第二話 初めてだらけの旅のはじまり・1








「次元空間年、というのは距離の事です」
「はぁ」

 バスの中にあるエレベータ……変な感じがするが、紛れもなくそのままの意味である……の中で、ヴェルさんは語る。

「孔汰さんの世界にもあるでしょう? 光年という距離単位が。
 それを世界空間的な単位に当て嵌めた版みたいな感じです」
「みたいな感じって、そも世界空間とかが分からないんですけど」

 少し前の修学旅行で泊まったホテル、そのエレベータの5倍は広く、微妙に豪華な空間に落ち着かなさを感じながら呟く。その落ち着かなさを誤魔化す為に見上げた、扉の上の階数表記には数字がない。
 宿泊・食堂・車内などなど、各階にある施設(?)が漢字で書かれている。
 漢字の下には、僕には読めない何か独特な文字が幾つかある。多分同じ意味が書かれた、他の国の言葉なんだろうけど……見覚えがない以前に文字なのか怪しいのがあるんですが。

「ふむ。……そうですねぇ。孔汰さん風に、というか事実そのままを伝えるなら」 

 家族以外に孔汰という名で呼ばれるのは中々なくて新鮮さを感じつつ、ヴェルさんの言葉に耳を傾ける。

「世界と世界の隙間……並行世界を越えていく際に発生する距離、その事ですね」
「並行、世界?」
「そうです。これから孔汰さん達が赴く様々な世界は、孔汰さんの住む世界の一番最初から広がった様々な可能性です。
 文化様式が全く違う世界、科学ではなく魔法が発展した世界、大陸の形が全然違う世界。
 また、訪れる場所も全然違ってきますね。
 日本と同じ場所にある違う国とか、地球から遠く離れた地球人類が住まう宇宙コロニー内とか、微妙に位相が違う所とか……まぁそういった様々な世界や場所です、はい」
「お、ぉぅ。なんか凄い、というか、想像出来ないって言うか、いや、そもそも」

 色々と気に掛かる単語はあったが、その中で今の所一番気になった部分を僕は拾い上げる。

「……僕達?」
「ああ、話してませんでしたね。

 この旅には孔汰さんを含めて八人、私を含めると九人の参加者、同行者、仲間?がいます」

「仲間が疑問形っぽいのは……?」
「それを決めるのは私ではありませんから。っと、着きましたよ」

 変なところがドライだなぁなどと思いつつも気を取り直す。
 直後、扉が開くと、そこには確かに七つの人影があった。

 観光バスの内装そのままの空間の中、両端は一人分、真ん中は二人分の座席が余裕を持たせて数十席並ぶ中、それぞれ座っていたり立っていたりしていたが、共通点が一つ。
 それはこちらに注目していた、という点。

「ヴェル、ソイツで最後な訳?」

 軽い声でそう言ったのは……オールバックな青い髪、青い目の青年。
 多分歳は僕より少し上くらいだろう。
 テレビでタレントとして見かけても違和感がないくらい顔が整っている。羨ましい。

 青い髪は染めている……にしては、えらく自然な感じがする。
 上手く言えないが、違和感がないというか何というか。
 ただそこの違和感の代わり(?)に、服装が凄いと言うか、コスプレっぽいというか。

 部分部分テカっている未来的な服。
 よく見ると構造的には普通の服で、タートルネックにズボンだけど、
 上に羽織ったジャケットが宇宙服っぽくて……未来人っぽい感じがする。

 ともかく、その彼は、
 座席で横になっている全体的に赤い髪の女の子……ここからではその位しか分からない……と、こちらに視線を彷徨わせていた。

「ええ、そうです」
「そっか。よう、はじめまして。
 俺はソージ。ソージ・スカイブルー。機械の事なら俺に任せろ的存在だ」
「あ、うん。僕は……」
「ちょっと待った」

 人懐っこく自己紹介する彼に応えるべく口を開きかけた所で、横合いからそんな声が上がった。

 声を上げたのは、僕よりと同じ位っぽい年頃の、黒い学ランをキッチリと着込んだ男子学生。
 男にしては長い黒髪を何箇所かで縛って後ろに垂らしている、これまた羨ましい中性的なイケメンで、目は少し大きく、少し釣り目気味。
 彼のいる近くの壁に鞄と竹刀か何か入ってると思しき長い袋が立て掛けられている。

 ともかく、彼は不機嫌、というには微妙な生真面目さが感じられる引き締まった表情で続けた。

「自己紹介は、全ての説明を終えて、出発してからでも遅くないんじゃないかな?
 一刻も早く出発したいって人もいるだろうし……」
「それはお前さんなんじゃないのかー?」

