バベル・レース 第八話









 第八話 ルマアニ冒険記・2










 穴の下に広がっていたのは、見紛う事ない下水道(ただし水は流れていない)だった。
 魔法の松明をかざし、薄暗いその道の先頭を歩いているのは、先程僕達を救ってくれた女の人。

 元ルマアニ国親衛騎士団の副団長だという、アル・フラストさんだった。

「……驚いたでしょう? 
 これは下水道と言って、雨水や生活で必然的に出る汚水を流し纏めて、最終的に処理する為のものなの。
 まぁ今は王様がこっそり工事途中で反逆されちゃって工事その他止まってる状態なんだけどね」
「重い事実をさらっと軽く言っちゃった?!」

 思わず声を上げる僕に、アルさんは首半分だけ振り向いた。

「事実は事実だからね。というかもう反逆されて三年経つし……」
「そ、そうですか。……えと、アルさんは」
「もう察してるだろうけど、私は所謂現政権への反逆者、親衛騎士団以下、王を慕う人達で結成された抵抗組織のリーダーをやってるの」
「いや、リーダーだって所までは察してませんけど……」
「あらそう。それで貴方達は、連合国家機関の視察団とか密偵だったりしない?」

 語感から察するに、国家間の枠を超えた組織の事なのだろう。
 そして、この国の現状を見て、反逆に協力してくれるのかどうか期待している、のだろう。
 皆で顔を合わせると、なんとも渋い表情をしていた。無論僕もだが。

「……いえ、残念ながら。
 僕達は、その、探し物があってこの国にやってきただけの、観光客みたいなもので」
「そっか。やっぱりか。ざーんねん」

 前を向きながらのその言葉。一体どんな思いで呟かれたものなのか、僕には分からない。
 ただ、申し訳ない気持ちが浮かび上がっていく一方であった。

「ごめんなさい。期待に添えなくて」
「謝る様な事じゃないわ。むしろこちらこそ巻き込んでしまってごめんなさい」
「おぉ、いい女だな。アンタ」
「お褒めに預かりありがとう、おじ様。と、さて。着いたわ」

 約十分ほど歩いて辿り着いたのは、少し開けたドーム状の場所。
 天井には魔法なのか、強く輝く光球がフワフワ浮いていた。
 その下には、アルさんと似た形状の鎧を着た屈強な男性陣が数人と、離れた段差に設けられた石席に座る、僕と同い年くらいの線の細いイケメンが一人。
 イケメンは、中性的な群雲君とは違った男性的なイケメンで、さぞや女の子にモテそうだなぁと思った。羨ましい。

「アルさん、お帰りなさい」
「ただいま、みんな」
「その連中は……?」
「んー、私達と勘違いされて捕まりそうになってた他国の旅行者」
「それは申し訳ない事を……」
「あ、いえ」
「そんな気にしないでください」

 イケメンが頭を下げるのを見て、僕と群雲君は思わずそんな言葉をそれぞれに口にしていた。。

「……ふむ、そんなに気にしてるんなら、一つ頼みを聞いてくれないかしら」
「ヘクセさんっ!?」
「だーいじょうぶコータちゃん。難しい事じゃないから。
 要はこの状況について詳しく教えてほしいだけよ。
 ……もしかしたら、私達の探し物と何か関係があるのかもよ」
「俺も同感だ。この国の文化レベルであのエンジンは作れない。
 となると何か変な事が絡んでる可能性が高い」
「例えば、宝玉、とかな」
「!?」

 ヘクセさん、ソージさんに次いでの水早さんの言葉に、アルさんはじめ、この場の人々は驚きの表情を見せた。









 その後、僕達はまず互いの情報を交換する事にした。

 僕達は『世界』に散らばっている宝玉を捜さなければならない事と、その為に『世界』を旅して回っている事を。
 レースの事その他はある程度割愛した。信じてもらえるかも分からないし、不快にさせるだけかもしれなかったから。

 ……正直、どうにも良い気分はしなかったが。
 いや、分かっている。真実を話した所で余計な不和を生むだけだ。

 現に、宝玉を『落とした』事について、騎士の何人かから非難の声が上がっていた。
 何故そんなものを自分達の国に落としたのか。何故今の今まで放っていたのか。

 何故ここなのかは僕達の知る所ではない。ヴェルさんはランダムに落としたと言っていた。
 今まで放っていたのか、についても、僕達にはどうしようもない事だった。

 ヴェルさん達の親が宝玉をばら撒いたのはヴェルさん達の感覚からすればつい最近なのだが、
 様々な時間や並行世界を超越してのばら撒きだった為、多少タイムラグが出ている……それを聞いたのは後であった。

