第七話 ルマアニ冒険記・1










「間もなく目的の世界……Ixdgdifgd48485485番世界、ルマアニ国に到着します。
 皆様準備はよろしいですか?」

 三日後。
 初めてバスに乗った時に目の当たりにした、格納庫に僕達は全員揃っていた。
 格納庫にはバイクっぽい乗り物や、普通の(デザインは未来的だが)自動車など、様々な乗り物が並べられている。
 あとソージさんが製作中のシートが被せられた何か。

「ヴェルはこないのー?」
「すみません。
 私は、バスの管理やルールその他事情もあって、あまりバスを離れるわけには行かないのです。
 少なくとも今回は」

 動き易い服装で、リュックを背負ったオトネの言葉に、ヴェルさんは苦笑染みた返答をした。

 そもそもヴェルさんは、このレースの参加者ではあるが、立ち位置的には主催者に近い。
 彼女の身に何か起こるのは、企画的に本末転倒なのだろう。

 もっとも、死んでもいいくらいを想定しての企画なのかもしれないが、それは流石にないと思いたい。
 思いたいが、その辺りはまだ詳しく聞いていないので分からない。

「というか、オトネは本当に来るの? 出来ればバスで待っててほしいんだけど」
「コータが行くのにアタシが行けない訳じゃないのー」
「それどんな理屈……」
「なるほど」
「スオウさんなんで納得したんですかっ!?」
「まぁまぁ。その辺りは散々話し合ったじゃない……僕的には完全に納得できてないけど」

 今回オトネをどうするかについては、
 今回の世界での活動についての対策会議の中で、オトネ本人も交えて二日前に皆で話し合った。
 オトネが不思議な力を持っている事は知っていたが、
 全く未知の世界で都合よく作用するかどうかの不安から僕と群雲君は同行に反対した。

 しかし、水早さんやヘクセさんはそれを過保護だと一蹴。
 下手にバスに残らせておく方が心配だし、
 何よりここからの旅の中でずっとバスの中で留守番させておくのは教育的にも宜しくないのではとの意見が出た。

 その意見について、
 出身世界が管理されまくっているというソージさんや、
 綺麗な世界を見れる時に見せておくべきだろうとスオウさんも賛成。

 自分達がちゃんと目を離さずにいれば問題ないだろう、という皆の意見に僕達はぐうの音も出せなくなった。

 約一名全く話し合いに参加していなかったのはともかく、
 皆のそういった意見や、本当に危険な時はバスに帰せばいいというヴェルさんの言葉が最後の一押しとなり、僕達は承諾した。

 ……分かっているのだ。
 保護者ぶったところで僕達だって子供だし、
 最終的な決定権は――僕達の意見を無視するかどうかも含めて――オトネにある事は。
 それでもつい心配してしまうのは、やはり過保護なのだろうか?

「しんぱいしてくれて、ありがとね、ムラサキ、コータ。
 でもだーいじょーぶだよ!アタシ、ちゃんといい子にしてるから。みんなのいうこと、ちゃんと聞くからっ」

 しかし、それでもだ。
 こうしてスッゴイ良い笑顔で、そう言われてしまうと僕的には何も言えなくなってしまうのだから情けないというか。
 子供はこういう所がズルイとたまに思う、うん、たまに。

「うう、わかったよ……うん、僕も気をつけるから」
「網倉さん、オトネちゃんに甘いよね」
「お前も相当だ、群雲。あ、チビちゃん、連絡用の携帯とか、防犯用ブザーとか持ったか?」
「貴方が言えた義理じゃないわねぇ。
 それはそうと、オトネ。私があげた飴玉忘れずに持ってる? 
 いざって時心身ともにリフレッシュしてくれるから」
「アンタらもな。
 あ、オトネ。ハンカチとティッシュ、あとこの世界での身分証は忘れずにな」
「……貴方、も、ね。
 オトネ、体調、大丈夫? いざって時は、おぶってあげる」

 結論。なんだかんだで皆オトネに甘かった。
 皆がそれなりに交流するキッカケを作ったのがオトネだったのが根本原因なのかもしれないが、それはあくまで僕の推測なのであしからず。