 そんな男子高生の言葉に口を挟んだのは、何処にでもいそうな日本人的サラリーマン風体な男の人。
 ボサッとした髪に無精髭、よれよれのスーツ……勝手な意見かもだが、だらしない感じが拭えない。

「そんなに急がなくてもいいだろ。余裕がないのはみっともないぜー」
「あら。みっともないのは、貴方の格好でしょうに」

 気だるげに椅子の肘掛に持たれかかりながら言葉を発したのは、銀色の髪の女性。
 古めかしい黒いローブを纏う、美術品のような気高さを感じさせる端正な容姿の彼女は、クスクスと笑みを零してみせた。それはひどく魅力的で、蠱惑的で、それでいて人懐っこい、アンバランスな雰囲気な笑みだと思った。

「美形な人にいちゃもんつける前に身なりは整えなさいな。嫉妬しての行為に見えるわよ?」
「それはお互い様だろ。御伽噺の魔女っぽい格好のお姉ちゃんよ。もう少し清潔感出したらどうだ?」
「貴方にだけは言われたくないわね。
 清潔感が出せる世界にいるくせにそうしないのは怠慢よ、怠慢。
 まぁ私は怠慢、怠惰大好きだけど」

 ああ、だるいだるいと銀色の女性。
 彼女のあからさまにからかっている様子に、サラリーマンな人が何か言おうとした瞬間。

「……みんな、けんかしてるの?」

 何処か不安げな、女の子の声が響く。
 声に反応し皆が注目した先には、金髪碧眼の、まさに人形のような少女がそこにいた。
 不安げに周囲を見渡している様子に、あるいは一歩間違えば泣き出しそうな雰囲気に、僕は慌てて声を上げた。

「あ、いや、多分、そんな事はないと思いますですよ、うん」

 見知らぬ年下の子との会話経験がない僕はどんな言葉遣いをすれば良いのか分からずに、そんな感じになってしまった。
 だが、女の子は特に気にした様子なく――他の何名かは笑いを零しそう、もしくは零していたが――僕の方を向いて、言った。

「ホント?」
「ホント、だと思いますよ。うん、そう思いたい、かなー」  
「……」
「……」
「……あはは」

 微妙な間の後、女の子は笑顔を見せてくれた。
 どうやら誠意的なものが伝わった(何を伝えようとしていたのか僕自身分かっていないがそれはともかくとして)ようだ。

「アハハ、お兄ちゃんコトバ変だねー」
「アハハそうデスネー」

 なんか微妙に悲しいというか、自分がピエロっぽい気もしたが、女の子が泣かずに済んだ様なのでよしとしよう、うん。

「では、そうですね。まず色々な説明をしましょうか。自己紹介はその後に」

 そうして雰囲気が緩くなった瞬間、いつの間にか僕の側を離れ、バス的空間の先にあった運転席と思しき場所の近くに立っていたヴェルさんが言った。

 ヴェルさんの意見に何か言葉を発するもの、異を唱えるものはいなかった。
 それを肯定と受け取ったヴェルさんは、まずペコリと頭を下げてみせた。
 最低限の礼儀はちゃんとします、と言わんばかりに。

「皆様ようこそおいでくださいました。
 改めてになりますが、私はこの旅の案内人にして、バスの運転手にして、その他何かのヴェルと申します。
 この旅は、様々な並行世界を股に掛けながら、
 5つの宝玉を探し出し、その上でゴールたる世界の果てを目指す、一大レースでございます」
「レース?」

 初耳な言葉に、僕は思わず声を上げた。

「孔汰さんには説明していませんでしたね。
 孔汰さんに語った私の事情、それがこのレース、なのです」

 そう言った直後、ヴェルさんと僕達を挟んだ空間に立体映像的なものが浮かび上がる。

 言っていた5つの宝玉らしきものと、レースの道順なのか、くねくねと曲がりくねった白い線。
 それから多分デフォルメされているこのバスと、同じくな僕達の顔。

「私はとある世界のとある事業を一手に担う……
 支配者なんていう人もいますが、単なる権力者の子供です。
 その権力者には他に二人子供がおります。私にとっては姉と弟なんですが。
 まぁ、ここからはよくある話というか」
「あぁ、後継者争いって奴か?」
「そのとおりです」