 問題なのはその多少が最長で十数年単位だという事。
 そのラグこそが、この国での反逆事件を引き起こしたといっても言い過ぎではないので、僕達としては皆さんの怒りはごもっともというよりなかった。
 ……まぁヘクセさんと水早さんは反論してたけど。

 そんな騎士さん達を宥めたのは、他でもないアルさんだった。

 ヘクセさん達の言うとおり、彼らは宝玉を落としただけであって、それを利用し、奪われて悪用させているのは自分達なのだ、と。

 この国に流星……宝玉が落ちてきたのは、約三年前。
 元々聡明で、自ら様々なモノを発明し、その発明品を広く世界に広めていた前王、いや本来の王が、たまたま宝玉を発見したのが全ての始まりだった。
 宝玉の持つ様々な力……動力になったり、王の知識・知恵に刺激を与えたり……により、王は今迄を遥かに飛躍した、飛躍し過ぎた発明を行うようになっていった。

 しかし、王はその力に溺れず、正しく使い、その上で自国を発展させようと四苦八苦していた。
 その相談を受けていた中に、現在王に取って代わった大臣・ネクスがいた。
 彼は亀の獣人で、現在の王には多少劣るものの聡明な、前の王の代からこの国の大臣だった。

 この国は、代々王の有能さが違い、前王は武力に優れ、現在の王は知恵に優れていた。
 長寿な彼はそんな二人を文句を交えて支えていたが、そこには王に献身的に仕える事で王にはなれずとも、大臣の権限を越えた存在になりたいというささやかな野心も含まれていた。
 彼自身の力だけでは、力では前王に、知恵では現在の王には勝てず、野望を形にしようものなら捕まるのがオチだと分かっていたかららしい。

 そんな野心を後押ししたのが、半人嫌いで好戦的な将軍、虎の獣人・ラハーリオ。
 彼が、宝玉があれば今の王を越える事が可能だとして大臣を焚き付け、宝玉を奪わせたのだという。
 ラハーリオは半人嫌いなだけで、国や普通の人間の事はそれなりに愛していた。
 ただ、それよりも遥かに自己顕示欲が強く、暴れるのが好きな男であったのだが。
 王は、国などへの愛情の辺りから彼と仲良く出来ないかと思い、将軍として登用、色々な仕事をさせていたのだが、その思いは伝わららなかった。
 むしろ、変な雑用ばかり押し付けられていると怒りを溜め込んでおり、結果としては裏目だったのだ。

 そんなラハーリオの協力を得て、宝玉を手に入れたネクスは、王と同じく自分の限界を超えた知恵を得た。
 そこから作り出した幾つかの未知の戦力で、王城内を制圧し、ネクスとラハーリオはこの国を手中に治めた。
 その際、親衛騎士団長以下、殆どの王派閥は捕まってしまっているという。

 しかし、彼らはただ捕まったわけではなかった。
 状況から自分達の脱出が不可能だと判断した彼らは、次に繋げられるように王の実子たるただ一人の王子やアルさんを逃がす事に注力、それを成功させた。
 そうして逃亡に成功したアルさん達は、王が趣味で制作中だった為、一部の者しか存在を知らない下水道に逃げ込み、以後は戦力その他を整えつつ、雌伏していたのだという。

 その間ネクス達は、それまでのこの国特有の半人と人間の対等関係を逆転・崩壊させてしまった。
 元々自分にコンプレックスがあり、才能を持つ王達に嫉妬していた事もあり、一度火がついてしまった差別意識は消せなくなってしまっているのだろう、とアルさんは語る。

「……ごめんなさい。いますぐ宝玉を返却できないのは私達の油断と不徳ゆえ」
「い、いえ、そんな事ないですよ。……こちらこそ、です」

 アルさんが頭を下げるのを見て、慌てて僕は声を上げた。
 安易にごめんなさい、とは言えない。ごめんで済まない事になっているのは明白だったから。
 宝玉がこんな事態を引き起こすことを知らなかった、では済まない。少なくとも僕にはそうとしか思えなかった。

「いいえ、やはり問題は私達にある。
 道具は使いようだし、危険な道具はちゃんと管理をして使うのが当然の事。
 ……私達は当時宝玉の危険さに気付いていた。
 にもかかわらず、王ならば大丈夫だとたかをくくり、大臣達の反逆心に気付けなかった私達にこそ責があるの。
 だから、貴方達は気にしないで。……貴方達も咎めたら駄目よ」

