第九話 ルマア二冒険記・3











「……どうして僕がこんな格好をしないといけないんですか……」

 ……。
 呆れ気味、というより疲れ気味の声で群雲君が呟く。
 その群雲君は、少し前上の町で見かけたバニーガールの衣装を身に纏っていた。
 ただ、レオタードは胸元を見せないようなデザインのものであったが。……見せたら男だとバレるから当然なんだが。

 しかし、違和感がまるで無い。
 まとめた長い髪を解き放った群雲君はどう見ても魅力的なバニーガールだった。バニーガールであった。

「いや、だって、俺らと連中の中で多分単純な強さならぶっちぎりナンバーワンだろう群雲は精鋭部隊に入ってもらわないと」
「強さはともかく、危険な事は引き受けるつもりでしたよ、
 ええ。でもそれがなんでこの格好なんですか……?」

 モジモジと恥ずかしげに身を縮こまる群雲君。
 その動きがまた妙に女の子っぽい。……うん、女の子っぽい。

「ごめんなさいね。その子、結構良い演技してたから剣の舞踏をするのは女の子だっていうのは有名なの。
 そこを外しちゃったら怪しまれるだろうし。貴方の剣の腕なら適任だろうし」とアルさん。

 半人が『人間』の格好をするというのは屈辱的な事らしく、
 この世界の『人間』さん(この国だけではなく)の余興としては受け易く、
 ネクスも割と好きらしいので囮にはうってつけなのだが、
 騎士の皆さんは顔が割れる危険と、僅かながらの躊躇いが重なってやりたがらないという。

 それでも男性騎士は恥ずかしくない格好もあるからマシなのだが、女性騎士はそうもいかないだろう。
 ……と言っても、親衛騎士団所属の女性でここにいるのはアルさんだけらしいが。

「彼女……アルはどう考えても顔が割れてる。となれば俺達が一肌脱ぐしかない、だろ?」
「一肌脱いでるのは僕なんですけどっ!」

 あ、流石の群雲君もキレ気味だ。
 怒る時も静かな群雲君が年上の水早さんに声を荒げるなんてよっぽど嫌なんだろうなぁ。

「いやーそれでも違和感ないんだから大したもんだわ。なぁ?」
「おお。俺女装とか見た事ないから気持ち悪いって偏見持ってたんだけど……うん、改めるぜ」
「いや、改められても……」
「まー俺としては心苦しい。
 代わってあげられるなら代わってあげたいんだが、女の格好しても違和感がないのは群雲くらいしかいないし」

 ちなみにヘクセさん、スオウさんは『私裏方向きだし』『演技とか無理』と言って辞退。
 そうして剣の扱いに長けた群雲君に白羽の矢が立った。
 ちなみにオトネはやりたいと主張したが、さすがに明らかに無理で。
 男の子だと無理じゃない?との意見もあったので、とりあえず着替えてみようという事になり、今に至る。

「うん、実際違和感ねーわ。これなら問題なさそうだ」
「仕方ないよなぁ、うん。仕方ない」
「こ、この人たちは……あ、網倉さんっ、網倉さんはどう思いますっ!? 
 そもそも似合わないですよね、この格好」 
「……いや、うん。凄い可愛い」
「はいっ!?」

 期待に沿えず大変申し訳ない事なのだが。
 これだけ似合っているのを似合ってないなどと嘘を吐く事は僕には出来ない。

「見た目で人をどうこう言うのは怒られそうだけど、
 それでも、もし群雲君が女の子だったら、今この瞬間全力で惚れてた。うん」

 いつもの僕ならドモっている所なのだろうが、感動というか興奮というかが一周か半周回って口調だけは逆に冷静になっていた。
 あと、男相手だし良いだろうと思っていた部分もある。
 流石に相手が女の子ならこうはいかない。

「……っ、ば、バニーガールが好きなだけなんじゃないの?」
「そこは否定しないかな」
「「しないのかよ……」」
「旅立ちの件と言い、コータちゃんは時々変なところで開き直るわよね」
「……変態?」
「スオウ、へんたいってなにー?」