 サラリーマンな人の言葉をヴェルさんはうんうんと肯定する。

「まぁ争い、とは言っても姉妹仲はむしろ良好。
 しかし、事が事だけにそう簡単に譲り合う気はお互いにない訳で」
「……なかよくわけっこできないの?」
「出来る事であればそうしてるんでしょうけど、これはちょっと難しいですね、はい。
 そんなわけで、それを決定する為に何かで競い合おうという事になり、紆余曲折を経てレースという事になりました」
「そこでなんでレースなわけ? そこに至る結論が全く理解できないんだけど」
「父的に、人の上に立つべき私達の観察眼や度量、そういったものを測りたいのだそうです。
 それにはこのレースは色々とうってつけ……ヘクセさん、前の座席にあるボタンを押してみてくれますか」
「えー? めんどーい……うそうそ、冗談よ」

 言いながら銀色の女性――ヘクサさんは、肘掛に持たれかかっていた身を起こし、前座席左上のボタンを押してみた。
 すると、前座席の一部がクルリとひっくり返り、カチャカチャカチャーンッと機械的音声と共にテーブルらしきものがせり出してきた。

 その上にはパンにスープが湯気を立てて載っていた。
 当然と言えば当然の事だが、
 前の座席にはそれらが仕舞い込める様なスペースはないし、
 回転しつつ出てきたのに食べ物が零れる事がなかったのもおかしい。
 改めて、このバスが自分の常識の外にあるモノなのだと理解した。

「あ、すみません右上のボタンです」
「こっちね」

 皆が覗き込む中、しっかり食べ物類を自分のものとして確保しつつ、今度は右上のボタンを押すヘクセさん。
 すると小型テーブルは引っ込み、クルリとひっくり返った後、バイクのハンドルグリップによく似た何かが飛び出してきた。
 何かの表示をするらしいメーターその他も一緒に。

「バスの運行中、皆様はこれを握り、押し出し、先へ進む事を考えてください。
 その際の思い、気持ち、そういったものの強弱が、このバスの速さにプラスアルファされます」

 ヴェルさんの言葉の後、立体映像のバスが俺達の周りを飛び回り始めた。
 女の子が面白がって触ろうとするも、予想通りと言うべきかその手はすり抜けていく。

「通常このバスは、ネメシスエンジン4機で運行しておりますが、それとは別にライフウェーブエンジンが1機搭載しております」
「ライフウェーブエンジン……? それって、もう使われてない技術なはずだけど」
「使われてないどころか、僕ははじめて聞きますけど」
「僕もです」

 ソージさん、僕、中性的イケメンが口々に呟く。

「皆様の生まれ育った時代には違いがありますから、その辺りの認識にはズレが生じますね。
 まぁその辺りは皆様の交流でご解決いただくとして、ライフウェーブエンジンの説明に戻ります。 
 ライフウェーブエンジンは人の意志の強弱で発するエネルギーが変化するエンジンです。
 つまり、今こうして飛び回っている速度に皆様の意志力が加わると……」

 言葉の直後、飛び回っているバスの速度が目にも止まらぬ速さに変化する。 

「ご覧のように、より早く移動する事が可能になります。
 そして、皆様は、色々な時代、場所から私が見込み、選んだ、このバスを最も速く走らせる事が出来る面々なのですっ!」
『……えー?』

 ヴェルさんの言葉に、僕他何名かが頭を傾げた。
 いやいやいや、他の誰かはともかく、僕はそういう人間じゃないと思うんですが。
 多分傾げた人達――サラリーマンさんやソージ君、ヘクセさん、赤い髪の女の子も同様に思っているのだろう。

「というのは、実は半分冗談なのですが。
 それでも、私が貴方達を選んだのは、このバスをそれなりに走らせる事が出来ると思ったからです。
 その上で速さとは別の基準として設けられた宝玉捜し、それをこなす事が出来る人間としても。
 膨大な並行世界群からそういう人間を見出せるか。
 言い方は悪く、誤解を招きそうですが、
 そんな人間達を従えさせられるかどうか、我が父は、それらを計るのに、このレースが最適だと考えたのです。
 まぁ、他にも様々な条件やルールから判断した部分もあるのですが」

 その瞬間、ヴェルさんの声のトーンが落ちる。先程まで必要以上に明るかった気がしていたので、僕的に印象的だったので、思い切って尋ねてみる。

「条件、ルール、というのは?」
「それは――今話すべきでない、話し難い事も含むから、おいおい話しますね」
「……そうですか。分かりました」
「すみません。……さて、話を戻しまして。
 正直、私としてはレースの勝敗について然程拘っておりません。
 先程も話しましたとおり、姉妹間の仲は良好ですので。
 やるからには勝つ、そのつもりで全力を振るうつもりではございますが、
 私の意志力だけではバスの全性能を引き出す事は出来ません。
 そこで皆様の力が必要になるわけなのですが、そうして力を貸していただくのに無報酬というのはあまりの事。
 それゆえに設けられているのが、一部の方にはお話したレースの賞品です」

