この作品はKanonとある作品の一部クロスオーバー作品です。
作者の偏った考え方も含んでおりますので、原作のイメージが第一と考える方は読む事をご遠慮ください。
内容的に少し重いかもしれないので、そういう傾向が苦手な方もどうぞお戻りください。

以上の点に関する苦情については受け付ける事ができない事をご了承の上、それでもいい、それでも読んでみたいという方のみ、下の方へとお進み下さい。

それでは、どうぞ。























『BADEND』










「……」

『俺』の目の前にあるのは、一台のパソコンだ。
そして、インターネットに繋げられているその画面には幾つもの書き込みが並べられていた。

「よし……」

最初は、気まぐれだったのかもしれない。

でもコレを書く事で、同じ様な苦しみや悲しみを感じている奴が、少しでも楽になれるのなら。

そう思って、『俺』は『その事』を書き込んだ。打ち込んでいった。

『俺』にとっての、生きてきた時間の欠片を。

アイツと出会い、過ごし、別れ……それでも生きてきた日々の事を。












冬の訪れを感じさせる、針で少し刺すような冷たい空気の中、俺は目覚めた。
それは音の殆ど無い静かな朝。
朝食の匂いのしない、でも慣れてしまった、そんな朝。

「……寝坊しちまったな」

友達である北川潤に「気分転換にどうだ」と貸して貰ったゲームを遅くまでやり過ぎてしまったのと、
ネットで『経験』を語る板を読み耽っていた所為だろう。

ノロノロと制服に着替えた俺、相沢祐一は部屋を出て、もう一人の……この家の本来の住人に呼び掛けた。

「おい、名雪、学校だぞ」
「……………………うん」

ドアの向こうの返事にホッとする。
今日は学校に行けそうだ。
『アレ』以来情緒不安定で、学校に行けない精神状態の時も多々あったが、最近は少しずつ回復してきている。
 
幽かな安堵を抱きながら、一階に降りる。
本当なら、そこに叔母である秋子さんがいて、朝食を作ってくれて、微笑んでくれていた。

でも、今はない。
もう二度とあの微笑みを見ることはない。

かつて名雪の寝起きの悪さで遅刻寸前となり騒がしかった日々も同じ。
あの日以来名雪の寝起きの悪さは鳴りを潜めてしまった。
もう、自分を起こし続けてくれていた母はいないと言葉無く語るように。

だから、あの日々はもう遠い昔のようだった。

そう。
あの冬の日の事故で、失われてしまったのだ。永遠に。

「……」

頭を振って、朝食の準備……今日は寝坊してしまったので簡単に済ませるしか無さそうだが……に取り掛かる。
せめて、名雪の好きなイチゴジャムを出しておこう。
少しでも、心が安らぐように。

「……」
「……」

朝食の間、俺達が言葉を交わす事は殆どなくなっていた。
名雪は俺から視線を逸らし続け。
俺はそんな名雪の姿を見続けて、臆病になり。
いつしか、こんな朝食風景が、いや夜も含めた食事風景が続いていた。

「……そろそろ行くか」
「……うん」

結局ソレが、今朝家で交わした二言目の言葉となり、学校前の最後の会話となった。










もはや半年前より一年前と言う方が近くなった、一つ前の冬。
その時に失われてしまったのは秋子さんの命だけじゃない。

水瀬家に居候していた少女、沢渡真琴。
彼女は『ある症状』から病院に入院させたのだが、その入院先で亡くなった。
彼女の遺体は”何故か”行方知れずになってしまい、せめて秋子さんと同じ場所で眠らせたかった俺の願いは叶わなかった。

こっちに転校した時期に知り合った美坂栞。
彼女にはある時期を境に会えなくなった。
いや、彼女が俺ともう二度と会わない事を望んだんだと思う。
かつて彼女と同じ苗字の同級生が語った命の期限は既に過ぎ去っていたから。

夜の校舎で出会った、魔物を討つ者・川澄舞。
彼女はとある日に校舎の中で息絶えているのが発見された。
外傷等は殆ど無く、何故死に至ったのか、未だに分かっていない。
彼女の親友である倉田佐祐理さんも夜の校内で大怪我を負い、舞の死という精神的なショックからか心身ともに回復に至れていない。

そして、昔出会っていた少女……月宮あゆ。
彼女もまた……この世を去っていた。
奇妙な、不思議な事に、俺が会っていた時期あゆは病院で……秋子さんの搬送先だった……ずっと植物状態だったらしい。
そして……冬の終わりよりも先にひっそりと息を引き取った。
では、あの冬に俺が会っていたあの少女はなんだったのか……未だに答は出ず、誰も教えてはくれない。



何故、こんな事になったのか。
ソレは正直俺の知るところじゃない。
いわゆる、神のみぞ知る、という奴だ。
そして、もし神がいるのなら、神が全ての答を知っているのなら、俺は問いたい。

彼女達が、何をしたって言うんだ?
俺と出会った少女達は、死ななければならない、心に大き過ぎる傷を負わなければならない、そんな罪過を抱えていたのか?