 僕達に告げた後、騎士団に念押しするアルさん。
 立派で高潔な人だ……僕は、ただただ素直に感動した。
 だからこそ、余計に申し訳なく思えた。

「やっぱり、そういう事だったのね」

 そうして互いの情報を開示し終えた後、ヘクセさんは納得した感の声で呟いた。ソージさんもそれに続く。

「明らかにチグハグな技術はそのせいか。
 でも、今の王が持ってる宝玉とやらが、俺らが探してる宝玉だって確定したわけじゃないと思うけどな」  
「ま、ソージちゃんの言う事はごもっともだけどね。ここで疑っててもキリがない」
「これから貴方達はどうするの?」

 アルさんの問い掛けに対し、ヘクセさんは自信ありげに銀髪をかきあげて見せた。

「決まってるじゃない。宝玉を取り返すのよ。そんなにも力のある宝玉……俄然興味が涌いてきたわ」
「ヘクセさん、その悪い顔やめてください。皆引いてます」
「ヘクセこわーい」 
「宝玉、手に入れるの、反対、じゃない。でも、どうやって?」
「そこが問題よね。堂々と押し入って暴れまくってもいいんだけど……流石に人質とかいるんじゃねぇ。
 別に私は構わないけど、コータちゃんやムラサキちゃんに怒られそうだし」
「……あの、提案があるのだけど」
「共闘戦線ね?」

 何処かおずおずとしたアルさんの言葉から、ヘクセさんはあっさりと意図を見抜いた。

「ええ。先程の戦闘、遠くから拝見させていただいたわ。
 皆さんほどの力の持ち主が力を貸してくれたのなら、敵味方とも最小限の被害で王達や宝玉を奪還出来るかもしれない」
「あら、甘々ね」
「あちらはともかく、少なくとも私達は彼らと私達は『同じ人間』だと思ってるから。
 国民には現状がやりすぎだと感じている人も多いわ。だからこそ協力してくれてる人もいる」

 確かに、さっきの出来事の中、男性に同情していたり、あからさまに不快な顔をしていた人も居た。
 いくら他の国が『人間』が優位の国ばかりでも、元々半人主体の国だったのだから、対等な交流・関係があり、それを断ち切れないのは当然だ……少なくとも僕はそう思いたかったし、信じたかった。

「それに……ネクス元大臣も元々はそこまで悪い人間じゃないの。
 半人差別するし、半人の顔をインパクト無いと覚えられないし、嫌味も多いし、趣味は悪いし、騎士団への嫌がらせも多かったけど。
 特に半人が人間にへりくだる演劇とか、人の格好をした半人の曲芸とかを招いて王城で観たがるってのは悪趣味極まりないけど」
「それ悪くないか?」
「いや、そうでもないの。部分部分、憎めないところもあって。
 殺したり云々は半人相手でも好まなかったりとかね。
 だからなのか、向こうに繋がってる人達から聞いたところ、彼は現状捕まえた人達を処刑したりしてないし。
 利用価値がある、と考えているにせよ、ね」
「差別するのに殺すのは嫌、か。
 殺す度胸がないだけ……っていうか、俺達は殺されそうになったけどなー」
「余所者だから仕方ないだろ、オッサン」
「オッサン言うな」
「さっきおじ様呼びするーしたじゃねーか」
「それはそれ、これはこれだ」
「ともかく、協力お願いできないかしら」
「ふむ。さて、どうしましょうか? 私は賛成だけど」
「俺も協力賛成だ」
「同じく」

 ヘクセさんの肯定に合わせ、ソージさんとスオウさんがあっさりと答える。

「まぁ仕方ないな。俺らだけでやってたんじゃ、時間が掛かり過ぎるだろーし」
「王さま助けよー!」
「……」

 続いて、水早さん、オトネが同意し、名前さえ知らない男性は好きにやれとばかりに投槍に頷いた。

「僕もそうすべきだと思う。蒔いてしまった種は刈り取らないと」
「いや、蒔いたのはヴェルの親父さんなんだけどな」
「……」
「コータちゃん?」
「網倉さん?」
「……あ、うん、ごめん。僕も協力には賛成です」 
「なら同盟成立ね」