「まぁチビちゃんはともかく。俺的には網倉も心配なんだが」
「同レベル?! むしろそれ以下のニュアンス!?」
「正確に言えばお前だけじゃなくて、俺ら三人な。俺は直接的な喧嘩苦手だぞ」
「自慢じゃないがコロニーじゃ荒事は禁止されてたからなぁ。技術は鍛えてたけど」
「でも、そんな俺らの中で特にお前が心配というか、転んだだけで泣き出さないか?」
「泣きませんよっ!? いや、まぁ、心配はごもっともですけど。
 でもだからこそ、僕なりに色々予習や備えはしてます。
 いざとなったら打ち合わせどおり逃げますし、逃げましょう」
「逃がします」

 水早さんの言葉に、僕と群雲君は揃ってサムズアップした。
 この辺りも二日前の話し合いで方向付けされていた。

 荒事にあまり慣れていない(らしい)、僕やソージさん、水早さんは、
 命さえ危うい緊急事態にはオトネを伴ってバスに帰る事を最優先とするようになっている。
 男としては情けない限りだが、僕だって命は惜しい。
 冒険とか旅とか、未知の世界には興味津々だが、死にたくは決してない。
 ……そう言えば、ヴェルさんは「最大限の保障はしますし、万が一死んでも大丈夫」とかつて言っていたのだが、
 あれは結局どういう意味だったのか、僕は未だに聞けていない。
 どうもタイミングが悪いというか。

「それならいいけどなぁ。……というか、俺は残っちゃダメか? 正直メンドイし怖い」
「凄い正直ですね……」
「俺はお前みたいに変な所で見栄を張ったりしないからな、網倉」
「貴方がそうしたいなら止めはしないわよ? 
 でも、ねぇ? もしかしたらお宝とか手に入る世界かもしれないのに勿体無いわねぇ」
「……やっぱり男は冒険して何ぼだな、ブルースカイ」
「言葉は肯定するが、考えは否定するからなオッサン」
「オッサン言うな」
「えー、会話が盛り上がっている所大変恐縮なのですが……到着しました」
「え? マジで?」
「はい。マジです。ハッチ、開きます」

 ヴェルさんの言葉の直後、僕が初めて乗った際の出入り口含めた、格納庫の一壁面が捲れ上がっていく。

 その向こうには結構な広さの砂漠が広がっていた。
 更に砂漠の向こう――バスが停車した所はちょっとした丘になっているようだ――には、アラビア風と似て非なる建築物の群れが見える。

 明らかに見た事のない、予習通りの世界がそこには広がっていた。

「おぉ……」

 予習通りとは言え、実際に目にして、感じるとやはり違う。
 これまで何度か降り立った並行異世界は僕のいた世界と極端な差はなかったが、この世界は何か、匂いというか、空気というか、根本的に違う気がする。

 なんというか、ワクワクしてきた、凄く。しかし、なんだろうか。何か、おかしい気が……。

「うっぷ……」 

 考えの最中、突風に巻かれた砂が顔にかかり、僕は思わず目を閉じた。当然思考も閉じる。

「眼をキラキラさせすぎなんだよ。ったく」
「そう言いながら眼をこすってるのは、僕と同じだったからですよね、水早さん?」
「全く用意が遅いな、コータとおっさんは。俺はもうゴーグル掛けて準備済みだぜ」
「え? ソージさんも予習してたんですか?」

 僕は少しでも皆の役に立とうと、ヴェルさんからこの世界の情報をまとめた資料をもらい、熟読していた。
 世界そのものは僕達の世界と大差ないらしいが、ルマアニ国は砂漠に囲まれた国だと書いてあった。

 なので僕もゴーグルは準備していたのだが、
 まだバッグの中に入れっぱなしだったので、まともに砂を浴びてしまったのである。

「いや? たまたま、準備期間中にJISAKUした多目的ゴーグルを付けてたから色々調査がてらすぐに装備しただけさ」

 自作の部分を強調してスオウさんに視線を送るソージさん。
 しかし、スオウさんはそれに気付かず、何処となく厳しい顔付きで砂漠を眺めていた。

「……ここ、おかしい。マナ、異常に、少ない」
「マナエネルギーが? どれどれ……あ、ホント。
 コロニー内より少ない数値とかおかしいな」
「確かに、どーも薄いわね、色々と」
「……おい、分かるか?」
「いえ、分かりません」
「オトネもしらなーい」

