このSSはCLANNADの二次創作小説です。
作者の偏った考え方(設定的なものも含む)も含んでおりますので、原作のイメージが第一と考える方は読む事をご遠慮ください。
また、ネタバレを含んでいるので、今からプレイしようとしている方もご遠慮ください。


以上の事に関する苦情などは受け付ける事ができない事をご了承の上、それでもいい、それでも読んでみたいという方のみ、下の方へとお進み下さい。

それでは、どうぞ。
















岡崎家のお年玉










それは12月31日の夜。

多くの家がそうであるような、ごく普通の大晦日。

ここ、岡崎家では夫妻の一人娘である汐も眠ってしまい、夫婦水入らずとも言うべき時間に入っていたのだが……





「うーむ」
「どうかしたんですか?」

俺……岡崎朋也の不審な様子に、我が奥方である所の渚(ちなみに旧姓は古河)が向かいに腰を下ろしながら声を掛けた。

「いや、すっかり忘れてたんだが……これだ」

そんな渚に振り返りながら、俺は買ってきてあった『ソレ』を取り出した。
手に持っていたのは……来年の干支である戌がイラストされたお年玉袋。

「そろそろ汐にもあげる頃か、と思ってな」
「はい、そうですね。実は私も買ってきてたんです」

そう言って、渚も何処からか取り出したお年玉袋を見せる。
今時一体誰が生産しているのか謎な、だんご大家族の絵柄なのが実に渚らしい。

まあ、それはそれとして。

「しかし、まだ早すぎる気もするんだよな。
 どういうものなのか、とか分かるもんなのか?」

俺は買いながら考えていた事を口にする。
自分の買ってきたお年玉袋をコタツの上に置きながら、渚は俺に視線を向けた。

「しおちゃんは賢い子ですから問題全然無いです」
「……まあ、そうなんだが」

実際、我が子・汐は賢い。
親馬鹿だと言われる事を差し引いても、十二分に賢い子だと思う。
……なにせ、親である俺でさえその賢さに(いい意味でも悪い意味でも)泣かされる事もしばしばあるのだから。

「それに、どういうもので何に使うのか自分で考える事も、大事な事だと思います」
「なんだろうけどな……」

自分で言い出しておいて、なんとなく全面肯定が出来ないでいる俺。

正直、その理由には気付いているのだが……それでもあえて話を逸らすべく、思いついたままに呟いた。

「っていうか、さ」
「なんですか?」
「俺達にしても……いつからお年玉貰うようになったのか記憶に無いよな。
 少なくとも俺は無いんだけど……渚はどうだ?」
「そうですね。気が付いたら貰うようになってました」

二人して、記憶を探りながら話していく。

「初めて貰ったのがいつとか、どのくらいもらったのかって、全然思い出せないです」
「ああ、だな。
 俺は……そうだな、唐突に貰った金が嬉しくて玩具とか漫画とかお菓子とか買いまくってたみたいな記憶があるぐらいだ」

初めて手にした、自分の自由に出来る大きな金。
嬉しくてたまらなくて、欲しかったものだけじゃなくて、普段なら欲しくもないようなものまで買って後悔したりもしたっけか。

「私もそんな感じです。ただ……」
「ただ?」
「普段買えないお菓子とか、ちょっとしたぬいぐるみとか値段が安めのものを買いに行ったらお父さんが……」
「あー分かる。皆まで言うな」

苦笑気味な渚に、俺はうんうんと頷いて見せた。

どうせ「かぁー! 折角のお年玉をチンケな事に使うんじゃねぇ! それぐらい俺が買ってやるぅーっ!!」とかやってたんだろう。

……その光景が即座に浮かび上がる辺り、俺も慣れたものというか。
いや、まあ、悪い気はしないのだが。

「でも私にとっては大事なことなので、遠慮してもらいました」
「……そうだろうな」

頑固な渚らしいと言えばらしいのだが、折角だし甘えてりゃいいものを……と当時のオッサンに少し同情した。

そうして、なんとなく唸りたい心境でいると、何気無く渚が呟いた。

「でも、不思議ですね」

その不思議の意味をなんとなく悟った俺は、一つ首を縦に振って渚の言葉を引き継いだ。

「そうだな。
 ちょっと前までは貰う立場だった俺達が渡す立場になってるなんてな」
「はい。
 そうやって、色々なものが移り変わっていくんですよね」
「……」

渚と同じ考えだった事を喜んでいた俺は、その後に続いた発言で避けていたものに直面し、内心で硬直していた。

「しおちゃんも、いつかは誰かに……しおちゃんの子供にお年玉をあげるようになる。
 そのしおちゃんの子供もいつか、同じ様にお年玉あげるようになるんでしょうね」

そう。
俺が感じていたのは、そんな小さな不安であり寂しさだった。

少し前までは子供だった俺達。
今では自分の子供にお年玉を……何かを与えるような存在になっていて。

少し前までは赤ん坊だった汐。
今では自分の足で立ち、自分なりに色々な事を考え始めている。

自分達は老いて。
子供は成長し。
いつか旅立つ我が子を、立ち止まって見送る時が来る。

それは自分達だけではない。
多分、汐もいつか経験し、通り過ぎていく……そんな、当たり前であるべき事。

なのに、俺は……そんな当たり前の事が怖かった。

「なぁ、渚」
「なんでしょう?」
「俺はおかしいのかな。そういう移り変わりが……少し怖くなるんだ。
 いつか何もかもが過ぎ去っていきそうで、不安になるんだ」

何処か愚痴めいた泣き言。
そんな情けない俺の感情を……

「いえ。おかしくないと思います」

渚はしっかりと受け止め、答えてくれた。

いつだって、そうしてきてくれた、穏やかな想いに満ちた表情で。

「先の事を考えると、私も少しだけ寂しくなる時があります。
 でも……それ以上に私は楽しみなんです」
「楽しみ?」
「昔、お父さんが私に言ってくれた言葉……子の夢は、親の夢だって言葉に少し似てるのかもしれませんけど……
 しおちゃんが歩いていく先で、
 私に出来なかった事をしおちゃんが出来るようになるのなら、
 私の手に届かなかったものにしおちゃんの手が届くのなら、
 そして、そんな中で朋也くんのような素敵なヒトに出会って、幸せな家族を作れたなら……
 そう思うと……すごくワクワクするんです」
「……………」