 周囲の皆様は好き放題言われてますが、まぁそれもやむなし。甘んじて受け入れよう。

「ぐ、ぅぅ、網倉さんの馬鹿ぁ」
「……うっ。いやだって似合うんだものっ!? 可愛いんだものっ!」

 そうして僕らは暫し口論的な何かを続け、その後、それぞれがそれぞれのやるべき事の確認を行っていった。









 その夜。
 僕たちはバスに戻る事無く(というか未だ門に兵士が固められていて戻れず)、下水道のアジトに泊り込んでいた。
 出発前は「ヴェルにもらった金で、贅沢なホテルにでも泊まって豪勢に遊んじゃうかー!? くっはー!?」などとはしゃいでいた水早さんの思い通りにはならなかった。残念だがしょうがない。

「んー」

 そうして万が一の時に備えて持って来ていたテントや寝袋やらで皆が眠っている中、
 疲れゆえか緊張ゆえか浅い眠りだった僕は身を起こす。

「……トイレ?」
「おぉぅっ!? そ、そうです」

 突然響いた寝袋に包まったままのスオウさんからの声に、僕は身を震わせた。

「ずっと起きてたんですか?」
「半分、だけ。夜間警戒は、野宿、の、基本だから」
「……ありがとうございます」
「自分を、守る、ついでに、やってる事だから」
「それでもです」

 僕のように何の役にも立たない奴がいるから、尚の事だ。
 ソージさんは色々な道具を準備してくれたし、豊富な機械知識にも助けられた。
 水早さんは時折建設的な意見で僕達を導いてくれている。意図的かどうかは関係なく。
 名も知らない人については、現状の僕がどうこう言える事じゃない。
 オトネは特別だし、論外だ、いろんな意味で。
 群雲君やヘクセさんはずっと活躍しっぱなしだ。

 特に群雲君は……今日は特に色々と申し訳なかった。

「あまり、思い、つめない、方が良い」
「え?」
「役に立つ事、立てる事、いつ、どこで出来るなんか、だれにもわからない。
 それに、孔汰は、十分役に立ってる。必要」
「どこが、ですか?」
「……上手く、言えないけど、いてくれるべきだと、私は思う」

 どうやら、気を遣わせてしまったらしい。少なくとも僕にはそう取るしかなかった。

「……ありがとうございます。あ、すみません、トイレに」
「ん。……」

 だから、居たたまれなくなった僕は寝袋から慌てて這い出し、
 手元の懐中電灯――ソージさんに準備してもらった道具の一つ――トイレに向かった。 

「……ふぅ」

 下水道の制作中区画に掘られた個室で用を足した後、僕は息を吐いた。
 そうして胸の中に溜まった色々なものを吐き出す。
 せめて戻った時は何食わぬ顔が出来るように。
 そう思っていたのだが。

「いかん、迷った」

 懐中電灯のライトを指し示す先は行き止まり。こう暗いと感覚も狂う――ってのは言い訳か。
 ともあれ、来た道を戻り、別の道を進む――その途中。

「……ああ、君か」
「あ、王子様」

 同じ様にトイレに行こうとしていたのかはたまた行った後なのか、一段高い所に座っていたイケメンこと王子と遭遇した。

「トイレ、ですか?」
「ん、そうでもあるかな。寝付けなくて、退屈凌ぎみたいな感じもある」
「そう、ですか。不安ですよね、明日の事」
「……別に眠れないのは今日に限ったことじゃない。
 そもそも、こんな生活で安穏と眠れる方がどうかしてる。
 それを、あのアルは、もう少しですから我慢してください、と……ああ、すまない。愚痴ってしまった」
「いえ、気になさらずに」
「……君は、何か違うな」
「え?」
「君の仲間は皆、目に芯がある。何かを持っている。決めている事がある。
 だけど、君は……それがない、ように見える」
「そうかも、しれませんね」

 流石人の上に立つもの、なのか。さっきも痛感していた僕の中身を鋭く言い当てた。
 でも、そんな僕なりに決めている事が一つある事までは分からないようだ。

「でも、それでも、自分なりにそういうものを持とうと思ってるんですよ」
「……そうか。なら、やはり私と同じだな」
「え?」
「私はただ、王子だから、ここに連れて来られた。
 父を助けたくないわけじゃない。国を元通りにもしたい。
 だけど、私にはそれを出来る力がない、何もない。
 だから、自分に出来る事くらいはしたい、そう思ってるだけだ」
「……そうですか。だったら、同じですね」
「ああ」
「……」
「……」
「じゃあ」
「ええ、失礼します」

 そうして僕達はそれぞれ去っていった。
 よく似た他人に自分を重ね合わせた、そのままで。









 ……続く






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