 スオウさん、ソージさん、ヘクセさんは知ってて当然とばかりだが、僕達はそのマナとやらがなんなのか分からない。

「マナっていうのは、世界中に漂っている……エネルギー、なのかな?
 生命体はそれを取り込んで生命活動を行っているんだ」
「え、なにその漫画チックな事実」
「文明社会だと全く認知されてないですけど、特殊な力を持つ人間達には常識なんですよ。
 ……僕の家だと気だとか瘴気とか、状況や種別によって呼び方が違ってたんだけど。
 魔術師とかは、マナって名称で基本統一してるみたいだね」
「おお、さすが群雲君」
「解説ご苦労」
「えー? 俺の世界、っていうか時代だと一般常識だぞ」
「マジですか」
「大マジだ。へぇ、昔はそういう能力の触媒だったのか。
 マナを取り込むエンジンとかなかっただろうし、効率悪そうなのに」
「エンジン、ねぇ。機械的なモノでマナを取り込み、利用する時代が来るなんてね。
 私的にはそっちの方がよっぽど効率が悪いと思うけど」
「……そのマナが足りてないと、何か不都合があるんですか?」
「んー。普通の生命活動的にはさほどの影響はないわね。
 ただ、怪我とか病気とかが多少治り難くなってると思うけど。
 あと外界マナエネルギーに頼りがちな魔術師だと不便かもね。
 私ほどの魔女になると、そんな事ないけどね」
「自慢げにいわれても、それがドンだけ凄いんだか良く分からん」
「むー。それはつまらないわね。
 ……で、それはそうとなんでこんな場所にこの動く箱……もとい、バスを止めたのよ?
 あの町に宝玉とやらがあるんでしょうに」

 大きな城と、その周辺に広がる街を指差しながらヘクセさんはヴェルさんに問い掛ける。

「はい、確かに。しかし、いくら偽装出来るとは言え、街中だと色々面倒なので。
 ここから徒歩で行っても疲労を蓄積しない程度で、
 かつ向こうからは発見されないような位置としてここに停車させていただきました」
「僕を迎えに来た時は街中だったじゃないですか」
「あれはインパクト重視の必要があったので。あそこまで見せないと色々と信じてもらえなかったでしょう?」

 それは確かにそうだ。

「ふぅむ。しっかし、色々と気になるわね……しかし、ここで喋ってても時間の無駄」
「そうですね、そろそろ行きましょう。……言葉は通じるんですよね?」
「大丈夫です。
 貴方達はこのバスに乗り込んで参加者登録した時点で、
 言語が存在するあらゆる存在と会話が可能になっております。
 それはこの世界でも例外ではありません」
「それはよかった」

 自慢じゃないが、元々の日本語でさえ語彙が少ないし、応用力もないのだ。
 さらに外国語、異世界語とかなんてとても手が出ない。

「じゃあ、行きましょうか」








 Ixdgdifgd48485485番世界。
 ヴェルさんがくれた資料によると、
 並行異世界の中でも特に大きな差異がある世界群の中心近くに位置する、基準世界からは大きく離れた世界らしい。

 地球という星の中で分岐し生まれる様々な並行世界での基準世界は、なんと僕の住んでいる世界らしい。
 つまり、人間が進化して、科学文明が発展して、神秘が見え難い、
 というあり方をした世界が、地球世界としては最も基本なのだそうだ。

 そこから大きく離れているというこの世界は、文明、文化その他の以前での大きな違いがまず一つ存在している。
 
 それは、この世界で最も繁栄している種族が人間ではない、という事。
 より正確に言えば、僕達がよく知る人間が、この世界での人間ではないという事なのだが。

 この世界を支配する人間は……所謂獣人。
 猿以外から進化し、人間と同等の知恵を得た動物達が人間のように二足歩行し、文明を築いている……それがこの世界なのである。

 僕達、猿から進化した形の人間が存在しないわけではない。
 存在してはいるのだが、比較的低い地位の扱いをされている。
 なんでも、この世界では獣人こそが正真正銘の人間で、人間は中途半端で歪な進化をした半人でしかない、らしい。

 ルマアニ国は、そんな世界にあって数少ない、僕達のような人間が治めている人間主体の国、のはずだったのだが。

「あきらかに、おかしい」
「いや、どっからどう見てもおかしいだろ。これが人間だってのは」

 僕達は今、ルマアニ国の城下町を歩いていた。
 当初は手分けして情報収集する予定だったのだが、
 町に入ってから気付いた幾つかの違和感から、それを保留。
 警戒しつつ全員で少し歩き回った後、
 人の流れから少し離れた場所で足を止め、色々と観察しているのが現状である。