 そう言うと、アルさんは僕に向けて手を差し出した。

「え? いや、僕は皆の代表とかじゃないんですけど……」
「いいからさっさと握手したらー? それともアルちゃん美人だから照れてるの?」
「うう、それもありますけど、こういうの任せられるの苦手で……あ、ごめんなさい。よろしくお願いします」
「こちらこそ」

 そうして僕たちは握手を交わし、ここに共闘関係が成立した。しかし……。

「まぁ、それはいいんだけどよ」

 と語り出したのは、水早さんだった。

「俺らはあんまり長居出来ないんだわ。もし計画を長いスパンで考えてるんなら……」
「その点は大丈夫。むしろ丁度良い時に協力関係が結べたと思っているわ。
 近々奪還作戦を仕掛けるつもりだったから。
 ……皆さん、何かアイデアとかある? 私達にない発想や、私達に出来ない事があれば取り入れていきたいから」  

 アルさんがそんな事を言いだしたのは、共闘関係を結んだ僕達に貴方達とは対等ですよ、と主張する為なのだろう。
 言ったとおり、アイデア募集の意味もあるのだろうが、いくらなんでもそれだけで重要な奪還作戦に口出しさせるとは思えなかったからだ。

「……じゃあ、こういうのはどうだ?」

 アルさんの提案から大した間を空けず、水早さんが挙手した。

「まず最初に少数精鋭の面子で、何かしら理由を付けて城内に入り、囮になる。
 まぁ当然怪しまれるだろうから、怪しまれ出すだろう頃合で、別働隊があちこちで騒ぎを起こして、これまた囮になる。
 んで、城内の連中が浮き足立った所で囮になっていた少数精鋭の面子で宝玉&王様を奪取&別働隊と合流・逃亡」
「何かしらってなんだよ、オッサン」
「んー……そうだなぁ。
 あの王様は、半人が人間の軍門に下る物語とか演劇とかが好きなんだろ? 
 んで、そういう演目をやってる連中をよく招いてる。
 なら、そこの面子に潜り込むか、一時的に交代してもらえば潜入はそう難しくないだろ。
 王様は半人の顔の見分けがあんまりつかないんだろ?」

 そうして自慢げに語った作戦に、アルさんは目を瞬かせた。

「……凄い。私達の考えた作戦とほぼ一致してる」
「ほぉ」
「って事は、あのチラシに書かれてた劇団は貴方達の仕込みね?」
「えぇー!? そうなんですか?」

 ヘクセさんの推測に思わず驚く僕に苦笑しつつ、アルさんは言った。

「ええ、実はあの劇団は、そういう時の為に作ってたの。
 怪しまれないように演劇や曲芸、接待態度を重点的に練習しすぎて、一部の参加国民が荒事にはまだまだ不慣れなんだけど、貴方達がカバーしてくれるのなら助かるわ。
 というより、計画を前倒しできる」
「どういう、事?」
「明日、王城内で芸を見せる事になってるんだけど、明日は王城の状況確認で済ますつもりだったの。
 王城内で作り変えた部分がないかとか、王の捕まっている場所とか、大体調べ終えた事の最終確認と、
 一度王城内に招かれた状態で表向き何事もしない事で警戒を解く。
 それで後日改めて作戦を仕掛ける……予定だったの」
「随分念の入った事ね」
「悠長過ぎるかもだけど、協力者全体はともかく、戦える人間は少数だから。
 そんな訳だから、明日作戦を実行するつもりだけど、構わないかしら?」
「いいんじゃない? 私達の中にも戦闘に不向きなものがいるけど、その分戦闘可能な面子が埋めるから勘弁ね」
「それはお互い様……というか、それで一つ問題があるのよね。
 実は剣の舞踏を見せる担当の女の子が、まだ実戦に不慣れで……」
「一般の人なんですか?」
「ええ。囮の団員全員を騎士にするのは危険な気がして、
 半数は戦闘訓練を施した才能ある一般国民にする予定だったんだけど、さっきも言ったとおりの理由でまだ不慣れで」

 獣人たちは人間の区別が付き辛いらしいが、それでも同じ王城内で働いた面子なら顔バレする可能性は低くないだろう。
 僕らで言うのなら、長く買った犬猫を、同じ種類の中に放り込んでもなんとなく分かる感じというか。

 アルさんの判断は正しいと思うが、この状況はどうしたものか……と、剣の舞踊?

「……え?」

 群雲君が戸惑った声を上げる。
 それはオトネを除く全員の視線が自分に向けられていたからに他ならなかった……。








 ……続く。






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