 賞品。
 その言葉が発せられた瞬間、何人かの目付きが変わった。
 なんというか、獲物を狙う肉食獣的というかなんというか。
 その中の一人、サラリーマンさんが口を開いた。

「おお、やっとその話かよ。っつってももう大体想像ついてるけどな。
 勝たなきゃ賞品はもらえない、そうだろ?」
「ええ、基本そうですね。
 勝っても負けても私から何か差し上げるつもりですが、本来の賞品からはかなりランクは下がります」
「ふーん。となると、それなりにやらんといけない訳か。めんどいがしゃあないな」
「あたし、がんばる」
「うん、僕も頑張るよ。一緒に頑張ろうね」

 意気込みを見せる女の子の側にしゃがみ込んで男子高生が頷き合う。
 その様子は微笑ましくて大変結構なのだが……。

「……あの、賞品って?」

 躊躇いながらも声を上げる僕。
 すると皆から何言ってんのコイツ、みたいな視線が突き刺さる。
 ……もしかして聞いてないのって、僕だけなんでしょうか。

 そんな疑問にヴェルさんがあっさりとした口調で答える。

「孔汰さんにはお話してませんでしたね。
 このレースの勝者に協力した同行者全員に与えられる賞品、
 それは……どんな願い事だろうと絶対的に叶える権利、です」
「……どんな、願いでも?」
「はい。その位でないと皆さんのモチベーションは上がらないでしょう?
 もっとも、それは姉さんたちの所の参加者も同じなので、条件は五分なのすが……」
「本当に、叶えられるんですか?」
「ええ。金銀財宝、不老不死、恋愛、夢や希望……各自が望む何か一つを。
 それに必要な全てを私達一族は持っています」
「……」 
「信じられないのも当然の事。 
 しかし……それでも、叶えたい事柄があるからこそ、ここにいる方がいらっしゃる事は忘れないでください」

 それでも、というのは藁にも縋る思いで、という事なのだろうか。
 ここにいる皆、そんな願いを抱えている……?
 そんな疑問で、僕は周囲を見渡した。……なんとなく、一線、距離を感じた。

「さて」

 そんな空気感に気付いているのかいないのか、 
 状況を仕切りなおす為なのか、カンカン、と手を叩いた後、ヴェルさんは言った。

「そんな訳で、私達はこれから100次元空間年を共に過ごし、進む事になります。
 思うところは各自色々あるかと思いますが、皆様にとって、実りと幸の多い旅である事をお祈りしております。
 それでは皆様それぞれお好きな席についてください」

 ヴェルさんの言葉に、僕達は顔を見合わせつつ、思い思いの席に着いていく。

 僕は、最後部席、皆から離れた席に座る。
 そうして戦々恐々と先程ヘクセさんがやったとおりにレバーを引き出し、恐る恐るレバーを握った。

「全エンジン、アイドリング状態から再起動。
 動作問題無し、全システム、オールグリーン」

 ヴェルさんが動作確認するのを聞きながら、窓から世界を見渡す。

 見慣れていた世界。
 生まれた時からずっと住んでいた、きっと故郷と言っていい場所。
 だけど今セピア色で、普段はありえない高さから見下ろしていると、まるで他人の世界のようにも思えた。

 それでも、ここから旅立つ事を考えると怖かった。

 さっき感じた孤独感も含めて、本当にこれでいいのか不安にもなる。

「……他参加者との出発時刻軸合わせ終了。
 皆様、最終確認です。
 ここから暫くは降りる事が許可できません。
 途中下車可能地点までは、それなりの時間距離を進む事になります。
 その間の出来事、安全について完全保障は出来ません。
 それでも構いませんか?」

 だけど。

「うんっ!」
「おうさ」
「いいぜ」
「構いません」
「はいはい」
「……ど、ぞ」
「孔汰さんは、どうですか?」
「……ええ、全然OKです」

 ワクワクしないかというと、嘘になる。
 ドキドキがないなんて、とんでもない。
 不安も凄く……今までの人生に感じた事がない位大きいけど、
 同じくらいの期待もあって、期待じゃない何か、こう、滾るモノだって確かにある。

 後悔は、きっとする。悩みもする。色々うだうだ考えもする。

 だけど、今は。今だけは。

「皆さんがよければ、行っちゃって下さい」

 行けるだけ、行ってみたい。
 そんな思いと共に、僕はハンドルグリップを握り締めた。色々な思いで震える手を誤魔化すように。







 ……続く。






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