 そんな僕達に、街を歩く人達は訝しげな視線を送っていた。
 その人、というのが獣人たちばかり。
 兎や猫、犬、などなど豊富な種類、
 失礼、豊富な人種の面々がアラビア風主体にファンタジーRPGの街的要素を加えた町並みを行き来している。
 彼らが着ているのも大体そういう文化っぽい衣装である。

 露天では色々な食べ物や衣類などを売っていたり、それを覗く大人達、その側を子供達が駆け回り、
 活気はおそらくある、のだろうが……この国の予習をしていた僕からすれば活気が良い事では目を瞑れないものが幾つかあった。
「いいえ、そこは問題じゃないんです、水早さん。
 問題なのは、僕達の知る、僕達のような人間の姿をあまり見かけない事です。
 他の国にしても、こんな感じなのが基本らしいですけど、
 それでも人間……この世界で言う半人はもっと多い筈なんです」
「ふむ。そんで、そんな中で見かける人間はってーと……」

 お世辞にも綺麗とは言い難い服を着て、靴さえ履いていない人か、
 あるいは動物を模した衣装……ちょっとした着ぐるみだったり、バニーガールだったり……を着た人。

 バニーガールっぽい衣装の人は何かの営業なのか、チラシを配っているのだが……ぬぅ。 

「網倉さん、ソージさん、水早さん、鼻の下伸びてる」
「あ、うん。ごめん。つい」
「男のサガだっての。紫にも分かるだろ?」
「群雲は興味ないのかよ? あの姐さんの腰から尻のライン……いいねぇ」
「興味がないでもないですが、状況が状況なので」

 少し呆れた表情――漫画とかではジト目と表現されるだろう、ああいう目だ――をしつつ、
 群雲君は落ちていたチラシを拾い上げた。僕達は揃ってそれを覗き込んでみる。

「えっと……サーカスか、劇団かの、広告なのかな」

 文字は読めないが、描かれたイラストの内容からそう判断する。

「……えっと? 
 半人主催の劇団、王城内の庭園で公演する。よければお越しください……かな。
 まぁ概ねそんな感じの内容じゃないかしらね。文面的に人間様に媚びてる感じっぽいけど」 
「ヘクセさん、読めるんですか?」
「読めると言うか、まぁ言語のパターンでなんとなくそうなんじゃないかって推測してるだけ。
 間違ってたらごめんなさいね?」
「間違ってるかどうかも分からんからなんともなぁ。間違ってた時は謝罪と賠償な」
「じゃあ正しかったら、私に謝罪と賠償ね、タケシ」
「じゃあやめとく」
「速っ!」
「まぁそれはさておき、どういうことなのかしらね」
「間違って、他の国に、来たって、事はないの?」
「それはないわね。ここはルマアニ国だってさっきの門番は言ってたし」
「そう言えば、さっきのネズミ達、横柄な態度してたな」

 僕達は少し離れた場所にある人間主体の国……
 僕達の日本の位置にありながら、微妙に島の形が違う国……から来た、良い所のボンボンという事になっている。
 この国では、一般市民よりも二三段階上の地位を持つ……この国で言う貴族や、騎士と同等の存在のはずだ。

 にもかかわらず、門番だったネズミの人間達の態度はお世辞にも良いと言えるものではなかった。

『怪我したくなかったらコレを上に羽織ってろ。後は知らん』

 そう言って人数分投げ渡してきた白い布地に金の文字の刺繍をあつらえたマントを僕達は羽織っている。
 おそらく、高い身分の人間である事を分かり易く示す為のものだろうが、それを扱うにしては粗雑というか何というか。

「あんなに、かわいいのに、勿体無い」
「「「「え?」」」」
「……スオウ、しゅみわるーい」
「そ、そうかな? あれはあれで独創的というか……」
「そ、そうそう」」
「二人とも、下手な優しさは却って傷つけるわよ。あと、おかしな事は他にもあるわ」
「え? それは一体……?」
「マナの流れよ。砂漠の辺りは薄かったマナがこの辺りは若干濃い。
 多分周囲のマナをかき集めてるのね。
 その流れが数十以上分岐して、色々な店の中に繋がってる。
 稲妻、いえ電気の力として多分店の中の照明なんかに使われてるんでしょうね」
「もしかして、マナエンジンを使ってるのか?」