違う筈だ。
いや、違う。
絶対に、違う。

なら、何で。
何故、こうなってしまったのだろう。

ゲームなら『バッドエンド』と表現できそうな『今』になってしまったのだろう。

俺には、未だに分からないでいた。

まるで死んでいるかのような……世界が終わったような感覚の中にいる俺には。










「ほれ、水瀬さん俺のイチゴムース、プレゼントだ」
「……ありがと、北川君」
「あなた……そういうのマメね」
「そんな事を言う美坂には、このくそ不味いグリーンピースをくれてやろう」
「いらないわよ」
「じゃあ、相沢にぷれせんと ふぉお ゆー♪」
「変な顔で不味いものを俺に押し付けるな。
 飯が不味くなる」

昼食時。
本格的な冬に近づくにつれて『普通』を取り戻しつつあるのは、北川の努力の賜物だろう。

コイツは凄い。そして強い。
色々あって暗い顔していた俺達を、少しの事情しか知らずに、それでもグイグイ引っ張り上げていた。

「……お前、強いよな」
「は?」

昼食後……美坂チーム女性陣が小用の間、野郎二人で普通に教室に向かっている時。
歩く廊下に珍しく人気がなかったからか、俺は思わずそう呟いていた。

「なんで、そんなに……頑張れるんだ? 明るく出来るんだよ」
「……」
「あー……言っとくが僻みじゃないからな」
「分かってるよ。ちょっと考えてただけだって。
 でも、それを言うなら相沢だって十二分強いし、頑張ってるじゃないか」
「俺は、そんなんじゃない」

俺は、名雪と向き合う事も出来ない。
香里と直接会話も出来てない。
佐祐理さんの見舞いにも行けてない。
何一つ、出来ていない。

「そうか?
 俺がお前ならとっくにぶっ壊れてると思うぞ。
 そうなってないだけ、凄いと思うけどな、俺は」
「そうか?」
「そうそう。
 ま、俺はただ『そういうの』が分かりやすいだけさ。 
 お前と同じで、俺自身はそんなに頑張ってるつもりとかはないけどな」

そう言って北川は少し目を細めた。

「俺は、ただ、嫌なんだよ」
「嫌?」
「美坂は言ってたよ。
 もう自分は幸せになっちゃいけないんだって」

なんとなくだが、香里はそんな事を言いそうな気がした。
あの冬の日々で妹を妹として見る事を放棄しようとしていた、香里なら。

「俺は……妹さんが亡くなったことぐらいしか、ハナシを聞いてない。
 だから美坂がなんでそう思うのかとか、
 亡くなった妹さんが美坂をどう思ってた……憎んでたのか、好きだったのかとか、分からない。
 でも」
「でも?」
「俺は、美坂が幸せになっちゃいけないなんて、どうしても思えない。
 現実はゲームじゃないんだ。
 生きてる限り、続く。
 一時ならまだしも、ずっと続いていく人生を幸せになっちゃいけないって思い続けるなんておかしいだろ」
「……」
「そりゃ『ずっと続いていく』保障なんかないのは分かってる。
 ……美坂の妹さんだって、そうだったんだろうから。
 でも、俺達はまだ生きてるんだ。
 生きてる限り幸せになれる可能性が転がってるのにソレをふいにするって言うのは、
 それこそ『続けられなかった誰か』に失礼じゃないかって俺は思う」
「……ああ、そうだな」

確かに、北川の言う通りだと思う。
俺だって心からそう思いたい。

でも”足りなかった”。
心からそう信じるには。

それは北川の言葉が軽いとかじゃない。
むしろ北川の言葉は重くて、あともう少しだという気がした。

あと一押し。
ソレが甘えだとしても、俺はその一押しが欲しかった。

何の為の一押しなのかも分からないでいたのに……。










「さて、と」

名雪と一緒に帰宅した俺は、夕食準備前の最近の日課となりつつあるパソコンを起動させた。
起動確認後、速攻でネットに繋ぐ。

「……お、書き込み増えてる」

ここの所読んでいるのは、自分に起きた辛い出来事を書き込むスレッド。
最初は名雪との何かしら会話のきっかけを捜して辿り着き、読んでいたのだが、最近は俺自身気になるからというのが大きい。

内容は色々。
仕事での失敗談、理不尽な不幸、色々な経験がここでは語られている。

「…ん?」

ふと、新たな書き込みに目が行く。

目に留まったのは、世界は終わった、という一文。

俺と同じ感覚を抱いている……?

