は陽平の前に立ち、彼の目を真っ直ぐに見据えた。
「でも、この原因を引き起こしたドッペルさえ倒せばこの状況を元通りに修復する事だって出来るんです。
だから……」
無理強いは出来ない。
下手をすれば命を落としかねない事に巻き込もうとしている。
ソレは十分分かっている。
だから、さっきは最後まで頼みきれなかった。
でも、もう。
これ以上は我慢できなかった。
これ以上はさせるわけにはいかなかった。
「お願いします。貴方の力を、貸してください」
「…………汐ちゃん」
汐の願いを込めた言葉を耳に入れ、陽平は頭を掻きながら、言った。
「正直、理屈とか、状況とか、まだなんだかよく分からないけどさ」
渚を知らないという朋也を見て。
朋也と一緒に居なかった渚を想像して、陽平は思った。
嫌だと。
あの二人が一緒に笑ってないのは嫌だと。
二人揃って、本当に幸せそうにしている姿が見られないのは嫌だと。
そんな二人がいたからこそ繋がっている人達が、関係がなくなるのは嫌だと。
心から、そう思った。
だから。
「やらなきゃいけないことは、分かった気がする」
「陽平さん……」
「だから、やるよ。
少なくとも、今はやるよ」
「あ、ありが……」
「……それに。
あの二人が知らない人間同士になったら、多分僕の女の子知人率とか、今のそれなりな親しさの度合いとかもガクッと下がっちゃうしねっ!」
「………………………」
『それが本音かよ。
まぁ、いきなり正義に目覚めるよりは説得力あるけどな』
少し涙さえ浮かべていた目が半眼になっていく汐。
そのすぐ近くの地面から、砂で構成された上半身が浮かび上がり、現れる。
他でもない雄二だった。
「ひいっ!? って、お前か」
『お前とは随分だよな。
折角ひと暴れついでに手伝ってやろうと思ったのに。
どうせお前じゃまともに戦えないだろ』
「……僕だけでも十分行けると思うけど、どうしてもって言うんなら」
『じゃあ、一人で行くか?』
「……」
『冗談だよ。
というか、嫌だって言ってもやらせてもらうぜ。
さっきそこの奴にボコボコにされた分をバッチリ八つ当たりしたいんだよ』
「八つ当たり?」
『あー、いや、気にすんな』
「……まぁ、いいか」
この際、理由はどうでもいい。
この状況を元に戻せるのなら、どうだっていい。
陽平はそう思っていた。
「じゃ、行きますか」
『おう。
前振りなしの最初から最後までクライマックスで行くぜ』
その言葉に応える形で手の中に現れた銀に輝くベルトを腰に巻く。
そうして装着したベルトの赤いボタンを押した後、鳴り響く派手な音の中、手にしたパスを中央部に通し、陽平は宣言した。
「……変身」
『BLADE FORM』という電子音声が響いた直後、空間から幾つかの鎧の部品が現れ、全身を覆っていき、最後に赤い複眼の面が顔面に装着され……『変身』は完了する。
その姿を人はこう呼ぶ事となる。
仮面ライダー蔵王、と。
「……俺、参上!!」
大見得を切って両腕を広げる蔵王。
ソレに反応したわけではないのだろうが、そのポーズに華を添えるように異空間からクラライナーが現れ、蔵王の周囲を駆け巡った。
「よし、行くぜっ!」
こうして蔵王達を乗せたクラライナーが発車していく。
その行先が、如何なる平行世界か。
その果ての話、物語の結末がどうなるかは……また、何時か、何処かで。
……続く。