 何かを思い出したのか、聞き慣れない言葉をソージさんは口にした。

「マナエンジン?」
「言葉の通りだよ。マナを動力源に使うエンジン。俺がいたコロニーでも一部使われてる。
 地球でも使われてた時代があったんだけど、
 その頃のエンジンはまだ欠陥品で、知らず地球のマナを喰い過ぎてダメージを与えたとか何とか。
 もしかして、そのタイプのエンジンが使われてるのか……?」
「いやいや、それはもっとおかしいですよ。
 確かにこの国は他の国より科学が発展してるって資料に書いてありましたけど、
 それにしたって僕の生きてる時代ほどじゃなかった。
 それが、ずっと未来にいるっぽいソージさん世界のエンジンを作り出すなんて、ありえない事なんじゃ」
「なら、ひとまずはそれを確かめに行きましょうか」

 顎に手を当てて考え込むポーズのまま、ヘクセさんは言った。

「マナの流れ、大きめの奴が三つくらいあって、
 その一つ……流れとしては一番弱いのが、この近くに繋がってるみたいよ。
 大きいのにいきなり行くのは色々面倒な気もするし、とりあえずそれを見て、色々考えるってのはどうかしら?」

 ヘクセさんの意見に反対するものは、誰もいなかった。
 そんな訳で僕達はぞろぞろとその流れの先へと向かって歩き出す。

「……ん?」

 途中、群雲君があらぬ方向を見た。僕も同じ方向を見るが、そこにある路地裏には誰もいない。

「どうかした?」
「いや、視線を感じて」
「視線は浴びまくってると思うけど」
「んーそういうのとは違う感じの……まぁ、いいか。警戒しとけば」

 そうして再び歩き出して数分後。
 大きな噴水を中心とした広場、噴水の近くにソレはあった。

「……間違いない。過剰に大きくて色々違う所もあるけど、あれはマナエンジンだ」

 何処か不機嫌そうに目を細めて、ソージさんは断言した。
 視線の先に映るマナエンジン、その横では皮製の、軽そうな鎧を着込んだフェレットっぽい獣人が声を上げていた。

「さぁさぁご覧あれ。これが我らが王、ネクス様の御作りになられている新型原動機だ。
 コイツの何が凄いって、色々な凄いものを動かす大きな力にする事が出来るところだ。
 ほら、このとおり」 

 言いながらレバーを引き下ろすと、エンジンが小さく振動を始めた。
 直後、エンジンに繋げられていた様々な機械らしきものが一斉に動き出した。

「熱を生み出す板は料理に便利で、冷気を生み出す箱は氷や食べ物の保存に使える。
 俺的な一押しは、この巨大な鎧。……っと、こうか」

 その獣人は何処からか取り出した、黒く四角い箱の幾つかのボタンを押して命じた。

「ぶっ壊せ」

 すると全長五メートルはあろうかという巨大な鎧は、その巨大さに見合わない速さの裏拳を噴水上部に叩き入れた。
 綺麗な装飾の女神像が、簡単に砕け散り、倒れていく。
 倒れた方向には人はいなかったからいいとでも思っているのだろうか?
 他に壊すものがなかったから手近なものを壊しただけなのだろうか?
 ただ、それが為した事に、その場に集まっていた半数が喚声を上げた。

 もう半分は、首を傾げている様な、どこか戸惑った反応を見せている。

 そんな反応に気付いているのかいないのか、兵士の獣人は自慢げに言葉を続けた。

「コイツの中には誰も入ってないぜ?
 ネクス様はコイツ、ならびにこの原動機の量産化に着手しようとしてる。
 剣も矢も通さない無敵の鎧騎士……最高だと思わないか? 
 コイツが戦場に出れば、もう国民が戦争に参加しなくてもいい。
 原動機から出るエネルギーも皆に公平に配分する。
 ところが、だ」

 そこで、その獣人の表情が変化した。
 動物の表情の変化、というのを読み取れはしないが、それでも僕はその顔に『歪み』を感じた。

「ソイツを邪魔する連中が、まだこの国のあちこちにいやがるんだ。
 知ってのとおりの、前王の息子やその取り巻き、国に逆らいたがる反抗期まっさかりの馬鹿者どもだ。
 ソイツらを発見したら、一刻も早く国軍に通報してくれ。
 成果が出たら、褒章として、金一封、そして今見せた動力炉を幾らか小さくしたものをネクス様はくださるそうだ。
 ソイツをどう使うかは、所有者の自由。
 稲妻の力の貸し借りをして金儲けなんかするといいんじゃないかね?」