「……」

そんな共通点が気になって、眼を通す。



そこには、こんな事が書かれていた。



『彼』は、日々を無気力に生きる学生だった。
目標もなく、道も見えず、ただ日々を生きていた。

そんな時『彼女』に出会った。
身体が弱かった為に休学していて友達を失い、”坂道”の前で一人立ち尽くす少女。

『彼女』は誰よりも心優しい少女だった。
思うようにならない世界を憎まず、人を憎まず、人を信じ、家族を愛し、世界を愛していた。

そんな心優しい『彼女』との出会いは、交わす言葉は、交わしていく心は『彼』を変えていった。

いつしか『彼』は『彼女』をかけがえのない存在と思うようになっていった。
『彼女』もまた『彼』をそう思うようになっていった。

そうして、絆を深めた二人は結婚した。
『彼女』との日々は『彼』にとって、充足した、満ち足りた日々となった。

だが、そんな幸せで穏やかな生活は長く続かなかった。

その生活を終わらせたのは、『彼女』の死。
『彼女』は出産……娘を生んだ事で息を引き取ったのだ。
まるで……自分の命の全てを、娘に託してしまったかのように。



『その時は、全てが終わったと思った。
 世界が終わったような気が……いや終わってた。
 アイツは俺にとって、たった一筋の光だったから。

 だから、当時は娘を愛せなかった。
 愛する気力もなく、娘を放置した。
 一人でただ日々を生きる、無気力な……昔よりも質が悪い日々に戻った。
 言い訳はしない。
 最低の親、いや、親ですらなかったし、最低の夫だったと思う。

 でも、ある時、機会があって娘と二人旅をした。
 アイツの面影を強く持つ娘と初めて向き合った時間。
 上手く言えないが、ソレは俺と、娘と、親と、今までと、これからを知る旅になった。
 
 旅が終わって、俺は思った。
 
 世界は……終わってなんかない。
 
 例え俺自身に光が差さなくなっていたとしても。
 アイツが愛した世界は、望んだ世界は、望んだ命はまだ生きている。
 
 俺も、娘も、アイツの親も、友達も、生きてこの世界にいて、アイツの思い出を抱えて、生きている。
 だから、世界はまだ続いている。
 理屈じゃなくて、心からそう思えたし、信じられた。
 
 だから、今。
 俺は一生懸命親になろうと生きている。
 何を今更といわれても仕方が無い。
 でも、そうなりたいんだ。
 アイツが生んだ俺の、俺達の娘を幸せにしたいんだ。
 それが回り道をして見つけた、今の俺の出来る事だから。

 いつか、俺自身何かの理由で死んでしまうかもしれない。
 いつ何が起こるのかわからないのが、世界だから。
 かつてアイツを奪った世界だから。
  
 でも。
 例え、いつかそうなるのが決まっていたとしても。
 娘を愛する事はやめられないし、やめる理由にはならない。

 他でもないアイツが、最後の最後まで、誰一人、何一つ憎む事も、誰一人恨む事もせず。
 自分の目に映る世界を愛し続けたのだから。
    

 今、俺なんかよりも辛い経験をしている誰かへ。

 こんな俺でも、出会えたんだ。
 こんな俺でも、一歩踏み出せたんだ。
 こんな俺でも、やり直し始めることが出来たんだ。

 生きてさえいれば、なんて言うのは青くて、甘いのかもしれない。
 この世界では、辛い事、哀しい事、馬鹿馬鹿しい事の方が多いとは思う。
 それでも、生きて欲しい。
 今何も出来なくても、生きていて欲しい。
 例え幸せでなくても、生きていて欲しい。
 生きてさえいれば、きっといつか、何かが出来るから』