そう言われて、俺はハッとした。

ああ。
それなら、分かる。

あの時。
オッサンが渚にその言葉を贈った時。
渚に夢を託したのは、オッサンや早苗さんだけじゃなかった。
赤の他人だった、俺や春原さえ、託してたんだ。

自分ができなかった事を、近しい誰かが叶えてくれる。

あの時、俺は確かにソレが嬉しい事だと、意味がある事だと感じていた。

もしも、それが自分の血を分けた子供だったなら。
そう思うと……あの時のオッサン達の気持ちが……分かった。

そして、今。

「朋也くんは…ワクワクしませんか?」

汐の未来を思い描いている、渚の気持ちが……分かった。

「……ああ、そうだな。すごくワクワクする」

怖い気持ちも確かにある。
でも、それ以上の気持ちも、確かにある。

汐が歩いていく、作ろうとするであろう幸せな未来。

それが、渚の、俺達の想いの中で少しでも形作られていくのなら。
幸せの一歩にでもなってくれたのなら……それに勝る事はない。
たとえ、汐がいつか俺達から離れていくとしても。

その事に……気付かされた。

「ありがとうな、渚」

素直に、その気持ちを言葉にする。

「それと。悪かったな、こんな大晦日の夜に変な事言って」
「いいえ。
 年の終わりに相応しい、とても大事な事を話したと思います。
 それで……どうしましょうか?」

もうどうするべきか分かっている事を、渚は理解している。
それでも、あえて渚は改めて俺の気持ちを尋ねてくる。
曖昧なままにしておこうとする俺の弱い部分を、支えてくれる。

そんな渚だから、俺はここまで来れたし、これからも一緒に歩いていけるんだと確信できた。
そう……それこそ汐を見送った、その先までも。

だから俺は、そんな渚に精一杯の笑みを似合わないのは承知の上で贈った。
そうして、言葉に出来ない想いをそれなりに込め……答えた。

「今の話で決めたよ」

除夜の鐘を聞きながら、俺はその決意を固めていった。

最愛の妻を真っ直ぐに見据えたままで。







翌朝。

「あけましておめでとう、汐」
「あけましておめでとう、しおちゃん」
「あけましておめでとう、パパ、ママ」
「よし、よく言えたな。
 そのご褒美ってわけじゃないんだが……」

新年の挨拶が終わり。
俺は渚と話し合って決めた金額を入れた袋(当然だんご大家族の柄だ)を、汐に渡した。

「これは?」
「お年玉って言って、お正月に親が子供にあげるものだ」

最愛の娘の不思議そうな顔が可愛くて、焦らしたくもあったが、年の初めに意地悪もなんなので素直に答える事にした。

「開けていい?」
「はい、どうぞ」

渚の言葉に頷いた汐は、丁寧に袋を開き、中身を取り出した。

「おかね? しかも、たくさん」
「ああ。そのお金はお前の好きにしていいぞ。
 玩具を買ってもいいし、お菓子を買ってもいいし、貯金……取っておいてもいい」 

首を傾げる汐にそう言ってやると、少し考えたような素振りを見せた後で、小さく首を縦に振った。

「どう使うか、アイデアはあるか?」
「……うんとね。どう使うか今は分からないけど」
「うんうん」
「パパとママがくれたお金だから、大事に使う」

一生懸命に、真っ直ぐな表情で、汐はそう言った。

「いい子だな、お前は本当に」
「はい、とてもいい子です」

俺と渚は二人してそんな汐の頭を撫でた。
汐はくすぐったそうに、嬉しそうにされるがままだった。





こんな時間も、形を変えていき、いつかは無くなってしまうのかもしれない。

いつか、汐が俺達から旅立つ時が来れば。

でも、それを恐れる事は無いんだ。

いつか、汐が自分自身の家族とともに、こんな時間を作れるようになる事を想えば、寂しくない。

それがずっと続いていくのであれば。
それを汐が、その子供が、孫が『伝えて』いくのであれば。

過ぎ去っていく事も。
離れていく事も。

きっと、大事に想う事が出来る。





「あ。一つ思いついた」
「なんだ?」
「この間、ママと食べた美味しいタイヤキを皆で食べたい。
 アッキーのところに行く時に買っていく」
「おいおい。そのぐらいは……」
「わたしが買いたいの」

母親似の頑固さに、思わず苦笑する。
多分、ちょっとした事にお年玉を使おうとした渚もオッサンに同じ様に言ったんだろう。

「そうだな。
 自由だって、言ったもんな」
「それに大事な使い方だと思います」
「うん」

やっぱり、当時のオッサンに同情したくなってきた。
というか……会って、その辺りの話を聞いてみたくなった。

「じゃあ、新年の挨拶に行くとするか」

お年玉の事だけじゃなくて。
いま俺が感じている喜びを、昨日渚と語り合った『未来』を、オッサン達とならきっと共有できる。

そんな事を思いながら腰を上げた俺は、最愛の家族とともに古河家に向かう準備を始めた……。







END







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