 獣人の言葉に、さっき喚声を上げた連中の殆どが再び喚声を上げた。
 そんな中。

「あのさ、それって本当に安全なのか?」

 ナマケモノの獣人が、おずおずと兵士に話し掛けた。

「報酬として貰って、それ使ってる家が爆発したとか、病気になったとかって噂を聞いたんだけど……」
「あー。そいつぁーちゃんと使用説明聞いてない馬鹿なだけさ。
 賢く正しく使用するんなら、んな事態にはならないね。
 あと、アンタん所、使用人の半人はいるか?」
「あ、ああ」
「いるんなら、原動機のモードを変えて使えばいい。……おい、ソレ使うぞ」
「了解。ほら立て」

 いままで兵達の影になって見えなかったが、そこには僕達がよく知る形の人間の男性が鎖に繋がれていた。
 その男性の腕に、エンジンから伸びたケーブルを巻き付けられていく。

「じゃあ、モード切り替えっと」

 言いながら獣人がレバーを少し上げる。
 すると、男性の体から薄い緑色の光が発せられ、その光がケーブルを伝い、エンジンに運ばれていく。

「あ、うぅぅ、う」

 男性は、少し辛そうに胸を押さえてうずくまる。ソレを意に介さず、獣人は陽気に話を続けていく。

「ご覧のとおり、こうして人からも力を取り出せる。
 こっちは外から力を取り込むより少し力は落ちちまうが、
 多少大雑把な使い方しても壊れるのは半人くらいで、より安全確実に力を取り出せる。
 外のエネルギーは皆が使う事で時々流れが滞っちまうからな。
 半人の奴隷……あ、いや使用人がいるところは、両方を併用するといい。
 そんなわけなんで、皆さん協力宜しく頼むぜ」   

 獣人の言葉に、鎧騎士を動かした時よりは小さい、拍手や感心の声、その他雑多な声が上がる。

「……ふぅーん。非効率的な事やってるのねぇ」

 他人事のような言葉を発したのは、ヘクセさん。
 しかし、その表情は何処か冷え冷えとした、虫か何かを見下すようなものだった。
 他の人達もまた、それぞれの表情を露にしていた。不機嫌、怒り、戸惑い……そういう方向の感情で。

「悪い、皆。あんまり騒ぎ起こすのはよくないんだろうけど、我慢出来ないわ」

 そう言い出したのは、ソージさんだった。
 ソージさんは、すぅっと息を吸うと、大声で言った。

「ふっざけんな、お前ら、なんだ、その無様なポンコツエンジンはっ!?」

 周囲からすれば和やかに終わろうとしていた中での、突然の大声。
 当然皆の視線がソージさん、引いてはその周囲の僕達に向けられた。

「……なんだ? 何処の半人だ?」

 先程までエンジンの解説をしていた獣人が僕達に向けて問い掛ける。
 面倒事の予感を感じたのか、会話しやすいようにという心遣いなのか、僕達と兵士達に挟まれていた人達が下がっていく。
 自然、両者の間に視線を阻害するものはなくなり、僕達の視線は静かに真っ直ぐ絡み合う。

 そんな中、堂々と胸を張って、身分証を掲げながらソージさんが言った。

「遠く遠くの国から来た旅行者だよ。身分証で確認するか?」
「……ああ、連絡のあった連中か。何かお気に召さない事でも?」
「気に召さない事ばかりだよ。
 アンタらの言う半人のさっきの扱いもおもいっきりそうだが、
 その辺りの事情も知らずにとやかくは言えないから、それはひとまず置いとく。
 だがね、そのエンジンの事は現状でも絶対的に気に食わない」
「この原動機の事か? なにがだ」
「全部だ。なんだ、それ。
 人に不便を与える欠陥品を堂々と提供するなんておかしいんじゃねーのかお前ら。
 道具はな、使う者を助け、幸せにするものなんだ。それをこんな使い方して恥ずかしくないのかよ?」
「ああ、アンタ何かの作り手なのかい? それなら憤りは分からんでもないが……」
「大体! そのマナエンジンはもっと別の利用法があるんだよ!
 マナが豊富な自然豊かな所で、植物を栽培・育成するシステムの動力源とし、
 そうして育てた植物やそこで穏やかに暮らす動物達のマナによって、さらにエンジンを駆動させ続ける。
 それがマナエンジンが辿り着いた理想の運用方法なんだよ!
 それをなんだ、お前ら、こんなマナがそもそも少なめの場所で多用しやがって!
 これじゃ何にも育てないし、育たない……。
 それにだな、お前らこんなエンジンは作れるくせに、なんでガソリンエンジンとかそういうのを作らないんだよ!
 もっと原理が簡単なのを作れよ! 何過程をフッ飛ばしてんだよ!
 お前らの頭は何の為についてんだっ!
 科学は、人を幸せにしてなんぼだろうが!」