「……」

改めて、客観的に言えば。
それは全く知らない人間の、事実かどうかも分からない書き込みだ。

分かっている。
分かっている。

でも。

「……世界は、終わってなんかない」

その誰とも知らない誰かの書き込みは、俺に最後の一押しをくれた。

なにがバッドエンドだ。
そんな事を考えていた自分自身が腹が立ってきた。

他の誰かはともかく、俺がそう思うには早い。

悲しくないのか?
……悲しいに決まってる。

辛くないのか?
……辛いに決まってる。

でもな。

俺よりずっと悲しい人がいる。
俺より遥かに辛い人がいる。
そして、彼女達は女の子なんだ。

そんな彼女達をさておいて、男の自分が悲劇の主人公面をするのはまだ早い。

終わってもいない物語の、訪れてもいないバッドエンドに悲しむには、まだ早い。

『彼』がもう一度娘と向かいあったように。
俺はまだ現実と向き合えていなかったから。

そして、やっと分かった。
何故こんな今になってしまったのかを。
俺が欲しかった『一押し』の意味を。

俺は……怖かったんだ。

あの冬、あまりにも身近で、あまりにも多くの命が無くなるのを見ていたから。

もしかしたら、俺は彼女達の何かしらの助けになれていたのかもしれない。
もしかしたら、俺にソレが出来なかったばかりに彼女達を『殺した』のかもしれない。

心の何処かで、そう思っていた。

だから、俺は逃げていた。
俺が関わる事で、俺の目の前で不幸が起こる事を見たくなかったから。

でも、それは言い訳だ。
自分が関わったせいで誰かが不幸になる……その事で自分を追い詰めて、不幸になる自分自身を守りたいだけだ。

そう。
そんな俺だから、あの冬に、誰の助けにもなれなかった。

例え殺してはいなくても、何もしてやれなかったのは紛れもない事実。

それこそが今の俺が『こんな場所』に辿り着いた理由。

その事を認めるのが怖くて、逃げていただけだった。

でも。
俺は今ソレを認める為の『一押し』を貰った。

書き込みをした、何処かの知らない誰かだけじゃない。

今日、大切な事を話してくれた北川。
まだココにいる事を認めてくれた両親。
妹を失っても、懸命に普通の生活を続けようとする香里。
怪我を負い、舞を失っても、生き続けている佐祐理さん。
そして、こんな俺とまだ同じ家で暮らし続けてくれている名雪。

まだ皆が生きているから、まだ俺は立っていられるし、まだ一歩を踏み出せる。

そして、そんな俺があの冬を繰り返すのが嫌だと言うのなら……今からやるべき事は、一つだった。

「………………よし」

自分自身を促すように呟き、俺はパソコンの電源を落とした。










テーブルに、食事が並び終わり。
俺達は向かい合って無言で食事を取る。

そこにあるのは、最近の『いつも』の光景だ。

でも、もうそんな『いつも』はもう要らない。

「………………………………名雪」
「……」

何を言えばいいのか、具体的に何をすべきなのか、俺にはまだ分からない。

名雪をもっと傷つけてしまうかもしれない。
名雪だけじゃない。
これから関わっていく、再び向き合っていく人達を、関わる事で踏み躙ってしまうのかもしれない。

でも。

「このカレー、どう思う?」
「……」

それでも、触れ合わなければ。
それでも、心を交わさなければ。
俺が幸せであって欲しい人達を、幸せにする事なんか出来ない。

「いままで、マズイ飯ばっかりでごめんな。
 ちゃんと何処がどうマズイのか聞かないと、美味しいものなんか作れないのにな」

だから、まずは、ここからはじめよう。

「……多分、秋子さんみたいにはいかないけど。
 それでも、俺。
 お前に美味しいものを食べさせて、それで少しでも元気になって欲しいんだ」

いつ来るかもわからない、俺自身の本当の終わりが来るまでは足掻き続けよう。

「お前は、俺のこと嫌いになったのかもしれないけど。
 俺は、お前の事……」

俺の大切な人達には、バッドエンドを迎えさせない為に。
俺達が、笑顔で終わりを迎える為に。












「……ふぅ」

ようやく書き慣れない文章を打ち終わり、投稿を終えた『俺』は息を吐いた。
気の緩みついでに、後ろに眠る娘のちらりと寝顔を眺める。
その顔はどう見ても母親似で、かつての日々が頭を過ぎった。

時は流れる。
流れる事で癒える傷もあれば、癒えない傷もある。

人は関わり合う。
関わり合う事で救いもすれば、殺す事もある。

命がある限り。
ソコから避ける事は出来ない。

それが現実。
そして現実はゲームじゃない。

見えない選択肢の中の最善なんか、誰も選べない。

確実に選ぶ事が出来るのは『バッドエンド』だけ。
辛さから、哀しさから、ソレを選ぶのが正しいとか正しくないとかは分からない。

でも今の『俺』はソレを選びたくなんかない。

もし、自分がゲームの主人公なら。
誰かの『ハッピーエンド』を見るまでは、ゲームオーバーなんかになるわけにはいかない。

「なぁ。
 アンタは、そう思わないか……?」

この文章を読んでいる、何時か何処かの誰かに向かって、そう呟きながら「俺』はパソコンを切った。

疲れた眼で見上げた窓の外の空には、初雪が静かに舞い始めていた……。









END







戻ります