 全力のソージさんの主張は、辺りに沈黙をもたらした。
 それには勿論というべきか、僕らも含まれる。
 普段はゆるゆるなソージさんがここまで感情を露にする所を見た事がなかったから。

 それだけ、目の前で行われていた事が許せなかったのだろう。

 しかし、それをぶつけられた当人達は、全くそれを聞いていなかった。

 正確に言えば、注目していた部分がまるで違っていた。

「……それは、確かこのエンジンについての前王の言葉……?」
「あ、ああ。よく分からないが、それっぽいことを……」
「ふん、どうやら、探すまでもなく釣れた様だな。……この反逆者どもが。捕まえろ」
「いいのか?」
「いいさ。関係なかったとしても面白い話が聞けそうだ」

 そう言ってフェレット顔が腕を振ると何処からかワラワラと兵士(皆獣人である)が涌いてきて、隊列を整えていく。
 この状況に至って、周囲の人達はヤバイ事が起こると判断し、逃げ出していく。というかだ。

「あのー。実にヤバイ状況になってる気がするんですけど」

 正直、言いながら顔は引き攣るだわ冷や汗ダラダラだわなのです。
 漫画とかアニメとか映画だとよく見る光景だけど、自分に降りかかるととんでもないな、これ。
 そこでソージさんは我に返ったのか、頭を抱えた。

「うわぁぁぁっ! つい勢いに任せすぎたぁぁぁぁっ! 皆、ごめん!?」
「ごめんで済めば警察は要らないんだよっ!」
「……ふむ、何かの諺? どういう意味?」
「あ、いや、すみません、いま余裕ないので後でお願いします」

 話しながら不安そうなオトネを庇いながら近くの建物まで下がり、壁を背にする。
 少なくともこれで後方への警戒は軽減出来る。
 そんな僕に倣って、スオウさんや、名も知らぬ男性、ソージさんも下がる
 ……さりげなくオトネを隠してくれているのがありがたい。

「あら? コータちゃん、存外冷静な判断ね」
「一応色々考えてきたので。全然冷静じゃないですけどね」
「うん、コータすごい汗」
「網倉さん、そのままオトネちゃんをお願いします。
 どうやら戦闘は避けられないようです。……すぐに終わらせますので」

 言いながら群雲君は袋から木刀を取り出した。
 さっきの出来事や奴隷云々の発言にかなり腹が立っているのか、やる気満々である。
 そんな群雲君の様子を見て、兵士達は声を上げて笑った。

「おいおい、お嬢ちゃんなんだかお坊ちゃんなんだか分からないヤツがなんか木の剣を構えてるぞ?」
「あんなので本物剣に勝てるとでも思ってるのかねぇ」

 ネットであればwwwwとでも付けているかのような嘲笑ぶりである。……コイツラ、やっぱ腹立つ連中だな。
 しかし、当の群雲君は冷静に――少なくとも表情の上では――前に進み出て、言った。

「そう思うのならどうぞ」 
「……一人くらいやっちゃって良いよな、兵長」
「ああ」

 どうやら皆に説明していたのは少し偉いヤツだったらしい。
 ともあれ、許可を得た事で数人がいっぺんに群雲君に踊りかかり……次の瞬間、その全員が地面に倒れ伏した。

「なっ!?」
「皆さん、実戦経験はお有りなんですか? それにしては……鍛え方が足りませんね」

 ヒュッ、と刀に付いた血を払うかのように木刀を振ってみせる群雲君。
 まるっきり全然見えなかったのだが、
 この時群雲君は相手が剣を抜き放った時には全員の首筋、顎、鼻下に死なない程度かつ気絶はする程度の打撃を加えていたらしい。

「言ってくれるじゃないかよ……。だが自信満々に前に出たのが運の尽きだ。囲んで嬲ってやれ」
「了解」
「へっ、これならどうだよ!」

 槍を持った三人が群雲君を囲み、一斉に突き刺す……! が当たらない。
 群雲君はジャンプ一閃それを回避していた。
 しかし敵もさるもの、それを読んでいたらしく、別の連中が槍を投擲してくる。

 だが、それさえも群雲君は読みきっていたらしい。
 いともあっさり槍の全てを切り払い、あろう事か槍を放った当人に打ち返していた(当たらないようにだが)。

 一連の、一瞬の動作に皆が呆気に取られている内に群雲君は超人的な跳躍で先程エンジンに繋がれていた人の側に着地。
 ケーブルや手錠を木刀で破壊してのけてから、言った。

「事情を知りませんので、逃げるかどうかの判断はお任せします。
 ただ、ここに残る場合怪我をしないように気をつけてください」

 言われた男性は、少し考えてからコクコク頷くと走り出した。
 ……いやぁ、凄い。自分達がこんな状況なのに人を助ける事を忘れてないなんて。本当に、凄い。  

「コイツ……! くそ! こうなったら数で押し潰……」
「残念ねぇ。それは無理よ、無理」

 実際、兵長とやらの考えは最早実行不可能だった。
 群雲君に注目が集まっている内に、ヘクセさんが体から電撃魔法を飛ばしまくっていたからである。
 こちらもこちらで無差別に見えて、ちゃんと味方は範囲外なのが凄い……。

「おいぃぃっ! ちょっとビリッと来たぞ!」
「ああ、ごめんね、サボり顔してたもんだから、つい」
「サボり顔ってなんだよ。というか、サボりじゃないっての。
 お前ら全部片付けてるしなー。仕方ないよなー」
「もう一人残ってるけど?」
「……頑張れ、二人とも! 俺は応援という重要な役目を果たすっ!」
「くっ……こんな事がっ!」

 そうしてヘクセさんと水早さんが漫才やっているのを他所に兵長さんは現状の僕と同じ位冷や汗を掻いていた。
 正直、この圧倒的な力の差に少し同情しないでもない。

 それは戦っていた二人も同じだったのか、群雲君とヘクセさんは顔を見合わせると、構えと魔法を解いた。

「もうやめとく? 私ら別に徹底抗戦するつもりはないし」
「僕も頭に血が上って申し訳ありませんでした。戦力がないのならこれ以上戦いは……」

 そう言い掛けた時だった。
 遠くからドタバタと表現するには綺麗な、それなりの数を感じさせる足音が響いてきた。

「……念の為が功を奏すなんてな。くそが」
「あー、ちゃんと援軍も頼んでたのね。優秀じゃない」
「油断をしていたのはこっちの方だったようですね。貴方を侮っていました。申し訳ありません」
「今更謝罪しても遅いぜ?」
「謝罪というより敬意だと思うけど? まぁいいわ。……皆!」
「ああ、分かってるぜ……一時逃げるぞっ!」
「はいっ!」「了解!」「三十六計、逃げるに、しかず」「……」

 そうして皆(オトネは僕が抱えている)は来た道を戻り、走り出す……だが。

「駄目だっ! 門には行けないっ!」

 ゴーグルを掛けていた(双眼鏡としても使えるらしい)ソージさんが叫ぶ。 
 この街に入った時の門の付近に兵士が集まりつつあったらしい。

「ムラサキちゃん、蹴散らす?」
「……このまま乱戦になったらどちらもただじゃすまない気がします」
「まだ余裕戦力があるのに厳しめ判断だと思うけど、まぁいいわ。じゃあ……」

 どうしようか、といった類の言葉をヘクセさんが口にしようとしていたのだろう、その瞬間。

「貴方達、こっちへ!」

 聞き覚えのない声が横合いから響いた。
 それは、ここに来る最中、群雲君が視線を向けた辺り。
 路地裏の向こう側、その地面にある穴から上半身のみを出した半人……僕らと同じ人間の女性がそこにはいた。
 その、軽装の鎧を纏った銀髪の女性は、こちらに向けての呼びかけを続ける。

「早く! 時間がないわ! ひとまずこっちへ……!」

 そうしている間にも後ろの足音は近付いてくる。
 遥か前方の門に集結している兵士も気付かないとは限らない。

「行きましょう!」

 顔を見合わせて、状況を再確認した僕達の意見は一致。
 僕の声を合図代わりに、僕達は路地裏の向こう、地面に開いた穴に飛び込んでいった……。








 ……続く。






戻ります